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起きる

 カーテンを開ける音と共に日の光が部屋に差し込む。露となるのは昨日のキリッとした姿ではなくごく普通の女子高生。よだれを垂らしながら寝るそのお姿はこの屋敷のお嬢様とは思えない。だが寝癖が付いていても髪は艶々としており、日に照らされより光沢が見える。よだれを垂らしていても整った顔立ちと常日頃から気を使っている肌はすべすべしており、お嬢様の名にふさわしい。


「おはようございます。朝ですよ?」


「んぅーん……」


 今日も簡単には起きてくれない。お嬢様は朝が弱い。起こす時間も含めて起こしに来ているため少し早起きとなっている。このうだうだとした時間が三十分は続く。


「食事の時間に遅れますよ? お父様に怒られてしまいます」


「だいじょーぶだからー……」


「痛い目に合ってしまいますよ? 朝から注意を受けたくないでしょう?」


 もぞもぞと起き上がると思えば布団を顔まですっぽりと被さり光と声を遮断してくる。これを思いっきり引っ張り取る事はメイドの立ち位置では出来ない。かと言って声をかけるだけでは起きることはない。軽いため息を吐きベッドのそばへ寄る。腰を落とし同じ目線になる。


「失礼します」


 一言断りふかふかの布団の中に手を伸ばす。中は身体の熱が籠りとても暖かい。身体に手が触れどこの部位かを探る。ほんの少しの抵抗で甘く唸り、これ以上好きにさせてくれない。握られた手は簡単に解くことが出来るほどの力しか出ていない。


「本当に起きてください。私が来てから十分は立ちましたよ」


「じゃあ、あと十分……」


 お嬢様を後にして立ち上がり、学校の準備をしておく。体育着を奇麗にたたみ、置いておく。お嬢様を確認するが体勢は全く変わっていない。溜息を吐き近寄る。足音で分かったのか布団に強く包まる。本人もこれから起こることが分かっているのだろう。


「起きてください。どうなるか分かっているのでしょう?」


「くすぐったいのは嫌だ」


 布団でこもった声がしっかりと返事をする。起きているのなら布団から出てほしいものだが、これでもプロのメイドでありもう慣れている。数秒間だけ待ち一声かけてから布団に手をかける。同時に布団が大きく揺れる。これ以上ない程小さく丸くなり抵抗を繰り返す。


「あと、十秒数えたら起こします」


 丸まることで布団の中でもはっきりと分かる体の形、背中を添いながら擦る。


「十、九、八、七――」


 地味に数える速さを早くしながらも触る手はゆっくりとしたまま大きく回す。嫌がるように体を振るが止める事をしない。


「――四、三、二……」


「起きるよ!」


 激しくベッドから飛び起きながら手を跳ね退ける 。背中に手を回しながらくすぐったそうにしている。


「おはようございます」


「おはよう! 私が背中嫌いなの知ってるでしょ!?」


「はい、髪をお切りするときに大変に思っております」


 ほぼ毎日の問答を繰り返しお嬢様の朝は始まる。朝から機敏な動きをしたため眠気はとうに消えている。眠気が抜けないまま旦那様の所へ行ってしまわれたら私もろともお叱りを受けてしまう。実にこの起こし方はプロメイドにふさわしい。


「お直ししますね」


 大きな鏡の前に座るお嬢様の後ろに立ち髪を梳かす。少しのムスッとした表情で鏡越しに合う視線が苦い。サラサラとした髪を羨ましながら梳く。はねている寝癖でぴょこぴょこと少し遊びながら業務をこなす。


「終わりましたよ。今日もお綺麗ですね」


「ありがと、行きましょうか」


 部屋を出てダイニングへと向かう。朝の雰囲気とはまた違い普段の凛々しいお姿になる。あのだらしなさをよく知っている者は数少ないだろう。扉の前でもう一度服装を正し、扉をお開けする。


「おはようございます。お父様」


「おはよう」


 一礼をして扉を閉める。ここから先は他のメイドの仕事となる。お食事をしている最中でお嬢様の部屋に戻る。まだ少し余熱のあるベッドに乗り上げ整える。その他の部屋の掃除もざっとで仕上げる。お嬢様が学校に行かれたら基本的に仕事は無い。その間に完璧に仕上げる。


「ふぅ、上出来ですね」


 ***


 静かな空間に食事をする食器の音が響く。メイドたちは当然に喋らずに淡々といつも通りの業務をこなしている。ご飯は美味しいがどこか寂しい。


「どうかな、成績の方は」


「……特に目立った事はありませんね」


 ぎこちない会話。すぐに終わってしまう。メイドとは話せるがなんとも言えない距離感。


「何よりだ」


 会話は途切れまた静かな音がなり始める。食事も終わり一言言って部屋を出る。


「旦那様は口数の少ない方ですがお嬢様の事をちゃんと思っておりますよ」


「それは分かっているわ。ただ、あなた達の様に会話が続かないだけだもの」


 ダイニングのメイドに部屋まで送り届けてもらい部屋に戻る。シワ一つ無いシャツを手に持ちながら待ち構えている。


「さ、部屋も暖かいですし制服に着替えましょうか」


「行くの面倒になってきちゃった」


 いつもの軽い嘆きを何も聞こえていないかのようにスルーをする。決して朝の会話が何かあるとかではない。単純に面倒なだけだ。それをメイドも知っている。ゆっくりと制服に着替える。いつも通りの時間になり、玄関へと向かう。


「いってらっしゃいませ」


「行ってきます」


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