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エレジア大陸記Ⅴ 学者の地図と巫女の歌声  作者: 神凪 浩
第二章 科学と神秘の共同作業
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第九話 大陸評議会の決断

 教団の襲撃を退けた後も、観測所の工房には、緊張感と熱気が満ちていた。

 アラン、リィナ、ゴリン、ライラの四人は、それぞれに襲撃を乗り越えた達成感と、それ以上に、見えざる敵の存在に対する新たな危機感を抱いていた。


「このままでは、埒が明かない」

 夜が更け、作業を終えたアランが、静かに言った。

 彼の表情は、昼間の襲撃を前にした時よりも険しかった。

「教団は、私たちの計画を嗅ぎつけた。今、この場所で、どんなに素晴らしい『地脈調律器(ハーモナイザー)』を完成させても、奴らはまた、別の手段で妨害してくるだろう。彼らの狙いは、この計画を阻止することだけじゃない。大陸全土を再び混乱に陥れることだ」

 アランは、教団の襲撃が、単なる妨害ではなく、彼らの存在を誇示するためのものだと見抜いていた。リィナは、その言葉に深く頷く。

「ええ。彼らが地脈の動脈瘤を仕掛けたのは、南方の生命を奪うためだけではありません。人々から希望を奪い、絶望を撒き散らすこと、それが彼らの真の目的です」

 ゴリンは、悔しげに拳を握りしめた。

「くそっ…!俺の技術は、目の前の問題を解決することはできても、見えない敵の策略を防ぐことはできない。ましてや、大陸全体に広がる陰謀を阻止することなど…」

 ライラもまた、その複雑な胸の内を語った。

「私の歌も、この観測所を、そしてこの道を、守ることしかできない。外の世界の悲しみは、遠すぎて届かないわ」

 四人は、互いの持つ力が、この目の前の工房の中では完璧に機能するが、大陸全体という巨大な問題を解決するには、あまりにも無力であることに気づかされていた。


「この問題は、私たち四人だけで解決できることではない」

 アランは、そう結論付けた。

 彼の瞳には、再び、冷徹な理知の光が宿っていた。

「私たちは、王国の力を借りるべきだ。宰相カイルに、この事態の深刻さを伝え、全面的な協力を仰がなければならない。教団を討伐し、地脈の動脈瘤を同時に治療する。それには、大規模な兵力と、権力、そして大陸評議会の名の下での承認が必要だ」

 ゴリンとライラは、驚きと同時に、納得したような表情を浮かべた。

 彼らは、アランの科学者としての側面しか知らなかったが、彼の判断力は、戦術家としてのそれと、寸分違わぬものだった。

「…アランの言う通りだ」

 ゴリンが、重々しく言った。

「俺たちの知恵を、大陸全体を救うための道具に変えるには、王国の力が必要だ」

「私も賛成よ」

 ライラもまた、静かに頷いた。

「このままでは、大地は、悲しみのあまり、いつか呼吸を止めてしまう。それを防ぐには、私たちができることだけではなく、大陸が持つ全ての力を結集する必要があるわ」

 だが、リィナは、少しだけ顔を曇らせた。

「でも、アラン。王都に戻れば、教団の追手も、さらに増えるでしょう。それに、もし、この事態が大陸全体に知れ渡れば、人々はパニックになり、かえって教団の思う壺になるかもしれません」

「その通りだ。だからこそ、カイルに直接会って、詳細を伝えなければならない」

 アランは、リィナの懸念を、論理的な言葉で打ち砕いた。

「この計画は、極秘裏に進める必要がある。我々は、教団の追跡をかわし、王都に戻らなければならない。そして、カイルに事の次第を話し、この計画を『大陸規模の外科手術』として、実行に移す。この手術には、私たちの知識と、王国の力、その両方が不可欠なんだ」

 四人は、新たな決意を固めた。

 彼らは、この観測所で積み上げてきた知恵と技術を、大陸を救うための武器として、王都へと持ち帰ることを決めたのだ。


 その日の夜明け、アランとリィナは、再び馬に乗り、北へと旅立った。

 アランとゴリンの二人は、言葉を交わす代わりに、固く握手を交わした。

 そこには、言葉以上の、深い信頼と友情が宿っていた。

「ライラ…」

 リィナが、ライラに微笑みかけた。

 ライラは、リィナの手を、優しく握りしめた。

「リィナ。あなたの共感の力が、今度は、大陸全体の人々の心を守るための力になる。あなたなら、きっとできるわ」

「ええ。あなたの歌に、希望の光を灯すために、必ず戻ってくるわ」

 二人は、まるで、姉妹のように抱き合った。


 アランとリィナの姿が、やがて道の向こうに小さくなっていく。

 ゴリンとライラは、その姿が見えなくなるまで、じっと見送っていた。

「さあ、俺たちも、俺たちの仕事に取り掛かるぞ」

 ゴリンは、ライラに言った。

「ええ。地脈の調律を助けるための歌を、完成させなければならないわ」

 二人は、再び観測所の工房へと戻っていく。

 彼らの使命は、アランとリィナが戻ってくる時までに、この「手術」の道具を、完璧に仕上げておくことだった。


 観測所を出たアランとリィナは、全速力で馬を走らせ、教団の追跡網を巧みにかわしながら、数日かけて王都へ戻った。

 彼らの使命は、ただちに宰相カイルに面会し、事態の全容を伝えることだった。


 宰相執務室は、王都の活気から切り離されたかのように静寂に包まれていた。

 カイルは、アランとリィナの報告を、一言も挟まず、真剣な表情で聞き入った。

 アランは、地脈の動脈瘤に関する科学的な仮説を、リィナは、大地が発する苦しみの「声」を、それぞれの言葉で詳細に語った。

 二人の話が、一点の矛盾もなく、教団の関与という結論へと収束していくにつれ、カイルの瞳は、次第に冷たい光を帯びていった。

「…分かった。すぐに大陸評議会を招集する」

 カイルは、即座に、この大陸を構成する主要種族の代表者たちを集める手配を命じた。


 三日後、評議会の厳かな円卓には、人類の代表である王国の重臣たち、ドワーフの長、エルフの賢者、そして南方連合の指導者であるエララらが顔を揃えた。

 この会議は、大陸の未来を左右する、極めて重要なものだった。

「これより、アラン博士とリィナ特使に、緊急の報告を求める」

 カイルの言葉を合図に、アランは、会議室の中央にある円卓に、三つの特異点が描かれた地図を広げた。

「この地図は、地脈の流れるエネルギーを、物理的なデータとして視覚化したものです。そして、ここに記された三つの特異点は、我々が『地脈の動脈瘤』と呼ぶ現象を示しています」

 アランは、冷静に、動脈瘤が引き起こす凶作や奇病の科学的根拠を説明した。

 ドワーフの長は、アランの技術的な説明に興味深く耳を傾けたが、王国の重臣の一人は、首を傾げた。

「その『地脈』なるものが、本当に存在するのか。そして、それが我々の知る病の原因だと、どうして言い切れる?」

 アランは、反論を試みようとしたが、その前にリィナが一歩前に出た。

「…私の言葉に、科学的な根拠はありません。ですが、私には、大地の悲鳴が聞こえます。この地図の特異点から、まるで血を流しているかのような、苦しみの脈動を感じるのです」

 リィナは、南方の指導者エララに視線を向けた。

「エララ様。南方の民が感じている、心の虚しさ、生命力の喪失、それは、この大地の苦しみと、同じものではありませんか?」

 エララは、静かに頷いた。

「…その通りです。我々の民は、大地と共に生きてきました。大地が病めば、我々もまた病む。それは、我々の知るどんな病とも違う。魂がゆっくりと死んでいくような、静かな絶望です」

 アランの論理と、リィナの共感が、互いを補完し、評議会の面々を次第に説得していった。

 カイルは、その様子を冷静に見守り、最後に口を開いた。

「皆が、この問題の深刻さを理解してくれたようだ。このまま放置すれば、大陸全体が、静かな病に蝕まれ、緩やかに死んでいくことになる。我々は、この危機を、ただの疫病として傍観することはできない」

 カイルは、決然とした眼差しで、評議会の面々を見渡した。

「これは、科学と神秘、そして、我々が持つ全ての力を結集した、大陸規模の外科手術だ。この作戦を「オペレーション・レゾナンス」と名付け、大陸円卓評議会の総意によるものとして、ただちに実行に移す。異論は?」

 異論はなかった。

 アランの科学、リィナの共感、そしてカイルの決断力は、種族の垣根を越え、一つの目的に向かって全員をまとめ上げた。


 こうして、アランとリィナの提案は、大陸円卓評議会の正式な承認を得て、実行に移されることが決まった。

 彼らの知恵と、王国が持つ力が、一つに結びついた瞬間だった。


 この日から、観測所にいるゴリンとライラの元には、王国騎士団の精鋭部隊が派遣され、『地脈調律器』の搬送と設置の準備が、厳戒態勢のもと、極秘裏に進められていった。 そして、ついに、『地脈回復作戦』が開始される、その時が来た。

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