突然の
夜が明け、瓦礫と血の匂いの残る地下牢の前で、王都の兵士たちが慌ただしく後処理に追われていた。捕らえられていた女性たちは、一人ずつ名前と身元を確認され、保護されていく。
シャルロッテは剣を鞘に納めると、淡々と整理された報告書に目を落としながら、深く息を吐いた。
全身が重い。
魔法を乱発したせいか、僅かに指先が痺れている。
「おねえちゃん!」
突如、女の子の声が響いた。
顔を上げると、保護された女性の一人が駆け寄ってくる。
先ほど一緒に捕らわれた女の子だった。
「……ありがとう!」
彼女は涙を浮かべながら、シャルロッテの手を握った。
「怖かったわね。よく耐えたわ」
「ううん。おねえちゃん、かっこよかった!正義の味方の人?」
「ああ、うん。正義はわかんないけれど、市民の味方かな」
シャルロッテは無表情を崩さずに答えたが、ぎゅっと握られた手から伝わる震えに、そっと力を抜いた。
「あなた、名前は?」
「クロエ」
「そう。たぶんこの後、孤児院に連れていかれると思うわ」
クロエはしゅんと項垂れた。
この小さな女の子にも、理解はできていたのだろう。
でも、きっと、あの路上で待つしかできなかった。
母親に捨てられたことなど、理解しないほうがいい。
それでも、シャルロッテは問いかけた。
「最近は、王太子妃殿下が孤児院や救護院の建設や整備に力をいれているの」
「?」
「ああ、うん、あのね。孤児院では、文字や計算を覚えることができるようにもなっているのよ。そうなると、将来好きな仕事に就けるかもしれない。クロエは、何になりたい?」
クロエは少し考えたあと、ぱっと顔を上げてまっすぐなキラキラした目をシャルロッテに向けた。
「しみんのみかた!」
シャルロッテは目を少しだけ瞬かせて、クロエの頭をなでた。
そこへ後処理班の兵士たちが来たので、「またね」と手を振った。
あの子が大人になるとき、どんな国になっているのだろう。
「お嬢!」
そのとき、騒がしい足音が駆け寄る。
「お嬢! いま伝令が!お嬢のお姉様が——!」
ガスが息を切らしながら、シャルロッテの前で立ち止まった。
「——っ!」
シャルロッテの意識が、凍りついた。
全身の血が引く感覚。
姉が。
姉がどうした?
心臓が強く脈打つ。
今までどれだけ戦場で死線をくぐっても、こんなふうに動揺したことはなかった。
「お姉様が……! 具合が悪化したと——!」
「——っ!」
シャルロッテは弾かれるように駆け出そうとした。
その腕を、誰かが掴んだ。
「待て、シャル」
リヒターだった。
彼はいつものように冷静な顔をしていたが、目の奥に鋭い光を宿している。
「落ち着け」
「……っ!」
落ち着いてなんていられない。
姉が。
たった一人の、大切な家族が。
「行くぞ」
リヒターの手が、強く引いた。
「——ッ!」
シャルロッテは一瞬、反射的に振り払おうとした。
だが、そのままの勢いでリヒターが彼女の腕を引き寄せる。
「……落ち着け。深呼吸しろ」
低い声が耳元に落ちる。
「……!」
シャルロッテは小さく息を吐き、ほんの一瞬だけ目を閉じた。
そして、再び目を開くと、リヒターの顔をまっすぐ見つめた。
「——行くわ」
「よし」
リヒターは頷くと、シャルロッテの手を離し、そのまま馬を用意するよう兵士に指示を出した。
「急ぐぞ」
シャルロッテは何も言わずに頷き、リヒターと共に駆け出した。
王都の朝焼けが、静かに二人の背中を染めていた。