第11話 黄金の影
「本日は、幻術や精神干渉から皆さんを守るための特別な精神状態の検査を行います」
そう言って、リアンナ先生が生徒たちの前に立った。
「今回は魔力の測定ではありません。意識に働きかける訓練です。皆さんを眠りに近い状態に導き、内面と向き合っていただきます。恐怖が形となって現れますが、万が一危険を感じた場合は、私たちがすぐに目覚めさせますので安心してください」
誰も反論しなかったが、教室には張り詰めた空気が漂っていた。
「…怖がるな、怖がるな…」と、カインが小声でつぶやく。
トゥロは黙って、自分の手にあるエルフの監視者から渡された魔法のアミュレットを見つめていた。中の水晶が淡く脈打ち、一定のリズムで彼を眠りへと誘っていた
心の奥底から湧く悪夢
それぞれの生徒の夢の中には、彼ら自身の「恐怖」が具現化されていた。あまりにも現実的で細部まで再現されており、その影響は計り知れなかった。
カインの悪夢
炎に包まれた故郷の村。響き渡る悲鳴。折れた剣を手に、カインは呆然と立ち尽くす。守れなかった人々の視線が彼を刺す。
「守るって約束したよな……どこにいたんだ?」
(※カインの父は村長であり、伝説の剣士として尊敬されている。カインはいつか父のようになりたいと願っていたため、この夢は彼に深い傷を与えた)
メイラの悪夢
メイラは母親の遺体の前に立っていた。どこからか声が響く。
「助けられたはずなのに、どうして……」
口を開こうとするが、声は出なかった。
ノランの悪夢(あるいは別の何か)
鏡だらけの部屋。映るのはすべてノラン自身。しかし一枚の鏡の中の彼は歪んだ顔で不気味に笑っていた。
「どっちが本物だ? 全てが壊れた時、最後に笑うのはどっちだ?」
ノランは鏡を拳で砕くが、残る鏡は笑い続ける。
「お前は俺なしじゃ生きられない。その時が来たら、自分から俺にすがることになるさ」
リナの悪夢
学園の廊下を歩くリナ。すべての人が彼女をじっと見つめていた。厳しい無言の視線。
背後から声がする。
「また足手まといか……」
膝が震える。逃げたくても、この感情からは逃れられなかった。
(※リナは貧しい家の中で何もできない「厄介者」として育てられ、ついには捨てられた過去がある。この悪夢はその記憶を呼び起こした)
何かが始まる境界線
一方、学園の地下にある観察室では、リアンナとエルフの教師が魔法のモニターで夢の様子を見守っていた。
「信じられない……これほど正確に彼らのトラウマが再現されるとは」
「子どもとはいえ、それぞれが重い過去を背負っている……哀れな子たちだ」
だが、ひとつのモニターには何も映っていなかった。
「……トゥロの夢は? どこにあるの?」
「まさか……何も夢を見ていないなんてことが……?」
夢よりも深く
トゥロは霧の中に立っていた。すべてが灰色で静寂。目の前に現れたのは、黄金の光をまとった細身の人影だった。顔は見えなかったが、声ははっきりと響いた。
「お前にとって、“救い”とは何だ?」
「……救い?」
「仲間を助けることが救いか? それとも、自分の行動を正当化するための自己満足か?」
「……わからない」
「善とは? 悪とは? 誰が善人で、誰が“敵”だと決める権利をお前は持っている?」
その声は外からだけでなく、内側からも響いていた。普通の夢ではない――トゥロはそう感じていた。
「なぜ……こんなことを言う? ここはどこだ? 僕には才能がない。ただ癒しの魔法を得ただけ……人を救いたかっただけなのに、いざという時には恐ろしくて動けない。友達を失うのが怖い……僕には命を救う資格なんてない……」
トゥロの目に涙が浮かぶ。
人影が近づいた。光はまぶしくなく、温かだった。
「だからこそ、お前にはその資格がある。臆病で、才能もない。だが、本当にその時が来たら、お前は逃げない。やるべきことをする」
「他人の痛みを理解し、それでも前に進む。そんな者だけが、真に“英雄”と呼ばれる存在なのだ」
トゥロは何も言えなかった。胸の奥で、再びあの温かい光が灯った。
人影が手をかざすと、周囲の空間がゆっくりと崩れていった。
去り際に声が響く。
「忘れるな。背を向けた時、命を奪う一撃は背後から来る」
その言葉は、トゥロの心に深く刻まれた。
「なぜ……僕を警告するの……?」トゥロが問いかけるも、答えは返ってこなかった。
隠された真実
「まさか……」
エルフ教師がトゥロのアミュレットを見つめて呟く。
「まだ装置の範囲内にいるはずなのに……反応がない。夢がない? それとも別の何か……?」
「機材の不調かもしれない。長く点検してないしな」
目覚め
トゥロがゆっくりと目を開けた。周囲は静かで、空気がどこか淡かった。
仲間たちが彼を見ていた。皆、疲れた顔をしている。
「お前も、変な夢を見たのか?」とカインが尋ねた。
「……よく分からない。でも、何かを言われた気がする」
「誰に?」
トゥロは首を振る。
「なんて言われたの?」リナがそっと聞いた。
「……この世界から目を背けちゃいけないって。たとえ逃げたくなっても」
「そして……優しさこそが、最後に残された唯一の力かもしれないって」
リナは微かに微笑んだ。
その瞬間、トゥロの胸に一つの決意が生まれた。
もう軽々しく学園や校長のことを考えるのはやめよう。
静かに、確実に、自分の力と、日常の裏にある“真実”を探していく。
何かが近づいている――そんな予感があった。
そして、自分にはそれを迎え撃つ準備が必要だと、トゥロは理解していた。
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