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君が信じた偽りの愛、僕が暴く真実の罪 ~ログは全てを記憶している~  作者: ledled


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9/11

後日談 消えないログ、焼かれる未来 ~「俺はただの付き合いだった」が通用しない世界~

「それでは、田中さん。来週の月曜日、内定式でお会いできることを楽しみにしていますよ」

「は、はい! ありがとうございます! 精一杯、頑張ります!」


都内のオフィスビルにある会議室。

中堅商社「赤城商事」の人事部長から告げられた言葉に、俺、田中健太たなか けんたは深々と頭を下げた。

エレベーターに乗り込み、一階のエントランスを出た瞬間、俺は大きくガッツポーズをした。


「よっしゃあああ! 内定ゲットォォォ!」


周りのサラリーマンたちが怪訝な顔で見てくるが、気にならなかった。

俺は勝ったのだ。

就職氷河期と言われるこの時代に、安定した商社への切符を手に入れた。初任給も悪くないし、福利厚生もしっかりしている。

これで俺の人生は安泰だ。


スマホを取り出し、友人のグループLINE……じゃなくて、MINEにメッセージを送る。


『お前ら、今日飲み行こうぜ! 俺のおごりで!』


すぐに『マジか!』『ゴチになりまーす』と返信が来る。

俺は鼻歌交じりに駅へと向かった。


大学四年の夏。

季節はもうすぐ秋になろうとしている。

半年前、俺たちのサークルであんな「大事件」があったなんて、まるで嘘のように世界は平和に回っていた。


そう、あの事件だ。

テニスサークルの副代表だった佐伯巧が、部員の木島蓮をハメて、逆に破滅したあの一件。

正直、あの時は肝が冷えた。

俺も佐伯さんの取り巻きの一人として、木島の悪口をネットに書き込んだり、嘘の目撃証言をしたりしていたからだ。


「木島が浮気してるの見たよ」

「あいつ、裏垢で女の悪口言ってたぜ」


佐伯さんに頼まれて、軽い気持ちで言った嘘。

それが木島を追い詰め、あんな騒ぎになるとは思っていなかった。


でも、結果的に俺は助かった。

佐伯さんは退学になり、実家からも絶縁されるという悲惨な末路を辿ったが、俺たちのような「下っ端」は、大学から厳重注意を受けただけで済んだのだ。

退学にはならなかった。名前も(その時はまだ)大きくは晒されなかった。

俺は運が良かった。

いや、俺が賢かったのだ。佐伯さんのように表立って目立つことなく、あくまで「大勢の中の一人」として振る舞っていたからだ。


「やっぱ、出る杭は打たれるってことだよな。木島も佐伯さんも、目立ちすぎたんだよ」


俺は自分に言い聞かせるように呟いた。

俺のような凡人は、流れに身を任せて、長いものに巻かれていればいい。

そうすれば、こうしてちゃんと就職もできて、幸せな人生が待っているのだから。


     * * *


その夜、居酒屋で旧サークルメンバーの佐藤と飲んでいた。

彼もまた、あの一件に関わっていたが、無事にメーカーへの内定を決めていた。


「いやー、マジで良かったよな俺たち。一時はどうなるかと思ったけど」


佐藤がジョッキを傾けながら、ニヤニヤと笑う。


「それな。佐伯さんが全部被ってくれたおかげだよ。あいつ、今頃どうしてんだろうな? 借金まみれって噂だけど」

「自業自得っしょ。調子乗りすぎなんだよ。……てか、木島の方もさ、なんか最近すごいことになってるらしいじゃん」


佐藤がスマホの画面を見せてきた。

そこには、ニュースアプリの記事が表示されていた。


『プログレス・ゲート、新セキュリティシステムを発表。開発リーダーは若き天才・木島蓮氏』


写真の中の木島は、パリッとしたスーツを着こなし、知的なオーラを放っていた。

かつてサークルの隅っこでPCをいじっていた地味な男とは、別人のようだ。


「うわ、出世しすぎだろ。なんかムカつくな」


俺は舌打ちをした。


「ま、俺たちには関係ないけどな。あいつはあいつ、俺たちは俺たちだ」

「そうそう。俺らも勝ち組コース乗ったし、過去のことは水に流してパーッといこうぜ!」


俺たちは乾杯した。

過去の罪悪感など、アルコールで消毒してしまえばいい。

ネットの炎上なんて、人の噂も七十五日。

誰も俺たちのことなんて覚えていない。

そう信じていた。


だが、その甘い考えは、翌日の朝、粉々に打ち砕かれることになった。


二日酔いの頭を抱えて起きた俺は、スマホの通知を見て凍りついた。

Twotterの通知が、異常な数になっている。

普段は「いいね」なんて数件しかつかない俺のアカウントが、燃え上がっていた。


『こいつだろ、佐伯の共犯者A』

『名前は田中健太。××大学経済学部』

『内定先は赤城商事らしいぞ』

『人事部に凸撃しとくわ』


「……は?」


血の気が引いた。

震える指で画面をスクロールする。

そこには、俺が半年前に裏垢で投稿していた、木島への誹謗中傷ツイートのスクショが貼られていた。


『木島マジきめぇw さっさと消えろ』

『浮気捏造とかウケるw 佐伯さん天才すぎ』


アカウント名は変えていたし、鍵もかけていたはずだ。

それなのに、なぜ?

まとめサイトのリンクが貼られている。

タイトルは『【特定完了】木島蓮冤罪事件、逃げ切ったと思っている共犯者たちの現在』。


そこには、俺の実名、大学、顔写真、そして昨日内定をもらったばかりの「赤城商事」の名前までが、完璧な精度で羅列されていた。

昨日の居酒屋での会話も、誰かに聞かれていたのか?

いや、佐藤が酔っ払ってインスタ(アウスタ)のストーリーに上げた写真だ。

「内定祝い! 勝ち組!」というコメントと共に、俺の顔と、テーブルに置かれた内定通知書の封筒が見切れていたのだ。


「馬鹿野郎……!!」


俺は叫んだ。

脇が甘すぎた。

ネットの「特定班」と呼ばれる連中は、執念深い。

彼らは半年間、俺たちがボロを出すのをじっと待っていたのだ。

そして、人生で一番幸せな瞬間、内定が決まったこのタイミングを狙って、地獄へ突き落とすスイッチを押したのだ。


プルルルルル!

スマホが鳴る。

画面に表示された文字を見て、心臓が止まりそうになった。


『赤城商事 人事部』


出たくない。

出たくないが、出なければもっと事態が悪化する。

俺は震える手で通話ボタンを押した。


「は、はい……田中です……」

『赤城商事人事部の山下です。田中君、今すぐ本社に来られるかな? ネットで君に関する良からぬ噂が出回っていてね。説明してもらいたいんだ』


声は冷徹で、昨日の温かみなど微塵もなかった。

俺はパジャマのまま、その場に崩れ落ちた。


     * * *


一時間後。

俺は赤城商事の応接室にいた。

昨日、笑顔で握手をしてくれた人事部長と、法務部の人間だという強面の男が座っている。

テーブルの上には、俺のツイートのプリントアウトと、まとめサイトのコピーが置かれていた。


「田中君。これは、君のアカウントで間違いないかね?」


人事部長が淡々と尋ねる。

俺は脂汗を流しながら、必死に言い訳を探した。


「あ、あの、それは……乗っ取られたというか……」

「嘘はつかない方がいい。デジタルフォレンジック調査をすればすぐに分かることだ。それに、このインスタの写真。君だよね?」

「……はい」


逃げ場はなかった。

俺は小さく頷くしかなかった。


「君ねえ、採用面接の時、『協調性がある』とか『誠実さが売りです』とか言ってたよね?」


部長が呆れたようにため息をつく。


「同級生を集団でいじめて、嘘の証言で陥れるのが、君の言う『協調性』なのかね?」

「ち、違います! あれは佐伯副代表に命令されて、断れなくて……僕も被害者みたいなもので……」


俺は必死にすがった。

自分が主犯じゃないことを強調すれば、情状酌量の余地があると思った。

だが、法務部の男が冷たく言い放った。


「『命令されたからやった』。それが一番まずいんだよ」

「え……?」

「企業というのはね、コンプライアンス遵守が絶対なんだ。上司の命令であっても、それが不正ならNOと言える人間が必要なんだよ。君のように、思考停止して不正に加担し、それを『断れなかった』と言い訳する人間は、会社にとって最大のリスク要因なんだ」


リスク要因。

その言葉が、俺の胸に突き刺さる。


「それに、これだけの騒ぎになっている。君を採用すれば、我が社にも『いじめ加担者を雇う企業』というレッテルが貼られる。取引先からの信用問題に関わるんだよ」


部長が内定通知書をテーブルに戻した。


「残念だが、内定は取り消させてもらう」

「そ、そんな……! 待ってください! 反省してます! もう二度としませんから!」

「反省? 昨日、『勝ち組』って騒いでたのが?」


部長の目は笑っていなかった。

俺は言葉を失った。

全て見透かされていた。


「帰りたまえ。二度と敷居を跨がないように」


俺は逃げるように会社を出た。

ビルの外に出ると、強烈な日差しが眩暈を誘った。

昨日は輝いて見えたオフィス街が、今は俺を拒絶する巨大な壁のように見えた。

内定取り消し。

この時期に。

これからどうすればいい?

他の企業の選考はもう終わっている。

俺は「無い内定」のまま、卒業を迎えることになるのか?


     * * *


地獄はそれだけでは終わらなかった。

帰り道、彼女の美咲からMINEが来た。


『別れよう』


たった一言。

慌てて電話するが、着信拒否されている。

彼女のインスタを見ると、俺との写真が全て削除されていた。

彼女の友人からDMが来た。


『美咲に変な巻き添え食らわせないでくれる? 犯罪者の彼氏とか恥ずかしすぎるから』


俺のことは、彼女の周りにも既に知れ渡っていたのだ。

「犯罪者」。

俺は逮捕されたわけじゃない。

ただ、サークルのノリで悪口を言っただけなのに。

なんでここまでされなきゃいけないんだ。


実家の母からも電話があった。

泣いていた。


『あんた、何したの? 近所の人から変なこと言われたわよ。ネットにあんたの名前が出てるって……』

『父さんが激怒してる。もう帰ってくるなって……』


居場所が、次々と消えていく。

会社、恋人、実家。

俺を構成していた世界が、音を立てて崩れ去っていく。

スマホを見るのが怖い。

通知が来るたびにビクッとする。

また新しい罵倒か? 住所が晒されたのか?

俺はスマホの電源を切り、ふらふらと街を彷徨った。


駅前の大型ビジョン。

そこには、またあのニュースが流れていた。


『プログレス・ゲート、木島蓮氏への独占インタビュー』


画面の中の木島は、インタビュアーの質問に答えていた。


『過去の困難をどう乗り越えましたか?』

『真実を信じてくれる仲間がいたからです。そして、どんなに小さなログでも、嘘をつかないと知っていたからです』


ログは嘘をつかない。

その言葉が、俺の首を絞める。

俺が軽い気持ちで投稿した悪口。

佐伯さんに媚びるために送った「やっちゃいましょうw」というメッセージ。

それら全てのログが、消えることなく保存され、時限爆弾となって今、爆発したのだ。


木島は眩しかった。

俺が見下していたはずの「陰キャ」は、いつの間にか手の届かない高みへと登っていた。

一方、俺はどうだ?

「勝ち組」だと浮かれていた数時間前が、遠い昔のようだ。

今の俺は、社会から弾き出された異物。

何者でもない、ただの「転落したモブ」だ。


ふと、ショーウィンドウに映った自分の顔を見た。

死人のような顔色。

安っぽいリクルートスーツが、ひどく惨めに見える。

俺は佐伯さんを笑っていた。

「あいつは馬鹿だ」と。

だが、俺も同じだった。

いや、佐伯さんの影に隠れてコソコソと石を投げ、形勢が悪くなれば被害者面をして逃げようとした俺の方が、もっと卑怯で救いようがないのかもしれない。


「……ざまあみろ、か」


俺は自嘲気味に呟いた。

木島が言ったわけではない。

世界そのものが、俺に向かってそう言っている気がした。

因果応報。

その言葉の重さを、俺は一生背負って生きていくことになる。


     * * *


半年後。

俺は、郊外にある物流倉庫で働いていた。

深夜のアルバイトだ。

内定取り消しの後、まともな企業にはどこも相手にされなかった。

名前を検索すれば、すぐにあのまとめサイトが出てくるのだから当然だ。

「田中健太」という名前は、ネット上では「いじめ加担者」「卑怯者」の代名詞になっていた。


重い段ボールを運びながら、俺は考える。

もし、あの日。

佐伯さんに「木島をハメようぜ」と言われた時、「それはやめましょう」と言えていたら。

いや、せめて黙ってその場を離れていれば。

俺の人生は違っていただろうか。


「おい田中! 手ェ止まってんぞ! 早くしろ!」

「は、はい! すみません!」


現場監督の怒号に、俺は慌てて体を動かす。

時給1200円。

腰は痛いし、将来の展望もない。

休憩時間、休憩室の隅でスマホを開く。

新しいアカウントで、ひっそりとネットを見ている。

もう書き込みはしない。見るだけだ。


トレンドに『プログレス・ゲート上場』の文字がある。

木島は、さらに遠くへ行ってしまった。

記事によると、彼は最近結婚したらしい。

相手は同じ大学の同級生で、共に戦ったパートナーだとか。

幸せそうな二人の写真。


俺は画面を閉じた。

羨む資格すらない。

俺にあるのは、深夜の倉庫の冷たい空気と、終わりのない後悔だけだ。


「……休憩終わりか」


俺は立ち上がった。

足が重い。

だが、歩くしかない。

これが、俺が自分で選んだ(あるいは、流されて選んでしまった)人生の続きなのだから。


倉庫の外に出ると、夜明け前の空が白み始めていた。

だが、俺の人生に夜明けが来ることは、もう二度とないのかもしれない。

デジタルタトゥーは、皮膚の下まで深く刻み込まれ、俺が死ぬまで、いや死んだ後も、俺が「愚か者」であったことを証明し続けるのだから。

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