作戦実行
「ごめん二人とも学校に残る用事があるから先に帰ってて」
あっと言う間に放課後になり、急ぎ足で指定した教室に向かおうとする二人に椿稀が声をかける。
「え? 私たちも残――」
「で、ではさようなら~……馬鹿なんですか!?」
口を滑らしそうになる陽菜を抑えつけそそくさと教室を後にする。まだ計画はバレていないと一安心し、急いで教室へ向かう。
去り際の怒る声も靴箱とは違う方向に走って行く姿も全て椿稀は目にしているが、やはり何も言わずに教室に数分間留まってから果たし状の示す場所へと向かう。
教室の扉に人影が映り、少し怪しんでいるのかすぐには入ってこない。ここに隠れていることがバレない様に息を殺し、じっとする。
ゆっくりと扉が開いていき雨宮と書かれた上履きが教室内に一歩を踏み出す。
カーテンが閉められ電気も付いていない必要以上に暗くされた教室からは自分以外の呼吸音が微かに聞こえる。目の前にはスカートの裾が少しだけ隠れきずに顔を出している。
だからと言ってどこまでも甘い二人の計画を見破ることは無い。二人がそこに隠れている事に気付いていない様に何も言わない。これから何が起こるのか、そこに隠れているならばこっちは見ない方が良いのか、流れを読み二人の思い描く結果にしてあげたい。
「誰も居ないなー。一体誰がこの果たし状を――」
言いかけた時、薄暗い視界が完全に暗く閉ざされ人体の温かみが目を覆う。
「だーれだ……?」
この声は明らかに陽菜の声だ。声を少し変えたぐらいでは日頃から聞いている私の耳は誤魔化せない。けれどその声は後ろからではなく前から聞こえるこの視界を覆う手の主ではない。
「本当にそうですか?」
耳元で囁かれた声は耳を優しくくすぐり吐息が首筋を撫でる。この至近距離では間違えようの無い声。
「まさか紗夜が果たし状を書いたの? ボクは一体何をしでかしたのかな?」
視界を覆い自由を奪ったというのに椿稀は依然として余裕の立ち振舞から変わらない。目線で陽菜に指示を送り鞄から細長い布を取り出す。
「失礼するね」
見えないが目の前から陽菜の声が聞こえ頭の回りで何かをしている。一瞬暗闇から解放されたが目を開ける間もなくまた閉ざされる。今度は温まりを感じない布で視界を塞がれた。すぐ近くに感じた紗夜の匂いや気配も離れて行ってしまった。
「……それで? どうしてボクはこんな事になっているのかな?」
「我々は椿稀被害者連盟です。報復をしに来ました」
そんな事だろうと思っていた椿稀から軽い笑いが飛ぶ。目隠しをされ、二対一のこの状況、今でこそ余裕の表情を保ち続けていられるだろうがすぐにその不敵な笑みは崩れる事になるだろうと二人で目を合わせ、静かに笑う。
「少し私たちをからかい過ぎたようですね。天罰です」
「そうだぞ。いつも椿稀だけ被害が少ないぞ!」
陽菜が沢山怒られるのは陽菜のせいな気もするが被害が少ないのは事実。恥ずかしい思いをさせられたというのに陰から糸を引いているため、怒れないのが現状。
「じゃあ、ボクはそれに耐えれば問題ないって事だね。目隠しを取っちゃたら二人の勝ちって事だ」
「……うん。うん? そんなルールだっけ?」
「良いんじゃないですか? 私たちのやる事は変わりませんし」
いつの間にか流れを取られている事にも気づかずに天罰は開始される。二人が各自で持って来たアイテムを使って辱めるという算段だ。ゆっくりと中央へと誘導し、空いている机に座らせ、誰も入ってこないように扉に箒を突っ張らせる。
完全な三人だけの空間。一人は目隠しをし、その姿を二人で囲みニヤニヤとしている。完全に学校ではありえない様な光景だ。
準備も万全となり鞄から一斉に物を取り出す。しかしそれは奇しくも同じものだった。辱める事に慣れていない、普段からされる側の二人には単純なものしか思い浮かばなかった。
「あ、あなたもくすぐるんですか?」
「えぇ!? まさか百均ショップのペット用品にあった猫じゃらし?」
小声で被ってしまった事に驚き合うも今更後にも引けないため二人がかりでくすぐる事にした。
ふさふさとした毛が付いた猫じゃらし。これの威力は購入するときに検証済みだ。それを同時に攻められればもう止めてと懇願するに違いない。
そっと首元に近づけ先っぽが当たるか当たらないかのギリギリで優しくさする。初めこそ反射で声が漏れたがそれ以降はぱったりと止んでしまい、屈託な表情を浮かべる。陽菜が手首をさすっても無反応のまま変わらない。
「ちょっと……! 何でこんなに無反応なの!? 普通なら今頃過呼吸で死ぬよ」
陽菜が手で横腹をくすぐっても反応は変わらない。脇も試したがやはり反応はない。勝ち誇った口元に悔しさを隠しきれない。少し手を止め、次なる案を考える。何かを思いついたのか陽菜が椿稀の前に立ち、手を伸ばす。
「えっ、ちょっ……!?」
始まってから初めて聞く椿稀の焦る声。何をしているのかと思えば椿稀の太股に手をかけている。流石に狼狽える椿稀を無視し、履いているニーハイに手をかける。肌と布の擦れ合う音に唾を呑む。裸足になって落ち着かないのか足が忙しなく動く。これから何が起こるのか本人はともかく見ているこちらまでドキドキしてしまう。
今の所の反応は過去一で大きく動揺している。決め手となる一手があれば負けを認めるかもしれない。ドヤ顔でこちらに振り向き、見ていろと言わんばかりの顔だ。
先程効果が無かった猫じゃらしで足の裏をさする。一瞬足が大きく跳ね上がるも次第に元の状態に戻っていく。やがて反応は消えいつものスンとした姿勢に戻る。
「もうダメ! 他になんか無いの!?」
このままでは何もやり返せずに終わってしまう。二人で鞄の中を漁りノートで風を送ってみたり等無駄な悪足掻きを試みる。
「もうネタは尽きたのかな? ボクの勝ちってことでいいかな?」
「い、いいえ。まだあります」
椿稀が負ける可能性は端から無かった。くすぐったいという感情は昔から感じない。そして舞台が学校という事。持ち込める物に大きく制限がかかる。余裕のはずだった。
陽菜がニーハイを脱がせるためにスカートがたくし上げ、より敏感な場所の近くまで露わとなっている肌に今までにない感触が伝わる。
ぬめり気があり、ひんやりとした何かが太ももを舐める。そう、表現としては舐めるが一番適している。だが決して人の舌の温度ではない。冷たくひんやりとした何か。これには思わず声が漏れる。
「あら? どうしましたか? 可愛い声も出るのですね」
言葉の節々に笑みが垣間見える。露呈した弱みにニヤついているのだろう。自分から出る変な声に恥ずかしさを覚え何とか抑えようとするも止め方が分からない。
太ももの温かい部位にひんやりとした感触が高い刺激を発生させ、さらにぬめりが敏感になったところを違和感と味わった事のない感触で通過していく。
「それってどんな感じなの?」
「椿稀の反応を見るに相当なものですよ」
何かに舐められるのが止まり束の間の休息を得る。何とか高鳴った気持ちを抑えようとするも未だに残った感触が染みついて離れない。
「うぇ~なんか舐められてるみたい~」
そんな他愛もない話の最中にも冷静をゆっくりと取り戻していく。そんな中、何かが口元に当たる。微かにチョコレートの香りが漂う。口元に付けられたチョコを拭こうとすると止められる。紙に何かを書く音がし、突如として紗夜が狼狽える声が響く。
「じゃんけんで負けた方ね。リアクションしちゃだめだからね」
あいこが何度か続き、決着がついたのか声が聞こえなくなる。バタバタと何か争うような音が数分間に続き、足音が目の前で止まり微かに荒い呼吸音が聞こえる。匂いでどちらか大体分かるが密閉空間という事とチョコの匂いでどちらかが分からない。だが、顔と顔の距離が近くなっていくのが呼吸音で伝わる。
口内の粘りつく音が微かに鳴り、口元のチョコレイトを掠めとる。先程と同じ舐められる感触、けれど今度は人の体温がし、舌の動きが窺える。チョコレートは跡形もなく消え去り、消すための跡が残る。
「ふふっ……ボクの負けだよ」
照れ隠しの笑みでも隠し切れず、引きつるほどのニヤけ。理解した途端に段々と湧き上がって来る熱。目隠しがあってよかったと思うと同時にどちらかが気になっての降参だ。ゆっくりと目隠しを取り二人の姿を見れば一目瞭然だった。
辱める計画は無事に勝利を納め喜ばしいはずだが、全く喜べていない。口元に手を当て恥ずかしそうに縮こまっている。
「やったね。大勝利だよ! スライムを見て思いついていけると思ったんだよね~」
「……………………」




