この家から出ていって ※ただしナッツはもいでいけ
実話に近い話です。大量ナッツクラッカーの予知夢を見てしまいました
アンナ・レーヴェは、下級貴族の娘。
だが普通の娘ではない。彼女は、時折「予知夢」を見るのだった。しかも、その夢はけっこう正確に当たる。
そして――彼女にはもう一つ、誰にも言えない秘密があった。
「……転生者なんですけど、私」
現代日本から来た記憶を抱えたまま生まれ変わったアンナは、異世界の理不尽な常識にもそれなりに耐性があった。
ある日、祖国を代表して隣国サンドバール王国に嫁ぐよう王命が下る。
最初は「王太子妃候補」と聞かされ、アンナもそれなりに覚悟を決めていた。
――が。
渡航準備が進むたびに話はどんどん矮小化していった。
「王太子妃」だったはずが、「公爵家の縁戚」になり。
「公爵家の縁戚」から「伯爵家の後妻候補」になり。
気づけば「下級貴族の三男あたりとどうです?」という謎の条件にすり替わっていた。
(あのー……? 私、外交のために嫁ぐんですよね……?)
アンナは何も言わなかった。祖国のため。両国友好のため。予知夢に「嵐の後に光あり」と出ていたからだ。
だが、待ち受けていたのは、ただの外交ではなかった。
サンドバール王国王太子夫妻の陰謀によって――
アンナは「未婚のまま輿入れ」させられた。
婚姻の儀もなく、誓約の言葉もない。
ただ「滞在中はこの屋敷で過ごして」と案内され、なぜか閨に次男や三男たちが呼び込まれる。
「な、なんで私……男侍らせてんの?」
「だって王太子様のご命令だから」
「祖国を辱めるため、だそうですよ。ふふ」
周りの侍女たちが薄笑いを浮かべる中、アンナは天を仰いだ。
(……あ、これ。逆ハーレムイベントってやつ?)
現代乙女ゲー脳を持つアンナ、初めは妙に納得してしまった。
だが、日が経つにつれ違和感は大きくなる。
(お見合いじゃなかったっけ? なんで私、結婚もされずに娼婦まがいの扱いされてんの?)
堪忍袋の緒が切れるのに、そう時間はかからなかった。
「……帰ろ」
アンナは帰国を決意する。
だが、ただ逃げ帰るのは癪だった。
「やられっぱなしって、私の性格じゃないのよね」
彼女は現代知識をフル活用し、夜の寝所に忍び込んできた次男三男たちに制裁を下していく。
輿入れの時に母親が持たせてくれた道具ーー
魔道ナッツクラッカーver3.5 オールドモデルだ。
ビンテージ扱いされる鉗子のような形のそれをそっと服の下に忍ばせていた。
――さあ、片っ端から、ナッツをもいで。
「ギャアアアアア!!!」
「俺の跡取りがぁぁぁ!!」
「これでもう浮気できないでしょ?」
笑顔で宣告するアンナ。
さらに調べてみれば、彼らは皆、すでに恋人や妻帯者だった。
つまり、完全なる不倫&犯罪のダブル役満。
「……お仕置きはナッツだけじゃ足りないわね」
アンナは予知夢で見た「薬草と毒草の見分け方」を思い出し、躊躇なく調合開始。
結果、彼女を襲った次男三男の嫁と恋人たちは全員、悶絶してあの世行きとなった。
そして翌朝――。
王太子夫妻の屋敷から、真っ赤なドレスのアンナが悠然と歩み出る。
背後では、次男三男たちの断末魔と悲鳴が響きわたる。
彼女は一度だけ振り返り、きっぱりと言い放った。
「――この家から出ていって」
数拍置いて、にっこりと笑う。
「※ただしナッツはもいでいけ」
こうしてアンナは、サンドバール王国を後にした。
もちろん帰国後は「王太子夫妻の陰謀」と「下級貴族の乱行」を告発し、両国の外交はひっくり返った。
だが彼女自身はどこ吹く風。
新しい人生を、自由に楽しみ始めるのだった。
(やっぱり予知夢どおり。嵐の後には、ちゃんと光が差すのね)
――それは、アンナだけが知る未来。