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エレジア大陸記Ⅴ 学者の地図と巫女の歌声  作者: 神凪 浩
第三章 大陸規模の外科手術
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第十一話 鎮静の歌

 同じ頃、エルフの聖地でも、襲撃が始まっていた。

 ライラは、儀式の準備を終え、いよいよ歌を捧げようとしていた。

 だが、その瞬間、聖地の周囲を覆う結界が、突如として破られた。

 現れたのは、黒いローブをまとった男たち。

 彼らは、ライラに向かって、一斉に精神的な攻撃を仕掛けてきた。

 聖地の結界が破られた時、ライラを守るべく配置されていたエルフの守り人たちと、派遣された王国騎士団の部隊が応戦したが、敵の攻撃は精神的なものだった。

「魂の歌など、無意味だ!我らの絶望こそが、真の秩序をもたらす!」

 教団の男たちは、ライラの歌をかき消すかのように、強大な絶望の波を放ち、彼女の心に、この世の終わりのような悲しみを叩きつける。

「くっ…!」

 ライラは、膝をつきそうになるのを、必死に堪えた。

 彼女は、自らの魂の全てをかけて、絶望の波に立ち向かう。

「この森の、全ての喜びと悲しみを…そして、森に住まう、全ての命の希望を、この歌に託すわ!」

 ライラの歌う『鎮静の歌(アノデュヌス)』は、悲しみを鎮めるだけでなく、希望を紡ぐ力も持っていた。

 彼女の歌が、聖地に根付く古代樹と共鳴し、その歌声は、何倍にも増幅されていく。


 ライラの歌声は、聖地に満ちていた絶望の呪詛を、少しずつ、しかし確実に、かき消していった。

 教団の男たちは、ライラの歌が自分たちの精神攻撃を無効化するだけでなく、逆に魂を浄化していく力を持っていることに気づき、動揺する。

「まさか…!なぜだ…!?」

 彼らが絶望に固執するあまり、その感情の波がライラの歌に共鳴し、逆に浄化の力を増幅させているのだ。

 ライラは、心の中でリィナの温かい言葉を思い出した。

「大丈夫よ、ライラ!あなたは一人じゃないわ!」

 そうだ、自分は一人ではない。

 アランとリィナ、そしてゴリンが、それぞれの場所で、この作戦の成功を信じ、それぞれの使命を果たしている。

 彼らの信頼と、森の精霊、そして何より大地の命が、この歌を支えてくれている。


 ライラの歌は、さらに強く、さらに高く、澄んだ光の柱となって、聖地の空へと昇っていった。

 その歌声は、地脈を伝って大陸全土へと響き渡っていく。

 それは、地脈を蝕む教団の呪詛と、動脈瘤が放つ不協和音を、根源から無力化していく力を持っていた。


 このライラの歌が、各所の戦場で、大きな変化をもたらした。


 第一の動脈瘤、東の盆地では、教団が放った呪詛によって流動化していた土壌が、再び固い岩盤へと戻っていく。

 錬金術で作り出された苔の怪物は、魂の淀みを鎮めるライラの歌声によって、その生命力を失い、ただの苔へと変貌していく。

「何だ…!?土が、固まっていくぞ!」

「苔の怪物が…動かない!」

 工兵隊の隊長が叫ぶ。呪詛が解け、騎士団は本来の力を取り戻し、反撃に転じた。

「今だ!一気に押し込むぞ!ドワーフ殿、作戦の続行を頼みます!」

 騎士団の猛攻によって、教団の男たちは次々と打ち倒され、その場から退散していく。


第 二の動脈瘤、東の沿岸部では、地脈に刻み込まれた呪詛が、ライラの歌によって浄化され、地脈が再び穏やかな流れを取り戻していく。

 騎士団の視界を奪っていた濃い霧も、まるで意志を持っていたかのように晴れていった。

「霧が晴れたぞ!呪詛が解けたのか!」

 騎士団の隊長は、その光景に驚きつつも、即座に状況を判断した。

「全軍、突撃!教団を叩き潰せ!」

 騎士団は、視界を取り戻したことで、教団の男たちを正確に捉え、圧倒的な力で彼らを蹴散らしていく。


 そして、第三の動脈瘤、南西の山脈地帯では、岩壁に刻まれた呪詛が、ライラの歌声によって粉々に砕け散っていく。

 崩壊しかけていた岩壁は、その呪詛の力を失い、再び堅牢な岩盤へと戻った。

「岩が…!岩が止まったぞ!」

 ドワーフの隊長は、安堵の息を吐いた。

 そして、谷底に落ちかけていた部下たちを、間一髪で引き上げることができた。

「ライラ殿か…!感謝するぞ!」

 ドワーフの隊長は、遠い空を見上げ、心の中で感謝を叫んだ。


ラ イラの歌声は、教団の呪詛を無力化し、各所で絶望的な戦いを強いられていた味方たちに、反撃の糸口を与えたのだ。

 しかし、教団の襲撃を退けたとはいえ、作戦はまだ完遂されたわけではない。

 それぞれの地点で『地脈調律器(ハーモナイザー)』の受信機が設置され、作戦の最終段階へと進む準備が整ったにすぎない。

 そして、教団の本拠地では、この事態を予見していたかのように、教団の指導者が、静かに口元に笑みを浮かべていた。

「…素晴らしい。まさか、あの小娘が、ここまでの力を有していたとはな」

 指導者は、ライラの歌をまるで壮大な調べのように称賛しながら、アランとリィナ、そして王国騎士団を待ち受けていた。

 彼らにとって、ライラの歌は、想定外の事態ではあったが、それでも、この作戦を阻止する上で、致命的な障害ではなかった。

 なぜなら、彼らが頼みにしているのは、目に見える三つの動脈瘤だけではないからだ。

 彼らの真の切り札は、今、まさに、アランとリィナが向かっている場所に隠されていた。

 アランとリィナは、騎士団を率いて、教団の本拠地へと向かっていた。

 彼らの進む道には、教団の男たちが仕掛けた罠や、呪詛が満ちていたが、ライラの歌声がそれらをすべて無力化し、彼らの道を開いていく。

「リィナ。ライラの歌が、僕たちを助けてくれている」

「ええ。彼女の歌が、私たちの道を開いてくれているわ」

 二人は、ライラが遠く離れた場所で、必死に歌い続けていることを感じていた。

 そして、ついに、教団の本拠地にたどり着いたアランとリィナは、そこで教団の指導者と対峙することになる。

 ここから、真の決戦が始まろうとしていた。

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