16日目 応急と継ぎ目 〜裂け目を塞ぐ手、制度の外で〜
在庫/十六日目・朝
・水:0.2L以下(夜露ほぼなし)
・食:海藻 束×1弱/貝なし
・塩:微量(縁の結晶)
・火:炭片わずか/燃焼手段かろうじて維持
・記録具:ペン使用可/炭 予備
・体調:喉の渇き強く頭重感あり
・所感:記帳だけでは祠は救えない。十六日を越え、今は「手を汚す」しか残されていない
午前、祠の縁にしゃがみ込む。
水面は白い泡で覆われ底石は完全に姿を消していた。
裂け目はさらに広がり縁に黒い筋を走らせている。
私は印石を持ち隙間に詰めてみた。
だが泡はすぐに押し返し石は弾かれて転がった。
次に海藻を固めて押し込む。
水が絡みつき繊維は濡れたままほどけていく。
砂を重ねても流れは止まらない。
「制度の外だ……」
私は震える手で記帳に追記した。
《制度外行為:裂け目補修の試行》
昼、太陽が頭上にあるのに…祠の縁は影を落とし裂け目を際立たせていた。
私は水をほんの少しだけ口に含みすぐに吐き出す。
鉄のような味が舌に残り喉に渇きが逆に募った。
遠くで潮の人が立っていた。
いつものように〇や=を描くことはせず、ただこちらを見ている。
そして、一歩だけ輪に近づきかけて止まった。
制度の境界を踏み越えそうになり躊躇したかのように。
私は視線を逸らし裂け目に再び石を詰め込んだ。
「生き延びることに、制度を待っている余裕はない」
午後、鳥の群れが旋回。ひときわ低く降下した一羽が輪の外へ何かを落とした。
拾い上げると小さな光沢のある石片だった。
星の欠片のような模様が刻まれている。
「供物じゃない……補強材か」
私は裂け目の縁に石片を嵌め込んだ。
すると泡の立ち上がりが一瞬だけ弱まり水面が落ち着きを取り戻した。
観測/午後
・祠:濁り続くが泡の勢い一時低下。裂け目、石片でわずかに塞がる
・鳥:供物=石片。交換ではなく“提示”か
・潮の人:依然、沈黙。ただ輪を見ている
・影:杭の影、二重のまま。星図の乱れ収束せず
夕刻、裂け目の補修は応急に過ぎない。
だが水面の泡が弱まった瞬間。私は胸の底でかすかな安堵を覚えた。
「制度外の継ぎ目。それでも、延命にはなる」
私は条項に追記した。
《暫定条項:裂け目補修=制度外の継ぎ目として記録》
太陽が傾くと星が昼の空に滲み始めた。
影は相変わらず二重に揺れ祠の水は完全には澄まない。
在庫/十六日目・夜
・水:0.25L(祠の泡、一時的に減少)
・食:海藻 束×0.5
・塩:微
・体調:疲労、渇き続く
・所感:応急の継ぎ目が輪を壊すのかそれとも延命となるのか。
答えはまだ出ない。だが私は記録を止めない。
最後に紙に太く=を重ねる。
線は震えていたが崩れた輪の縁は…まだかすかに見えていた。