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4: 変な娘と罪悪感

 

 俺は呆然と、一夜にして変貌した宝子山を見つめていた。

 いや、正確に言うと俺だけではない。

 教室に居る誰もが注目していた。


 そんな中、宝子山が突然立ち上がる。

 周囲の好奇の視線に耐えかねたのかどうかは分からない。

 ただ、振り返った宝子山の表情は至って普通だった。

 何の気負いも、気まずさも、照れも感じられない。


 他のクラスメイト達が、その様子をどう感じているかは知らない。

 が、どうも俺には、その不自然なまでの自然さこそが、宝子山が隠している異質性を示しているように思えてならなかった。


 立ち上がった宝子山は、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

 思わず固まってしまった俺の前を通り過ぎ、そのまま教室を出て行った。

 こちらを一瞥もしない。

 まるで関心のない相手に対する振る舞いだった。

 その後姿を見送ると、自然と小さい溜息が漏れた。

 教室のあちらこちらで、その吐息は重なる。


 ……ふん。

 確かに驚いたが、あの女がどうなろうと、どうしようと、俺の知ったことではない。

 それに坊主頭になっていた。という訳ではないのだ。

 たかだか年頃の娘が髪を染めただけ。

 どこにでもありふれた話だ。気に留める必要は全く無い。


 そう我に返ると、俺は自分の席に向かった。

 HRが始まるまで、いつのものように読書する事にした。


+++


 やがて教室に戻ってきた宝子山は、一旦間を挟んだことで落ち着いたらしいクラスメイト達にとり囲まれた。

 それからずっと、宝子山の身に何が起こったのか。

 またはどんな心境の変化があったのか。

 そういった事を質問され続けていた。


 別に聞き耳を立てていた訳ではない。

 ただ同じクラス内でのことだ。

 騒々しい女生徒の騒ぎ声は、嫌でも聞えてくる。


「驚いたな」

 不意に背後から声がする。

 半身で背後を向くと、いつの間に登校していた長島が、宝子山の方を眺めていた。

 振り返った俺に、長島は意味ありげな視線を向けてくる。

「何だ?」


「……昨日な。街で見かけたんだよ」

 このタイミングだ。宝子山の事を言ってるのだろう。

「それが?」

「十八時頃だったか? 他校の女の子達とつるんでるのを見かけたんよ」

「だからどうした?」

 宝子山とて友人は居るだろう。

 裏の顔を隠していれば、だが。

 別に声を潜めて話す程の事ではない。


「いや、それが……。周囲に居たのがどうも……ヤンチャな感じの女の子ばっかりでねぇ」

「……たかられていたんじゃないのか?」

 宝子山がお嬢様であることは、少なくとも同学年では大半の生徒が知っている。

 その中の誰かから伝え聞いた、他校の人間が居てもおかしくは無い。


「そんな感じじゃなかったけどなぁ……。ま、本当の所は分からないけどねぃ」

「仮にそうだったとしても、それが髪を染めた事と何の関係がある?」

「さぁ?」

 自分から話しておきながら、これだ。

 相変らずいい加減な奴だ。

 

 長島はもう一度宝子山の席に目を向ける。

「でも、真面目だった子が急に茶髪にするなんて、余程の事があったんじゃね? と思うわけですよ。俺は。誰かに酷いこと言われたとか。されちゃった、とかさ」

「……ふん」

 長島に釣られて、何となく宝子山の方を見る。

 だが、女生徒達の壁に隔たれて、姿はまるで見えなかった。



***



 宝子山の変化は噂になった。

 退屈に満ちた学校生活の中に注がれた、一滴の刺激だったのかもしれない。

 普段なら特段注目されるような存在ではない宝子山だが、今日は違った。

 他クラスの人間から、休み時間の度に見学しに来られている。


 突然の変化に驚いたのは生徒達だけではない。

 教師達も同じだ。

 寧ろ生徒達以上に動揺した事だろう。

 特に担任の受けた衝撃が凄かった事は、想像に難くない。


 (表向きは)真面目な女子生徒が、突然茶髪になっていた。

 しかも、学校屈指のお嬢様だ。

 噂によると、宝子山の両親は学校に多大な寄付をしているらしい。

 そんな生徒の茶髪化だ。

 当然、イジメや、何か深刻的な出来事を想像したに違いない。

 Hrを適当に切り上げた担任は、宝子山を伴って教室から出て行った。

 生活指導質にでも連れて行かれたのだろう。


 そこで何を訊かれたのかは知らないが、大凡の見当はつく。

 だが、何にせよ俺には関係ないことだ。

 あの女がどうなろうと、大して興味も無い。

 

+++


 一限後、戻ってきた宝子山の様子は別段いつもと変わらなかった。

 ……別に気になるわけではない。

 視界の端に映る一際目立つ髪の色が、いつもと違う違和感を感じさせる。

 それで目がいってしまうだけだ。

 

『でも茶髪にするなんて、余程の事があったんじゃね? 誰かに酷いこと言われた、とか』

 

 今朝の長島の言葉が脳裏に蘇る。

 ……まさか、あの女の言っていた『お願い』を無視したからか?

「馬鹿な!」


「ん? 矢向、何か質問か?」

 しまった。

 自分に対しての突込みを、口に出してしまっていたらしい。

 しかも授業中に。

 教師やクラスメイト達の不思議そうな目が俺を捉えている。

「いえ……何でもありません」

 最悪だ。

 どうかしている。


「うひひっ、何やってんの」

 背後から長島の面白がる声が聞こえる。

 やかましい。

 元はと言えば、お前が余計な事を言うからだ。


「ん? 授業中に楽しそうだな長島。じゃあ、次の問題はお前に解いて貰おうか」

「うえっ!?」

 突然教師に指名された長島が奇声を上げる。

 小声で俺に助けを求めてくるが、知った事か。


 そんな事より、自分が失態をしてしまった事への後悔の方が大きい。

 普段なら、まずしないミスだ。

 理由は……認めたくはないが、ハッキリしている。

 こうなれば……やむを得ん。


 俺がある事を決意し、再び前方に視線を向けると。

 黒板の前で呆然と立ち尽くす長島の姿があった。

 頼りない背中が、哀愁を誘っていた。



***


 

 放課後の下駄箱。

 普段ならば俺にとって、ただ靴を履き替える為だけの場所だ。

 それ以上の理由をそこに求めようとはしない。

 

 帰宅部の人間は少なくない。

 部活をしている人間との対比は、大凡三対七、と言った所か。

 Hrの長さは各クラス違いがあれど、何十分も違うものではない。

 つまり、同学年の帰宅部の生徒が下駄箱に集まるのは大体同じ時間帯で。

 この狭い空間に多くの生徒が集中することになる。

 

 もちろん、そんな帰宅部の中でも、教室で友人と喋りに熱中する者も居る。

 委員会に行くものいるし、小腹を満たしに食堂を訪れる猛者だって居る。

 中にはそんな混雑を嫌って、少し教室を発つのを遅らせている者も居た。ちなみに、俺はその中に含まれる。

 そして、どうやらそれは宝子山も同じだったらしい。


 人が落ち着き、周囲に人が居なくなった下駄箱には、俺と宝子山の姿だけが存在していた。

 もしかしたら、今までもこういうケースは何度もあったのかもしれない。

 これまではまるで気にも留めていなかった。

 しかし、今日は違う。

 不本意ではあるが、偶然という訳ではない。


「……おい。ちょっと待て、聞きたい事がある」 

 靴を履き替え終えた宝子山の背中に向かって話しかける。

 振り返った宝子山の顔は、俺の顔を見るなり歪んだ。

 『来世の夫』に向けているとは思えない程、気分を害したような表情に。


(奴の言う『来世の夫』の像とは、もしかして互いを想う熱も冷め切った、熟年夫像の事だったのか?)

 そんなどうでもいい事を考えていると、宝子山は眉に深い皺を寄せたまま言った。

「何です? 親しげに話しかけて来ないで下さい」

 

 ……確かに、俺も同じような言葉を宝子山に掛けていた。

 その俺が、その発言に不満を覚えるのは筋違いだろう。

「女性を待ち伏せですか? 気持ち悪いです」

 だが、そこまで酷いことは言ってない。

 俺の胸に苛立ちが湧き上がる。


「……お前に、一つだけ質問があるだけだ」

 何とか怒りを押し殺して尋ねる。

 そうだ。それだけ確認できれば、お前に用は無い。

 宝子山の顔が無表情になる。

「貴方もですか……」

 そう呟くと、自分の髪を煩わしげに撫でた。


 髪の色の事について、尋ねようとしていることを察したらしい。

 恐らく今日一日で何度、何十度と問われた質問なのだろう。

 食傷気味な気分は分かるが、かと言って俺もこのままでは気持ちが悪い。

 

「別に、何も無い事はありませんが、ただの……イメチェンです」

「…………」

 理由はあるが、話す気はない、という事だろうか。

 いまいち伝わってこないが、これまでの宝子山の言動とは違い、重みを感じる。

 もしかしたら、本当に何か重大な出来事があって、心に負った傷を誤魔化す為の変貌なのだろうか。

 だとすれば、俺が訊いて良い内容ではないのかもしれない。


 考え込んでいた俺を見て、どう思ったのか。

 少し表情を緩めた宝子山は、一つ提案をしてきた。

「……貴方が私のお願いを聞いてくださるのであれば、貴方の質問に答えます」

「別に……どうしても確認したい訳ではない」

「そうですか?」

 宝子山は何かを探るように、俺の目を静かに見つめてくる。

 まるで普通の女子のような振る舞いに、調子が乱されたに違いない。

「…………先に頼みを言え。それから判断する」

 そんな言葉が口を出る。


 ただし、宝子山はその返答が不満だったらしい。

 再び表情を険しくする。

「それは殿方の行いとは言えません」

 そう履き捨てるように言うと、深々と溜息を吐く。

「来世の貴方であれば、私がお願いがあると言えば、それがどんなことであっても、二つ返事で聞いてくれました」

「ふざけるな」

「本棚と壁の隙間に入り込んだ髪留めを取る為に、いい感じの棒が欲しいとお願いしたら、蓬莱山の珠の枝だって直ぐに取って来てくれました!」

「……来世の俺は優秀だな」

 そして、どんなかぐや姫だ、お前は。


「……まぁ、いいです。今世の貴方に、来世の貴方ほどの甲斐性は期待してませんから」

「……それは願ったりだ」

 是非も無い。

 どこか釈然としない感じは残るが。


「そういえば、話す前に聞きたい事があります」

「何だ?」

 宝子山はその場でクルリと回った。

 反動でスカートがフワリと持ち上がり、白い太股が覘く。


「この髪の色はどうですか? 前の色よりずっと来世の髪の色に近いですよ……って、今どこを見てました?」

「そんなことはどうでもいい。さっさと質問を言え」

「……そうですか。やっぱりブロンドの髪が好きなのですね」

「どう解釈したら、そういう結論になる」


「来世の私の髪の色ですから」

「…………」

 言いたい事は沢山あるが、とりあえず一つ挙げよう。

 お前の来世は何人の設定だ?


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