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2: 電波女子とクラスメイト

 

『貴方と私は、来世で結ばれました』


 昨日の事が唐突に思い浮かび、ノートに走らせていたシャーペンの動きが止まる。

 教室の中、停止した俺を置き去りに、教師の説明は続いている。

 当然だが、クラスメイトの誰一人として、俺の様子に注意を払う者はいない。


(来世だと? アホらしい)


 あの後、丁度良いタイミングで昼休み終了のチャイムが鳴り、電波女は去って行った。

 正に救いの鐘。日頃何気なく聞いているチャイムの事をそう思ったのは初めてである。

 俺の経験則から……中にはそれを『勘』と呼ぶ者も居るかもしれない。

 ともかくそれが、全力で警戒警報を打ち鳴らしていた。

 この女と関わるべきじゃない、と。 


 ただ生憎、俺と電波女はクラスメイトである。

 教室に戻れば、容易に顔を合せることになる。

 だが幸運にも、午後一は体育。その次は選択授業という時間割だった。共に着替え、移動と休み時間はあってないようなものだ。

 なので電波女の接近を許す時間そのものがなく、その後もHR終了と同時に教室を発ったので、何とか切り抜けられた。


 そして、一夜明けた今日。

 再び俺は籠の中の鳥状態となっていた。


 電波女こと、宝子山に視線を向ける。

 宝子山の席は、俺からは大分離れている。

 俺が窓側の後ろから二番目の席に対して、宝子山は廊下側から二列目の前から二番目の席だ。

 この距離感に対して、今まで一秒たりとも思いを巡らせた事はないが、今は素直に喜べる。

 もし奴と隣の席だった場合、不快感で耐えられなかっただろう。


 ただ一つ問題もある。

 あんな突拍子もない話を他人が居る前でされたら、何と噂されるか分かったものではない。

 この距離ではそんな暴発を制止する事も叶わない。


 そう戦々恐々としていた俺だったが、今のところそんな心配も杞憂に終わっている。

 宝子山は特に話しかけてくるような様子を微塵も見せてはいなかった。

 一応、TPOは弁えているらしい。


+++

 

 放課後。


 今日一日、宝子山のことをそれとなく観察した。

 今まで気にも留めていなかったが、あんな裏の顔を隠していたのだ。

 よく観察すれば、何かその異常さの片鱗を感じられるかもしれない。そう思っての事だ。


 だが、全くの無駄だった。

 一日観察した結果。宝子山は特に取り上げるところのない女生徒だという事を、再認識しただけである。

 特に目立つ存在でもなければ、特に大人しい訳でもない。

 同じクラスの女子生徒達と、それなりに楽しそうに一緒に過ごしていた。

 どこにでも居そうな女子高生だ。


 それはそうと、周囲に居る女子生徒達は、宝子山の昨日の顔を知っているのだろうか?

 全て知った上で、自分達の輪の中に含めているのだろうか?

 俺の常識に照らし合わせて考えてみると、あのような奇行じみた発言を繰り返して、友人が出来るとは思えない。

 せいぜい生暖かい目で、そっと見守られる程度だろう。

 ならば、恐らく昨日の顔は他の人には隠しているのだと思う。

 それが表なのか裏なのか分からないが……まぁ、どうでもいい。


 ただ自分でも分かっているからか、宝子山は昨日のような突拍子の無い発言をすることもなく、そもそも俺に話しかけてくることもなかった。

 今日をどう乗り切ろうか考えていた俺からすると、少し肩透かしを食らった気分だ。

 だが、当然それは俺にとって悪いことではない。



***



 次の日。

 やはり宝子山に変化は感じられないまま、もう直ぐ放課後を迎えようとしている。


 一昨日の事は一体何だったのか。

 白昼夢だった訳ではない事は、自分がよく分かっている。


 ……そう言えば、一昨日の屋上はやけに暑かった。

 もしかしたら、夏の暑さにやられていたのかも知れない。

 まあ何にせよ、もう取るに足らないことだ。

 そう思い、全てをリセットしようとした俺の背中が、何者かに小突かれる。

 振り返ると、そこにはニヤケ笑いを浮かべた悪友の姿があった。


「何を昨日から熱心に見てんのよ?」

「……別に何も見ていない」

「嘘だな。後ろの席の俺からは、お前が何を見ていたのかバッチリ見えてんよ」

 そう言って、クツクツと笑う。

 ……ずっと見ていたのか? ストーカーのような奴だ。


「中々、通なところを狙ってんなぁ。ライバルは居なさそうだし、お前なら余裕でいけっかもよ?」

 後ろの席の悪友は感心するような声で言いながら、右前方に視線を送る。

「何か勘違いしているようだな」

「隠すなよ。宝子山だろ? 天下の矢向さんがじぃ~~と穴が開くほど凝視してたのは……って、女の子見て穴が開く程って、いやん! 修司君のムッツリスケベ!」

「…………」

「えーと……怖いよ? その目。友人に向ける目じゃないよ?」

「友人とは誰の事だ?」

「あ、それ、本気で言ってんね?」


 この煩わしい男は、長島という。……下の名前は忘れた。

 ボサボサの長髪で、前髪が両目を覆い隠しており、顎のラインに沿うように、うっすら不精髭を生やしている。

 中肉中背。微妙に猫背なのが、だらしなさを感じさせる。

 まあ要するに、異性に人気が無さそうな印象の男だ。容姿というより、不潔感で。


 コイツと俺の関係は、先程から呼称しているように『悪友』という言葉が相応しい。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 互いに、自分が必要な時だけに力を借りる。そんな持ちつ持たれつな、打算的な関係だ。

 放課後、一緒に遊びに行ったりする事もなければ、互いの家庭環境も知らない。あくまでこのクラスに居る時だけの仲だ。


 ただ別に仲が悪いわけではない。相性は寧ろ良い方だろう。

 性格は大分違うが、必要以上に他人と関係を深める事を嫌っているところに、似た空気を感じているのかもしれない。

 長島自体、悪い奴だが悪質な奴ではないので、このクラスの中では居心地の良い相手だと言える。


「でもまぁ、アイツを狙うのは止めといた方がいいかもな」

 ふと真面目な顔をして長島が話す。

 トーンの変わった言葉に裏が感じられ、長島の目を見つめる。

 ボサボサの前髪の奥で、皮肉そうな目が覗いていた。

「そんなんじゃない……しかし、彼女の事を何か知ってる風な物言いだな」

「あー。同じ中学なんよ」

 長島は薄く笑う。

「つっても、会話はロクにしたことは無いけどね」


「そうだろうな」

 長島と宝子山ではタイプが違いすぎる。

 片やだらしの無いアウトロー。片や(表向きは)育ちの良いお嬢様。

 漫画のような有り得ない超展開がなくば、両者が親しくなるような事はないだろう。


「だけど、言わずと知れた宝子山グループのご令嬢。ってのは大きいよな。上手くいったら玉の輿だし」

「下らん」

 少なくとも、『玉の輿』とは男が女に使う言葉ではない。

「まぁ、そうねぇ。俺達のような純な若者には、考えもしねえわな。んな事よりも、貧乏でも顔が可愛いいことの方がよっぽど重要だあね」

 長島は宝子山を眺める。

 この位置からは宝子山の顔は左の頬くらいしか見えない。

 それで何が分かるというものでもないと思うが、長島は残念そうな顔で小さく息を吐く。

「悪い……つーわけじゃねえけどな。金持ちのご令嬢なら、もっとこう……俺達庶民では近づくのも恐れ多い位の美貌が欲しかったねえ。ホンと惜しい」 


「……それが止めた方がいい理由か?」

 お前が人の事をとやかく言える容姿か、とは言わないでおく。

 長島は「いや」と否定してから、少し声量を落とす。

「なんつーかなぁ。見ていてこう……ちょっと変に感じる時があるんだよな。俺の気のせいかもしんねぇけど。なんつーか、どっかで受けた事がある感じなんだけどなぁ……」

 そう言って頭を抱えて考え込む。

「…………」

 長島は基本的にはアホだが、時々妙に鋭い時がある。

 宝子山の隠された素顔のことを、動物的嗅覚で敏感に感じているのかもしれない。

 変人は変人を知る、という事なのだろう。

 

 考え込んでいた長島は、何かに気付いたように勢いよく顔を上げる。

「……そうだ。お前から受ける感じに近いんだ」

 どうやら感覚神経が腐っているらしい。


 長島は何がおかしいのか分からないが、つぼにハマったようだ。

「うひゃっはっは。お前だ。お前だよ! さっきの言葉は撤回するよ。お前となら、きっと相性が良いぞ。そ、そうだ。間違いない」

 戯言を言い終えると、耳障りな笑い声を上げる。

 下らない妄想話で笑えるとは、幸せな奴だ。

 が、俺がこのまま聞いてやる義理は欠片も無い。


「……そういえば、もう直ぐ期末テストの季節だが」

「うっひっひっひっ……ひ?」

 ピタリと長島の笑いが止まる。

 だが、もう遅い。


「今回は俺の助けは要らないようだ。独力で挑め」

 俺がいつもテストのヤマを教えてあげているお陰で、奴は赤点を免れている。

 それが無くなればどうなるか。

 奴自身もよく分かっているのだろう。

 ちなみに、次の期末テストで赤点を一つでも取った者は、もれなく補習が課せられることになっている。


「え、え? や、矢向君? あれ? 冗談ですよ? 矢向くん、矢向さぁぁん」

 背後から必死に縋るような声が聞えてくる。

 騒々しい。無視しよう。


+++


 HRも終わった。

 部活に入っていない俺としては、後は帰るだけだ。

 視界の端で宝子山の席を眺めると、既に主の姿はなかった。

 確か彼女も帰宅部だったと記憶している。もう家に帰ったのだろう。

 

 今日一日観察を続けたが、おかしな様子はまるで感じられなかった。

 宝子山が俺に接触する事もなかった。

 この前邪険にしたので、嫌われてしまったのかもしれない。

 それならば良い。俺にとって最良の展開だ。

 

 異常極まりない言動だったので、付きまとわれそうな気もしていたが……無用な心配だったか。

 まあいい。俺も帰るとしよう。 


「矢向さん? お帰りですか? 鞄をお持ちしましょうか?」

 背後から何やら聞えるが、雑音なので無視するに限る。

 


***


 

 ここ最近、ずっと雨が降っていない。

 それを良い事に、夏の日差しは偉そうに強さを増している。

 そんな下らない事を考えてしまうほど、この屋上は熱波に包まれていた。

 肉を置いておけば普通に焼けるのではないか、と思えるくらいアスファルトは無駄な熱を発している。

 

 屋上に一つ置かれている(正確には俺が置いた)ベンチの前で、俺は躊躇っていた。

 恐らくこのベンチも、かなりの熱を持っている筈だ。

 それこそ俺の尻を、ウェルダンに焼きかねない程に。

 

 失敗したか。

 人が居ない場所を求めた結果とは言え、猛暑日の昼時に屋上はきつかった。

 あまり汗は掻かない方だが、この気温では流石にそうはいかない。

 Tシャツがじっとりと汗ばんでいるのを感じる。


 ……戻るか。

 屋上の扉の前に移動し、ノブに手を伸ばす。

 が、俺が手を触れる前に、ひとりでにノブが廻り始めた。

 流石に驚く。

 ガチャがチャと、中からノブを廻す音がする。

 丁度、誰かが屋上に出てこようとしていたらしい。


 屋上への侵入は、一応校則で禁止されている。

 教師に見つかれば、厳重注意を受ける事になるだろうが……。

 曇りガラスの向こうに見えるシルエットの小ささからすると、扉を隔てて反対側に立っているのは、男性教師ではないことが分かる。

 恐らく女子生徒だろう。

 ならば物陰に身を潜める必要はない。

 俺はそのまま一歩下がり、相手が扉を開けるのを待った。


 ここの扉は少し淵が錆びていて、開けるのに少しコツがいる。

 来慣れていない人間では、苦戦も仕方がないだろう。

 とはいえ、この炎天下の中じっと待たされているだけというのも、居心地が良いものではない。

 というか暑い。

 

 この暑さの中屋上に出ようとするなんて、余程の間抜けに違いない。

 ひとしきり心の内で罵った後で、ギィと音を立てて扉が開いた。

 ようやく開ける事が出来たらしい。

 恨み言の一つでも言ってやろうと思った俺は、一度眼鏡を整え直し、扉の向こうへ苛立ちの篭った視線を向ける。


 相手が出て来た。

 しかし、俺の口から罵倒が飛び出す事はなかった。

 本音を言うと、そんな気がしていたということもある。


「やっぱり、ここに居ましたか。相変らず、高い所が好きなんですね」

「……俺の事をよく知っている口振りだが、君とは親しくは無い筈だ」

「何を言っているのですか?」

 相手は薄っすらと微笑む。


「私は貴方の来世の妻ですよ? それ位は当然知っています」

 

 中から出てきたのは、この前のモンスターだった。

 もしかしたら、この前のは気の迷いだったのかもしない、などと考え始めていた俺の善良な心を弄ぶかのように。

 早速全開に狂っていた。

 二人きりだからか、異常な妄想を隠そうともしない。


「……俺は教室に戻るので、そこを退いてくれ」

 学校内と屋上を隔てる扉の敷居の真上に立つ宝子山を半ば押しのけるようにして、校内に戻ろうとする。 

「待って下さい。私は貴方にお話があってここまで来たのです」

「……腕を放せ」

 宝子山はガッチリと両手で俺の右腕を掴んでいる。

 話を聞くまでは逃がさないと、その目は暗に語っていた。

 自然と俺の中から溜息が漏れる。


「……ああ、この前の話か? 確かお見合いだったか? それならお祝いの言葉を……」

「違います。あれはもう解決しました」

「はぁ? なら良いじゃないか。おめでとう。これで君は自由だ。だから俺も自由にしてくれ。手を放せ」

 力に任せて腕を引くが、宝子山は意外に力が強くビクともしない。


「私、欲しい物があるんです」

 俺の言葉にまるで耳を貸そうとしない。

「人の話を聞け」

「私は本に疎くて、何の書籍なのか分からないのですが……恐らく、温泉関係の雑誌なのではないか、と思われます」

「だから何で俺が……」

 代わりに宝子山もとい妄想女は、ぐっと身を寄せてくる。


 ……近い。離れろ。

 少し良い匂いな事にも腹が立つ。

 妄想女は俺の胸に手を置くと、上目遣いに見上げてきた。


「本のタイトルは『快楽天国』というそうです。私、どうしてもそれが欲しいので、貴方の力でどうにか手に入れて下さい」

「…………」

 

 本当にこの女は何を言っているのか。

 それは、温泉雑誌などではない。

 『心地良さ』を求める為のものという点に関しては、同じと言えなくもないが……。

 

 何てことは無い。

 それはただの…………エロ本だ。


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