第八話 狙われる知恵
観測所の奥、ゴリンの工房では、開発の槌音が止むことなく響いていた。
巨大な設計図が壁に広げられ、アランの医学的な知見、リィナの感応力、そしてライラの神秘的な知識が、ゴリンの論理的な工学技術と融合し、『地脈調律器』は日を追うごとに完成に近づいていた。
その日の午後、観測所の平和な空気が、突如として不穏な気配に満ちた。
ゴリンが精密な歯車の調整に没頭していると、工房の扉が音を立てて吹き飛ばされた。
現れたのは、土色のローブをまとった男たち。
彼らは不気味なほど無言で、それぞれの手に、生命力を蝕む黒い刃を握っていた。
男たちは一斉にゴリンに襲いかかった。
「ちっ、「教団」のやつらか…!」
ゴリンはとっさに身を翻し、持っていた調整用の槌を構えた。
だが、男たちの動きは素早く、工房の複雑な構造を理解しているかのように、完璧な連携でゴリンを追い詰める。
この場所は、ゴリンが長年かけて作り上げた、彼自身の知識と技術の集大成。
しかし、その知恵そのものが、今、敵の標的となっていた。
時を同じくして、観測所の外にあるライラの聖域でも、同じく襲撃が始まっていた。
ライラが地脈の調律を助けるための歌を練習していると、茂みの奥から、何人もの人影が現れた。
彼らは教団の者たちで、その瞳は、ライラの歌をまるで耳障りな雑音のように忌み嫌う色を宿していた。
「我らの計画を乱す不届き者め…!」
教団の一人が叫ぶと、彼らは一斉に、ライラに向かって精神的な攻撃を仕掛けてきた。
それは、形を持たない、純粋な絶望の波だった。
ライラの歌はかき消され、彼女の心に、この世の終わりのような悲しみと絶望が流れ込んでくる。
聖域は、ライラの歌と、教団の呪詛がぶつかり合う、静かなる戦場と化した。
この同時多発的な襲撃は、アランとリィナの予測をはるかに超えていた。
アランは、教団の狙いが、計画の要であるゴリンの技術と、ライラの神秘の力を同時に破壊することだと悟った。
「二手に分かれるぞ!」
アランは即座に決断した。
彼はリィナに、ライラの聖域へ向かい、その力を解放する手助けをするよう指示した。「ライラの歌は、精神的な干渉には強い。しかし、複数の呪詛を同時に受けるのは危険だ。君の共感の力で、ライラの心を守ってくれ!」
アランはそう叫ぶと、自らはゴリンの工房へと駆け出した。
彼の科学的な知識は、工房の複雑な仕掛けを理解し、教団の男たちの動きを予測することができた。
アランは、工房の仕掛けを巧みに利用し、男たちの連携を寸断する。
「ここは俺に任せろ!お前は、ライラの元へ!」
ゴリンはそう叫んだが、アランは首を振った。
「ゴリン、君は『地脈調律器』を完成させなければならない。私が、この場所を守ってみせる!」
アランは、工房の隅に隠されていた小型の魔力爆弾を手に取り、襲撃者たちの中に投げ込んだ。
爆発は、男たちの追撃をわずかに遅らせた。
その隙に、アランは工房の複雑な構造を駆使し、男たちを一人ずつ無力化していく。
同じ頃、リィナはライラの聖域に到着していた。
ライラはすでに、教団の精神攻撃によって、膝をついていた。
リィナは、迷うことなくライラの傍らに駆け寄り、その肩に手を置いた。
リィナの共感の力が、ライラの心に流れ込み、彼女の魂の悲鳴を吸収していく。
「大丈夫よ、ライラ!あなたは一人じゃないわ!」
リィナの言葉は、ライラの心に温かい光を灯した。
ライラは再び立ち上がり、歌い始めた。
その歌声は、リィナの共感の力を通じて、何倍にも増幅され、教団の呪詛の波を打ち消していく。
ライラの歌と、リィナの共感の力が、互いを支え合い、一つの強大な力となって教団を圧倒した。
アランが工房で、そしてリィナとライラが聖域で力を合わせると、教団の者たちは、自分たちの攻撃が通用しないことを悟った。
男たちは、互いに無言で視線を交わすと、速やかに踵を返し、来た道を引き返していった。
彼らは無益な戦いを好まなかった。
工房の扉を塞いでいた残骸の隙間から、男たちは闇へと姿を消し、聖域にいた者たちもまた、森の外へと退いていった。
この共同作業を通じて、四人の間には、より強い信頼関係が生まれた。
アランは、自らの科学だけでは解決できない事態に直面し、リィナとライラの力が不可欠であることを改めて認識した。
リィナは、アランの論理的な判断力と、ゴリンの職人としての誇りが、いかにこの計画に重要であるかを理解した。
ゴリンは、ライラの力を借りるだけでなく、アランとリィナという新たな「相棒」を得たことに喜びを感じていた。
そしてライラは、リィナの温かい心と、アランの揺るぎない知性が、彼女の歌に新たな意味を与えてくれることを知った。
彼らは、科学と神秘、論理と共感という、互いに異なる道を歩んできた。
しかし、今、彼らは一つの大きな目的のために、互いの違いを尊重し、手を取り合っていた。
彼らがこの襲撃を乗り越えられたのは、個々の力ではなく、共同作業によって生まれた、揺るぎない信頼関係があったからに他ならなかった。




