第13話 試験の始まり
寮を夜の闇が包んでいた頃、突然トゥロがうわごとのように叫び声を上げた。額には汗が滲み、呼吸は乱れ、目には恐怖が浮かんでいた。彼は血の海の中に立っていた。両手は血まみれで、周囲には仲間たちの遺体が転がっていた――カイン、ノラン、リナ、メイラ、みんな死んでいた。
「アアアアア!!」
「トゥロ!」カインがベッドから飛び起きて駆け寄る。
「大丈夫か?!」
「どうしたんだ?」ノランもすぐに起き上がった。
トゥロは夢と現実の狭間にいた。涙を浮かべた目で、彼らを見つめた。
「…怖い夢を見たんだ…」彼はやっとの思いで言葉を絞り出した。
「みんな…死んでたんだ…」
カインは苦笑して、彼の肩を軽く叩いた。
「お前みたいなヒーラーがいる限り、俺たちはそう簡単に死なねぇよ」
トゥロはうなずいて答えた。
「そうだね…ただの悪夢だったんだ」
翌朝、リナとメイラは今月行われる銀等級昇格試験について不安げに話し合っていた。
「そういえば…」トゥロがふと思い出したように言った。
「試験って、今月なんだよな」
「俺たち、限界まで訓練してきたじゃん」ノランが誇らしげに言った。
「今回は絶対に9等級を取る!」
「その通りだ」カインも頷いた。
「俺たちの力を見せてやろう!」
その後、生徒たちは講堂に集められた。教授が壇上に現れ、試験の詳細を告げた。
「まずは魔力量の測定を行います。その後、自身の能力、得意分野と弱点を記入するアンケートに答えてもらいます。その内容をもとに、教員が1対1の対戦カードを決定します。勝利条件は、相手の動きを封じるか、降参させるか、または戦闘が危険と判断された場合に教員の判断で終了します。今年は10等級の生徒が9等級の相手と戦います。勝つことが目的ではありません。重要なのは、自分の実力を示すこと。実力が認められれば、9等級が授与されます。準備期間は3週間です。健闘を祈ります」
集会の後、トゥロのチームは部屋に戻り、試験について賑やかに話し始めた。だが、トゥロは黙って荷物をまとめ始めた。
「えっ、お前どこ行くんだ?」ノランが驚いて尋ねた。
「一人になりたいんだ」トゥロは静かに答えた。
「試験まで、独りで修行するよ」
カインは敬意を込めて頷いた。
「それも一つの道だな。よし、みんな頑張ろう!」
こうして、トゥロは一人で森へ向かった。命がけで魔物と戦い、身体を限界まで追い込み、実戦経験を積み重ねた。倒れれば自らを癒し、何度でも立ち上がった。そうして3週間が過ぎた。
試験当日。
トゥロは試験直前に学院に戻った。急いでシャワーを浴び、準備を整えて試験会場へ向かう。その目には、静かな覚悟と力が宿っていた。
「トゥロ…大丈夫?」リナがその変化に気付き、心配そうに尋ねた。
「今までで一番調子がいいよ」トゥロは穏やかに微笑んで答えた。
「そっか…」リナも安心して微笑み返した。
試験は筆記から始まった。
「さて、どんな問題があるかな…」トゥロは呟きながら問題に目を通した。
「自身の全ての能力を記入し、得意分野と苦手分野を詳しく書きなさい」
彼は落ち着いて用紙を記入し、教授に提出した。
教授はそれを読み、驚いたように眉を上げた。
「ふむ…ヒーラーにしては、随分と珍しい能力だな」
「そうですか? 自分ではよく分かってませんけど」トゥロは淡々と答えた。
教授が視線を外した隙に、トゥロは内心で思った。
(…一部の能力は隠しておいたほうがよかったかな? まあ、もう遅いか)
こうして試験の第一段階が終わった。
講堂は生徒と教員で埋め尽くされていた。誰もが対戦開始を待ち、緊張した空気が漂っていた。
学園長が壇上に立ち、対戦者の名を読み上げた。
「第一戦――ノラン対アスナ。9等級、地元領主の娘」
「えっ? ノランが一番最初?!」リナが驚きの声を上げた。
ノランは自信に満ちた表情で前へ出た。一片の恐れもなかった。
アスナは背が高く、冷たい雰囲気の少女で、鼻で笑って後に続いた。
学園長が杖を掲げると、2人の体が魔法の光に包まれ、消えた。
「彼らは戦闘用のポケット次元に転送されました」学園長の声が頭に響いた。
「ここでは一切の制限なく戦えます。思う存分力を解放しなさい。他人に危害を加えることはありません。全力を尽くして見せなさい」
転送先は広大な大陸のような空間だった。森、山、川が広がっている。
ノランは構えを取り、目には確かな自信が宿っていた。
「調子に乗るなよ、坊や」アスナが手を広げながら冷笑した。
「お前は所詮10等級。9等級の私には勝てないわ」
「すぐに分かるさ……なぜ俺が“野生の力”と呼ばれているのか」
ノランは拳を握りしめながらそう答えた。
学園長が試合開始の合図を出した。
先に動いたのはアスナだった。
「ウォーター・バラージュ!」
空に無数の水の槍が出現した。
だがノランは静かに呟いた。
「地獄の修行の成果を見せてやる…」
彼の身体がオーラに包まれ、筋肉が限界まで緊張し――そして、姿が消えた。
「なっ…!?」
アスナは即座に水のシールドを展開した。
ノランの攻撃の軌道に気づいたのだ。
ノランは側面に現れ、回し蹴りを放った。
アスナは木々を吹き飛ばしながら飛ばされ、山肌に激突した。
「もしバリアがなければ…やばかったわ。油断できない、この子…ただ者じゃない」
ノランはアスナの方向に向かって高速で火の弾を連続で放った。
「ウォーター・ボール! 迎撃っ!」
アスナが叫ぶと、爆発音とともに戦場が光に包まれた。
水の球が火の球に直撃し、互いに打ち消し合った。
その時、背後から声が聞こえた。
「魔法の扱いは見事だ。ただ――お前には戦いの経験が足りない。そして、俺を甘く見た。それが致命的だった」
アスナはすぐに防御の水のバリアを張った。ノランは一歩引いた。
「水の魔法だけじゃ通用しない…ならば、俺も力で応えるまでだ!」
二人は体を強化し、正面から突撃した。
拳と拳がぶつかり合い、二人とも吹き飛ばされた。
すぐさまアスナは「ウォーター・ドラゴン」の技を発動した。
巨大な水の龍がノランに向かって突進し、彼のいた場所を強打した。
轟音とともに爆発が起こり、山が揺れ、大地が震え、空から水滴が降り注いだ。
アスナは歯を食いしばる。強力な技の使用で、体力が限界に近づいていた。
だがその時――ノランの声が木の上から響いた。
「今こそ見せてやる! なぜ俺が“野生の力”と呼ばれるかを!!」
ノランは超音速で突撃した。
アスナはバリアを張る暇もなく、ただ防御の構えを取った。
その次の瞬間――
圧縮された空気による猛連撃がアスナの全身に降り注いだ。
そして――
アスナは血まみれになって倒れ、意識を失った。
ノランは彼女の髪をつかんで持ち上げ、耳元で囁いた。
「これが俺だ…戦いの中で、俺は“暴走する力”になる」
その瞬間、学園長が二人を強制転移させた。
治療班がアスナに駆け寄り、急いで医務室へ運んでいった。
息を切らせながらノランは仲間のもとに戻った。
最初に駆け寄ったのはトゥロだった。彼はノランを抱きしめて言った。
「おめでとう、ノラン。すごかったよ。こんな君、初めて見た…」
「やめろよ…」とノランは照れくさそうに言った。
「相手が男だったら、もっと技を見せられたかもな。女の子相手だとちょっと気が引けるよ」
「でも、勝ちは勝ちだよ」
メイラが微笑んだ。
「立派な勝利だったよ」
その間に学園長が次の試合を告げた。
ノランは水を飲みに行き、一人になると、胸に手を当てた。
彼の体は震えていた。
「…危なかった。あと少しで、我を失うところだった…」
歯を食いしばり、目を閉じる。
「なぜだ…なぜ俺は“勝つ”ことより、“壊す”ことを優先してしまう…
これじゃ、誰も守れない。
俺の姿は魔法使いじゃない…まるで、怪物だよ…」
木々の間を静かな風が吹き抜けた。