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2話「ラブドレイン」




娘が居なくなってから、俺はどうしていいか分からず家に帰る。

もしかしたら帰ってたのではないかと思ったのだ。

ゲーセンからの距離も遠くないし、家に居ても変じゃない。

そう思ったのだ。

「あ、やっと帰ってきた」

そう言って笑顔で出迎えてくれたのは、

娘じゃなく、かつての仕事の同僚である美咲さんだった。

「美咲さん?」

俺はどうして玄関の前に居るのか不思議だったのだ。

「なんで家の前に」

「だって、友達じゃない。可笑しい?」

「前の職場じゃあまり話さなかったような」

「そうだっけ?どうでもいいじゃないそんなことは」

美咲さんは親し気に話しかけて来る。

「それより、娘を見なかったか?」

「娘・・・って愛ちゃん?」

「あぁ、ゲーセンに行ったきり見つからないんだ」

「それは、お気の毒に・・・」

美咲さんは悲しそうな顔をする。

「だから、ごめん遊びに行けないんだ」

「ふーん、そうなんだ」

美咲さんは何か考え込むしぐさをする。

「ちょっと探してくるな」

「分かったわ」

俺は美咲さんを置いて出かける。

もう一度、ゲーセンに戻ったら実はあっさり見つかるのではと思ったのだ。

もしかして誘拐?

俺の頭の中に、そんな言葉が連想される。

だけど、俺の気のせいであっさり見つかる可能性もある。

そうしたら警察の迷惑になるだろう。

自分で見つけられるのならば、それに越したことは無い筈。

なので俺は自力で出来る所までやろうと思ったのだ。

でも、結果は駄目だった。

俺は諦めて家に帰る。

「はぁ・・・どこ行ったんだ?」

愛が居なくなって寂しい気持ちになる。

俺に黙って居なくなる子だと思わないんだけどな。

「おかえりなさい」

美咲さんが家で待ってた。

「どうして、帰ったんじゃ」

「あら、帰るって言ったかしら?」

「その、娘を探すから遊べないって話をしたら。

帰るものだとてっきり」

「なんでよ、そんなわけないじゃない」

美咲さんは可笑しいってばかりに笑う。

俺が変なのか?

俺の心の中に微妙な違和感がある。

「悪いけど、その帰って欲しいんだ。

俺は娘を探したくて・・・」

ハッキリと伝える。

せっかく来てもらって悪いとは思うが、

俺にだって事情はある。

ここは帰ってもらおう。

そう思ったのだ。

しかし。

「嫌よ」

「え・・・?」

俺は予想外の返事で驚く。

「だって、可哀そうじゃない。

妻も失って、今度は娘もでしょ?

それで健治は一人きり。そんなの寂しいわ」

「それは、そうだけど」

「だから、うちが家に居れば1人じゃないでしょ?」

「そうかもしれないが」

いきなりの話で戸惑う。

「それで決まり、この話はこれで終わり。

いい?」

「あ・・・・あぁ・・・」

俺は押しに負けて、彼女を受け入れてしまう。

正直な話、まだ30代の男だ。

別に性欲が枯れたって訳じゃない。

娘が居るとはいえ、それは変わらない。

だから、少し下心も出て俺は断らなかったのだ。

「話はまとまったわね!」

美咲さんはパッと花が咲いたように笑う。

「家に居るのは構わない、だが娘は探すぞ?」

「お好きに」

美咲さんは自由にして、という感じだった。

「良ければ君も協力してくれ、この周辺を歩き回るだけでもいいから」

「ええ、分かったわ」

俺はとりあえず美咲さんを置いて外に出かけた。

別に銀行のカードは俺のポケットにあるし、

何か盗まれるってことは無いと思う。

家は金持ちって訳じゃないし、金目的ではないと思う。

他の理由としては俺を殺すためって少し思ったが、

別に美咲さんと接点がある訳では無かった。

同僚とは言ったが、本当に顔を合わせた程度で会話らしい会話は無かったと思う。だから恨まれる理由は無いと思うから家に置いてても大丈夫だろう。

そう、判断した。

「愛ーーーーっ!」

俺は住宅街のど真ん中で叫ぶ。

けれど、返事は無く暗雲に消えていくようだった。

「どうしたのよ、街中で叫んで」

スーパーでの帰りだろうか。

かつて家出少女だった早苗がそこに居た。

「良かった、今は人手が欲しいんだ」

俺は必死だった。

「ど、どうしたのよ。そんなに慌てて」

「愛が・・・娘が居なくなったんだ」

「そんな・・・」

早苗は衝撃を受けた顔をしていた。

「お願いだ、協力してくれ」

「ええ、分かったわ」

早苗はすぐに返事をしてくれた。

「ありがとう」

「そんなの、当然よ」

早苗は任せて、という感じで胸を張っていた。

「これが愛だ」

俺はスマホの写真を見せる。

「なるほど、この子か」

早苗は記憶した。

「それじゃ、手分けして探そう」

「連絡先教えて、見つかったら連絡するから」

「分かった」

俺は早苗と連絡先を交換する。

「うん、登録できた」

「それじゃ、頼むな」

「任せて」

俺は彼女と一緒に手分けして街の中を探す。

だけど、何時間経っても見つからない。

「どうして・・・」

俺は困惑する。

そんな中、早苗から電話が来る。

「もしもし?」

「見つかったか?」

俺は僅かな希望を感じて、勢いで言ってしまった。

「ごめんなさい、それはまだなの」

「そうか・・・」

俺は落ち込む。

「もう遅いし、そろそろやめよう?」

「どうして誘拐されたかもしれないんだぞ?」

俺は早く見つけなければ、という責任感から苛立ちを覚える。

「だからよ、ケンも誘拐されたらどうするの?」

「俺は誘拐されない!」

「だめ、焦っては。もう夜中なの、明日の朝探しましょう?」

「・・・」

「ケン、聞こえてる?」

「くそ・・・分かったよ」

年下なのに早苗の方が冷静だ。

彼女の方が正しい。

俺は大人しく家に帰るのだった。

「明日、また一緒に探しましょう?」

「あぁ」

俺はスマホの通話を切るのだった。










翌朝になる、

早苗に夜探すのは駄目と怒られたので、昼間ならば問題ないだろう。

そう思って、俺は昼間に探しに行こうと考えてた。

「あら、おはよう。早いのね」

昨日から家に泊ってる美咲さんがそんなことを言ってくる。

「娘を探しに行こうと思ってな」

「そう、頑張ってるわね」

「美咲さんの方はどうだ?」

「あー・・・そうね・・・ダメだったわ」

美咲さんは今、思い出したみたいに言う。

でも、それは俺の感じたことであり事実かどうか分からない。

だから、特に追及することは無かった。

「君も引き続き探してくれ」

「ええ」

美咲さんは頷いた。

ちゃんと・・・探してるのだろうか?

信じるしかないか。

俺はそう思うのだった。

チャイムが鳴る。

「誰だろ、郵便かな」

俺は玄関の扉を開ける。

「やっ」

そこには早苗の姿があった。

ギャルっぽいファッションで、

キャップとへそ出しコーデが印象的だった。

「あれ、真面目になったんじゃないのかよ」

俺は思わず笑ってしまう。

「今は仕事中じゃないんだから恰好は自由でしょ」

早苗は、ぷーっと頬を膨らまして怒った感じを出す。

「悪い」

「もー・・・」

「それより、愛だ。探しに行こう」

「えぇ、私のそのつもりで来たから」

早苗の目は真剣だった。

一緒に探そうという気合を感じた気がした。

美咲さんと比べて何処か前向きに思えた。

「あら、お客さん?」

俺の背後からすっと美咲さんが顔を出す。

「こんにちわ、えっと奥さん・・・ですか?」

早苗がそんなことを言う。

「ぷっ・・・あははははははは」

美咲さんが笑う。

「えっと」

早苗は困惑する。

「あー・・・可笑しい」

美咲さんは笑い疲れたという感じで、涙を指で拭っていた。

「私、なにか変なこと言いました?」

早苗は尋ねる。

「いいえ、変じゃないわ。でもね、少し訂正させてもらうと、

うちらは結婚を前提に同棲してるの」

「え?」

早苗よりも、俺の方が驚く。

「どういうことですか?」

早苗は困惑していた。

「いや、俺も良く分からなくて。

どうなってるんだ。美咲さん?」

美咲さんは昨日、家に来たばかりだ。

同棲とか、結婚なんて聞いてない。

俺も驚く。

「分からない?彼女さんが家に居るのに」

早苗は疑惑の目を俺に向ける。

「分からないも、何もこういうことよ」

美咲さんは俺にキスをする。

「なっ・・・」

早苗は導火線に火がついてしまったみたいに驚いていた。

「ぷはっ・・・美咲さん?」

俺はいきなりのことで戸惑う。

チョコレートでも舐めてたんじゃないかってぐらいに甘いキスだった。

「同棲してるんだから、これぐらい挨拶みたいなものよ。

貴方も大人なんだから、男性とするでしょう?

まさか処女って訳じゃないでしょ?」

「あがっ・・・」

早苗は押し黙る。

「あら、本当に処女?」

「だったら何よ、変?

早く捨てたからっていいものでもないでしょ!」

早苗は顔を真っ赤にして怒り出す。

「子供には早かったわ、ごめんなさいね」

美咲さんはふふっと微笑む。

それは何処か勝ち誇ってるように見えた。

「この・・・・ッ!」

早苗はキッっと睨む。

「それじゃ、さようなら。

バイバイ・・・」

美咲さんは扉を閉めようとする、まるで早苗を追い出すみたいだった。

「・・・」

俺は一瞬、早苗と目が合う。

その顔は少し寂しそうだった。

そして、扉がバタンと閉じられるのだった。









俺は美咲さんに話を聞きたくて問いただす。

「美咲さん、どういうこと?」

「どうって?」

美咲さんは何のことだか分からないって態度をとる。

でも、絶対に内心分かってる筈だ。

「だから、結婚を前提にした同棲って。

このままずっと家に居るってこと?」

「そうよ、同棲ってそういうことじゃない」

「てっきり、1日ぐらいのお泊りかと」

「そんな訳ないじゃない、女の人が男の家に行くってことは友達の家に泊るのとはわけが違うの。

それぐらい、大人なら分かるでしょう?」

「それは、そうかもしれないが」

「でしょう?」

美咲は我が意を得たりと思った顔をしてる。

俺はそれ以上、言えなかった。

そんな時、ピンポーンとチャイムが鳴る。

早苗が戻ってきたのかもしれない。

「ちょっと見て来る、早苗かも」

「あら、あの子?」

「ちょっと待ってて」

俺は玄関に向かう。

「ちょっといいかな」

外に居たのは早苗ではなく、

知らない50代くらいのオジサンだった。

「えっと?」

「アンタ、旦那だろ?」

「旦那って・・・なんのことだよ」

「惚ける気なら、別にそれで構わんよ。

だけどね、払うもん払ってくれないよ困るんだ」

「払う?」

「家賃だよ、3か月も滞納して。

こっちはいい迷惑してるんだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。

俺はここの家賃をちゃんと払ってるし、

第一、俺の大家は女性だ。

アンタじゃない」

俺は必死になって否定する。

「ほー、支払い能力は十分って訳か。

余計に払ってもらわんと」

「どういうことだ?本当に分からないんだよ。

もったいぶってないで教えてくれ!」

俺は余計に訳が分からなくなる。

「お宅のねぇ、奥さんだよ。

家賃を払わずにとんずらしたのは」

「何だって?」

俺はある考えに至る

奥さんってのは恐らく女性のことだ。

その女性ってのはもしかして。

「奥さんがとんずらして、困ってたがようやく、見つけたよ。ここに入っていくのを見たって証言者も居るんでね」

「その女性ってもしかして」

「ちょっとぉ、誰なの。一体・・・げっ」

美咲さんは奥から出て来る。

そして大家さんの顔を見て引いていた。

「やっぱり居るじゃないですか、奥さん」

「払いますよ、えぇ、払いますから帰ってください」

「今日の所はそうしましょう、家を突き止めたんですからね・・・でも・・・あんまりこっちも待ちませんよ。

いざって時は・・・警察・・・呼びますからね」

そう言って大家は去っていった。

俺は聞かずにはいれず、美咲さんに尋ねる。

「どういうことだよ、家賃払ってないって」

「あー、気にしないで」

「気にしないでって」

「健治さんには迷惑かけないから」

「迷惑かけないって、十分かけてるんだが?」

「うるさいわね」

美咲さんは分かりやすく顔を歪ませて嫌そうな顔をする。

「美咲さん!?」

俺はその顔に驚いてしまう。

「この話はもうおしまい」

「美咲さん、もう少し話を」

「しつこい男の人は嫌いよ!」

そう言ってバタンと扉を閉めて、それ以上は追及できなかった。

「どうなってんだよ、全く」

ここの家主は俺なのに、主導権が奪われてるような気がしてならない。俺は今更ながら、彼女を受け入れたことを後悔するのだった。








俺は扉をノックする。

「家賃の話は終わった筈よ」

部屋の中に居た美咲さんがそんなことを言う。

「それは分かってる、その話は後にしよう。

でも、伝えておかないといけないことがあるんだ」

「なに?」

「分かってると思うけど、娘を探さないといけないんだ」

「あぁ・・・」

美咲さんがそういえば、

そんなこともあったっけという感じだった。

「だから、俺探しに行くから。

留守は任せたよ」

「本気で探す気?」

「当たり前だろ、娘なんだから」

「理屈は理解できるわ、でも今日は止めておくべきよ」

「どうして」

「外を見てないの?」

「外・・・?」

俺は美咲さんに言われて外を見てみる。

すると、雨が降ってることに気づくのだった。

「子供が大事ってのは理解できる。

でも、こんな日に出かけて歩いたら風邪ひくわ」

「だけど、探しに行かないと。

もしかしたら愛は川の橋の下で震えてるかもしれない。そう思ったら俺が見つけて連れて帰ってあげないとって気分になるんだ」

「自分よりも娘が大事なの?」

「当たり前だろ」

「・・・っ!」

美咲さんは何を言っても無駄って感じの態度だった。

「だから、行ってくるからな」

「勝手にすれば、それで風邪ひいたって知らないんだから」

美咲さんは怒ってる。

彼女の怒りも理解できる。

俺はどっちかって言えば馬鹿なんだろう。

「ごめん」

俺はそれだけ伝えて、探しに行くのだった。

雨の日に出かけるにあたって、傘を差せばいいという理屈は正しいが、少し間違ってる部分もある。

それは何故か。

雨は横からも入ってくるからだ。

理想を言えば、雨の日は全員家に居るべき。

でも、様々な事情が人にはある。

例え、傘をさしても、

雨のダメージ無効化という高性能じゃなくても、雨のダメージ半減性能という中途半端なものかもしれないが、それでも傘をさして人は街に繰り出すのだ。

目的を叶えるために。

俺は娘の街中で叫んで探し回る。

何度も、何度も繰り返した。

愛、愛、愛って何度も何度も。

それでも答えてくれる声は何も無かった。

俺は今日も成果なしで帰る。

「はぁ・・・」

美咲さんは帰ってきた俺を見て呆れる。

「ごめん」

水浸しになって、服も汚れてる。

それに何処か汗臭い。

脇から少し臭う。

これは自分の匂いだ。

「おかゆ・・・」

「え?」

「おかゆ・・・あるから温まるわ」

「ありがとう」

美咲さんはどうやら作ってくれたようだった。雨に打たれたあとだから、温かいものは嬉しい。

「それ食べたら、風呂に入って寝るのよ」

「あぁ・・・」

何だよ、美咲さんにも優しい所があるんじゃないか。俺は何処か嬉しい気分になる。

俺は身体を温かくして眠るのだった。

しかし、翌日のことだった。

「だから言ったじゃない」

美咲さんは俺の事を呆れるように眺める。

「ごめん」

ベットで眠る俺。

身体がだるくてしょうがない。

額には冷えピタが貼っており、頬は少し赤い。

「熱は・・・38度。

間違えなく・・・風邪ね」

「ですよね」

「だから外に出るなって。

娘が心配なのは理解できるけど、

それで風邪ひいたら還って時間かかるじゃない」

「あまり、やいやい言わないでくれ。

俺だって、必死だったんだ」

「全くもう」

美咲さんはそう言いつつも、なんだかんだ看病してくれる。

それはとてもありがたいことだった。

「早苗に連絡しないと」

俺はスマホでメッセージを送る。

彼女1人で探してくれてる可能性はある。

それはありがたいが、俺が休んでるのに、

彼女1人で探してもらうのは気が引ける。

だから今日は休んでいいよと伝えようと思ったのだ。

(どうしたの?)

俺が休んでいいと言うから急に何でって思ったのだろう。

だから俺は理由を返事する。

(俺、風邪ひいたみたいで。それで君1人に探してもらうのは気が引けて)

正直に伝える。

すると彼女は心配してくれる。

(大丈夫なの?)

(なんとか、でもだるいから連絡切るね)

(お大事に)

俺は伝えたいことは伝えれたと思って、早々に連絡を切った。

今日は家を出ないでゆっくり休もう。

そう、思って眠りについた。

「ん・・・」

あまりにも早く寝たから昼頃には目を覚ました。

先ほどよりはだるさは減ったが、それでもだるいことに変わりはない。

「あなた?」

美咲さんは俺に話しかけて来る。

「なに?」

「玄関にこんなものがあったんだけど」

それは俺宛の手紙と袋だった。

「どうしたのこれ」

「ドアノブにかけてあったのよ。

チャイムが鳴って、出ようと思ったんだけど、

お湯を沸かしてて出れなかったのよ。

それで急いで出ようと思ったら、玄関を開けたら誰も居なかったの。それで、ドアノブにこれだけが」

「一体だれが」

俺は袋の主を確かめるべく、

中を覗いてみる。

すると、そこには早苗からの手紙が入っていた。

そして、袋には風邪薬とスポーツドリンクも入ってた。

(体調が悪そうなので、買っておきました。

元気になったら、娘さんを探しに行きましょうね)

そう書いてあった。

早苗も優しいなと俺は感動する。

俺は手紙を見て心が温まってる時だった。

手紙をすっと後ろから美咲さんが取り上げる。

「なにこれ」

美咲さんは手紙を読み始める。

「あ・・・あぁ・・・早苗からだよ」

「あの女から?」

美咲さんの目が鋭くなったような気がした。

「俺の事を心配してくれたんだよ」

「心配?どうして体調が悪いって分かったのよ。

今日、家に来てない筈でしょ。それなのに何故?

さては家に盗聴器でも仕掛けて、観察してたの?」

「いや・・・俺が教えたから」

「ううん、庇う必要ないわ。あの女の事なんて」

美咲さんはそうと決めつけて来る。

「庇うとかそんなんじゃ」

「盗聴器を仕掛けるような女よ、この風邪薬だって怪しいものだわ。きっと惚れ薬か何か仕込んでるに違いないわ」

「それは無いんじゃないかな」

俺は否定する。

「可能性は十分だわ、あの早苗って女の目。

男に飢えた野獣の目だわ」

「おいおい」

俺は呆れる、ただ心配してくれてるだけだと思うんだが。

「・・・」

美咲さんは風邪薬を持って、何処かに行く。

「おい、何処へ」

するとキッチンにあるゴミ箱に風邪薬を捨てに行った。

「こんなもの、要らないわ」

ペダルを踏んで、手が汚れないタイプのゴミ箱。

それに風邪薬が入った袋が入っていった。

「勿体ないじゃないか、せっかくの薬なのに」

「目を覚まして、健治さん」

「目を覚ましてって、俺は普通だが」

「いいえ、普通じゃないわ。あの女に騙されてるの」

「騙されてる・・・のかな」

早苗は悪い子じゃない。

と思うんだけどなぁ。

こう、何度も言われると俺も少し自信を失ってくる。

「うちが買ってくる」

そう言って美咲さんが急いで家を出ていく。

俺は彼女を止める言葉が見つからず、

行かせてしまった。










風邪薬を買ってくると言ってくれた美咲さん。

その言葉に甘えて、俺はそのままスルーしたが。

ある問題が出てくる。

「暇だな」

風邪でだるいのは間違えない。

間違えないのだが・・・それはそれとして、

暇なのだ。

なんていうか頭だけぼーっとして、

身体だけは元気って言うか、

動かせるのだ。

そうなってくると、

俺は変な考えに行きついてしまう。

それは、もう探しに行っても良いのではないか?

ということだった。

俺はそうだ、そうに違いないと。

風邪をひいてるのにも関わらず、強引に出かけてしまう。

どうせ家に居ても暇なのだ。

それだったら娘を探した方が有意義ってものだ。

そう思って、俺は外に出かけてしまう。

昨日は雨だったが、今日は曇り空。

探しにくいという訳ではない。

いや、むしろ探しやすいかもしれない。

夏場だから、曇りの方が温度が少し低いからな。

そう思えば何だか身体が軽い気がした。

俺はテンションが上がってくる。

風邪ひくと妙にハイになる。

俺はいつもより調子よく娘の愛を探してるぞ。

と、何故だか根拠のない自信が湧いて来る。

で、自分でもバカだと思うのだが、俺は倒れる。

バタンと、棚か落ちた花瓶を止められないのと同じくらいにどうしようもなく俺は地面に顔が激突する。

「あの、大丈夫ですか!?」

道行く通行人に心配される。

馬鹿だな俺は、分かってた筈なのに。

そんなことを思いながら意識を失う。

「ん・・・」

俺は目を覚ますと、何故だか甘い香りを感じる。

桃のような、そんな感じ。

「気づいた?」

「早苗、どうして」

「どうしても何も、目の前で倒れるんだもん。

びっくりしちゃった」

「そうか・・・」

あの時、心配して声をかけてくれたのは有象無象の誰かではなくて早苗だったのか。

「風邪だって自分で言ってたじゃない。

しかも家で休んでるって言ってたのに、どうして家の外に出歩いてるのよ」

至極当然のことを言われる。

「娘が心配で」

「はぁ・・・」

早苗はため息を吐く。

「ごめん」

「風邪薬は飲んだの?」

「あぁ・・・いや・・・まだ」

美咲さんが捨てたとは言いづらく誤魔化す。

「飲んでないのに出かけたの?

そっか、ドアノブに引っ掛けたのにズレたかな?」

早苗はそんな結論に辿り着く。

家に置いてきたのに出かけるのが早かったから、

そう解釈したのだろう。

でも、実際は違うので俺は正直に伝える。

「あ・・その」

「どうしたの?」

「美咲さんが・・・捨てたんだ」

「えっ!?」

早苗は驚いた表情を見せる。

「美咲さんは早苗を疑ってて、それで」

「あの女・・・何を考えてるの?」

早苗は苛立ちを隠せないって感じだった。

「早苗?」

「ううん、気にしないで。

家に確か・・・常備薬があったような」

早苗は追及を逃れるためにか、

それとも単に心配してか風邪薬を探し出す。

「い、いいよ無理して探さなくて」

「そういう訳にいかないでしょ。

薬飲んでないんでしょ、良くなるものも良くならないわ。

それに、病人を放っておく薄情な人だって思われたくないし」

「早苗・・・」

「もう少し、私のベットで寝てて」

「あぁ・・・」

俺は早苗に甘えてしまう。

「あった」

早苗は薬を持ってくる

「ありがとう」

「飲める?」

早苗は俺をベットから上半身だけ起こす。

「1人で飲めるよ」

「私が飲ませてあげる、口開けて?」

「分かった」

俺はあーんと口を開ける。

そして、中に薬を放り込まれる。

「水、入れるから」

「うん」

ペットボトルの水を流しこまれる。

俺はその勢いで薬を胃の中に入れた。

「どう?」

「少し苦いかも」

「良薬は口に苦しって言うでしょ?」

「そうだね」

俺は薬を飲んだ副作用からか、少し眠くなる。

「眠そうね」

「あぁ・・・ちょっと・・・眠いかも」

「寝ていいのよ、好きなだけそうして」

「わか・・・った・・・」

彼女のベットで眠るのだった。

そのまままどろみに身を任せるのだった。

目覚めたら、机にはミカンゼリーが置いてあった。

「早苗のやつ・・・」

手紙に食べていいよと書かれてる。

なので俺はありがたく食べるのだった。

そうして家で俺は寝て過ごす。

そしていつの間にか夜になる。

「ただいま」

早苗はスーパーの制服を着てる。

仕事帰りなのだろう。

「お帰り」

なんだかこうしてると、少し妻の加奈のことを思い出すな。

「熱はどう?」

「あー・・・大分下がったと思う」

「温度計で測ってみるね」

額にぴっと当てると一瞬で温度が出る。

「37度・・・うんいい感じ」

「それじゃ、そろそろ帰ろうかな」

俺はベットから出ようとする。

「まだ、帰るのは駄目」

「熱も下がってるし、大丈夫だろ?」

「その油断が危ないんだから」

「でも」

「数日居て貰っても平気だから」

「だけど」

「病人が気にしないで」

「分かった」

俺は素直に甘えることにした。

「隣で寝てあげようか?」

早苗が冗談ぽく、そんなことを言ってくる。

「い、いいよ恥ずかしいから」

「残念」

早苗は悪戯っぽく笑う。

「ったく」

俺は苦笑するのだった。

翌朝になる、天気も快晴で身体も元気で気分爽快だった。

「元気そうね」

早苗が朝、俺の顔を見にやって来る。

「あぁ、おかげさまで」

「熱は・・・っと」

早苗は温度計で熱を測る。

「大丈夫だろ?」

「うん、これなら平気そう」

「美咲さんも心配してるだろうし、大丈夫だろう」

俺が彼女の名前を出すと、早苗は目を曇らす。

「どうした?」

「その、あんまり人の悪口を言いたくないんだけど」

早苗は言い難そうにする。

「あぁ」

「あの人・・・信用して大丈夫なの?」

「大丈夫・・・だと思うけど」

「なんか変よ、あの人」

「でも、俺の心配をしてくれるから優しい人だと思うんだけど」

「ケンがそう言うなら、そうなのかもしれないけど」

早苗は本当は不満そうだったけど、

俺が美咲さんを庇うからそれ以上は言えないって感じの顔だった。

こういう顔をさせて申し訳ないなと思う。

俺の不甲斐なさが露呈する気がして。

「心配しなくても大丈夫だよ」

「ケン・・・」

「それじゃ、家に戻るから」

「あっ・・・」

「ミカンゼリーありがとうな」

俺はそう言って、早苗の家から帰るのだった。

少し歩いて、俺は自宅へと戻る。

「おかえりなさい、どこ行ってたのよ。

心配したんだから」

美咲さんが俺の顔を見るなり抱き着いて来る。

「ごめん、心配かけたね」

「いいの、貴方が無事で、それだけで十分」

美咲さんは涙を流す。

「美咲さん・・・」

「風邪は平気?薬買ってきたのよ」

美咲さんは薬が入った袋を見せて来る。

「ありがとう、でも大丈夫だよ」

「あら、どうして?」

美咲さんの目が鋭くなったような気がした。

「えっと、その、早苗がくれた・・から・・・」

俺は言葉に詰まる。

「また、あの女なの?」

「またって・・・彼女は別に俺の事を心配してるだけで」

「信じられないわ」

「なんで、そんなに疑うんだよ」

「あなたは女の怖さを分かってないわ、

女ってのはね、綺麗な顔して、毒があるんだから」

「はぁ」

俺は良くわからない話だった。

「あの女は、恐らく乗っ取ろうとしてるのよ」

「乗っ取る?」

「貴方を弱らせて、看病するふりをして、そのうち家の権利書とか狙うのよ。

気づいたときには全て持って行かれるわ」

「乗っ取るってそんな大げさな」

「どうして無いって言い切れるの?」

「それは」

「貴方は早苗さんだっけ?あの人のことどれくらい知ってるの?」

「友達だよ」

「出身地は?学校は?両親との関係は?好きな食べものは?

ずっと一緒に居た?年月が空いてない?」

「・・・」

確かに俺は早苗の全てを知ってる訳では無かった。

彼女の意見に反論できる点は無い。

「風邪薬を飲んで違和感なかった?」

「違和感・・・」

そういえばと思う。

眠気を感じたが、風邪薬って眠気を感じるモノだっけ?

副作用だとしか思わなかったが、違う可能性もある。

「ほら、何かされたんだわ」

「されて・・・ない・・・と思う」

少し自信が無くなってくる。

「あの人は信用したらダメ、うちを信用して」

「美咲さん・・・」

「家に一緒に居るのはだあれ?」

「美咲さんです」

「そうでしょ、信用するのはうち」

「そうなのかも」

俺は何だか美咲さんが正しいような気がしてくるのだった。

「健治さん、好きよ」

美咲さんはトドメの一発とばかりに、俺にキスをしてくる。

俺はそれを受け入れるのだった。






チャイムが鳴る。

俺は誰だろうと思い、玄関に行く。

すると、そこには早苗が居た。

「やっ」

元気に挨拶をしてくる。

「どうしたんだよ、いったい」

「風邪薬を届けようと思って」

早苗はビニール袋を持ち上げて、見せて来る。

「ありがたいけど、大丈夫だよ」

俺は受け取りを拒絶する。

信頼してないって訳じゃない。

でも、昨日も飲んだし大丈夫じゃないかと思ったのだ。

「そうもいかないわ、風邪は治ったと思った時が危険なの。

一日飲んだから大丈夫じゃなくて、継続して、最低でも三日は飲まないと」

「そうかな」

「そうよ、だから、はい、薬飲んで?」

早苗は薬をくれる。

受取ろうと思った、その時だった。

「こんなのいらないわ!」

美咲さんがビニール袋を手で叩きつける。

すると袋が地面に落ちる。

「美咲さん!?」

俺は驚く。

「どうして邪魔するの?」

早苗は少し苛立ちを感じるようだった。

「今まで優しくしてたけど、もう黙ってないわ。

うちの旦那に毒を飲ませないで!」

美咲さんは怒りをあらわにする。

「はぁあああああ?」

早苗は何言ってるんだこいつって感じの顔をする。

「毒を飲ませようとしてきて、恥ってものが貴方には無いの?」

美咲さんは早苗を睨む。

「こんな訳の分からないことを言う女が居るから私がわざわざ薬を届けに来たんです。邪魔なんで何処かに行ってくれませんか?」

「ここがうちの家なんですけど?」

「じゃあ、出てきなさいよ!」

2人の口論は過熱する。

「落ち着いて2人とも」

俺はどうにか制止しようとする。

「黙ってられないわ、黙ってたら、このバカ女に家を追い出されるもの!」

美咲さんは顔を歪ませて、そんなことを言ってくる。

「私だって同じ気持ちよ、この女を放って置いたらケンが危ない目に合うわ!」

早苗は俺の事を心配してなのか、そんなことを言ってくる。

「どっちも落ち着いて話し合おう、ね?」

俺は冷静さを出そうと必死になる。

「冷静に話し合いなんて無理よ、大体、貴方がしっかりしないから、

この早苗とか言うバカな女がつけあがって、健治さんに好意があるって勘違いするのよ。早く言ってあげて頂戴、あなたはうちらの仲を邪魔してるだけだって」

「ちょっと言いすぎじゃないの!?」

早苗は怒る。

「美咲さんも少し落ち着こう」

俺は美咲さんを止めに入る。

「どうしてうちなのよ、そっちの女が仕掛けてきてるんじゃない。

さては、うちに内緒で2人で付き合ってるんでしょ。そうでしょ?」

「どうしてそういう話になるんだよ」

俺は違う方向に話が進んでる気がして頭が可笑しくなりそうだった。

「あー、そうですか、邪魔なのはうちの方って訳。

本当に健治さんのこと好きなのに、裏で遊びまくってたわけだ。

最悪、もてあそばれてたのね。うちは、どうしてこう、ダメな男に引っかかりやすいんだろう」

美咲さんはそんなことを言い始める。

「だから、付き合ってるとか、そういう話を俺はしてるんじゃなくて」

俺はなんとか話を軌道修正しようと躍起になる。

「もういいわよ、うちのことなんて放っておいて、2人で遊びに行けば?

どうせ娘を探すなんて口実で、本当は裏で遊んでただけなんだからね」

「あなたね、娘を無くして真剣に探してるケンに失礼じゃない?」

早苗は苛立ちを美咲さんにぶつける。

「知らない!」

美咲さんはバンと扉を強く締めて、中に閉じこもる。

「ああなるともう駄目だ」

俺はため息を吐く。

「ケン・・・」

早苗は俺の事を心配そうに見つめる。

「悪いんだけど、少し放っておいてくれ」

「分かった、でも、何かあったらすぐに相談して。

私は貴方の味方だからね、ケン?」

「分かってるよ」

そう言って早苗は帰っていった。

俺は何だか美咲さんと一緒に居ると凄く疲れるように思う。

何だか彼女は怒りっぽい気がする。

このまま一緒に居るべきなのかどうか迷い始めていた。

美咲さんと一緒だと、娘の愛を探す時間も中々取れなくなるし。

今の状況が正しいのか分からなくなってきた。







チャイムが鳴る。

早苗だろうか、俺はそう思って玄関の扉を開けた。

すると、そこには知らない人物がいた。

ポロシャツに無精ひげ、ハンチング帽を被った40代くらいの男。

「こんにちわ、三国純みくに・じゅんと言います」

そう言って帽子をとって挨拶をする。

「はぁ、どうも?」

俺は生返事をする。

「こちらに居ると話を聞いたんだけど」

「えっと・・・誰のことでしょう?」

「美咲・・と言えばわかりますかね」

「失礼ですが、美咲さんとはどのような関係で?」

「夫婦です」

「夫婦ぅ?」

俺は驚く。

「元・・・ですがね」

ジュンという男は寂しそうに笑う。

「それで、何の用でしょう?」

「早い話が連れ戻しに来たんです」

「連れ戻しに?」

「えぇ、色々あって離婚はしたんですがね。

最初は良かったんです、せいせいしたって思った。

でも、暫くすると、その、寂しくなってきましてね。

喧嘩はしますが、最初は好きだったんです。嫌いになる方が無理があるでしょう。だから、少し時間を空けたら顔を見たくなりましてね、そういえば好きだったなと再確認した。

という訳なんです」

ジュンは理由を説明してくれた。

「そういうことだったんですか」

「美咲は今中に?」

「あぁ・・・でも今は会える状況じゃないって言うか」

「ほぅ、喧嘩ですか?」

「まぁ、そんな感じで」

「少々、気が荒い所がありますからね。

そこが刺激的でいいんですが」

「はぁ」

自分の方が妻を知ってるアピールだろうか?

何だかマウントを取られたような気がしてモヤモヤする。

でも、それは一旦置いておこう。

「会わせてあげたいんですが、自分が説得できるかどうか」

会いたいというならば会わせてあげた方がいいだろう。

そう思ったのだ。

「いや、時間を置いた方がよさそうだ。

本官は帰りますよ、ただジュンという男が来たことを伝えてもらえれば十分です」

「分かりました、伝えておきます」

「それでは」

そう言って、彼は帰っていった。

玄関の扉が閉まった後、部屋に閉じこもってる美咲さんに話しかける。

「美咲さん?」

俺は彼女に尋ねる。

「なに・・・?」

先ほど喧嘩したばかりからか、不機嫌そうだ。

思わず会話するのを躊躇うが、でも伝えない訳にいかない。

「あの・・・さ・・・旦那って男が君に会いにきたんだ」

「だん・・・な?」

「そう、良かったら会う気無いかな。

向こうはとても会いたがっててさ」

「誰?」

「誰・・・って・・・ジュンさんって名乗ってたかな」

その言葉を聞いて彼女は声を荒げる。

「絶対に会いたくない!」

「っと・・・」

扉越しからでも分かる。

これはかなり怒ってる。

「知らないって言って、うちはここに居ない」

「でも、教えちゃった」

「どうしてよ、どうして言ったの!?」

「だって会いたがってたし・・・」

俺が・・・悪いのだろうか。

彼女とジュンさんと名乗る男の関係性なんて分からないし、

会いたいと言われれば居ると答えるのが自然だと思う。

「嫌、絶対に会いたくない!」

「分かった、会わせないから」

俺は説得する。

今はとにかく冷静になって貰った方がいいと思ったのだ。

誠実に接したつもりだった。

でも、何故か中で暴れる音が聞こえる。

「ああああああああああっ!」

美咲さんは叫び出す。

そして中から壊れる音が。

「お、おい何してるんだ!?」

俺は扉を開けて中の様子を確認する。

確認しない訳にいかないからだ。

「ああああああああっ!」

美咲さんはバットを持って暴れてる。

中にある家具が壊れていく。

「何してるんだよ!?」

部屋を荒らされるのが嫌で止めようとするが、

とてもじゃないが俺一人で止めるのが難しい。

思わず早苗に助けを求める。

ポケットに入ったスマホを取り出して電話する。

「ケン、どうしたの?」

「お願いだ、来てくれ。美咲さんが暴れてるんだ」

「分かった、すぐ行く」

そう言って早苗がすぐ来てくれる。

早苗は俺の家に入ってくる。

「助かった、俺1人でどうしたらいいか」

「何事?」

「俺にもよくわからない。だが、急に暴れて」

「あああああああ」

とてもじゃないが、美咲さんは話が通じる状態ではない。

「私に任せて」

早苗が俺の前に立つ。

その姿はかなり頼りに見えた。

「うちの幸せを邪魔しないでよ、

どうしてみんな、うちの幸せを邪魔しようとするのよ!?」

「いい加減にして!」

早苗がバットを持った彼女につかみかかる。

「離して!」

美咲さんは捕まってしまう。

「ここは、ケンの家なのよ。貴方の家じゃないの、

それなのに、勝手に暴れまわって壊さないで、迷惑なのよ!」

早苗が暴れる美咲さんを取り押さえてる。

「チャンスだ!」

俺は今しかないと思い、バットを取り上げる。

「どうして・・・どうして皆うちの幸せを邪魔するの?」

美咲さんは涙を流す。

「別に邪魔する気はないわ、でもね、ケンを傷つけるのは許せないの」

早苗が真っすぐ美咲さんを見つめる。

「善人ぶって!」

美咲さんは早苗を突き飛ばす。

「ぐっ」

早苗は壁にぶつかりそうになる。

「危ない」

俺は早苗を庇い、壁にぶつからないようにする。

「ごめん・・・」

早苗が俺の腕の中で謝る。

「いいんだ」

俺は気にしてないと伝える。

「何よ・・・まるで邪魔者はうちみたいじゃない。

その女と仲良さそうにして・・・何が気に入らないっての?」

美咲さんは俺たちを見下ろす。

「邪魔ものとか、そういう話はしてないだろ?」

俺は否定する。

「話はしてなくても、行動が表してるじゃない!」

美咲さんは喚く。

「表してないってば!」

俺は何度も否定する。

「そうやって、何度も何度もうちを否定して、

捨てる気なんでしょ、そうなんでしょ!?」

美咲さんは必死に叫ぶ。

その言葉には妙な重みがあった。

「美咲さん・・・?」

「もういい、誰もうちを愛さないなら」

美咲さんはすっと俺に興味を失ったような眼をする。

そして、外に飛び出す。

玄関の方ではない、ベランダの方へと。

「何してるの、やめて!」

早苗が叫ぶ。

「おい、それは不味いだろ」

俺は近づこうとする。

「近づかないで!」

美咲さんはベランダに足をかけてる。

「うっ」

俺は足を止める。

「自殺してやる!お前らの名前を何度も何度もつぶやいて、地獄の閻魔様に聞こえるように何度も言うんだ。あははっはははあははは!

そうしたら死んだ時に気づくんだ、地獄に来てるって!後悔したって遅いぞ、うちは決めたんだ。お前らを許さないって!」

美咲さんは騒ぎ出す。

「おい、何事だ!?」

ここはアパート、集合住宅地だ。

周囲の人間が住んでいても可笑しくない。

人々が集まり始める。

道路では大勢のギャラリーが俺の家のベランダを覗いてる。

「きゃーーーーーっ、あの人、落ちるんじゃないの!?」

若い女性が叫ぶ。

そして美咲さんを指さしていた。

「警察読んだ方がいいじゃないのか?」

50代くらいの男性がそんなことを言う。

「警察、警察・・・」

30代の主婦がスマホを取り出して電話し始める。

「これは、どういうことなんだ?」

警察官の格好をした男が現れる。

それは先ほど家に来ていたジュンさんだった。

「ジュンさん・・・?」

美咲さんが彼を見て驚いていた。

「あぁ、本官だ。お前の旦那だった、ジュンだ」

ジュンさんは美咲さんに近づいて抱き着こうとする。

「近づかないでよ!」

しかし、美咲さんは拒絶する。

「美咲?」

ジュンは思わず足を止める。

「そうやって甘い言葉を言って、いつもうちを喜ばせた。

でも、それが嘘だって気づくには時間がかかったわ。

馬鹿よね、うちもさ、結局、人なんて信じたらダメなのよ」

美咲さんはそんなことを言う。

「美咲!」

ジュンさんが知かづこうとする。

「近づかないでって言ってるでしょ?」

しかし美咲さんがベランダに足をかけてるから、

それ以上は行けなかった。

アパート前の狭い路地にも関わらず、

どんどんと人が集まってくる。

それだけではない、パトカーのサイレンや。

救急車のサイレンが聞こえてくる。

夕方の平和な住宅街が一気に喧騒に包まれる。

「いつまで人に迷惑をかけてるつもりよ」

早苗が我慢できないって感じで怒りをぶつける。

「迷惑をかけちゃいけない?生きてたら人は迷惑をかけるものだわ。

それなのに、人はまるで自分は一度も迷惑をかけてないってみたいに振る舞ってるのはどうしてなのよ、どうしてうちばっかり責められなくちゃいけないのよ! 一度だって人に迷惑をかけたことが無い人がうちを責めなさいよ、何処、何処に居るのよ!」

美咲さんは騒ぎ出す。

「それは」

早苗は言葉に詰まる。

彼女の言い分を否定できないものがあるのだろう。

「ほら、言い返せない。うちが正しいからよ、正しいから黙るのよ」

美咲さんは論破した快感からか、

得意げになって饒舌になる。

「確かに貴方の言い分は正しい部分もあるわ。

でもだからって、人に迷惑をかけたならば、かけたままで居ていいって話でもないわ」

早苗が持論を展開する。

「うっ・・・ぅうぅ・・・」

美咲さんは顔に焦りが生まれる。

「美咲、今なら戻れるわ。貴方がしようとしてる、それを止めて」

早苗は今までよりも一番冷静な声で説得を試みる。

「ああああああああああああっ!」

美咲さんはベランダから飛び出した。

「美咲!」

元旦那のジュンが心配して駆け寄る。

しかし、手が届くことは無く、

ベランダの下に飛び立ってしまう。

「どうなったんだ・・・?」

見たくない、でも、

気になってベランダの下をジュンと俺は覗いてみる。

すると、ギャラリーがネットを張っていた。

警察が来ていたからか、観客と一緒に警察が、

特殊なネットで美咲さんを受け止められたようだった。

「良かった・・・」

ジュンは安心して、その場で座り込むのだった。

俺もその様子を見て一安心だった。



地域住民が協力して張ったネット。

その上に、美咲さんは捕まえられてた。

俺たちは階段を下りて向かう。

「・・・・ぐすっ」

美咲さんは泣いている。

「さぁ、行こうか」

警察官であり、元夫のジュンは美咲さんを連れて行く。

「待って」

美咲さんはそんなことを言う。

「どうした」

ジュンは尋ねる。

「あの人に・・・健治さんに伝えておきたいことがあるの」

美咲さんは俺の傍にやってくる。

「伝えておきたいこと?」

俺は何だろうと思い聞いてみる。

「娘さんが消えた理由、それはうちの所為なの」

美咲さんは衝撃的なことを言うのだった。

「どういうことだ!?」

俺は聞かずにはいられなかった。

「・・・」

美咲さんは警察に連行されていく。

「お、おい!」

俺は追いかけようと思ったが、

ジュンさん以外の警察官に阻まれてそれ以上はいけないのだった。









相川あいかわ 美咲みさき

これがうちの名前。

年齢は35歳。

すでに人生の後半に入って来てる。

そう、自覚してる。

元々、あまり人付き合いは得意では無かった・

だから、誰かに守ってもらいたい。

そんな風に思うことが多かった。

ネットカフェでバイトをしてる時だ。

客の1人に彼は居た。

「あの、12時間パックでお願いします」

それがジュンさんとの出会いだった。

最初はただの客としてしか見てなかった。

でも、時折向こうから話しかけて来る。

「へぇ~、警察官ですか」

うちは感心していた。

これは嘘ではない。

「そうなんだよ、町の治安を守るのは

本官の役目ってね、あはは」

ジュンさんは楽しそうに笑ってる。

「カッコいいですね」

「そうかな、でも、殺人犯とか捕まえたことは無いけどね。もっぱら万引き犯とか、そんな感じ」

「それでも、カッコいいですよ」

「そう?」

「はい」

彼の顔がカッコいいとは思わなかった。

でも、警察官。

そんな肩書に何だか負けてしまった。

国の治安を守るという雰囲気が、

素敵だったのだ。

何だかうちも守ってくれるのではと。

有象無象の誰かではなく、

きっと恋人だから優先的に守ってくれる。

そう、期待してのことだった。



彼と付き合い始めてのことだ。

ジュンさんがこんなことを言ってくる。

「子供が欲しいんだよね」

「子供・・・ですか?」

「あぁ、人の幸せって何か。

なんて難しいことは本官には分からない。

でも、なんとなく子供が居るってのは

幸せの証に思えるんだ」

「はぁ」

うちは子供イコール幸せ。

というのはあまりぴんとこなかった。

居ないのだから幸せと言われても分からない・

なんで皆、子供が生まれる前に幸せになると

分かるのだろうか?

実際に生まれてから違うことだってあるだろうに。

何故だか妙に自信満々に子供が出来る。

ということが幸せだと決めつける。

不思議な話だ。

でも、彼がそう言うのだからそうかもしれない。

特に深くも考えずに決めた。


それはアパートの一室。

息子と一緒にジュンさんは遊んでいた。

「ほら、達也」

ジュンさんは子供が好きみたいだった。

実際、息子が生まれたら笑顔が増えた気がする。

それは、何だか、うちと居るときよりも。

「はぁ・・・」

うちは何だかため息をつくことが増えた。

子供を産んでも楽しいかと問われると微妙だった。

ジュンさんは違うみたいだけど。

うちは別にいなくてもな。

という感覚だった。

そんな風に思ってた時だった。

「どうしてなんだ!」

ジュンさんは怒り出していた。

何事かと思い、話を聞いてみる。

それは息子が誘拐されたという話だ。

「ごめんなさい」

「くそっ、ファミレスで食事してる時に。

どうして、トイレに行って数分だぞ?」

ジュンさんは怒りをあらわにする。

「本当に悪気は無いの」

別に嘘は言ってない。

でも、真剣になって達也のことを

見張ってたかと問われると違う。

トイレに行ったのも、

気を緩める言い訳に使えるからだった。

トイレに行ってる間は、

見張ってる緊張感から少し解放される。

そんな気がしてたのだ。

「ごめん・・・お前の所為じゃないのに」

ジュンさんは謝る。

「ううん、気にしないで」

「辛いのはお前の方だよな」

ジュンさんはそんなことを言う。

でも、真実は少し違う。

確かに誘拐されたのは偶然だった。

だけど、何処かで安堵していたんだ。

子供が居なくなってうちは自由。

そう、思えたんだ。

「ふふっ・・・」

「どうして微笑むんだ?」

ジュンさんはうちに疑惑の目を向ける。

「いや、これは違うの。

貴方が許してくれたから」

「そう・・・か」

ジュンさんは俯く。

危なかった、

自由を感じたから微笑んだとは思われなかった。

 

誘拐事件があって数日。

ジュンさんは息子を探す日々が続く。

家に居ない日々が続くと言い換えてもいい。

「はぁ」

せっかく結婚したのに1人か。

なんのために結婚したんだか。

寂しさを感じる。

でも、専業主婦として家に置いてくれてる。

その事実は嬉しい。

別に専業主婦イコール楽してるって訳じゃない。

でも、社会に出るのと比べると、

うち的に精神的に平和ってのはあった。

「ただいま」

「おかえり、ドーナツ作ったわよ。

貴方の好物でしょう?」

「要らない」

「でも」

「要らないったら!」

ジュンさんは怒鳴る。

「どうして怒るのよ」

「息子が居ないんだぞ、心配じゃないのか?」

「し、心配よ。

だからこうして毎日ネット

で探してるんじゃない」

「少しは外に出て探そうって気はないのか?」

「家事で忙しいのよ、それとも何?

風呂は冷たいままでいいわけ?」

「家事の合間に出来るだろう」

「家事をあまりしてないあなたが言うの?

家事の大変さを知らないじゃない」

「別に楽してるとは言ってないだろ。

だけど、合間に出来るんじゃないかって話をだな」

「もういい」

うちがせっかくドーナツを作ったのに。

凄く嫌な気分だ。

「もういいって・・・おい話はまだ・・・」

扉をバタンとウチは閉める。

部屋に閉じこもった。

子供が誘拐されたのはうちの所為じゃないのに。

そんな風に思ってた。

ある日のことだった、机の上に何かが置いてある。

「なにこれ」

「見れば分かるだろ」

それは離婚届と書いてあった。

「なんで、しなくちゃいけないの?」

不安がどっと押し寄せる。

もう何年も専業主婦だったのだ。

今更社会に出ろというのか?

それは無責任に思える。

「子供を探すのに1人の方がいいって思ったんだ。

お前は本気で探す気は無さそうだしな」

「待って、本気で探すから。

だから・・・」

「もう、決めたことなんだ」

「うちは書かない、書かないから!」

「勝手にしろ」

そう言ってジュンさんは何処かに消えた。

離婚届は書かなかったけれど、

家には帰ってこなくなった。

法律上は離婚してないと思う。

でも、事実上の離婚と言っても過言じゃないだろう。

「どうしてこんなことに」

家で1人悩む。

家事だって真面目にやってたし、

旦那の話だってちゃんと聞いてた。

うちに何の問題も無い筈。

では、何故?

そうだ、子供だ。

子供の所為だ、達也がうちの人生を壊したんだ。

そんな結論に行きついた。

うちは正しい、絶対に正しいんだ。

そう、確信していた。



旦那が帰ってこない。

いや、元旦那でいいだろう。

彼が帰ってこないということは家賃が払えない。

そういうことになる。

これは困る、家に住めなくなる。

なんとかしなくては。

でも、急に外に出て上手く行くのだろうか?

そんな不安を持っていたが、

なんとかバイトを探して仕事に行く。

「30代で社会経験なし?」

「で、でも頑張れます」

「ふぅん」

面接官らしきオジサンは、こちらを見下す。

「それでどうでしょうか?」

「他にも来てるんだよねぇ、

若い20代の子がさぁ・・・そっち取るから」

「待って!」

面接官のオジサンは扉をバタンと閉める。

どうして・・・ダメなの?

面接行ってもひどい扱いを受ける。

気持ちがへこみそうだった。

それでも、何度か受けてようやく仕事を貰える。

「出来損ない、なんで上手くできない?」

お局様って言えばいいのだろうか。

うちよりも年上の50代くらいの女性が、

いびってくる。

本当、子供みたいな精神性の大人。

年齢を重ねても、いつまでも子供みたいな人ってどうして居る?

不思議に思う。

「すみません」

うちはただ謝るしか出来ない。

「本当、若い女って仕事出来ないし、

使えないわぁ、まともにダンボールを運ぶ

ことすら出来ないのね」

そんなに言わなくてもいいじゃないか。

でも、怖くてなにも言えない。

「すみません・・・」

何度も、何度も、何度も謝る。

「使えない、このゴミ女!」

それでもお局様はうるさい。

執拗に何度も怒ってる。

一体、いつまで謝り続ければいいのだろう。

「あの・・・」

「なに?」

「そんなに責めないで下さい。

彼女だって頑張ってるんです」

それが、健治さんとの出会いだった。

優しい・・・そう感じた。

別に恋をしたという訳では無かった。

でも、誰かのために頑張る。

という理由があれば仕事を頑張れる気がした。

だからうちは、彼のために頑張る。

それを理由に頑張ることにしたのだ。

「すみません」

健治さんは謝っていた。

「あの上司・・・」

いつも健治さんをいびってる。

暇さえあれば怒ってる。

そんな印象だった。

けれどうちは怖くて遠くで見てるだけだった。

それよりもダンボールを運ぼう。

張ってある紙を見て、整理する。

後はトラック運転手が何処かに運ぶらしい。

倉庫生理の仕事だった。

「はぁ」

上司が去った後、うちは健治さんに話しかける。

「大変そうだね」

「はぁ・・・」

叱られた後だからだろうか。

話しかけても上の空だった。

「頑張ってね♪」

出来る限り、うちは励ます言葉をかける。

「あぁ・・・」

でも健治さんは覇気のない返事をするだけだった。

「可哀そう」

うちは心からそう思ったのだった。

ある日のことだった。

健治さんが何も言わずに姿を消した。

「くそっ、あのバカ。

勝手に消えやがって、近頃の若い者は

我慢ってのが出来ないんだ」

男の上司はキレてる。

でも、うちからすればでしょうね。

という感じだった。

あれだけいびられてれば、やめたくもなる。

勝手に黙ってやめるのはちょっとした復讐。

そういうのもあるのだろう。

だけど、恐ろしいのはこれからだった。

今までは健治さんをいびっていた。

しかし、その彼は居なくなった。

なら、次は・・・?

その矛先はうちに向かう。

そう思った、うちは怖くなって。

彼と同じように黙って辞めた。

「これからどうしよう」

仕事を辞めて、行き場がない。

このまま公園でホームレスかな。

そんなことを思ってた。

「家・・・無いの?」

誰かが話しかけて来る。

「け・・・」

それは健治さんだった。

「ほら、これ」

彼の名前を言う前に、何かを渡された。

「これは」

それはおにぎりだった。

「鮭が入ってるんだ、嫌だった?」

「ううん、鮭は平気」

「そっか、それならよかった」

健治さんは微笑む。

「どうして、うちに?」

「その、さ、初対面の人間にこんなこといきなり話すのもさ、

恥ずかしい話なんだけど・・・前に仕事ばっくれてさ、

無職だったんだ。でも・・・彼女・・・今の奥さんに拾われて・・・俺・・・さ・・・立派になれたんだ・・・今はこうして屋台で生計を立てるまでに成長したんだ」

「そう・・・だったんだ」

「だからさ、君も多分、仕事ないんだろう。

仕事を与えられる訳じゃないけど、ご飯を食べたら少しは元気出るかなって。本当は助けられたらいいんだけど」

「ううん・・・ご飯くれるだけでも嬉しい」

「そうか、そう言ってもらえるとこっちも嬉しいよ。

それじゃあ」

そう言って健治さんは去っていく。

「あの・・・うちら前に!」

健治さんは颯爽と去っていく。

仕事を辞めたばかりで、鬱気味だったうちは追いかける気力が無かった。だから、声は届かなかった。

でも、心の中で彼への思いが生まれる。

美味しいご飯。

彼の家に行けば・・・もう一度・・・食べれるかも。

そう思ったのだ。



仕事を失ったうちは、何処にも行き場がない。

だから、健治さんの家を探して突き止めたんだ。

「健治・・・さん」

遠くで見る日々。

それも悪くなかった。

でも、いつまでもそのままじゃ空腹で倒れる。

早く、家に入らないと。

「えっと、確か美咲さんだっけ?」

健治さんはうちの顔を覚えてくれてるようだった。

「ありがとう、覚えててくれたんだ」

「確か、職場で少し」

「そうね、少し話したわ」

「やっぱり、そうだったんだ。久しぶりだね」

「そうね、それはいいんだけど立ち話もなんじゃない?

中に入っても?」

「あ、ちょっと」

健治さんは少し困った感じの顔をする。

「とにかく、お邪魔するわね」

うちは強引に入ろうとする。

こっちも必死なのだ。

多少迷惑でも、強引に行く。

「ちょっと!」

健治さんは少し困ったような感じだった。

「あの・・・どなたですか?」

そこには娘の愛さんが居た。

「この子は?」

うちは思わず尋ねる。

「娘の愛です・・・可愛いでしょ」

「こんにちわ、愛です!」

彼女は朗らかに笑う。

その顔がうちの心にぴりつく。

達也・・・彼と何故だか重なる。

性別も違えば、顔も違う。

なのに、どうして。

そうだ、うちの幸せを壊すのは子供だ。

「へぇ、可愛いわね」

うちは心にも無いことを言う。

「あぁ、大事な一人娘だからな」

健治さんは大事そうにしてる。

けれど、それは普通の親とは違う何かを感じ取った。

「どうして大事なの?」

うちは尋ねる。

「妻が・・・死んでしまってね。

守らないといけないんだ」

そう言って健治さんは悲しそうにする。

「それは、お気の毒に」

チャンスだ。

そう思った。

心の中に邪な気持ちが生まれる。

妻が居ないなら、うちの入る余地が出来る。

でも、子供が居るならば強引に家に入るのは難しい。

そうだ、追い出せばいい。

そうしたらうちが家に入れる。

今は・・・ダメだ。

今じゃない。

「美咲さん?」

うちが急に黙るから変に思ったんだろう。

「いいえ、ごめんなさい。

貴方の奥さんの事を思うと、気が重くなって」

我ながら咄嗟の嘘にしては良く出来てる。

「ごめんな、こんな話をして」

「ううん、気にしないで。

久しぶりに会えて嬉しかった、また今度来るわ」

一旦、戻らないと。

今は・・・まだ・・・ダメだ。

一人暮らしの男性だったら強引に行っても問題は無い。

むしろ嬉しい筈だ。

でも、娘が居るとなると話は別だ。

だから・・・今は引いておく。

「あ・・・あぁ・・・」

うちは健治さんの家を後にする。

うちはかつてジュンさんが払ってた家に戻る。

まだカギは持ってる。

家賃は払ってないから入れるかどうか不安だったが。

どうやら入れた。

「どうしたら、あの子を家から追い出せる?」

計画を家で練る。

あの子が居るからうちは家に行けない。

どうしたらいいのだろう?

家に居ても考えがまとまらない。

少しに散歩に出かける。

すると、ある現場を目撃する。

「・・・」

それは健治さんがゲーセンに行ってる時だ。

「これだ」

うちは確信した。

愛が1人になる理由。

それは健治さんのストレス解消。

彼も何処かで娘のことを重いと思ってる。

なら、つけ入る隙はある。

考えをまとめよう。

そう思って家に帰る。

「あんた、何してるんだ?」

それは大家だった。

「何って?」

うちは不思議そうな顔をする。

「ちょっと、勝手に入って住んでるでしょ?」

「まさか」

「惚けたって無駄ですよ、住むんなら家賃払ってください」

大家が騒ぎ立てる。

面倒な男だと思った。

こっちは生活に困ってるんだから、

少しくらいは優しくしろよと内心イライラしていた。

「数日中には払いますから」

「本当ですよ、約束しましたからね」

「はい」

「ったく・・・」

大家を適当に追い払う。

彼は何処かへ歩いていった。

健治さんの家に行けば後はどうでもいい。

大事なのは早々に娘を消すことだ。

この町では誘拐が多い。

それは時折テレビでもやってるから間違えない。

なら、うちのやるべきことは決まってる。

だが、確実な方法ではない。

でも、もしかしたらという可能性の話。

それを実行に移す。

健治さんが屋台が休みの日は不定休。

休みたいと思えば休めるし、働きたいと思えば働ける。自由な日程。

その代わり、休めば休むほど収入は入らないが、今はどうでもいい。

健治さんが出かける瞬間を見極める。

それはそんなに難しいことではない。

仕事の日は頭にバンダナを巻いてる。

恐らく、汗が落ちないようにだ。

だから、バンダナを巻いてない日で。

出かける瞬間、健治さんが出かける筈だ。

そう思って、その時をじっと待つ。

健治さんの家の玄関が見える所に隠れる。

道路の曲がり角から、双眼鏡で眺める。

出かけろ・・・出かけろ。

そう念じていたら、チャンスが訪れる。

健治さんは出かけようとしてる。

でも、意外だったのは娘の愛ちゃんも一緒だってことだ。これだと、チャンスが無い。

しかし、早くしないと大家がうるさい。

急がねば、計画が予定通りでは無いが、

強引でもいい、実行しよう。

そう思って、うちは背後から近づいてく。

健治さんに気づかれない距離を保って近づく。

健治さんと娘の愛ちゃんはゲーセンに入る。

うちは、その写真をネットにアップする。

写真のタイトルはゲーセンに来ました♪

という内容、ゲーセンの看板をアップにしてる写真を投稿してる。

でも、本当の目的は少し違う。

それは健治さんと娘の愛ちゃんを撮ってるのだ。

誘拐犯に狙ってくださいとアピールするために。

そのまま父親と娘2人を写真で投稿するのは怪しい。

だから、建前が欲しい。

それがゲーセンに来ましたという内容。

音符マークをつけることで軽い印象を与える。

そうすることで、これは遊びに来ましたという狙いがある。

大事なのはそこだ、誘拐犯に狙ってくださいと馬鹿正直に書く必要はない。

それだと、反感を買うのはうちだ。

だから隠す必要がある。

しかし、この写真だけじゃ弱い。

もう少し誘拐犯を刺激する内容が良い。

その写真を撮るべく第二のチャンスを狙う。

うちは、その時を待つ。

そして、その時がやってくる。

それは、愛ちゃんが自販機でジュースを1人で買う時だった。

その写真を投稿する。

色々種類があって迷うなぁという内容。

でも、実際は違う。

か弱い少女が1人で自販機の前の休憩スペースで飲み物を飲んでる。

その状況こそが、

うちの待ちに待った瞬間だった。

だけど、誘拐犯が来る保証がない。

第一、うちはインフルエンサーでも無いのだ。

誘拐犯は動き出すだろうか?

うちの投稿を見てないのではないか?

誘拐犯は、この地域一帯のSNSを見てない可能性だってある。

足で探すタイプだったら厄介だ。

そんな不安がうちの心の中であった。

しかし、杞憂だった。

フードの男が現れて、愛ちゃんを誘拐していく瞬間が見えたのだ。

その瞬間、心の中で勝利を確信した。

これで・・・健治さんは・・・傷心する。

あの家に・・・入る理由になるぞ。

笑いが止まらなかったのだった。

「あはははははははははははは!」

ゲーセンで突如笑い始める女。

異常だと思えるが、ゲーセンという環境下だからだろうか、店内もうるさいし、誰も目に留めなかった。でも、それでこそいい。

笑いが止まらなかった。





3話「smoke・report、警察の妨害」

誘拐された愛娘。

「必ず見つけます」と言った警察の言葉。

そのことを正直に信じた俺は時間を無駄にした。

変化の無い捜査、報われぬ想い。

焦燥と絶望が主人公の心を蝕む。


だから決めたんだ

「警察じゃない、見つけるのは俺だ」


手がかりひとつを胸に、

主人公はたったひとりで闇の中へ足を踏み出す。

そこに待つのは、真実か、それともさらなる絶望か。


次回、『smoke・report、警察の妨害』

娘が生きてると信じる限り、諦めるわけにはいかない。


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