登校
玄関の扉が閉まりメイドの姿が見えなくなる。春の香りも過ぎ去り夏へと変わる湿度の高く少し蒸し暑くなりそうな日差しに照らされながらいつもの登校ルートを変わらずに歩く。家から学校まではそう遠くはない。わざわざ車を出すほどの距離でもないので歩いて登校をしている。
お嬢様等いう肩書は部屋の外で一番発揮しきるものであり。一歩前に進む動作にも格式を持つ。意識せずとも自ずとその歩き方へと変わっていくものだ。決して崩れることの無い品格はすべてに適応される。
「おっはよーさよっち~」
後ろから襲いかかろうとする手をスルリと避ける。これが品格と内心ドヤ顔をしつつ挨拶を交わす。
「おはよう。そう簡単に胸は揉ませないよ」
「もう何回と揉んだことあるけどね?」
ただのセクハラを堂々と本人の目の前で公言する彼女の名前は高瀬 陽菜 中学一年生の時から仲の良い大切な友達であるが、隙あらば体に触れてくる。
胸は揉んだら大きくなると聞いた事があるがこうして急成長してしまった原因は彼女ではないだろうかと思う程だ。
自由奔放で何かあればすぐに行動してしまうほど行動力がある。悪く言えば無鉄砲のトラブルメーカーと言ったところだろう 。
現在進行形で話の中軽い鞄を振り回し三回に一度程のペースで脚にぶつかる。
「あ、ごめん」
と、謝るので何とも言えない。しかしこのペースでは痣になってしまうだろう。会話(相手がずっと喋っているだけ)の内容も当たって謝罪が入るたびにコロコロと変わっていく 。
「あ、ごめん。そういえば――」
会話の途中で歩くペースが速く振り向きざまでの攻撃。流石に限界を迎える。謝罪はあっても何度も繰り返されたらこうするしかない。
ドスドスと一気に距離を詰め両手を掴む。困惑の表情を浮かべながらもその圧に圧倒されたのか一歩引く。
「あんまり私を困らせないでくださいね」
「わ、分かった……」
いつものにこやかな表情がこわばった表情となってしまい流石にやり過ぎたと少し反省しながらまた進みだす。その少し後を付いてくる姿に罪悪感を覚えてしまう。
話したくない訳ではなかったためこうして何も話せない様な気まずい状態に顔をしかめる。
だが、実際は本人が思っているほど相手は重く受け止めていない。高瀬 陽菜は全く気を落としていなければ悲しくもない。むしろその逆だ。
詰め寄られ、両手を掴まれ、叱られる。この三要素に興奮していた。そう、彼女はMである。
常日頃からちょっかいをかけ相手の上で自由奔放に暴れまわるが真意はその後に怒られることを待っていた。だが、決して故意にやっている訳では無い。そこが憎めない原因ともなっているのだろう。
彼女は今のたった一言のシーンを頭の中で何度も反芻する。全く怖くない歩きで身を寄せてくるその姿がとても可愛らしく、小さく奇麗な手で少し強めに掴まれた両手の感覚を神経に焼き付ける。
ぐっと寄せられた両手が胸に当たったなど言えない。普段は避けて触らせようとしない胸に偶然とはいえ触れられたことが状況と相反し脳を焼き焦がす。
そして止めのセリフ。普段温厚のためか全く出て来なかったのであろう起こる時のセリフ。その結果として生まれた言葉が完全に心を打ちぬいた。
もう一回言われたい――!!
その思いが暴走し始め真後ろに回り込みスカートを翻す。可愛いく短い悲鳴が聞こえ振り向いた時には腕が上がっていた。
脳天にチョップを喰らい頭を押さえる。
「反省してないのですね!」
顔を赤くしながら止まらずに学校へ向かった。後ろから聞こえる謝罪には二度と耳を傾けないだろう。