14日目 濁流と裂け目 〜祠の喉、乾きの前兆〜
在庫/十四日目・朝
・水:0.28L(減少)/祠 3割(濁り・泡増)
・食:海藻 小(束×1)/貝なし
・塩:微量
・火:炭片少/燃焼は維持可能
・記録具:ペン使用可/炭 予備
・体調:喉の渇き強し/集中力散漫
・所感:水の揺らぎは止まらず。祠が「喉」を閉じていくようだ
祠を覗き込む。
水面は泥に似た濁りを広げ泡が次々に破裂する。かすかな硫黄の匂いすら漂っていた。
底石はもう一つも視認できない。
昨日の裂け目が広がり黒い筋が祠全体を網のように走っている。
「これ以上、水が減れば…」
言葉の先が喉に貼りつく。
飲むべきか残すべきか。
数字は冷静に答えを返すが、心臓は別のリズムで迫ってくる。
観測/午前
・祠:濁り強化、泡連続。裂け目拡大。
・鳥:供物として魚の骨片を落下。外縁旋回は少なく、沖の上で停滞。
・潮の人:沈黙。胸までの水に立ち、記号を描かず。
・影:杭の影がさらに伸び、星図は二歩分ずれ。
私は鳥の落とした骨片を拾った。
白く乾ききった断片には削られたような直線が走っている。
昨夜の貝殻の符号に似ているが、これはさらに粗雑。裂け目を模したようでもある。
「兆しか、脅しか」
手にした骨は軽すぎて意味を量ることはできない。
だが供物が「食べられないもの」に変わったことが胸を刺す。
祠が食物を拒み、島そのものが「飢え」に傾き始めたように思えた。
昼。
水を少量だけ口に含む。
鉄のような味が舌に広がり喉の奥に熱を残した。
澄むどころか汚れが濃縮されていく。
「水を飲む行為そのものが、毒に近づいている」
記帳の手が震えた。
在庫表の数値は冷徹に減り続ける。
線を引くたびに未来が削られていく感覚に襲われる。
条項補注(十四日目・昼)
・水脈の変質により制度の前提が揺らぐ
・飲料は「量」より「質」で危険化
・鳥の供物変化(魚骨)=環境変化の写し?
・潮の人は記号を発さず沈黙継続
・「制度を越える制度」必要
夕刻。
裂け目の黒い筋が祠の縁を越えて砂地にまで滲んでいた。
波に似た低い音が地面から響く。
私は耳を澄ませたが潮の人は動かない。
ただ、胸までの水に立ち続け沈黙を守る。
祠が死ねば制度も死ぬ。
帳簿も記録も意味を失う。
ならば記すことそのものを加速させるしかない。
在庫/十四日目・夜
・水:0.22L(残量危険域)/祠 2割(濁りと泡強)
・食:海藻 わずか(残束1)
・塩:微量
・記録具:ペン使用可
・所感:裂け目は広がり祠は沈黙を続ける
明日は制度を越える制度を記すしかない。
最後に、一行。
「輪が崩れても縁が残る限り、私は記す」