第7話 朝、加速する日々
王国に異変の兆しが見える中、子供たちは突如として過酷な訓練に放り込まれた。
歴史も文法も後回し、今、求められるのは「戦う力」。
笑いと汗の中で、一人の少年だけが立ち止まる——。
そして、誰も知らないその力が、静かに目を覚ます。
次の日の朝。予定されていた歴史や文法の授業はすべて突然取り消され、代わりに組み込まれたのは——フィジカル強化と魔法制御訓練。
講堂の掲示板には大きな紙が貼られていた。
《本日の全授業は訓練に変更。全員、装備を整えてグラウンドに集合。》と。
「…なんか…めちゃくちゃ本気モード入ってない…?」
トゥロは着替えながらぽつりと呟いた。
「うん、私もそう思った」メイラが真顔で答えた。「昨日から負荷が一気に上がった気がするわ…筋肉痛が追いつかないのよ…」
「昨日の訓練の後、お風呂で動けなくなって、ノランに担がれて帰ったんだけど…誰も突っ込んでくれなかったのちょっと傷ついた…」
リナがぼやくと、ノランはにやりと笑って言った。
「だってお前、泡だらけのまま白目むいてたし。あれはむしろホラーだろ。」
「ひ、ひどっ!」
笑いが起きる中で、教官ガイルが現れ、号令をかけた。
「今日は昨日よりキツいぞ!骨も筋も心も鍛え直せ!気を抜いたら、その場で腕立て100だ!」
そして始まった、地獄のような特訓。
重りをつけてのダッシュ、連続ジャンプ、パートナーとの打撃交換訓練——。
汗が土にしみこみ、息が切れ、誰もが無言になっていった。
「うぅ…なんで…ここまで…」
トゥロは心の中で叫ぶように思った。
(これってまるで、戦争の準備みたいだ…。村で盗賊が来るって噂になったとき、こんな訓練をしたのを思い出す。
この王国で…今、何が起きてる? 子供たちをここまで急がせる理由って——?)
午後は魔法の実技訓練。
担当はもちろん——教授リアンナ。
「さて、今日からは魔力の“圧縮”と“流し方”について教えます。
これは基本だけど、戦場では命を分ける技術よ。」
彼女は手本を見せながら、魔力の流れを分かりやすく解説していった。
結果、効果は絶大だった。
「おらぁっ!」
ノランは次々に火球を連続で放ち、三体の訓練用マネキンを一気に吹き飛ばした。
「うおっ…ちょっと楽しくなってきたかも!」
リナも風の刃で空中の木片を切り裂き、メイラは魔力を糸のように操って遠くの物を引き寄せていた。
そんな中——
トゥロはひとり、壊れたマネキンに手を当てていた。だが、何も起こらない。
「……なんで、僕だけ……」
彼の目には自然と涙が溢れていた。
他のみんなは成果を出している。自分だけが、何もできない。
焦り、悲しみ、そして——無力感。
彼は誰にも気づかれぬように静かに涙をこぼした。
…だが。
——その感情の爆発こそが、彼の中の魔法を揺さぶった。
白く、温かい光がふわりと灯り、壊れていたマネキンの焦げ跡が、かすかに癒されていく。
気づかぬうちに、トゥロの魔法は——一歩、進化していた。
※作者メモ:
トゥロの癒しの魔法が進化したのは、才能ゆえではない。
彼に特別な魔力量や素質はない。彼はただの10歳の子供。
だが——
彼の「癒し」は、通常のヒーリングマジックとは異なる“何か”だ。
それは高次の魔法——未だ名も知られぬ、特別な力。
……真実はまだ、彼自身も知らない。
そして数日が過ぎた。
連日の訓練で、子供たちはみるみる成長していった。
スピードも力も増し、魔法の精度も上がった。
ある朝、ついに校長からの命令が下された。
「彼らを森へ送る。訓練は十分だ。準備を整え、明後日、掃討任務を実行する。」
ただし、同時に密命も下された。
「《影の教授たち》を同行させろ。
彼らは姿を見せず、万が一のときだけ介入する。死者は出すな。」
子供たちはまだ知らない。
本当の戦いが、もうすぐ始まることを。
――続く。
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