4話「プラスチックの箱、フードの男」
ラーメンが好きという情報が、
フードの男へと繋がる手がかり。
俺はそれを頼りに捜査を開始する。
街にあるラーメン屋さんを手当たり次第に行ってみるという方法。
ネットでラーメン屋さんの数を調べる。
すると、2000件という数だった。
とてもじゃないが、1人で回り切れる量じゃない。一日に3件回ると考えても、単純計算で600件くらいだろうか?
そうなると最低でも3年は必要だ。
かなりの年月と言える。
しかし、誰か協力してくれる人がいるならば、1年くらいになる。
大分、減ったと思える。
そして、協力してくれそうな人は1人しか思い当たらない。
4畳半のアパートの自宅で。
ある人物に電話をかける。
「いいよ、ケンのためなら協力する」
スマホからそんな声が聞こえる。
「本当か」
「うん、前に助けてもらったし」
早苗はすぐにOKしてくれた。
「助かる、とても俺一人じゃ」
「何でも言って協力するから」
「ラーメン屋をめぐって欲しい」
「腹でも減ってるの?」
「そうじゃない、誘拐犯がラーメンが好きって情報が警察から貰ったんだ」
「警察・・・ねぇ」
「どうした」
「信用できるの、それ」
「…出来る」
「警察って、国家権力でしょ。
何処か、私達一般市民とは違う。
って、見下してるイメージがあるんだけど」
「大丈夫だ、彼は・・・信用できる」
根拠は無いけど、
ジュンさんは嘘言ってるように思えない。
彼は不器用なだけで、
本当は真っすぐな人間だと感じたから。
「わかった、ケンがそう言うなら私も信じることにするよ」
「早苗」
「ラーメン屋ね、探してみる。
顔写真とかはあるの?」
「フードを被ってるから、
顔写真とは言い難いけど・・・一応送っておく」
俺は体格の良い男性の写真を送る。
「ふーん、こういう感じの人か」
「かなり大柄だし、会ったら結構インパクトあると思うんだけどな」
「そうだね、あまり見ないかも。
前に誰か言ってたような気がするんだけど、人間って本当は太り難くて、
100㎏を超えるのは才能が必要なんだって。だからそれ以降の体重の人は他の人と違うものを感じると思う」
「探してみてくれ」
「分かった」
「追加で情報が入ったら連絡する」
「了解」
そう言ってスマホの電源を切る。
「さて、俺も探してみるかな」
俺はさっそくラーメン屋さんを探してみることに。
俺はラーメン屋を覗いてみる。
「いらっしゃい」
「あの、こういう人を見ません?」
俺はフードの男が描かれた写真を見せる。
「さぁ・・・?」
店員はあまり良い返事では無かった。
「忙しい所、すみませんでした」
俺は謝罪を伝える。
「いえ、別にいいですよ」
店員は丁寧な対応だったと思う
俺は店を後にする。
ここもダメか。
どこ行っても、似たような対応。
早苗から電話がくる。
「早苗?」
「収穫無しです、そっちはどうです?」
「こっちもだ、あまり良くない」
「店が悪いのか、それとも何か条件をつけて絞った方がいいですかね?」
「そうだなぁ」
俺は考え込む。
「プロファイリングはどうです?」
「プロファイリング?」
「はい、ドラマで見たことあるんですけど、
何でも犯罪者のプロフィールを作成することで、
その人の行動を予測するんです」
「なるほどなぁ、でも出来るものだろうか。
それはプロの技のような気がするが」
「試しでいいんですよ、殆どの人が誘拐とか、
犯罪に巻き込まれるなんて無いんですから、
プロファイリングの練習をしてる素人が居たら逆に怖いです。余程の変人か、警察が親に居るかのどっちかですよ」
「それもそうか・・・」
やってみるのも悪くないかもしれない。
「ケンがフードの男に対して、
どういう印象を持ってます?」
早苗に質問される。
「そうだな・・・不摂生が想像できる。
100㎏台の体重だと思われるから、
運動はあまり好きじゃないかもしれない」
「いいですね、その調子です」
「フードを被ってる所から、
自分の存在を社会から隠してる?」
「そうですね、私もそう思います」
「臆病な面もあるけど、誘拐するほどの大胆さもある?」
「ここは少し引っかかりますね」
「引っかかるかな、俺は特に違和感ないけど」
「すみません、私の勘違いかも」
「いや、その言葉を信じてみるよ」
早苗の言葉が正しいと仮定した場合、
どうして違和感が?
「答え、出そうですか?」
「ごめん、分からないや」
「そうですか」
早苗は落ち込む。
「悪い」
俺は上手く言葉にできず謝罪する。
「いえ、ケンは悪くないです」
早苗は否定する。
「店は・・・お気に入りがあるのかな」
「どうですかね、ラーメンが好きならあるかも」
「それとも味を開拓するタイプかな」
「不摂生の人間がありえますかね」
「ちょっと変か」
新しい味を求めて、全国いや、世界を飛び回る。
という感じの性格では無いだろう。
それならばもっと開放的で、
フードを被ってどうこうって犯人じゃないと思う。
上半身裸で、日焼けした肌にサングラスをつけてるような男ならありえるけれど、
フードを被ってる人間が、そういうアクティブに動くとは考えにくかった。
「そう考えるとお気に入りの店があるって考えた方がいいかもですね」
早苗がそんなことを言う。
「かもな」
俺は間違ってるとは思えず、同意する。
「大体は出たと思います」
「そうだな」
「恐らくと言う言葉が前に来ますが、
不摂生で、性格は臆病に思えて少し大胆な所が。
好きな食べ物はラーメン、店はお気に入りがある。
ですね」
「そう考えると、人気店ってのは外していいかもな」
俺はプロフィールを参考に答えを出す。
「マイナーだけど美味いってのを求めそうな気がしますね」
「ネットで話題の店というより、星が3つか4つ当たりの店を探してみよう」
星は最大で5つ。5つは人気店と言って差し支えないだろう。でも、こういうタイプの男はこれはメジャー過ぎて敬遠されると判断した。だから、少し下げたのだ。
「分かりました、私もそうしてみます」
これでラーメンの店舗を大分、絞れたと思う。
探しやすくなったかも。
俺は店を探してみることに。
屋台、ビルの5階、駅中、住宅地、空港。
様々な場所に行ってみた。
しかし、答えは出ない。
「くそっ、何が足りない?」
俺は頭を抱える。
早苗から電話が来る。
「ケン、そっちはどう?」
「ダメだ、情報が一切ない。
そっちは?」
「こっちもダメ。
ショッピングモールのフードコート、
水族館、動物園にも行ったけど…」
早苗も成果なしか。
「プロフィールが間違ってるのか?」
所詮、素人の作ったデータだ。
間違っていても可笑しくはない。
「間違っては無いと思うんだけどなぁ」
早苗はモヤモヤした感じだった。
「でも、思い当たる所は行ったぞ」
「本当に、本当にそうですか?」
「本当だよ、結構、探し歩いたぜ」
「まだ、行ってない所あるんじゃないですか。
なにせ、2000店舗あるんですから」
「悪い、少し弱気になってた。
もうちょっと考えてみる」
店が無いという訳ではない。
まだ行ってない所があるなら希望がある。
諦める時ではない。
そう、自分に言い聞かせる。
「その意気です」
早苗から励ましの言葉が来る。
「人気が無い・・・人気が無い・・・人が少ない・・・あまり寄り付かない・・・暗い・・・暗い?」
なにか掴んだような気がする。
「何か掴みましたか?」
「そういえば聞いたことあるな。
変わった場所にラーメンの店があるって」
「それは何処ですか?」
「トンネルの中だ」
「それは私も行ったことありません、
可能性はあるかも」
「場所はここだ」
俺は地図を送る。
「近いですね、せっかくだし、一緒に行きません?」
「あぁ、分かった。それじゃ合流してから一緒に行こうか」
「はい」
俺たちは合流してから、
そのトンネルの中にあるラーメン屋さんに向かう。
とても変わった場所だった。
通常、トンネルの中は車が通る場所だ。
でも、ここのラーメン屋さんは確かにある。
では、車用の道なのにどうやって行くか。
それは歩道があり、そこは一応、非常用の歩道だ。
車が事故に遭ったり、トンネルが火災に会った時に、歩いて脱出する道。
3段ほどの小さな階段を上って歩道に行く。
手すりがついており、歩行者の落下防止が意識されてると分かった。
そんな非常用の歩道に何故かラーメン屋さんが存在する。もしも行きたいと思う人が出たら、車で行く場合、トンネルを一旦出てから、トンネルの外にある駐車場に止めて少し歩く必要がある。トンネルの中に駐車場を作るのは危険らしく、外に作る必要があるのだとか。トンネルの長さは約4kmで平均レベル。
「ここなら、マイナーの部類に入るんじゃないか?」
俺たちはトンネルの中のラーメン屋さんに来てる。
やや暗めで、トンネルの中を車が走ってる音が身近に聞こえる。
「そうですね、少し手間がありますし、トンネルを通るのに夢中で素通りする人も居そうです」
「入ってみようか」
「はい」
俺たちはのれんをくぐり店に入る。
店名は豚ネルズ。
トンネルの中にある豚骨ベースのスープを使ってることからその名がつけられたのだとか。
決してお笑い芸人に名前が似てるとか、そういうのは一切関係ない。
「…いらっしゃい」
何だか気難しそうな店員が居る。
愛想はあまりよくはない。
「あの、人を探してるんですが」
「…」
店員は何も答えない。
「すみません、えっと」
言葉が聞こえなかったのかと思い、
俺は再度尋ねる。
「…はぁ」
店員はため息を吐く。
「えっと」
俺は何となく怒ってると思い、どうしてなのか分からず戸惑う。
「アンタ、ここが探偵事務所に見えるのか?」
「違いますが」
「なら、ラーメンを食え。
ここはラーメンを食う店だ」
「そう・・・ですね・・・では豚骨ラーメンを」
食べろ、という事だろう。
俺は席に座って注文する。
「えっと、私も同じものを」
早苗も注文して席に座る。
少し店員から離れて聞こえない距離で会話する。
「ふぅ…」
俺はようやく息を落ち着かせる。
「何だか気難しそうね」
「仕方ないさ、あれが彼の性格なんだろう」
「でも、もうちょっと愛想がよくてもいいと思うんだけど」
「ここの常連はきっと、ああいう性格の店主が好きなんだよ」
「そうなのかな」
テーブルにどんとラーメンを置く。
「食え」
そう言って店員は去っていく。
「ああいう性格の店主を好きになる・・・?」
早苗は不思議そうに思ってる。
「人付き合いが苦手な人は、変に構って来なくていいんじゃないかな」
「なるほど、そういう考えもあるか」
早苗は納得する。
せっかく来たのでラーメンの味を堪能する。
「うまいな」
香りは醤油。
頭で考えるよりも先に口が動いてしまう。
豚骨を何時間も煮込んだ深みある味が感じられた。
いや、もしかしたら何日も煮込んでるのかもしれない。
「美味しい、あれかしら、性格を犠牲にして味を手に入れたのかも」
早苗は失礼かもしれないが、変に説得力ある言葉を口にする。
「いらっしゃい」
ふと、入り口を見る。
すると、目的の人物を見つける。
「いつもの」
フードの男は短く伝える。
「煮卵、豚骨しょうゆ、麺は細麺で、硬めだな」
店員は理解してるのか、さっと口にする。
「あぁ」
フードの男は隅っこの席に座る。
迷いなく席に移動することから、常連なのだと思えた。
「あの人が・・・?」
早苗も気づいたようだ。
「分からない、ただフードの男、体格がいい。
共通点は多いな」
彼が誘拐犯なのか?
俺は確信が持てずに居る。
あまりにも情報が少ない。
どうやって手に入れる?
いきなりあなたは誘拐犯ですか?
なんて聞かれて、はいそうです。
なんて答える人間はいないだろう。
「どうするの?」
早苗が聞いて来る
「可能性はあるんだ、追跡するぞ」
俺はそう答えた。
「了解」
早苗は同意する。
「お客さん?」
店員が睨んでくる。
「えっと・・・?」
俺は何で怒ってるのだろうと不思議に思う。
だって、ラーメンは食べたのだ。
十分な筈だが。
「食べ終わったのに居座る気か?」
店員がそんなことを聞いて来る。
あまりこういうことを聞かれたことが無いので驚く。
「そ、そうだな替え玉を頼む」
俺は思わず注文する。
「そうか、ならいい」
そう言って店員は去る。
「ちょっと、ケン、私はお腹いっぱいなんだけど!?」
早苗は不満を口にする。
「奇遇だな、俺もだ」
ぽんと自分の腹を叩く。
「ダメじゃん!」
早苗が突っ込む。
「俺は吐いてでも、僅かな可能性を掴みたいんだ」
俺は熱い思いを口にする。
「頑張りどころが少しズレてるような」
早苗は遠い目をするのだった。
「…」
フードの男は御馳走さまも言わずに席を立つ。
そして、金だけ置いて店を出る。
お釣りは無く、ラーメンの金額丁度の値段だった。
「…」
店員もありがとうございました。
とか、言うことなく無言で見送る。
「俺たちも行こう」
レジに札を置いて店を出る。
「はい」
早苗が俺について来るのだった。
時刻は夜。
住宅街の電灯を頼りに夜道を歩く。
所々、電灯の明かりが届かない暗い場所があり、そこを利用して追跡する。
「…」
フードの男は無言で何処かへと歩いていく。
俺たちは気づかれないように後ろをついて行くのだった。
「何処に行くんだろう」
早苗が疑問に思う。
「さぁな、だが、ついて歩くだけだ」
俺はつかず離れずの距離でついていく。
「…」
フードの男が突然止まる。
「どうした?」
俺は違和感を覚える。
「すると、突然バッっと後ろを振り向く」
「不味い」
俺は急いで角に隠れる。
「ど、どうして」
早苗も驚いて急いで隠れる。
「犯罪者ってのは不思議なもので動物的な勘が優れてるって聞いたことがあるな。
普段から緊張感を持ってるからか、人の視線に敏感らしい。
だからこそ、逆に警察かなんかはその視線が違和感を覚えて職務質問するらしいが」
「そんな豆知識はどうでもいいです。
どうするんですか、近づいてきますよ」
「ぐぅ・・・」
どうする、どうやって誤魔化そう。
「あぁ・・・歩行音が聞こえてくる」
早苗はパニックを起こしてる。
歩く音ってのは遠くじゃ聞こえてこない。
つまりは近づいて来てるってことだ。
もう、すぐそこまで。
俺は突飛なアイディアを思いつく。
「これしかない、協力してくれ」
俺は耳打ちする。
早苗の表情が歪む。
「ほ、本当に言ってる?」
「あぁ」
「どうなっても知らないからね!」
フードの男が角を覗く。
「…」
じぃっと俺たちを眺める。
「きゃいん、きゃいん、はっ・・・はっ・・・」
俺は白ブリーフ一丁で民家から勝手に拝借した犬の首輪をつけてる。
それを早苗がリードを握ってる。
「ほぅら、ワンちゃん。ここでシーシー、しましょうね」
早苗が若干恥ずかしそうだ。
だが、誤魔化すためにはしょうがない。
よく、映画なんかだと男女がキスして誤魔化すシーンがある。
あれはとても洒落た回避方法だろう。
しかし、映画を良く見る人間だったらもしかしたら誤魔化してると疑問に思うかもしれない。
だから、少し外そうと思ったのだ。
そこで俺がとった方法がこれだった。
犬プレイである。
「…ただの変態か」
フードの男は興味を失って、去っていく。
遠くへ行くのを確認して俺は犬のフリを止める。
「ふぅ・・・なんとかなったか」
俺は額を拭く。
「あの、私・・・前までカッコいいって思ってたんですよ」
「お、おう?」
「でも、今日・・・ちょっとダサいなって」
「何故だ!?」
「分かるでしょう!?」
「これは追跡から逃れる最善策なんだ!」
「私はてっきり、洋画の俳優みたいにキスして誤魔化すのかと・・・そっちの方が洒落てるじゃないですか!」
「手段を選んでる場合じゃないんだ!」
「言葉はカッコいいですけど、白ブリーフですからね!?」
「っと、すまない」
俺はズボンを履きなおす。
「はぁ・・・大丈夫かな」
早苗が呆れる。
「誘拐犯を追うぞ、あのフードの男を追跡再開だ」
「分かりました」
早苗はなんだかんだ一緒に居てくれるのだった。
フードの男を追跡すると、ある場所に辿り着く。
「ここは・・・」
そこは高級マンションだった。
「結構、金持ちなんですかね?」
「そのようだな」
「番号は・・・345」
「なるほど」
フードの男は番号を入力してマンションの中へ入る。
そこまでは確認できた。
しかし、これ以上は侵入できない。
マンションは内部の人間に開けて貰う必要がある。
「どうする、諦めますか?」
「いや、諦める気はない」
「でも、どうするんですか。
金持ちの知り合いとか居るんです?」
「いや、居ない」
「だったら」
「勝手に侵入する」
「それは・・・犯罪では?」
「かもな」
「誘拐犯なら、
もしかしたら同情してくれるかもしれません。
仮に警察に見つかっても減刑される可能性はあるかも。
でも、全く関係ない赤の他人だったら?
誘拐とは関係ない、善良な一般市民だったら?」
「それでも行くしかない、
ここでじっとしてたって情報は何も得れないんだ。
少しでも可能性があるならすべきだ。
人を殺すとか、そういう訳じゃないんだ。
行くぞ」
「あぁ・・・知りませんからね!」
早苗は諦めたような気分でついて行く。
「……」
受付の警備員が、玄関で座ってじっと周囲を見てる。
「あれでは近づけませんよ?」
早苗が聞いて来る。
「そう・・・だな」
俺は考える。
「いい案出ます?」
「裏に行こう」
「裏ですか?」
俺たちは裏に向かう。
裏は駐車場になってて、何台か車や自転車が止まってる。
「ここで何するんです?」
「飛び越える」
「えぇ?」
「いけると思う、光を取り込むためか。
通路は隙間がある」
「でも、段差がありますよ。
170cmくらいの高さの壁をどう突破するんです?」
勝手に侵入しないようにか、
高い壁が設置されてる。
「こうするんだよ」
俺は自転車を持ってきて、それを段差によじ登る。
「えぇ?」
早苗は驚く。
「俺は行く、お前も巻き込むわけにはいかない。
嫌なら来なくていい」
「行きますよ、ここまで来たんですから」
「そうか」
俺はニッと悪い笑みを見せる。
よじ登ろうと手を伸ばす、ところが剣山があり痛みを感じる。
「どうしたの?」
早苗が尋ねて来る。
「あ・・・あぁ・・・釘・・・いや針か?
なんか鋭いものが手に」
「よじ登るの難しいんじゃない?」
「いや、強引にでも行く」
俺は服を脱いで、上にかぶせる。
「なるほど」
「これなら何とか」
俺は服を盾に剣山のエリアを抜ける。
そして、通路に辿り着くのだった。
階段を上っていき、345の部屋まで行くのだった。
「服が汚れました」
「それは仕方ない」
「でも、どうするんです。
通路に入ったのは良いですけど、肝心の家主が出ないのでは」
「いや、必ず出るさ」
「出ますかね」
「玄関に受け取りボックスがある。
恐らく置き配用のだろう、ということは通販をやってる」
「なるほど」
早苗は理解したようだ。
俺たちは変装して、チャイムを鳴らす。
「すみません~白猫ヤマダです」
インターホンから、宅配の会社名を名乗る。
「…今行く」
ぶつっと切れる音が聞こえる。
そして扉が開く。
「ちょっと、すみませんね」
俺は足を差し込む。
そして扉が閉まらないようにする。
「誰だ、アンタら!」
フードの男は困惑する。
「分かるだろ、自分の心に聞いてみるんだな」
俺が睨むと相手は慌てる。
「ぼ、僕はまだやってない!?」
フードの男は怪しい言葉を口にする。
「警察だ、家宅捜査に入る」
「れ、令状を出せ。令状が無いと、警察は勝手に入れないんだろ?」
「それはテレビやネットの情報だ、本当の警察はそんなものなくても入れる」
「そ、そんな」
「悪いが、邪魔するぞ」
俺は強引に入る。
「警察って・・・令状無くても入れるの?」
早苗がそんなことを聞いて来る。
「そんな訳ないだろう」
「あ・・・嘘か」
早苗はため息を吐く。
「さて、どんな秘密を握ってるのかな」
彼は何か怪しい。
絶対に何かあるはずだ。
俺は扉を開ける。
そして、彼の部屋に入った。
まず目に入ったのは飛行機のプラモデル。
趣味なのだろう。
モモ、JAC、NAAなどの飛行機のモデルが何個か置いてあった。
「これは」
遅れて入ってきた早苗も驚く。
そこには無数の写真があった。
プリンターでコピーしたのだろう。
写真が多いのはそれほど驚く要素ではない。
だが、俺は驚いた。
何故か、それは誘拐された娘の笑顔の写真が無数に張られてたからだった。
「ぼ、僕の部屋に勝手に入るな!」
フードの男が襲い掛かってくる。
「よっと」
俺はさっと避けて、足を引っかける。
そしえ転ばす。
「あぐっ」
フードの男は倒れる。
「早苗!」
俺は同行してた彼女の名を叫ぶ。
「あ、うん!」
2人で協力してフードの男を拘束する。
縄を両手に縛って、ついでに足も縛っておく。
「何処かに・・・何処かに居る筈だ」
俺は娘の愛を誘拐した犯人はこいつだと確信していた。
だから、何処かに居ると思い色んな部屋を漁る。
すると、カギのかかってる怪しい場所を見つける。
「カギで閉まってる」
早苗が隣でそんなことを言う。
「どいてろ」
俺は男の家を漁ってバールを見つける。
そして、そのバールで強引に扉を破壊する。
「乱暴・・・」
早苗はため息を吐く。
「うるせぇ、行くぞ」
俺は中に入る。
すると、そこは不思議な部屋だった。
ピンク色の雰囲気で、モフモフ系のアイテムが多かった。
勉強机、経営者の本などが置いてある。
しかもどれもフードの男のサイズとは思えない小さめのサイズ。
「ナニコレ・・・何処か懐かしいような・・・でも不気味」
早苗がそんなことを言う。
「なんでこれが、ここに」
それはパンダのボールペン。
世界で唯一のオリジナル、俺が娘と一緒にワークショップで作ったものだ。それがどうしてこんな所に。
あいつは何か娘の誘拐と関係してる、
でなければこれがあるのは説明がつかない。
「タンス・・・?きゃぁっ!」
早苗が開けると、驚いて腰を抜かす。
「どうした」
俺は早苗に近づく。
「こ・・・これ」
タンスの中には少女の服や下着が
「これは」
とてもじゃないが彼の物とは思えない。
まるで・・・この部屋は少女のための部屋に思えた。
「ケン・・・あれ」
早苗が指さすもの、それは俺を絶句させるには十分だった。
「なんだ、これ」
2mほどの透明なプラスチックの箱。
人が入りそうなほどのサイズ感。
俺は異常性を感じた。
「何を思って彼はこの部屋を作ったの?」
「分からない」
拘束してる彼に話を聞こう。
まずはそれからだ。
僕の名前は大友 卓也
年齢は35歳。
性格は人見知りで、あまり会話は得意ではない。
ラーメンが好きで、その所為か太った男性の姿をしてる。
人と目線が合うのが苦手でフードを被ってる。
ポケットからは箸が飛び出してる。
ラーメンを食べるときに、myマヨネーズみたいな感じだ。
仕事はしてない。
でも、高級マンションに住めてる。
理由は親の遺産が入ったからだ。
金の不自由はない、だが孤独という辛さはある。
性格は内向的でフードを常に被ってる。
人との接触を断つためだ。
孤独を感じてるくせに、自分でも矛盾してると思ってる。
僕の部屋には写真盾が置いてある。
両親とは仲が良かった。
家族で、よく一緒に遊んだ。
日曜の昼間、緑の多い公園で家族連れが多い中で遊んでた。
「パパ、行くよ!」
「おし、来い!」
僕は父に向っておもちゃの飛行機を投げる。
でも、上手く飛ばせずに自分の方に返ってきたり、
明後日の方向に飛んで行ったりする。
父がパイロットで、その影響で僕も好きになった。
僕はよくおもちゃの飛行機で遊ぶことが多かった。
それは大人になった今も変わらない。
それは、親を思い出すから。
でも、飛行機は僕が父と遊んだ思い出でもある。
その一方で、同時に命を奪った存在でもある。
自宅の玄関で、仕事に出かける父に頭を撫でられる。
「パパの空の仕事をしてるんだ、そして皆を世界に送り届けてる」
「かっこいいね!」
「あぁ、そうだとも」
それが父の最後だった。
僕は父の最後をテレビで知った。
飛行機の事故が起きて、乗客が全員死んだ悲しい事故。
乗客全員には慰謝料が支払われたみたいだけど、
そんなことよりも父が帰ってくる方が嬉しかった。
そして、最悪なのは母も搭乗してたってことだ。
母はCAで、父と知り合ったのもそういう関係だった。
父はパイロットで、母はCA。
結婚式も、空港で行われたほど、家族は何だか空と一緒の事が多かった。だが、皮肉にも、家族は空へと旅立ってしまった。
僕はラーメンが好きだ。
外で食うのは緊張するから、普段はカップ麺をネットショッピングで注文する。
だから、家にカップ麺の山がある。
掃除は苦手で、部屋は汚い方だと思う。
自覚はしてるが、面倒臭いという思いが先に来て、
どうにも続かない。
たまに思いついたときはやるんだけど、
あまり変化は無かった。
僕にはコレクション的な趣味がある。
漫画を集めるのが好きな人だったり、
スニーカーを集めるのが好きな人がいる中で、
僕はカップ麺の容器を集めるのが好きだった。
部屋の棚に好きな味だけ積んである。
どうしてラーメンが好きか?
それは、心の避難所だったからだ。
両親との記憶がそうさせる。
空港には結構、美味しいフードコーナーがある。
僕は父が仕事で空に行ってる間、
母が連れてってくれたことがある。
父の仕事帰りの時に、家族3人で食事をすることもあった。
それは最後の家族写真にも写ってる。
孤独に冷たい部屋にいる時間が多い中、
湯気の立つラーメンは“蘇った”気がしたから。
好きな味は豚骨スープの味。
替え玉はお腹が空いてたら、する時もある。
紅しょうがは嫌い。
スープは残す。
豚骨以外は駄目で、理由は食べた気がしない。
濃い味が好きなんだろうって思う。
これは両親どうこうってより、好みに近い感覚だ。
好きな食べ方がある。
それはラーメンのスープにのりをひたして、
ご飯を包んで食べるってことだ。
父がそうしてたから。
僕には行きつけのラーメン屋があった。
暗い、人の注目をあまり浴びないトンネルの中にある豚ねるず。
この世界で僕が通報されない場所。
店主は僕のことに興味が無く、愛想が悪いと不評だ。
恐らくラーメンの味を追求することにしか関心が無いんだ。
それが逆に強引さが無くていい。
人によっては関わることが優しさだと思って、
強引に迫ってくる人がいるけれど、
僕はそういうのは苦手だった。
でも、ここでは僕に触れてこない。
だから…。
”ここでは逃げなくていい”
そんな風に思えた。
遺産の相続は、金と同時に孤独を受取る。
それが僕の考えだった。
金を受け取った瞬間、周りの親戚の目の色が変わった。
そのことが怖かった。
今まで一度も話したことが無いのに、
電話をしてきたり、
中には強引に僕の家を突き止めてきて、玄関を叩く人も居た。
僕は誰かに引き取られるという選択が怖くて止めた。
学校に行くには、保証人となる親が必要だった。
でも、僕は学校になんていかなくていい。
そんな風に思ってしまい、1人で生きることを選んでしまった。
金はあるんだ、問題は無い・・・はず。
だけど、そんな風に思っても、やっぱり僕も友達とか、
そのうち恋人とか欲しいなんて人並みに思ってしまう。
僕は僕なりに勇気を出して、外に出かける。
でも、暫く外に出てないから。
僕の顔が不細工なのか、イケメンなのか分からない。
いや、不細工寄りだろう。
太ってるし、身だしなみはあまり気を使ってないし。
だけど、関われたらなと思うことがある。
まずは第一段階として、
コンビニの店員に話しかけることだ。
「いらっしゃいませ~」
綺麗なお姉さんだ。
話しかけるのに緊張する。
「ち・・・ち・・・」
「えっと?」
「ち・・・ん」
「ちん?」
お姉さんは困惑している。
「…」
僕は指さす。
「あぁ・・・ホットスナックのチキンですね。
200円です」
「…」
僕は電子マネーを取り出して会計を済ませる。
今日は綺麗なお姉さんと会話が出来た。
少し・・・成長できただろうか?
いつものお気に入りのラーメン屋さんに行く。
お気に入りの店で関わればいいって意見があると思う。
でも、僕はそれが出来なかった。
お気に入りの店だから、コミュニケーションが失敗した時のことを考えると、2度と行けなくなる。
それは困る。
だから、お気に入りの店では挑戦しないのだ。
人と会話することは。
例えるならRPGのモンスターが出る草原エリア。
ここのラーメン屋さんは宿屋って所だ。
宿屋で戦わないのと一緒で、ここでは挑戦はしないのだ。
「…」
店員さんがラーメンを持ってくる。
黙って持ってくるのがここの店主らしい。
今日はいつもの豚骨ラーメンと少し違う。
トッピングがある。
それは煮卵だ。
綺麗に二つに別けられていて、綺麗なオレンジ色だった。
これを食べる日は僕が自分で頑張ったと思える日だ。
そう、あのお姉さんと会話出来た日だから。
僕には夢がある。
それは、あのお姉さんの手を握りたい。
それは、両親が手を握ってくれた記憶を思い出すから。
父が仕事でカッコい所を見せたかったのだろう。
飛行機に一緒に乗る時が何度かあった。
そんな時、一番前の席で他のCAさんと一緒に座る。
その中に居た母が僕の手を握ってくれていた。
寂しい、母の握ってくれた手が暖かった。
あの温もりがもう一度欲しい。
そう思って、僕は行動に移す。
「お疲れ様で~す」
コンビニのお姉さんが仕事が終わったのか、
店から出て来る。
「…」
僕はそのお姉さんの背後をついて歩く。
「はぁ…疲れた…」
お姉さんは普通に歩く。
「…」
僕は背後をついて歩く。
「…」
お姉さんはスマホで何かをチェックしてる。
恐らく、自分の好きなインフルエンサーのSNSでも、
チェックしてるんだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
「ふへっ・・・」
僕は彼女の手を握る。
「きゃあっ!」
お姉さんはスマホを落とす。
それは僕に手を触れられたからだろう。
少し驚かせてしまった。
「あ・・・あの」
僕は勇気を出して話しかける。
傷つける意思はないんだ。
話せば・・・分かってくれる。
「ごめんなさい!」
お姉さんは走り去る。
「待って・・・」
僕は手を伸ばす。
どうして・・・どうして逃げるんだ。
「君・・・何してるの?」
警察官がいきなり話しかけて来る。
「あ・・・えっと」
お姉さんに話しかけようとしたんだ。
手を握ってもいいかって。
傷つける意思はないんだ。
そのことを言葉にすればいい。
でも、出来ない。
「女の人が逃げてったの見えたけど、あれ何?」
「そ、それは」
理由を説明しよう。
そうすれば分かってくれる。
「もしかして痴漢?」
違う、どうしてそんなに早く結論を出すんだ。
どうして、もっと僕の言葉を聞いてくれない!?
どうして!?
どうしてという言葉が僕の中で何度も反芻する。
「ち、ちが…」
「こちら、怪しい人物を発見。
事情聴取を行う」
警察が無線で、そんなやり取りを行う。
「っ…!」
僕は思わず逃げ出す。
「待て!」
警察は僕を追いかける。
「かあっ、かあっ」
カラスが警察の前を飛び立つ。
「うわっ」
警察はカラスに襲われたと思い、
手で身を守る。
そのお陰で、僕は逃げることが出来た。
運がよかった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
自宅に引きこもる。
部屋でひとり震える
おもちゃの飛行機を両手で包み込み、誰にも届かない声で僕はごめんなさい、ごめんなさいと何度もつぶやく。
あのお姉さんを怖がらせる気は無かったんだ。
信じてくれ・・・そう祈りを込めて。
そしてまた孤独のサイクルへと僕は入っていく。
この運命の輪から僕は逃れることが出来ないのだ。
僕は…少女を…健治という男の娘である。
愛と手を繋ぎたかった。
屋台で父の仕事を手伝い、
買い出しも行う、優しい子。
両親と仲がいい、とても美しい光景だった。
でも、僕はある日知ったんだ。
彼の家は母が死んでしまったと。
きっと、悲しい思いをしてるに違いない。
両親を失った僕と同じように孤独を感じてるに違いない。だから、彼女の手を握って一緒に暮らそう。
そう思ったんだ。
僕なら彼女を理解してあげれる。
1人なら孤独を感じたままだ。
でも、2人ならば寂しくない。
そう思って、僕は愛を連れて行こうと思った。
「あの・・・?」
愛を目の前にして僕は動けなくなる。
あまりにも美しい目をしていて、見惚れてたんだ。
「あぁ・・・」
僕の家に来ないか?
そう・・・言いたかった。
でも、コミュニケーションが苦手な僕は言葉をかけれない。
「用が無いのなら、失礼します」
愛は去っていく。
「用事はあるんだ・・・言葉にできないだけなんだ」
僕は去っていく彼女の後ろを見ながら呟く。
準備が出来てないから、声をかけれないんだ。
だから、僕は準備をした。
彼女が住める家を。
彼女の部屋を作って、彼女と一緒に過ごせるように。
ここならば彼女が傷つけないのと思い、プラスチックの箱を準備した。ここなら彼女を守れると思って。
比喩ではなく、彼女を監禁するための箱。
「こんにちわ」
愛とまた出会う。
「こん・・・こん・・・」
突然のことで、言葉に詰まる。
「続きは…なんて言いたいんですか?」
愛は僕の言葉を聞こうとする。
「こん・・・こん・・・に・・・」
「はい」
愛はじっと待ってくれる。
「に・・・ちわ・・・」
ようやくだ、ようやく口にできた。
「こんにちわ、です!」
愛はにこッと笑う。
夜明けの太陽のようだった。
「あ・・・」
僕も思わず微笑む。
「言葉を出すのが苦手なんですか?」
「…」
僕は頷く。
「それだったら、はい、これ」
愛はボールペンを取り出す。
それはノックボタンの部分にパンダがついてる変わったものだった。
「…」
僕はそれを黙って受け取る。
「言葉にするのが難しいのは、
音っていうのは一音ずつ喋るからだと思うんです。
でも、文字にして書けば、10文字くらい一気に見て貰える。だから、会話はそっちの方が多分、向いてるんだと思う」
「…」
僕は、確かにその通りかもしれないと思う。
「だから、このペンで文字を描くの。
そうすれば、きっと上手く話せるよ!」
「…」
そうかもしれない。
僕は素直にそう思えた。
「ばいばい、また会ったら喋ろうね!」
そう言って愛は去っていく。
「…」
僕は結局、彼女の手を握って家に連れ帰ることは出来なかった。監禁しようと思ったが、結局勇気が無くて出来なかった。でも、貰ったボールペンだけは大事に持ってる。それが・・・僕の歴史だった。
5話「takedown・Heart」
誘拐犯は他に居た、
真犯人を見つけるべく、花火大会へと潜入
その中で真犯人への手掛かりを見つける。
神社へと向かった俺たちは真犯人を取り押さえることに成功する。彼の誘拐した目的は一体何だったのか。
そして、娘は未だに見つからない。
果たして真犯人は娘の居場所を教えてくれるのだろうか?次回「takedown・Heart」