第6話 魔法理論と体力訓練
朝、鐘の音とともに、やわらかな光が窓から差し込んだ。
トゥロは目をこすりながら、ゆっくりとベッドに起き上がった。隣ではノランがすでに元気にジャケットを着込み、腕のバンドを整えていた。
「起きろ、ヒーラー。初日から遅刻なんて、魔法への冒涜だぞ。」
「うん…もう起きてるよ…」
チームは準備を終え、講義棟へと向かった。最初の授業は魔法理論。
広くて明るい教室にはすでに他の生徒たちが座っていた。
教壇の前に立っていたのは、三十代ほどの女性教師だった。
スレンダーな体に落ち着いた気品をまとい、鋭くも温かみのある瞳。栗色の髪をきちんとまとめ、シンプルだが上品な魔導ローブがその美しさを際立たせていた。
「ようこそ。私はリアンナ・エステル教授。今日は魔法の本質について話しましょう。」
彼女が片手を振ると、空中に魔法文字がふわりと浮かんだ。
「魔法とは何か? 多くの人が光や火、つまり自然の元素だと考えているかもしれません。でも本当は——それは『エネルギーという道具』なのです。
魔法によって肉体を強化し、自然を操り、精神攻撃を防ぎ、戦いや防御で優位に立つこともできます。
しかし、最初に必要なのは——『制御』。
魔法を制御できない者は、すぐにその力に飲み込まれます。」
トゥロは真剣に聞いていたが、時々ちらりと右前の列に座る銀髪のエルフの少女が彼の方を見ていることに気づいた。
彼は特に気にせず、講義に集中し続けた。
30分後、生徒たちは訓練場へと移動し、実技練習が始まった。
「怖がらないで。失敗は成長の一部です。」
生徒たちは順番に魔力を手に集中させていった。
ノランは赤く燃える火球を作り、リナは緑の風のような光を漂わせた。うまくできる者もいれば、集中が乱れて光さえ出せない者もいた。
トゥロは少し戸惑いながらリアンナ教授に近づいた。
「すみません、教授…僕だけ『マネキンを癒せ』って言われたんですけど…
でも、マネキンって、生きてないですよね?どうやって癒せば…?」
リアンナはややいたずらっぽく微笑み、しかし優しく答えた。
「本当に、回復魔法は生き物にしか使えないと思っていたの?
昔は私たちもそう信じていたわ。
でも、ある研究者がね、こう証明したの。『魔力はすべての物に宿る』と。
木でも、金属でも、布でも——すべてがエネルギーで構成されている。
それを感じることができれば、形や構造、繋がりを“癒す”ことも可能なの。
大事なのは、『自分が何を可能と信じているか』よ。
この世界は、想像力より狭くなんてないの。」
トゥロは目の前の壊れたマネキンを見つめた。胸の部分が焦げ、凹んでいる。
彼は深く息を吸い、手を当てて集中した。
やわらかな白い光が手から溢れたが……マネキンは動かなかった。
「…できなかった…」
リアンナがそっと彼の隣に立ち、穏やかに言った。
「初めてでそこまでできたなら、十分よ。
もし一発で成功してたら、逆に驚いたわ。」
訓練後、5人は食堂へと向かった。
ノランはパンをかじり、リナは静かにスープをすすり、メイラは手帳に何かを書き込んでいた。
「なあ、カイン…」とトゥロが言った。「僕、本当に続ける意味あるかな。マネキン一つ癒せなかったのに…」
カインは静かに言った。
「お前が支えてくれるなら、俺たちは前に出て戦える。それで十分だ。
回復役は戦場で一番価値ある存在なんだぜ。」
午後は体力訓練の授業だった。
教官は若く、短い金髪で、まるで兵士のような鍛えられた身体をしていた。名はガイル教官。
「魔法があっても、体がついてこなければ意味がない。
力を高めたり、スピードを上げたりしたら、その衝撃は身体に来る。
心臓が弱ければ、骨がもろければ、敵にやられる前に自滅する。
だからこそ、フィジカルは必須だ。」
準備運動が始まった。トゥロはついていこうと必死だったが、動きにぎこちなさが残った。
そんな彼のもとに、茶髪の少年が近づいた。
「無理しないで。呼吸が大事。動く時に吸って、力を入れる時に吐く。俺はグレミ。」
「トゥロ…ありがとう。」
そこへ、さきほど彼を見ていた銀髪のエルフの少女がやって来た。
「あなたがトゥロ? 私はシルヴァ。よろしくね。」
トレーニング終了後、ガイル教官が言った。
「今日はここまでだ。初日で疲れてるだろうし、今はまだ体も慣れていない。ゆっくり休め。」
そのころ、学園の別の一室では、校長による教員会議が始まっていた。
まだ40代の若い男性校長は、鋭い目と静かな威圧感を持ち、集まった教授陣を見回した。
「集まってくれてありがとう。実は、最近街の南側、森の中で危険な魔物の出現が確認された。
赤い斑点を持つ大型の熊、そして獰猛な狼の群れだ。」
一人の教授が鼻で笑った。
「そんなもので会議か? 狩人たちが一晩で片づけるレベルだろう。」
校長は落ち着いた口調で、しかし明確に言い返した。
「森の入口は封鎖する。狩人たちは入れない。
私が求めているのは——一週間以内に、君たちが一年生たちを実戦部隊として訓練することだ。
彼らを小隊単位で森へ送り、魔物を掃討させる。」
ざわつきが走った。
「な、何を言っている!? 相手は強すぎる、彼らはまだ子どもだ!」
校長の声が鋭く響いた。
「だからこそだ。だからお前たちに託す。
この一週間で、彼らをチームとして鍛え上げ、魔法と心、そして身体を戦える状態にする。
死なせないために、戦えるようにするんだ。」
しんと静まり返る室内。リアンナは目を伏せながら、ぽつりとつぶやいた。
「……思っていたより、早く始まるのね……」
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