体力測定2
大した結果も出せずに一行は体育館に移動する。だがしかしまだ一種目が終わったばかりだ。まだまだ挽回のチャンスはある。やる気に満ち満ちた姿勢は崩さない。
体育館履きで床を蹴り賛否両論の音を響かせる。第二種目は反復横跳びである。三本の線を踏む、または過ぎれば一回となる。なれば過ぎるより踏む方が効率が良い。
「じゃあ、ボクが数えてあげるよ」
「いえ、私は二回目がいいですのでお先にどうぞ」
一回目を任せまたお手本となる人物を探す戦法である。
「ふむむ、素早さならば私が一番ですね。この体は無駄に痩せているわけでは無いのですぞ」
またもや片隅の男子が調子に乗りながらスタートラインに立つ。体系は細く筋肉もあまりついていなさそうに見える。まさに教室の端で片手に数えられてしまう友達としか仲良くない典型的な陰キャの装い。しかし先程の予想外があったため外見で決めつける事は良くない。親からもそう習っている。
姿勢を落とし少し右寄りに線を跨ぐ。かかとが数ミリだけ浮き、スタートの合図をじっと待っている。
タイマーのスタートの音が体育館に響くと同時に彼の脚は動き出した。しかし彼の顔は脚に比べ全く動いていない。顔だけが固定されたかのように動くその姿は奇妙さを覚え気持ち悪いとさえ思える程だった。
しかし明らかに速い。前で頑張っている椿稀の倍はあるように思える速さ。そして途中から椿稀が何回か忘れている事に気づく。終了の音が響きさらに焦る。
「何回だった?」
「えっと、その……」
数えていなかったのは私の落ち度だ。記録が無くなってしまうのも測り直しも申し訳ない。言葉を慎重に考えていると察したのかゆっくりと近づいてくる。その表情は決して穏やかなものではない。肩に手を置かれ怒られてしまう事を覚悟する。
「その、ごめ――」
「ボクも頑張ってるんだから、ちゃんと見ててほしいな」
頑張ったからこその息遣い。一呼吸、一呼吸が音出るような深い呼吸。そんなに頑張っている姿を見るべき姿を見ていなかった自分を恥じる。
「安心して。紗夜が他の男ばかり見てたから自分で数えたよ。その成果は見せてね?」
「ご、ごめん。でも、任せておいて」
ただ気持ち悪い動きをしていた彼を見ていた訳では無い。今回はあのキモさを再現するわけにもいかない。――動きを再現できる気がしないのでアレンジして挑む。
腕をまくり靴の底を拭く。地面を擦りうるさく鳴く館履き。軽く飛び足を運動モードへと切り替える。
彼の動きがなぜあんなにも気持ち悪く感じたか答えは出ている。動かない顔だ。その分記録が良いのかもしれないが流石に恥ずかしい。つまり顔を揺らせば良いという結論が出た。
完全に対策が間違っている気はするが当の本人はこれが最善であると信じて疑わない。今回も何か面白いものが見れそうだと椿稀は一瞬も目を離すつもりはない。全てを捉えいじる道具と変えるつもりだ。
スタートの音が響く。彼のしている事は要するに重心を変えすぎないという事だ。人体の中で一番重い頭を固定する事によりあれほどの記録を出した。それくらいは出来る。
彼女の反復横跳びは美しかった。大半の男子の目線を全て奪った。静かな歓声が広がる。一歩一歩動き線を踏むたびに歓声は鳴る。誰もが注目したのはその彼女の胸だ。先程ボールでふざけていた片隅の変態陽キャなどは見たこともない物理の動きに一瞬たりとも目を離さない。不幸中の幸いはこの事を本人が気付いていないという事だ。
「紗夜……胸めっちゃ揺れてるよ」
彼女も揺れていることには気付いていた。中途半端に真似をした結果だろう。だがそれ程目立っていないと考えていた。しかし椿稀の言葉で辺りを見回す。目が合いそうになると逸らしていく男子の視線。分かりやすく口笛を吹き誤魔化そうと頑張っているがそれ程バカではない。途端に恥ずかしくなり自分の身体を抱き寄せる。
当然の如く記録は落ちた。
「うぅ……結局結果も悪いですし……」
「こんなにエッチな身体付きしているせいだよ。ボクまで心に来るものがあったよ」
先程の息が冷めきっていないのかまだ多少頬を赤らめながら椿稀が駆け寄る。静かに指と指の隙間をピンポイントで抜かれる。先程まで振るわせていたせいかいつもより刺激が強い。
「ちょっ――」
「今度は数えてね?」
何も言えずに記録用紙を手に取る。