第十三話 破滅への引き金
アランとリィナの連携によって、教団の指導者の虚無の力は打ち破られ、彼の周りを騎士たちが取り囲んだ。
指導者は、信じられないというように、二人の顔を交互に見つめていた。
アランの論理と、リィナの共感が融合した、その完璧な連携は、彼の想像をはるかに超えていた。
「馬鹿な…!我が心は、すでにこの世界から切り離されているはず…!なぜ、お前たちの力が…!」
男は、憎悪と焦りの入り混じった声で叫んだ。
彼の声は、もはや静かで冷たいものではなく、敗北を悟った獣の遠吠えのようだった。
「お前の心は、虚無ではない」
アランは、手にした解析器を握りしめ、静かに言った。
「虚無に見せかけているだけだ。お前は、この世界の悲しみや苦しみに、誰よりも共感し、絶望した。だからこそ、それらの感情を支配することで、この世界を『救済』しようとしたんだ。だが、それはただの傲慢だ。誰かの悲しみを、勝手に背負い、それを支配しようとするお前のやり方は、救済ではない。それは、ただの破壊だ!」
アランの言葉は、男の核心を突いていた。
男の顔が、わずかに、しかし、はっきりと歪む。
「……黙れ!」
男は、そう叫ぶと、最後の力を振り絞り、自らの胸元に刻まれた禍々しい紋様を、強く押さえつけた。
彼の胸から、ドロドロとした黒いエーテルが、まるで血のように流れ出す。
それは、彼が長年かけて溜め込んできた、大陸の悲しみと苦しみの結晶だった。
「我が絶望の力で、この世界を終わらせてやる…!」
男がそう叫ぶと、遺跡の中心部にある、巨大な黒い球体が、さらに強く、脈動を始めた。
球体から放たれる不協和音の波動は、遺跡に刻まれた呪詛と共鳴し、その力は、三つの動脈瘤を通じて、大陸全土へと伝播していく。
「しまった…!この男は…、自分自身を、この魔法陣のトリガーにするつもりだ!」
アランは、その意図に気づき、戦慄した。
「リィナ!このままでは、魔法陣が暴走する!急いで、この男を…!」
アランが言い終わる前に、男は不気味な笑みを浮かべた。
「遅い…!この魔法陣は、すでに起動した!今、三つの動脈瘤が、この場所と共鳴し、大陸の生命力を、完全に吸い尽くそうとしている!」
その言葉と同時に、三つの動脈瘤が、激しい不協和音の悲鳴を上げ始めた。
同じ頃、東の盆地。
騎士団が、教団の襲撃を退け、ドワーフ工兵部隊が、『地脈調律器』の受信機の設置作業を再開しようとしていた。
「ライラ殿の歌のおかげで、助かったな!」
ドワーフの隊長が、騎士団の隊長に礼を言う。
「だが、まだ安心はできん。奴らがまた来るかもしれない。急いで、受信機を設置するぞ!」
ドワーフの隊長が号令をかけると、ドワーフたちが、最後の仕上げに取り掛かろうとする。その時だった。
「…なんだ、この音は…!」
空から、耳障りで、しかし強烈な、不協和音の悲鳴が聞こえてきた。
それは、地中から聞こえる動脈瘤の悲鳴と、どこか似ている、しかし、比べ物にならないほど強力な、魂を直接揺さぶるような音だった。
「くそっ…!動脈瘤が暴走を始めたのか…!」
ドワーフの隊長が叫ぶ。
男たちが、耳を塞ぎ、地面に膝をつく。
その不協和音は、ライラの鎮静の歌さえもかき消し、彼らの心を蝕んでいく。
東の沿岸部。
騎士団が、教団の男たちを蹴散らし、ドワーフたちが受信機の修理に取り掛かろうとしていた。
「急げ!地脈の揺らぎが、さらに大きくなっている!」
騎士団の隊長が、修理にあたるドワーフたちを急かす。
その時、空から、強烈な不協和音の悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ、この音は…!頭が、割れる…!」
騎士たちが、剣を落とし、頭を押さえて苦しむ。
その不協和音は、彼らの心に、過去の悲劇や、未来への絶望を呼び起こし、彼らを狂気の淵へと突き落としていく。
南西の山脈地帯。
谷底へと落ちかけたドワーフの工兵部隊が、辛うじて岩壁によじ登り、作戦の再開を試みていた。
「ライラ殿の歌で、呪詛が解けた!今なら、いける!」
ドワーフの隊長が、部下たちを鼓舞する。
その時、空から、強烈な不協和音の悲鳴が聞こえてきた。
「これは…!空から聞こえてくるが…地脈の悲鳴だ…!」
ドワーフたちは、その悲鳴が、地脈の動脈瘤から放たれているものだと理解した。
その悲鳴は、彼らの心を蝕み、彼らの手に持った道具を、震えさせていた。
すべての地点で、作戦は再び崩壊の危機に直面していた。
教団の指導者は、三つの動脈瘤に溜め込まれた、大陸の苦しみと悲しみのエネルギーを、巨大な魔法陣を通じて、一気に暴走させようとしていたのだ。
だが、アランとリィナは、諦めなかった。
アランは、手にした解析器を使って、魔方陣の解析を始めた。
「…リィナ!この魔法陣の不協和音は、三つの動脈瘤が共鳴することで、さらに強力になっている!この共鳴を、逆の振動で打ち消すことができれば…!」
「ええ!やってみる…!」
二人は、互いの瞳を見つめ、頷き合った。
リィナは、自らの魂の全てを込めて、歌い始めた。
それは、ライラの鎮静の歌とは違う、希望を呼び覚ます、力強い歌だった。
その歌声は、指導者が作り出した不協和音の波動に、真正面からぶつかり、その勢いを削いでいく。
「なぜだ…!なぜ、お前の歌に…!」
男は、リィナの歌声が持つ力に、驚愕の表情を浮かべる。
リィナの歌声は魔方陣の中核に作用し、魔法陣から放たれる不協和音の力を、わずかに、しかし確実に打ち消していった。
「地脈の悲鳴が和らいだ…!?」
ドワーフの隊長が叫ぶ。
「動けるぞ…!よし、今だ!この隙に受信機を設置するぞ!」
ドワーフたちの顔に、再び、職人としての誇りが戻っていた。
最後の、そして最大の賭けが、今、始まろうとしていた。




