体力測定1
誰もが通常授業が潰れ喜ぶと同時に運動という絶望に叩き落されるこの頃の行事身体測定。当然文武両道の道を生きる彼女にとっては簡単な事、ではない。
おもむろに嫌な表情を浮かべる人は多々いる。その中に一層目立つ者がいた。もはや彼女の周りには負のオーラが見える程である。
「ぐふっ、見てくださいあの脚を。あれほど綺麗な脚は運動が不可欠でありますよ」
「お気づきですか、やはり貴方とは合いますな。あれは運動出来る脚ですぞ」
片隅の男子の声が見事に的中させる。運動は日々している。体力は付いたが運動神経は変わらない。走り切ることは出来るが遅いといったところだ。
「持久走はまた今度の体育でやるから今日はその他のをやるぞー」
俯いていた顔がゆっくりと上がるそして情報を整理する時間を要し納得したかのように頷く。
「なら楽勝です!」
「切り替えはやーさっきまでやりたくなさそうだったのに」
「ボクの同士がまた減っちゃったよ」
校庭には五メートルおきに線が引かれ慣れないサイズのボールが二つ置いてある。片隅の変態陽キャはそのボールで『おっぱい〜』などとふざけ始める。
「これを投げれば良いのかー」
予想通りに襲いに来る腕を振り払ったはずだった。だがしかし胸には掌の感触がしっかりと伝わってきている。中指がピクリと動き胸を刺激される。荒くではなく優しくイヤらしく。
「そんなに自分から声を出して襲いに行っちゃバレちゃうでしょ?」
「襲わないでください!」
手を振りほどきそっぽを向く。もう少ししっかりと叱った方が良いのかと不安になりながらもこれ以上にどう怒るのかが分からない。暴力避けるべきである。
「本当はもっとやって欲しかったんじゃないの?」
思わず手を振り上げる。そのまま振り下ろした手刀は頭の真ん中を奇麗に叩く。痛そうにしながらもニヤニヤが止まっていない。
男子が好記録をどんどん出し続けるのを観察し投げ方を研究する。文武両道と言っても体力の結果が悪ければ両道とは行かない。体力テストで結果を出し、勉学以外においても平均以上を叩きだそうと意気込んでいるのである。
「分かりませんね……」
「あれじゃない? 叫べばいいんだよ」
確かに男子は『シャオラァァー!!』や『シネェェ!!』など様々な掛け声を入れている。その声の大きさに呼応するかのように高く飛んでいる。踏ん張る時にも声を出すと良いと聞いた事がある。信憑性も高い。
「ぎょへへ……! あの三人が男子のをまじまじと見ておりますよ」
「ぬぁに~? これは我々も出来るところを見せるチャンスですな」
「頑張るである!」
片隅の男子が気合を入れボールを手に取る。その小太りした体格はボールを鷲掴みにし、大きく振りかぶる。その覇気は今までの男子とは訳が違う。
その投球フォームはまるで本物の野球選手のように真っすぐで奇麗な背筋。上げた足が地面を捉え、胸を大きく開き捻られた上体がしなる。
真っすぐと飛んでいくボールはすぐに落ちていく。歓声が上がり盛り上がる。皆記録はあまり良くない事には目もくれずにそのフォームに関心している。それはお嬢様も例外ではなかった。
「なるほど。分かりました――」
「ファイト~」
「……まぁ、頑張って」
答えは出た。あのフォームを真似し、男女の筋力の差を叫ぶ掛け声によって補う。ちょうどよく風がなびき髪が踊る。まるでその姿は戦いを好む修羅の女騎士。風を切る肩がただ者ではない感を演出している。
誰かが息を飲む音が聞こえ、この姿がどれほど勇ましい事かと自分に酔いしれている。実際の所この息を飲む音は真横から紗夜の姿を拝め、さらに風が吹き服がなびく事によってよりはっきりと強調されたバストラインに息を飲む音だった。
「どぅふふ、バットを振る準備はばっちり出来ちゃいましたぞ」
「まったく君って人は……バッターアウトですな」
そんなくだらない会話は耳に届かず深呼吸を続ける。二つのコツを頭の中でおさらいし、叫ぶ用の空気を大きく吸う。遠くの白線を少し見つめ足を上げる。地に着いた足はしっかりと身体を支え移動する体重を受け切る。
後は叫び己を奮い立たせ全力のさらに先を目指すだけ。だがしかしこの刹那の瞬間に彼女はためらった。心中に浮かんだのは恥ずかしさ。
「せやっ――!」
叫びには程遠く己を奮い立たせることも出来なそうな随分と可愛らしい声が出る。弾道は予想通りに真っすぐと飛んでいき地面を跳ねる。
「十メートルでーす」
「お、おかしいもう一度……!」
「九メートルでーす」
十メートルと一桁の記録を用紙に書き入れ落胆する。完璧だったはずだ。フォームも瓜二つのはずだった。
「やっぱり掛け声か……」
「ん~たぶん違うよ」