第十四話 決着の共鳴音
アランとリィナの希望の歌が、魔法陣の不協和音をわずかに打ち消したことで、各地点のドワーフたちは、再び行動を開始した。
彼らの顔には、職人としての誇りが戻っていた。
「動けるぞ…!よし、今だ!この隙に受信機を設置するぞ!」
ドワーフの隊長が叫び、部下たちは一斉に動き出した。
東の盆地では、地盤が再び固まったことで、工兵たちは迅速に輸送車から受信機を下ろし、動脈瘤の中心に据え付ける。
沿岸部では、地脈の悲鳴が和らいだことで、地脈感知器の修理が完了し、正確なエーテル流のデータを取得できるようになっていた。
そして、南西の山脈地帯では、岩壁を登りきった工兵たちが、互いに助け合いながら、慎重に受信機を設置していった。
教団の指導者は、自らが放った不協和音の波動を通じて、各地点のドワーフたちが再び動き出したことを感じ取り、信じられないというように動揺していた。彼の顔は、動揺と焦燥に歪んでいた。
「なぜだ…!なぜ、私の魔法陣が、この小娘たちの歌声に…!」
男がそう叫んだ時、アランの頭の中に、稲妻が走った。
(「私の魔法陣」?まさか、この魔法陣は…!)
アランは、指導者の言葉から、彼の魔力の特性を確信した。
(この男は、地脈に溜まった『悲しみ』と『絶望』の感情を、自分の『虚無』の力で増幅させていたんだ!そして、この魔法陣は、その増幅された感情をエネルギー源として動いている!)
そして、リィナの歌声が、その魔法陣の力を打ち消したという事実が、アランの仮説を裏付けた。
(だとすれば、リィナの歌声は、負の感情を動力源とするこの魔法陣にとって、真逆の『希望』の力だ!だから、この魔法陣は、リィナの歌に…!)
アランは、手にした解析器を全開にし、男の魔力の流れを読み取ろうとする。
しかし、男の放つ感情の波動が強力すぎて、解析器は警告音を鳴らし、再び停止してしまう。
「無駄だ…!お前たちのそのちっぽけな科学と神秘など、我が絶望の力の前には無力だ!」
男は嘲笑うかのように、再び虚無の力を強めようとする。
だが、その時、リィナが、男の前に進み出た。
「そうよ…。私の力は、あなたが言ったように危険な感情だわ」
リィナは、男の放つ虚無の力に、自らの共感の力をぶつけた。
「でも、だからこそ、私は、この力であなたの絶望と向き合って、乗り越えてみせる!」
彼女は、男の心に満ちる絶望と虚無の淵に、自らの魂を差し出すように、深く潜り込んでいく。
男は、リィナの心の波の攻撃に驚き、一瞬、自身の虚無の力を止めた。
その隙を、アランは見逃さなかった。
「今だ、リィナ!」
アランは叫び、リィナの共感の力と自身の解析器を同期させた。
リィナは、男の心の奥底に眠る、かすかな感情の光を捉え、その光に向かって、自らの魂の全てを込めて、優しく語りかけた。
「あなたは…、誰かに、認めてもらいたかったのね…?」
リィナの言葉は、男の心を、かすかに揺さぶった。
男は、動揺し、魔方陣の力がわずかに弱まる。
その頃、遠く離れた三つの地点で、ドワーフたちが、『地脈調律器』の受信機を、完璧な位置に据え付け終えていた。
観測所の工房にいるゴリンの元に、光の紋様が次々と浮かび上がる。
それは、『地脈調律器』が受信機の設置を感知したことを示す、光の信号だった。
「設置完了!よし、起動するぞ!」
ゴリンは、『地脈調律器』の起動レバーを、力強く押し込んだ。
コォォォォォ……
『地脈調律器』は、風切り石の力を受け、起動した。
その瞬間、三つの動脈瘤に設置された受信機が、『地脈調律器』と共鳴し、地脈の不協和音を打ち消し始めた。
そして、教団の本拠地。
「なぜだ…?!なぜ、この魔法陣が…!」
男は、自分の魔法陣から力が抜けていくのを感じ、焦燥に駆られる。
彼の心に溜め込まれていた、大陸の悲しみと苦しみのエネルギーが、まるで雪解け水のように、少しずつ、しかし確実に、浄化されていく。
そしてリィナは、男の虚無の力を完全に打ち消し、彼の心に、かすかな希望の光を灯した。
男は、その光に触れ、初めて、涙を流した。
「ああ…、光…!この光こそが、我らの…」
男は、そう言い残すと、気を失い、その場に倒れ込んだ。
彼の背後にあった、黒いエーテルの球体は、光を失い、ただの泥の塊へと変わっていく。
「終わった…」
アランが、安堵の息を吐く。
騎士たちは、教団の指導者と、彼の護衛たちを拘束した。
アランは、倒れた男の顔を、フードをめくって覗き込んだ。
そこにいたのは、年老いた、しかし、どこか知的な顔つきの、憔悴しきった男だった。
彼の胸元には、黒い紋様が、まるで生き物のように、脈打っていた。
「この男は…、この紋様と、この世界の悲しみを、自分の体で受け止めていたんだ…」
アランは、その紋様が、男の魂と深く結びついていることを見抜いた。
「アラン…!」
リィナが、アランの元に駆け寄る。
彼女は、安堵と、そして、男への哀れみが入り混じった表情で、男を見つめていた。
「大丈夫だよ、リィナ。この男の病は、もう、治せる。地脈の動脈瘤と同じように、彼の心に溜まった悲しみも、私たちが、治療することができる」
アランは、男の胸元に手をかざし、解析器を通じて、彼の心に、わずかに残された希望の光を、丁寧に集めていく。
「…私の科学と、リィナの共感の力があれば、この男を、もう一度、人間へと戻すことができる」
アランの言葉に、リィナは静かに頷いた。
遠く離れた観測所では、ゴリンが『地脈調律器』の停止を確認し、安堵の息を漏らしていた。
「やったな…!」
ゴリンは、喜びを噛みしめるように、己の胸に手を当てた。
(ライラ、お前は無事か…!)
ライラは、エルフの聖地で、歌い終えたばかりだった。
(…ゴリン…!)
彼女は、ゴリン、そして遥か遠くの、アランとリィナがいる場所を、静かに感じていた。
(…みんな、無事だったのね…!)
ゴリンとライラは、離れていながらも、互いの安堵と達成感を、地脈の温かい鼓動を通じて感じ取っていた。
この戦いは、科学と神秘が、どちらが優れているかという、愚かな論争の決着ではなく、互いの存在を認め、補い合うことこそが、未来を切り開く鍵であるという、壮大な証明だった。
地脈の動脈瘤は、完全に消え去った。
だが、その跡には、深い「古傷」が、静かに残っていた。




