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第四話 二人の専門家

 アランは、地図上に描かれた完璧な正三角形を、信じられないというように見つめていた。

 地脈に発生した『動脈瘤』。

 それが偶然の産物ではなく、誰かが意図的に仕掛けた、大規模なテロリズムであるという結論は、アランの頭脳をもってしても、あまりに非現実的だった。

 だが、この地の「声」を聞き、地図の歪みを肌で感じたリィナも、アランの言葉に強く頷いた。

「では、誰が…?」

 リィナの声は、怒りに震えていた。

「誰が、こんな恐ろしいことができるのですか?」

 アランは、リィナの問いに、冷静に、しかし核心を突くように答えた。

「地脈にこれほどの干渉ができるのは、科学でも、通常の魔法でも不可能だ。古代の知識、それも地脈そのものを操る禁忌の術式に精通した、極めて高度な専門家でなければありえない。そして、この行為の目的は、南方の豊かな大地を壊し、人々の心を蝕み、連合の結束を乱すことだ」

 アランの瞳に、冷たい光が宿った。

「これは、新生の時代を快く思わない、誰かの仕業だ。おそらく、かつて神を名乗った賢者アルドゥスに仕えた、旧時代を望む残党…『大地の救済教団』のような存在の仕業だろう」

 その名は、かつてアランが宰相府の報告書で目にした、不穏な影を落とす組織の名だった。

 彼らは、アルドゥスの支配こそが世界の秩序だと信じ、再建を進めるエレジア王国を敵視しているという。

「しかし、我々だけでは…」

 リィナは唇を噛んだ。

「この地脈を修復することはできない。その術式も、知識も、ありません」

「ああ、その通りだ」

 アランも認めた。

「私の科学は、病気の『診断』には役立ったが、これを『治療』することはできない。これはもはや医学的な問題ではない。大地という巨大な生命体への、外科手術に近い。そして、その手術は、我々とは全く異なる、特殊な能力を持った専門家によってのみ可能となる」

 アランは、地脈の動脈瘤が、物理的なエネルギー「エーテル流」の歪みと、それに宿る魂という、二つの側面を持っていることを見抜いていた。

 物理的なエーテルを操る術と、魂を癒やす力。

 その両方を持つ人間でなければ、この病を完治させることはできない。

 その時、アランの脳裏に、王都の書庫で読んだ一つの記録が蘇った。

 それは、数年前に「世界の病」の調査のために各地を巡っていた王国の調査官が、ある辺境の地で経験したという、奇妙な出来事の記録だった。

『……遺跡の呪いの歌が、ドワーフの野営地に奇病をもたらし、人々は静かな眠りについた。その事件は、ドワーフの技師と、エルフの歌い手という、対照的な二人組によって解決された。彼らは、力ではなく、互いの違いを認め合うことで、その呪いの根源である、古代の遺跡に囚われた魂の悲しみを癒やしたのだ』

 アランは、その記録の結びの文章を思い出した。

『これは、単なる偶発的な協力ではない。科学と神秘、論理と共感、その二つが一つになった時、世界は真に癒される。彼らの存在は、新しい時代の協調を象徴する、生きた伝説だ』

「いた…!」

 アランは思わず叫んだ。

「この地脈の病を修復できる、専門家が…!」

 彼は急いで鞄から、宰相府の記録の写しを取り出した。

 そこに記されていたのは、ゴリン・スティールシェイパーという、一人のドワーフの名と、ライラ・メドウライトという、一人のエルフの名だった。

 大陸一の鍛冶技術と、完璧な論理を持つ技師。

 そして、森の番人であり、生命の声を聞き、その痛みを癒やす力を持つ歌い手。

「確かに、彼らであれば…」

 リィナの声は、安堵に震えていた。

「…知っているのか?」

 リィナの様子に、アランが不思議そうに尋ねた。

「ええ」

 リィナは、まるで何でもないことのように無邪気に言う。

「その事件の時に、私もそこにいましたから」

 その言葉に、アランは驚いて目を丸くした。

「では、君は…」

「ええ、そうです。彼らであれば、きっと解決できるわ。私たちが、あの眠りの呪いの事件を解決した時のように…」

 リィナの言葉に、アランの瞳に、再び希望の光が宿った。

「ああ。地脈の『動脈瘤』は、地脈を構成する物理的なエーテルの流れと、その流れに宿る魂の両方が、歪むことで発生する。だからこそ、ゴリンの技術的な知恵と、ライラの魂を鎮める歌、その両方が必要になるんだ。この病は、まさに彼ら二人にしか解決できない、特異な症例だ」

 アランの言葉を聞き、リィナの瞳に、再び希望の光が宿った。

「ゴリンとライラ…二人に協力を仰ぎましょう」


 その瞬間、彼らが野営していた岩陰の向こうから、人影が現れた。

 その男は、全身を土色の粗末なローブで覆い、その顔は深いフードに隠されている。

 そして、その男の背後から、さらに数人の人影が、音もなく姿を現した。

 彼らは、不気味なほど無言で、二人の周囲を囲む。

 まるで、獣が獲物を囲むように。

「…見つかったな」

 アランは、懐から小型の護身用火炎放射器を取り出しながら呟いた。

「あなたたちは、誰?!」

 リィナは、警戒を込めて叫んだ。

 フードの男は、何も答えなかった。

 ただ、そのフードの奥で、わずかに、しかし、はっきりと、にやりと口角が上がるのが見えた。

 そして、彼の足元から、黒くうねる蔦のようなものが、音もなく地面を這い、アランたちの足元へと伸びてきた。

 それは、生命の気配を持たず、ただ、大地を蝕む純粋な絶望の奔流。

 『大地の救済教団』の影が、初めて、二人の前に姿を現した瞬間だった。

「我らの計画の邪魔をする者は…」

 男は、かすれた、しかし冷たい声で言った。

「皆、大地へと還すのみ…」

 その言葉と共に、黒い蔦が、二人に襲いかかる。

 アランは、リィナをかばうように、火炎放射器のレバーを引いた。

 ごう、という音と共に、鮮烈な炎が闇を切り裂く。

 しかし、蔦は炎をものともせず、さらにその速度を増していく。

 アランは、歯を食いしばった。

 科学が、ここでは通用しない。

 リィナは、とっさに懐から光のナイフを取り出し、男に向けて投げた。

 光は男のフードをかすめ、彼の左腕の袖を焼いた。

 その下から見えたのは、古く、そして見覚えのある、一つの紋様。

 それは、かつて宰相カイルがアルドゥスとの決戦で掲げた、希望の旗に描かれた紋様と、酷似していた。

「…まさか…」

 二人の心に、新たな疑念と、絶望が広がった。

 教団の狙いは、南方の破壊だけではない。

 大陸全体を再び戦乱の渦に陥れるための、より大規模で、より悪質な陰謀が、今、静かに動き出そうとしていた。

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