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花が嫌いな人はいない

建国祭は、王都が一年で最も華やかになる日だ。

広場には色とりどりの旗が翻り、街路には屋台が立ち並ぶ。

露店からは焼きたてのパンや香ばしい肉の匂いが漂い、子どもたちの笑い声があちこちで弾けている。


貴族の屋敷から広場へ続く大通りにはおそらくお忍びだろう貴族も平民も入り混じり、誰もが浮かれた様子で足を運ぶ。

楽師たちの奏でる音楽が、賑やかな喧騒に彩りを添えていた。


本来なら、警備の見回りは少人数で区域ごとに分けて行われるはずだった。

だが、なぜか第3師団第1隊の面々は、全員揃って 王都中央通りに集まっていた。


「……なあ、お前ら」


リヒターは、じろりと部下たちを見渡した。

榛色の瞳に宿る冷ややかな光に、隊員たちは一斉に目を逸らす。


「見回りは各区域に分かれて行う、と言ったはずだが」

「……そ、そうでしたっけ?」


ガス・ロシュフォール伍長が額の汗を拭いながら、必死にとぼける。

その隣で、双子のレオンとルナは、そろって屋台の串焼きをかじっていた。


「お嬢、隊長が怒ってる」

「うん、知ってる」


シャルロッテは、焼き菓子を片手にひらひらと振った。


「でも、なんか変だったから。こっちに来たのよ」

「変?」


リヒターの眉がわずかに動く。


「ほら、あっちの路地」


シャルロッテが顎で示した先——人混みに紛れるように、黒い影が一瞬だけ動いた気がした。


「……確かに」

「怪しい者を追っていたらなんかたまたま全員こっちに来ちゃったんです!」


ガスが必死に弁解するが、リヒターは鋭い視線を向けたまま動かない。

彼は厳しい男だった。命令違反には容赦がない。


「……まあ、いい」


意外にも、それ以上追及することはなかった。


「えっ、隊長が許した……?」


ルナが驚いた声を上げると、レオンが苦笑した。

リヒターは静かに言った。


「影を見たのは俺も同じだ」


その言葉に、場の空気が少し引き締まる。

一瞬、警戒するような沈黙が流れた。


「じゃあ、警備しながら食べ歩きましょうか」


シャルロッテが飄々と言い、手に持った焼き菓子を口に運んだ。


「……お嬢は本当に緊張感がないな」

「リラックスも大事よ?」

「隊長、これでいいんですかー?」


レオンがシャルロッテを串焼きの串で示すが、リヒターは黙って自分のポケットから銀貨を取り出し、近くの屋台で 小さなカステーラ を買った。


「なっ、隊長まで!?」

「……食べながらでも警備はできる」

「言い訳が、お嬢と同じですよ!!」


ガスが絶望したような声を上げる。

隊員たちはくすくすと笑い、再び街を見回りながら歩き出した。





さて、健国祭では、女神アランディアが王国の繁栄を願って花を降らせたという伝承がある。

広場では、そんな伝説に従って、大切な人に花を贈る という習わしが行われていた。

男が女へ、女が友へ、子どもが親へ——

それぞれが思い思いの花を選び、相手に渡す。

広場に出店している花屋の露店は、ここが売り時とばかりに、美しい花々を並べている。


「そういえば、お嬢は誰かに花を贈るの?」


ルナが楽しげに尋ねる。


「興味ないわ」

「えー、つまんない!」

「祭りは食を楽しむものよ。余計なことは考えない」

「ふぅん……」


ルナは何かを企むように目を細めたが、何も言わずに屋台の花飾りを物色し始めた。





楽師の演奏が変わった。

それは、王太子と王太子妃のパレードの合図。

一行は広場から出て、大通りのほうへ向かう。


豪華に花で飾り付けた馬車がゆっくりと進むのが、遠くからでも見えた。

群衆が歓声を上げる。

屋根のない馬車からは国王夫妻、その次の馬車からは王太子夫妻が乗って国民に手を振っている。


シャルロッテは違和感を覚えていた。


(……何か、おかしい)


それは、群衆の波にまぎれるようにして 屋根の上を動く影 を見つけた瞬間だった。


「リヒター」

「見つけたな」

「ええ」

「とはいえ、ここで暴れるのはまずいな。建国祭は王家の肝いりの行事だ。ここで無理に相手を捕らえると王家の顔に泥を塗ることになる」

「って言っても、黙っているわけにはいかないわね」


ふむとシャルは考えて、ふと先ほどの色とりどりの花々を思い出した。


「……モロー爺。あれやって!」

「あれ?」

「昔よく宴会のときにやってくれたでしょ!」

「ああ…あれか。へいへい、お嬢のご指示とあらば」


モロー軍曹が口笛を吹いた。

次の瞬間、大きな魔法陣が頭上に現れる。

まるで元々仕込まれていたかのように、魔法で起こされた風が屋台の花びらを巻き上げ、白や赤、紫の花が雨のように降り注ぐ。

観客たちの視線が、一斉に舞い上がる花びらへと向く。

少し遅れて、群衆の歓声が響き渡った。


その隙に、シャルロッテは屋根に影に向かって走る。

ひょいひょいと群衆の中をかいくぐると、一緒に駆け出していたレオンがまっすぐに手を伸ばして両肘をくっつけ、シャルロッテを振り返った。


「いけ!」

「おーけー!」


レオンの腕に乗ると、シャルロッテが跳ねるのを助けるようにぐいんと腕を上げた。

ひょいと屋根に到達する。

後から追ってきているはずのルナも同じように跳躍するはずだ。


突然背後に現れたシャルロッテに気づいた影が振り向く。

黒い装束を頭からすっぽりかぶっていて、顔は見えない。

体格からして、男だろうか。


咄嗟に翻して逃げようとした黒装束を、その足元に現れた魔法陣が拘束した。


「——動くな」


遠隔で魔法を使いながら、リヒターが冷徹な声で呟く。


花の舞う建国祭の空の下——

王太子暗殺未遂事件が、幕を開けた。

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