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君が信じた偽りの愛、僕が暴く真実の罪 ~ログは全てを記憶している~  作者: ledled


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後日談 バグとして廃棄された男 ~「人生の主人公」気取りだった俺の、エンドロールなき地獄~

「おい、佐伯! 何ボーッとしてんだ! 車来てるぞ、誘導しろ!」

「あ、はい……すみません」

「『はい』じゃねえよ! 声が小せえんだよ! テメェやる気あんのか!」


怒号と共に、ヘルメットの上から安全靴で脛を蹴り飛ばされる。

鋭い痛みが走り、俺は無様にその場にうずくまった。

深夜二時。冷たい雨が降りしきる国道沿いの工事現場。

誘導灯の赤い光が、濡れたアスファルトに滲んで反射している。

俺、佐伯巧さえき たくみは、泥だらけの作業着に身を包み、自分より一回りも年下のヤンキー上がりの現場監督に頭を下げていた。


「申し訳ありません……次は気をつけます……」

「次なんかねえんだよ。代わりはいくらでもいるんだ。嫌なら帰れ、クズが」


吐き捨てるように言われ、監督はタバコを路上に投げ捨てて去っていった。

俺は泥水にまみれた手で、ズボンの汚れを払う。

指先がかじかんで感覚がない。

かつて、イタリア製の高級革靴を履き、オーダーメイドのスーツに身を包んでいたこの体が、今はホームセンターで買った千円の作業着と、安全靴という名の足枷に縛られている。


「……ふざけんなよ」


小さく呟く声は、雨音にかき消される。

俺はこんなところにいるべき人間じゃない。

俺は佐伯巧だ。

地元の名士の息子で、有名私大のサークル代表で、誰もが羨む容姿と金を持っていた「選ばれた人間」のはずだ。

それがどうして、こんな底辺で這いつくばっているんだ。


理由は分かっている。

あの男だ。木島蓮。

あいつが俺の人生を壊した。

俺が仕掛けた「ゲーム」を、あいつは反則技みたいな手口でひっくり返しやがった。

おかげで俺は大学を退学になり、親父には勘当され、賠償金という莫大な借金を背負わされた。

ネットには俺の顔と名前、実家の住所までが永遠に晒され続けている。

まともな就職なんてできるわけがない。

日雇いの肉体労働で、その日暮らしの銭を稼ぐしか生きる道がないのだ。


「……クソが」


俺は誘導灯を振る。

通り過ぎる高級車。

その運転席には、かつての俺のような、勝ち組の男たちが座っているのだろう。

彼らは俺のことなど見もしない。

ただの「風景」の一部。道路脇に立っているだけの「NPCノンプレイヤーキャラクター」としてしか認識していない。

かつては俺が、世界というゲームの「主人公」だったはずなのに。


     * * *


朝方、現場の仕事が終わると、俺はコンビニで一番安いカップ酒と廃棄寸前の見切り品弁当を買い、アパートへと帰る。

築四十年の木造アパート。六畳一間、風呂なし。

壁は薄く、隣の部屋の住人の咳払いやテレビの音が筒抜けだ。

かつて住んでいたタワーマンションのトイレよりも狭いこの部屋が、今の俺の城だ。


「ただいま……なんてな」


誰もいない部屋に声をかける。

部屋の中は、カビ臭いような淀んだ空気が充満している。

布団は万年床で、周りにはカップ麺の容器や空き缶が散乱している。

俺は布団の上に倒れ込み、スマホを取り出した。

画面には無数のヒビが入っている。買い換える金なんてない。


日課のように、エゴサーチをする。

『佐伯巧』と入力して検索。

検索結果の件数は、事件から数年経った今でも減ることはない。

むしろ、俺が落ちぶれた様子を面白がって拡散する連中のせいで、定期的に話題に上がっている。


『【悲報】佐伯巧、工事現場で発見されるw』

『元・大学の王子様、現在は日雇い労働者として人生勉強中』

『被害者の会への賠償金、まだ未払いらしいぞ』


誰かが俺を盗撮した写真がアップされていた。

ヘルメットを被り、死んだ魚のような目で棒を振っている俺の姿。

コメント欄には嘲笑の嵐。


『ざまあみろ』

『因果応報』

『一生そこで償ってろ』


「うるせえ……うるせえよ……!」


俺はスマホを布団に投げつけた。

どいつもこいつも、安全圏から石を投げやがって。

お前らに俺の何が分かる。

俺はただ、少し楽しみたかっただけだ。

地味で生意気な木島をからかって、可愛い彼女をちょっと寝取って、サークルの王様として君臨したかっただけだ。

それがそんなに悪いことか?

世の中、もっと悪いことしてる奴らがいっぱいいるだろ。

なんで俺だけが、こんな目に遭わなきゃいけないんだ。


腹立たしさを紛らわせるために、カップ酒を一気に煽る。

安酒の強烈なアルコール臭が鼻を突き、胃が焼けるように熱くなる。

酔えば忘れられる。

過去の栄光も、現在の惨めさも。


ふと、部屋の隅にあるダンボール箱が目に入った。

実家から追い出される時、わずかに持ち出せた私物が入っている。

その中に、一冊のアルバムがあった。

サークルの合宿の写真だ。

俺は震える手でそれを開いた。


写真の中の俺は、輝いていた。

ブランド物のサングラスをかけ、ビーチでポーズを取っている。

周りには、取り巻きの男たちや、俺に媚びる女たちが群がっている。

その中心で、俺は世界のすべてを手に入れたような顔で笑っていた。


「……戻りたい」


涙が滲んだ。

あの頃に戻りたい。

みんなが俺を崇め、俺の言葉一つで動いていたあの頃に。

金も、女も、地位も、すべてが思い通りだったあの楽園に。


ページをめくると、一ノ瀬由奈の写真が出てきた。

木島から奪った女。

少し押せばすぐに落ちた、チョロい女。

正直、彼女のことは本気で好きだったわけじゃない。

木島が大事にしているものを壊して、自分のものにするという征服感が欲しかっただけだ。

彼女は俺にとって、ゲームの「レアアイテム」兼「トロフィー」に過ぎなかった。


「……お前のせいでもあるんだぞ、由奈」


俺は写真の中の笑顔に向かって毒づいた。

あいつがもっと賢ければ。

あいつがもっと上手く木島を騙していれば。

あるいは、最後の最後で俺を庇ってくれれば、こんなことにはならなかったかもしれない。

いや、そもそもあいつが俺に色目を使ってきたのが悪いんだ。俺は誘われたから乗っただけだ。

そうだ、俺は悪くない。

悪いのは木島であり、由奈であり、俺を見捨てた親父であり、ネットの連中だ。

俺は被害者なんだ。


そう思い込まなければ、精神が崩壊しそうだった。

俺自身が「悪」だと認めてしまえば、この地獄が「正当な罰」になってしまう。

それだけは認めるわけにはいかない。

俺は特別な人間なんだ。今はただ、不運なバグに巻き込まれて、一時的に落ちぶれているだけだ。いつか必ず、逆転のチャンスが来るはずだ。


     * * *


数日後の昼下がり。

俺は街を歩いていた。

仕事が休みで、パチンコ屋に向かう途中だった。

なけなしの金を増やして、少しでもいい飯を食いたい。そんな短絡的な思考しかなかった。


駅前の大型ビジョン。

多くの人々が足を止め、見上げている。

俺も何気なく視線を向けた。

そこに映し出された映像を見て、俺は石になったように動けなくなった。


『本日、東証プライム市場に上場を果たしたプログレス・ゲート。その技術的支柱である新システム「Phoenix」の開発責任者、木島蓮氏にお話を伺います』


大画面に映し出されたのは、木島蓮だった。

数年前、俺が「地味な陰キャ」「格下」と見下していた男。

だが、今の彼は違っていた。

洗練されたオーダースーツを着こなし、自信に満ちた眼差しでカメラを見つめている。

その隣には、知的で美しい女性――星野舞が並んで立っていた。

二人の左手の薬指には、揃いの指輪が光っている。


『木島さん、このシステムのコンセプトは?』

『はい。「信頼の可視化」です。嘘や改ざんを許さず、正しい行いをした人が正当に評価される。そんな世界を作りたかったんです』

『過去の経験が生きていると?』

『そうですね。辛い経験もありましたが、それがあったからこそ、真実の重さを知ることができました。そして、僕を信じて支えてくれた妻がいたから、ここまで来られました』


木島が舞を見て、優しく微笑む。

舞もまた、愛おしそうに彼を見つめ返す。

それは、完璧な「勝者」の姿だった。

物語の主人公が、困難を乗り越えてハッピーエンドを迎えた、その後の輝かしいエピローグそのものだった。


「……あ、あ……」


喉から、ひきつったような音が漏れる。

勝てない。

逆転なんて、ありえない。

俺とあいつの間には、天と地ほどの差が開いてしまった。

あいつは「主人公」になり、俺は「悪役」として倒され、そして忘れ去られた「残骸」になったのだ。


「あれ? もしかして……」


近くにいた女子高生たちが、俺の方を見てヒソヒソと話し始めた。


「あの人、佐伯巧じゃない?」

「え、嘘? あのネットで有名な?」

「うわ、マジだ。超落ちぶれてるじゃん」

「汚っ。近寄らんとこ」


クスクスという笑い声。

スマホのカメラが俺に向けられる。

まただ。また拡散される。

「佐伯巧、木島蓮のニュースを見て呆然とするw」なんてタイトルで。


「見るな……見るなよ!!」


俺は叫び、逃げ出した。

人混みを掻き分け、路地裏へと走り込む。

息が切れる。心臓が早鐘を打つ。

ゴミ箱の陰に隠れて、膝を抱える。


怖い。

世界中が俺を見ている。

俺の失敗を、俺の惨めさを、指差して笑っている。

デジタルタトゥーは消えない。

俺がどこへ行こうと、何になろうと、検索ひとつで俺の過去は暴かれる。

「佐伯巧」という名前は、もう呪いでしかない。


ポケットの中でスマホが震えた。

非通知設定の着信。

借金取りか、それとも弁護士か。

恐る恐る出る。


『……もしもし、佐伯さんですか?』


男の声だ。聞き覚えのない声。


「……誰だ」

『私は××出版の者です。今度、ネット炎上に関する暴露本を企画しておりまして……あなたの体験談を、実名で語っていただけないかと』

「は?」

『もちろん、謝礼はお支払いしますよ。かつての栄光から転落した心境や、被害者の方々への今の思いなどを赤裸々に……』

「ふざけるな!!」


俺はスマホを地面に叩きつけた。

バキッという音がして、画面が完全に砕け散った。

俺を見世物にするな。

俺の人生を、お前らの娯楽のネタにするな。

俺は佐伯巧だぞ! 選ばれた人間なんだぞ!


叫び声が路地裏に虚しく響く。

誰も答えない。

野良猫が一匹、驚いて逃げていっただけだ。

俺は地面に散らばったスマホの残骸を見つめた。

もう、何も映らない真っ黒な破片。

それはまるで、俺の未来そのものだった。


     * * *


その日の夜、俺はアパートの窓から、遠くに見える都心の夜景を眺めていた。

煌びやかな光の群れ。

あの光の一つ一つに、人々の生活があり、幸せがある。

そして、その一番輝いている場所に、木島蓮がいる。


俺の手には、コンビニで買ったカッターナイフが握られていた。

楽になりたい。

この終わりのない恥辱と労働の日々から解放されたい。

リセットボタンを押せば、また最初からやり直せるんじゃないか?

今度はもっと上手くやる。

木島なんかに関わらず、もっと賢く立ち回って、親父の会社を継いで……。


刃先を手首に当てる。

冷たい感触。

だが、手が震えて力が入れられない。

怖い。死ぬのが怖い。

俺はまだ、自分が死ぬべき人間だなんて思えない。

心のどこかで、まだ「俺は特別だ」という思い上がりが捨てきれていないのだ。

あんなに他人を傷つけておきながら、自分の痛みには誰よりも敏感で、臆病なのだ。


「……くそっ……くそぉぉぉ……!!」


俺はカッターナイフを床に投げ捨て、泣き崩れた。

死ぬ勇気すらない。

生きる希望もない。

ただ、生殺しの状態で、この底辺を這いずり回るしかない。


その時、隣の部屋から壁をドンと叩く音がした。


「うるせえぞ! 夜中だぞ!」


怒鳴り声が聞こえる。


「……すみません……」


俺は涙声で謝った。

これが現実だ。

俺はもう、誰かに命令し、見下す側の人間ではない。

誰かに怒鳴られ、頭を下げ、許しを請う側の人間なのだ。


ふと、親父の顔が浮かんだ。

あの日、電話で俺を見捨てた時の、冷徹な声。


『私に息子はいない』


あの言葉が、今になって重くのしかかる。

親父は正しかったのかもしれない。

俺のような欠陥品バグは、佐伯家というシステムから排除されるべきだったのだ。


由奈の顔も浮かんだ。

噂では、彼女は精神を病んで引きこもりになっているらしい。

ざまあみろ、と言いたいところだが、不思議とそんな気力も湧かなかった。

彼女もまた、俺というウイルスに感染して壊れた被害者の一人なのかもしれない。

いや、俺自身がウイルスだったのだ。

周囲を汚染し、破壊し、そして最後にはワクチン(木島)によって駆除された。


俺は布団に潜り込んだ。

体は冷え切っているのに、寝汗が止まらない。

目を閉じると、あの日のサークル総会の光景がフラッシュバックする。

スクリーンの光。

学生たちの軽蔑の視線。

そして、マイクを持って俺を見下ろす木島の、氷のように冷たい瞳。


『これが、お前の言う「クリーン」で「ホワイト」なサークルの実態か?』


あの言葉が、呪詛のようにリフレインする。

俺の人生は、もう二度とクリーンにはならない。

泥と油と、ネット上の汚物にまみれて、ブラックな闇の中を彷徨い続けるだけだ。


「……誰か……助けて……」


幼子のような独り言が漏れる。

だが、助けは来ない。

俺が木島を罠に嵌めた時、彼の助けを求める声を無視して笑っていたように。

今度は俺が、誰からも無視され、笑われる番なのだ。


窓の外で、朝を告げるカラスが鳴いた。

また、絶望的な一日が始まる。

俺は泥だらけの作業着に袖を通す。

今日もしがみつくように生きるために。

自分が「主役」の座を降ろされた、みすぼらしい端役であることを噛み締めながら。


これが、俺のハッピーエンドなき物語の、永遠に続く続きだ。

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