第七話 地脈調律器
観測所の工房は、いつしか、四人の知恵がぶつかり合う、熱気に満ちた戦場と化していた。
床には、ゴリンが描き続けた膨大な量の設計図が広げられている。
一枚には緻密な歯車の構造が、また一枚には魔力回路の配置が、そして別の紙には、エルフの森に存在する特殊な鉱石の結晶構造が描かれていた。
だが、それらは単なる設計図ではない。
アランの科学的知見、リィナとライラの感応力を取り入れ、絶えず修正が加えられた、生きた地図だった。
『地脈調律器』と名付けられたその装置は、ゴリンの論理的な思考の集大成だった。
しかし、その構想の根底には、論理では説明のつかない、非科学的な要素が組み込まれていた。
「地脈の動脈瘤を修復するには、まず、地脈に囚われた魂の悲しみを鎮めなければならない。そのためには、ライラの歌が必要だ。だが、地脈の悲しみはあまりにも深い。一人の歌だけでは、地脈の奔流を完全に鎮めることはできない」
ライラの歌は、魂を癒す力を持つが、その力が及ぶ範囲には限りがある。
大陸全土に影響を及ぼす地脈の動脈瘤を鎮めるには、圧倒的な、そして広範囲にわたる鎮静の力が必要だった。
「そこで、これだ」
ゴリンは、設計図の隅に描かれた、奇妙なシンボルを指差した。
それは、エルフが古くから鎮静の儀式で使う、共鳴の紋様だった。
「この紋様を、大陸にある三つの動脈瘤のそれぞれに、音叉の要領で刻み込む。そして、ライラが、エルフの聖地から、大地の生命力を集めて歌い。その歌を『地脈調律器』で増幅して、地脈の動脈瘤に届ける。そうすれば、三つの動脈瘤に刻まれた紋様が、ライラの歌と共鳴し、動脈瘤を鎮静化させることができる」
それは、ドワーフの技術とエルフの儀式が融合した、前代未聞のアイデアだった。
「それに、地脈に物理的な負荷をかける装置は、俺の専門だ。だが、地脈がどこまで傷ついているのかは、精密な観測機器でも測りきれない。だが、リィナの力があれば…」
リィナは、ゴリンが設計した観測装置に触れると、その装置が捉えた微弱な地脈の情報を、まるで絵本を読むかのように、鮮明なイメージとしてアランとゴリンに伝えた。
「ここ、この場所の地脈は、大きな傷を負っている。まるで、細い糸でかろうじて繋がれているようだわ」
その言葉は、アランの頭脳に、新たな理論を構築させた。
「なるほど…。地脈の傷は、物理的な負荷だけではなく、魂の淀みによっても引き起こされている。この傷を修復するには、単純な物理的修復だけでは駄目だ。ライラの歌で魂を癒やしながら、ゴリンの装置で、物理的な修復を施す。まさに、二つの治療を同時に行う『執刀』が必要だ」
アランは、自らの医学的知識を、地脈の治療という壮大なスケールへと応用していた。
彼の頭脳は、地脈を巨大な生命体として捉え、その治療法を、まるで患者にメスを入れるかのように、緻密に、そして正確に組み立てていった。
だが、その計画には、まだ一つ、大きな課題が残っていた。
「問題は、動力源だ」
ゴリンが、重々しく言った。
「『地脈調律器』を動かすには、膨大なエネルギーが必要だ。しかし、この地帯の地脈は、動脈瘤によって弱まり、十分なエネルギーを供給してくれない。それに、外部から魔力を供給すれば、地脈がさらに不安定になり、大災害を引き起こす危険性がある」
四人は、この問題に頭を悩ませた。
あらゆる文献を調べ、議論を重ねるが、解決策は見つからない。
行き詰まりを感じていた、その時だった。
ライラが、目を閉じ、そっと口を開いた。
「この場所には、古代の『風切り石』があるわ」
彼女の言葉に、アランとゴリンは顔を見合わせた。
「風切り石…?」
それは、エルフの伝説に登場する、特殊な力を持った石だった。
風の精霊が宿り、その力を利用することで、動力に変換できるという。
「風切り石は、風の精霊のエネルギーを、地脈の力に変換する触媒のようなものよ。『地脈調律器』を、風切り石の力で動かせば、地脈に負荷をかけずに、装置を動かすことができるはずだわ」
ライラの言葉は、ゴリンの論理的な世界に、新たな光をもたらした。
「風の力…!確かに、風の精霊のエネルギーは、地脈のそれとは同系統だ。これなら、地脈に負荷をかけずに、装置を動かすことができる…!よし、決まった!」
ゴリンは、興奮に声を震わせた。彼の脳裏には、風の力を動力源とした、新たな「地脈調律器」の設計図が、まるで完成されたパズルのように、鮮やかに浮かび上がっていた。「だが、その風切り石は、どこにある?」
ゴリンの問いに、ライラは、静かに言った。
「『眠りの森』の最も深い場所に、巨大な風切り石の原石があると言われているわ。あの石には、風の精霊が、今も穏やかに眠っているはず。ただ…」
ライラの顔が、少しだけ曇った。
「…その石は、森の最も聖なる場所にある。簡単には、持ち出せないかもしれないわ」
彼女の言葉には、森の番人としての、深い責任感が滲んでいた。
だが、ゴリンは、その懸念を論理的な言葉で打ち砕いた。
「ライラ。この病は、このまま放置すれば、森そのものを死に至らしめる。風切り石は、森を救うための、正当な理由で使われる。森の精霊も、きっと理解してくれるはずだ」
ゴリンの、理知的な、しかし温かい言葉に、ライラは静かに頷いた。
「…そうね。森の未来のために、その石、必ず見つけてくるわ」
こうして、四人は、それぞれの役割を分担し、行動を開始することになった。
ゴリンとアランは、風の力を利用した『地脈調律器』の開発に全力を注ぐ。
そして、ライラとリィナは、地脈の調律を助けるための歌を完成させる。
彼らの共同作業は、今、新たな段階へと進もうとしていた。
だが、その道のりは、決して平穏なものではなかった。
彼らがこの場所で共同作業を始めることを、見えざる敵である「大地の救済教団」が、静かに、しかし確実に、察知し始めていたからだ。




