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エレジア大陸記Ⅴ 学者の地図と巫女の歌声  作者: 神凪 浩
第二章 科学と神秘の共同作業
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第六話 新たな挑戦

 観測所の奥、ゴリンの工房に足を踏み入れたアランは、驚きに目を丸くした。

 そこは、彼の知るいかなる工房とも違っていた。

 硬質で冷たい鉄と、温もりを感じさせる木々が、完璧な調和を保って共存しているのだ。

 壁には無数の歯車やバネが整然と並び、床にはドワーフの緻密な設計図が広げられている。

 だが、その合間にはエルフの蔦が絡み合い、月光樹で作られた彫刻が静かに光を放っていた。

 部屋の中央には、巨大な炉が燃え盛る一方で、その熱を遮るように、水の精霊が宿る石が置かれている。

 科学と神秘、ドワーフの論理とエルフの感性が、一つの空間に凝縮されていた。


 アランは、ゴリンの完璧な仕事場に圧倒されながらも、本題を切り出した。

 彼は、地脈の動脈瘤に関する理論と、リィナが感じ取った三つの特異点のデータを、ゴリンとライラに提示した。

「地脈の動脈瘤…? エーテル流の逆流と魂の淀み…?」

 ゴリンは、アランの語る医学的な比喩を、技師としての言葉に置き換えながら、真剣な表情でデータを見つめる。

「興味深い。その仮説が正しければ、これは前代未聞の技術的挑戦だ。地脈という、あまりに巨大なエネルギーの流れを制御し、治療する。まるで、大陸全体を対象とした外科手術だな!」

 ゴリンの瞳には、職人の血が燃え上がっていた。

 彼にとって、これは過去に経験したどの仕事よりも、複雑で、困難で、そして胸を躍らせる挑戦だった。

 一方、ライラは、アランが差し出した地図を手に、目を閉じていた。

 彼女の魂は、地図に記された三つの特異点へと深く潜り、リィナが感じたのと同様の、悲痛な叫びを聴き取っていた。

「ああ、なんてこと…」

 ライラの声は、悲しみに震えていた。

「この場所は、まるで大地が悲しみを溜め込んだ、膿の袋のようになっているわ。地脈に囚われた無数の魂が、苦しみながら永遠に歌い続けている…」

 ライラは、リィナを見つめた。

「リィナ。あなたが感じた痛みは、正しかった。あの時の私のように、あなたもこの地の悲しみを一人で抱え続けていたのね。今度は、私たちがその痛みを共有するわ」

 リィナは、ライラのその言葉に、胸が熱くなるのを感じた。

 ゴリンが顔を上げ、アランを真っ直ぐに見つめた。

「話は分かった。この病は、俺の技術だけでは解決できん。そして、ライラの歌だけでは鎮められん。だが、俺たちの技術と歌、そしてお前の知識と、リィナの力があれば…解決できるかもしれない。いや、俺たちにしかできない」

 ゴリンの言葉は、確信に満ちていた。

 彼は、自らの論理が、ライラの直感と、アランとリィナの知識によって拡張され、かつてないほど強力なものになっていることを、本能的に理解していた。

地脈調律器(ハーモナイザー)…」

 ゴリンは、新たな設計用紙を広げ、構想を語り始めた。

「地脈の流れを安定させるために、まず、動脈瘤の中心に楔を打ち込む。だが、ただ打ち込むだけでは、衝撃で地脈が暴走するだろう。そこで、ライラの歌で魂を鎮め、エーテル流を穏やかにしてから、俺の作った装置で、瘤を内側から修復する。だが、最大の動脈瘤は、複数の地脈が交差する、大陸の生命線の中心にある。そこを調律するには、膨大なエネルギーと、極めて精密な計算が必要だ。そして、もし失敗すれば、大陸南方全体を巻き込む大災害になる…」

 ゴリンは、そのリスクを承知の上で、挑戦する意志を固めていた。

 その時、リィナが口を開いた。

「ゴリン。もし、地脈の動脈瘤が本当に三つあるとしたら、それらは完璧な正三角形を描いていると、アランが突き止めたわ」

 リィナの言葉に、ゴリンの瞳が、さらに輝きを増した。

「正三角形だと…?これは、ただの病じゃない。悪意を持った、高度な術式だ。犯人は、地脈の幾何学的な構造を理解し、その完璧な調和を、敢えて歪ませようとしている…!」 ゴリンの脳裏に、新たな論理が組み上がっていく。

「分かったぞ…!三つの動脈瘤は、互いの不協和音を共鳴させ、大陸南方全体に、静かな毒を撒き散らしているんだ!ならば、我々がすべきことは、その共鳴を逆の振動で打ち消し、調和を取り戻すことだ!」

 ゴリンは、興奮に声を震わせた。

 彼らが向き合っているのは、単なる病気ではない。

 科学と神秘、そして、あらゆる種族の知恵を結集しなければ、決して解き明かせない、複雑で、高度な、パズルだった。

 ライラもまた、新たな知見を得て、冷静さを取り戻していた。

「なるほど。古代遺跡の事件で私たちが歌で呪いを鎮めたように、今度も、私が歌で地脈の悲しみを癒やすのね。そして、その間に、ゴリンが装置で物理的な修復を行う…」

「ああ。そして、リィナとアランには、その全体を指揮してもらう。お前たちの正確な分析がなければ、俺たちはただ闇雲に槌を打つしかなくなる。これは、四人による、共同作業だ!」

 ゴリンの構想は、まるで四つの異なる楽器が、一つの壮大な交響曲を奏でるかのように、完璧な調和を響かせるというものだった。


 その夜から、観測所の奥にある工房では、四人の専門家たちが、それぞれが持つ知恵と力を持ち寄り、大陸の未来を賭けた壮大な計画の第一歩を踏み出していた。

 アランは、地脈の動脈瘤が描く正三角形の地図を、正確な縮尺で製図し、それぞれの動脈瘤に溜め込まれたエーテル量や、周辺の土地の状況を、詳細なデータとして書き込んでいく。

 リィナは、目を閉じて地図に触れ、地脈の鼓動を聴き、その「声」を、アランが理解できる言葉へと翻訳していった。

 ライラは、この病を鎮めるための「歌」を模索していた。

 彼女は、地脈の悲しみの歌に、どうすれば希望の響きを与えることができるのか、古代エルフの伝承を紐解きながら、静かに、しかし熱心に研究を続けていた。

 そして、ゴリンは、彼らの議論を統合し、全てを一つの形へと昇華させていく。

 彼の設計図は、日々、修正が加えられ、ドワーフの技術とエルフの感性、そして人間の知恵が、複雑に絡み合った、奇跡の結晶となっていった。

 それは、ただの機械ではない。

 科学と神秘、論理と感性が、互いの最も優れた部分を組み合わせることで生まれた、新しい時代の象徴だった。


 だが、その協業の裏で、一つの懸念が、アランの心を蝕んでいた。

「…この計画の最大の懸念点は、動脈瘤が三つしか見つかっていないことだ」

 アランは、広げられた地図の、動脈瘤が描かれている地点を指差した。

「この地図の完璧な正三角形は、三つの動脈瘤が、互いのエネルギーを増幅させ、大陸全体に影響を及ぼすための、巨大な魔法陣だ。だが、もし、犯人が三つ以上の動脈瘤を仕掛けていたとしたら…?」

 アランの言葉に、リィナとライラは息を呑んだ。

 地脈の動脈瘤は、発生してから時間が経つにつれて、その悲鳴が弱まっていく。

 それは、まるで、病巣そのものが、周囲のエネルギーを吸い尽くし、枯れ果てていく過程に似ていた。

 もし、犯人がさらに多くの動脈瘤を仕掛け、それが既に活動を停止していたとしたら、リィナやライラの感応力でも、その存在を感知することは不可能だった。

「…どうすれば、それを突き止められる?」

 ゴリンが、真剣な表情で尋ねる。

「分からない」

 アランは、静かに首を振った。

「私の科学でも、君たちの力でも、見つけることはできない。これは、この計画の、唯一にして最大の、不確定要素だ」

 四人の間に、重い沈黙が流れた。

 彼らが今、立ち向かっているのは、ただの病気ではない。

 それは、彼らの想像を遥かに超える、高度で、そして悪質な、見えざる敵の陰謀だった。

 だが、その不確定要素があったとしても、彼らは止まることはできなかった。

 このまま何もしなければ、大陸全体が、静かな病に蝕まれ、緩やかに死んでいくだろう。

 彼らに残された道は、ただ一つ。

 この、目の前にある、三つの動脈瘤を治療し、事態の収束を図ること。

 そして、もし、新たな敵が姿を現した時には、その時に対応するしかない。

「…アラン」

 リィナが、アランの肩にそっと手を置いた。

「私たちは、一人じゃない。私たち四人の力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられる。そうでしょう?」

 その温かい言葉に、アランの心に宿っていた不安が、少しだけ和らいだ。

 アランは、リィナの言葉に、ゴリンとライラが、静かに頷いているのを見た。

 その瞳には、恐怖の色はない。

 あるのは、互いを信じ、困難に立ち向かおうとする、強い意志の光だけだった。

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