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静かなる病

 神を名乗った賢者アルドゥスとの決戦から数年。

 若き宰相カイル・ヴァーミリオンの辣腕のもと、大陸には確かな平和が根付き始めていた。

 竜の解放によって癒された大地は、まるで長い冬の眠りから覚めたかのように、豊かな実りを人々にもたらし、誰もが新しい時代の到来を信じていた。


 しかし、その輝かしい再生の光が届かぬ辺境で、静かな異変は始まっていた。


 大陸南方に位置する、小さな農村。

 赤茶けた土と、太陽の匂いが染みついたその村は、決して豊かではなかったが、生命の喜びに満ちていた。

 朝になれば、鶏の鳴き声とパンの焼ける香ばしい匂いが村を目覚めさせ、日中は、畑を耕す男たちの力強い鋤の音と、井戸端で交わされる女たちの屈託のない笑い声が響き渡る。

 夕暮れには、泥だらけの子供たちが、母親に名前を呼ばれるまで、丘の上を駆け回っていた。

 彼らの暮らしは、大地のリズムそのものだった。


 だが、その日常は、音もなく崩れ始めた。


 原因不明の凶作が続き、井戸の水は、まるで大地の涙のように、ほんのりと苦い味がした。

 そして、人々を奇妙な病が襲い始めたのだ。

 それは、かつて世界を覆った悪疫「灰涜病(かいとくびょう)」のような、肉体を蝕む激しい苦痛を伴うものではない。

 ただ、魂が内側からゆっくりと色褪せていくような、静かで、たちの悪い病だった。

 昨日まで畑仕事の自慢をしていた屈強な若者が、今日はもう、一日中家の隅で虚空を見つめている。

 子供たちの賑やかな声は消え、母親たちは、涙を流す気力さえ失い、ただ黙って、空っぽになった食料棚を眺めていた。

 鍛冶屋の槌音は止み、パン屋の窯の火は消え、村はまるで時間が止まったかのように、不気味な静寂に包まれていった。

 村の老婆は、日に日に生気を失っていく孫娘の、氷のように冷たい手を握りしめ、必死に語りかけた。

 好きだった花のことも、歌ってやった子守唄のことも、少女のガラス玉のような瞳には、もう何も映らない。

 老婆は、祈るように呟いた。

「大地が…また、呼吸を忘れてしまったようだ…」


 それは、世界が再び直面する、新たな病の最初の兆候。

 科学では解明できず、祈りさえも届かない、静かな絶望が、再び大陸を覆い尽くそうとしていることを、まだ誰も知らなかった。

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