第16章:王国の企み
村の酒場に入った瞬間、彼らを包んだのは、重く沈んだ空気だった。
中には数人の村人と、無言で酒を飲む一人の旅人がいるだけだった。
「……この村、あまりにも貧しいな。俺たちの王国に、まだこんなギリギリで生きている村があるなんて……」
カインが低く呟く。
「……何かがおかしい。まるで誰かに見られているような……」
リナが眉をひそめた。
「おい、小僧ども。ここに何の用だ?」
無精ひげの中年男が、隅の席から声をかけてきた。
「ギルドから派遣されました。この村で“黒い魔物”が目撃されたと聞いて――」
トゥロが冷静に答えた。
男は杯を置き、ゆっくりと立ち上がると、酒場の奥を指さした。
「あそこにいる少女に話を聞いてみな。村長の孫娘だ。あの村長は薬草を採りに森へ行ったまま、戻ってこなかった」
◆◇◆
その頃、学院の塔――
学院長と数人の教師たちは、魔導結晶を通してその様子を見守っていた。
「……どうやら、彼らの部隊は無事に村へ到着したようだな」
「だが、この報告内容は……不穏だな」
老教師が唸る。
「“黒い皮膚、物理攻撃無効”…我々の隣国に潜入しているスパイからの報告に酷似している。あの王国は魔獣の収集と実験を行っているという情報がある。もしかすると、今回の魔物はその実験の結果……」
「人工的に魔獣を進化させ、究極の兵器を造り出そうとしているというのか」
学院長の顔が険しくなる。
「もしそれが事実なら……あの子たちだけでは到底太刀打ちできまい」
そのとき、魔導結晶がノイズを発し、映像が揺らいだ。
「……魔力量が高すぎて、遠隔視認が不安定になっているようだ」
◆◇◆
酒場の裏手――
部隊はリゼという少女と話していた。彼女は両手でカップを握りしめ、震えていた。
「夜になると……森の方から、変な音が聞こえるの。鉄を引きずるような……」
「それは、いつから続いている?」
トゥロが穏やかに尋ねる。
「……三日前から。最初にいなくなったのは、おじいちゃん。森に行って、それっきり……」
リナがそっと近づき、優しく聞いた。
「……リゼ、案内してくれる? 怖がらなくていいよ」
リゼは小さく頷いた。唇は震えていた。
「もう大丈夫。私たちは見た目じゃ分からないかもしれないけど、全員銀等級の冒険者よ。しかも、8位の人もいるの。だから安心して、あとは任せて」
メイラが微笑んだ。
◆◇◆
一行はリゼが見たという場所――森の奥へと進んだ。
月明かりの中、六人は緊張した面持ちで歩を進める。
「なあ、何かおかしくないか……?」
ノランが耳をすませる。
「静かすぎる……」
メイラが低くささやいた。
そのとき――トゥロの背後、木々が揺れ、黒い影が現れた。
ギィィ……ギィ……ガリ……ガリ……
それは、まるで金属で作られたような怪物だった。四本の腕、目の代わりに赤く光る石。
姿は巨大な毒蜥蜴にも似ており、人の二倍はある。
「来たか……」
カインが剣を抜いた。
リナはリゼの前に立ち、守る姿勢をとった。
「防御体勢! こいつ、魔力の気配が尋常じゃない!」
トゥロが叫ぶ。
「《清嵐の影》!」
リナが放った風の魔法は、強烈な気流を生み、敵の動きを封じる。しかし――
「……反射された!?」
魔物が魔力を解き放ち、風の拘束を打ち砕いた。
「まさか……」
メイラが目を見開く。
「こいつ、複数の魔力の性質を持ってる……他の魔獣を喰らって進化した!? こんな存在……ありえるの?」
「ただの魔物じゃない……!」
その瞬間、魔物は吠えた。
グォォォォォォォォォォォォォ!!!
◆◇◆
学院。緊急会議室。
「……やはり、報告通りの存在か」
「今のうちに止めなければ……彼ら全員が……!」
学院長は拳を握りしめ、立ち上がった。
「銀等級第一位の者を派遣しろ」
「第一位を……!?」
「本来なら六位や七位で十分だったが、今は誰も空いていない。加えて、第一位なら周囲の魔物も調査し、“それ”を生け捕りにして持ち帰ることができる」
◆◇◆
その頃――
第一位の冒険者は別の酒場で、クマ肉のステーキを食べていた。
だが次の瞬間、頭に直接命令が響いた。
(――緊急任務。至急、学院へ帰還せよ)
彼は静かに皿を置き、瞬時に消えた。
そして、学院長の前に現れ、片膝をついて命令を受ける。
「……了解しました」
彼は一言だけ残し、再び姿を消した。
0.015秒後――
彼は音速どころか、雷光のごとき速さで1500km先の村へ到達した。
その頃、トゥロたちは既に追い詰められ、黒い魔物にとどめを刺されそうになっていた。
だが、突如として空から一つの影が舞い降りた。
銀等級第一位の冒険者だった。
「ここから先は、私が引き受ける。君たちの任務は、ここで終了だ」
彼が放った魔力は空間を歪ませ、魔物の四肢を空中で拘束する。
瞬時に周囲を探索し、他の魔物の痕跡がないことを確認すると、光と共に空へと消えた。
何が起きたのか、隊員たちは理解できなかった。
だが、一つだけ確かなことがあった――
“終わった”ということ。
◆◇◆
その帰り道。
トゥロの内なる存在が、冷たく言い放つ。
「……恥を知れ、トゥロ。お前は自分だけでなく、我を、そして我らが“一族”をも辱めた」
「……一族?」
トゥロは、その言葉の意味が理解できなかった。
◆◇◆
村に戻った彼らは、酒場で報告を終えた。
村人たちは大喜びで祝ったが、リゼだけは笑っていなかった。
祖父はいまだ戻らず、彼女は一人きり。貧しさの中で必死に生きてきた少女は、今も寂しげな表情を浮かべていた。
「……リゼ、俺がこれから面倒を見るよ。時々、街から食べ物や道具を持ってくる。冒険者だから……少しだけど、君を助けられる」
トゥロの言葉に、リゼの目から涙があふれた。
「……ありがとう。パパとママが生きていたころみたい……」
彼女はトゥロに飛びつき、強く抱きしめた。
その姿に、酒場にいた誰もが心を打たれた。
そして、隊は学院へと帰還の途についた。
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