捕まるってこういうこと
薄暗い地下室には、湿った石の匂いと恐怖に満ちた沈黙が漂っていた。
シャルロッテは、柱に縛られたまま、そっと目を開ける。
燭台の頼りない明かりが揺れ、隅にうずくまる女性たちの影を伸ばしている。
無意識にひゅっと息を飲んで、シャルロッテは瞬きをした。
落ち着け。
十人ほどだろうか。
10代前半から、20代くらいまでの女性が力なくうなだれている。
いつから閉じ込められているのかわからないが、まともに食べるものももらえてなさそうだ。
彼女たちは皆、みすぼらしい衣服を纏い、震えながら互いに身を寄せ合っていた。
「……ここはどこ?」
低く掠れた声が、すぐ近くから聞こえた。
見ると、一人の若い女性がシャルロッテをじっと見ている。
「……あなたも、捕まったの?」
シャルロッテは軽く頷いた。
「ええ。ちょっと街を歩いていたらね」
「そう。あんたもついてないね。まあ、私たちもだけど」
別の女性が怯えた声で囁く。
「私たちは、売られるのよ」
「売られる?」
「そうよ。連れてこられた娘たちは、しばらくここで待たされて、それから買い手がつくと運ばれていくの。どこに行くのかは分からない……でも、誰も戻ってきたことはないわ」
シャルロッテは表情を変えずに聞いていた。
(つまり、ここは人身売買の拠点ってわけね)
しばらく情報を集めてから脱出するのが理想だが、それまでに被害者が増える可能性は高い。
女の子がくいっとシャルロッテの服の裾を引っ張った。
大きな茶色い瞳が不安に揺れている。
「大丈夫よ」
「でも……」
「私一人であればこのまま黒幕がわかるまでと思ったけど、そうもいかないわね、これは」
もたもた時間をかけていれば、ここにいる女性たちはみんな売られてしまうだろう。
王都の外に売られてしまえば、なかなか消息を掴むのは難しい。
厄介な、とシャルロッテはため息をつく。
その直後——
「おい、騒ぐな」
鉄扉が軋む音とともに、黒装束の男が何人か、地下室に入ってきた。
彼らの目は冷酷で、うずくまる女性たちを物色するように見下ろしている。
そして、一人の男が細身の少女の腕を乱暴に掴んだ。
「こいつはなかなかいいな。ちょっと試してみるか」
その言葉が落ちた瞬間、シャルロッテの眉がわずかに動いた。
「……やめなさい」
淡々とした声が、静かに空気を裂いた。
男たちは振り向き、縛られたシャルロッテを見て嗤う。
「なんだ、お前?余裕ぶってるつもりか?」
「余裕というよりは面倒なことするな、この下種野郎って思ってる」
「なっ。お前、自分の立場をわかっているのか!」
「あなた達よりはわかっているでしょうよ」
シャルロッテは静かに呟くと、目を閉じた。
次の瞬間、魔力が炸裂した。
凄まじい爆風が巻き起こる。
「う、うわああああっ!!」
黒装束の男たちは、衝撃と共に壁際へと吹き飛ばされた。
石壁がひび割れ、粉塵が舞う。
女性たちは悲鳴を上げた。
もちろん、そちら側には結界を張っている。
細かい力加減は苦手だが、大雑把な魔法はどんな系統でも得意だ。
シャルロッテは手を軽く振ると、するんと手首から縄を抜き取った。
関節を外す縄抜けは、兵隊の基本訓練で覚えさせられる。
そのまま天井へ人差し指を向けると、その先端からすっと一筋、光が伸び、石畳の天井の中へと消えていく。
「さて、救援が来る前に、全部やってしまいたいところね」
シャルロッテはにやりと笑い、戦闘態勢を取る。
「さあ、“お片付け”の時間よ」
シャルロッテは、冷静に周囲を見渡した。
捕らわれた女性たちは隅に寄せられ、怯えた表情で震えている。
黒装束の男たちは剣を抜き、こちらを見据えていた。
「随分と歓迎してくれるのね」
軽く首を回しながら、シャルロッテはしなやかに立ち上がる。
……剣はない。
魔法を使うことはできるが、ここで無闇に大きな魔法を使えば、捕らわれている女性たちを巻き込む可能性がある。
(なら——)
思考は一瞬。
次の瞬間、シャルロッテは地を蹴った。
「なっ——!?」
黒装束の男の一人が驚愕の声を上げる。
シャルロッテは狭い地下牢の壁を蹴り、天井に向かって跳躍する。
背中を僅かに丸めて壁を蹴ると、再び宙へ。
頭上をかすめる剣の切っ先を紙一重で避けながら、天井の梁に片手で掴まり、くるりと回転。
一人の男の背後を取った。
「いただくわね」
囁くように言うと同時に、男の腰に差してあった剣を、すれ違いざまに引き抜いた。
「ぐっ……!?」
男が驚く間もなく、シャルロッテは剣を翻し、正面から迫る敵の刃を受け止める。
金属音が地下に響き渡る。
「ちっ、こいつ!」
黒装束の男たちが一斉に飛びかかる。
その瞬間、シャルロッテは剣を持つ手を滑らせ、敵の攻撃をあえてかわすように後ろへ跳んだ。
「伏せて!」
捕らわれている女性たちの方へ向かいざまに、剣を逆手に構え、襲いかかる男たちの刃を次々と弾く。
「ひっ……!」
恐怖で立ちすくむ女性たちの前に立ちはだかり、シャルロッテは薄く笑った。
「大丈夫、こんなの朝飯前よ」
剣を振るい、敵の刃を叩き落とす。
だが、数が多い。
「クソッ、なんだこいつ!」
「囲め! 逃がすな!」
黒装束の男たちは戦術を変え、一斉に包囲しようと動き出した。
その瞬間——
轟音とともに、天井が崩れた。
彼は狭い地下牢の天井を蹴破り、崩れ落ちる瓦礫とともに降り立った。
「遅かったわね、リヒター」
「うるせえ。あの雑な救援光弾で来てやっただけでも感謝しろ」
リヒターが答えるのに続いて、レオン、ルナ、ガス、そして第一隊の兵士たちが駆け込んでくる。
「……ずいぶん派手にやったな」
リヒターは呆れたようにため息をつく。
「仕方ないでしょ。大人しく待ってる趣味はないの」
シャルロッテは肩をすくめ、剣を手に取る。
リヒターが短くため息をつきながら、銃を構える。
「派手にやっていいぞ」
「ええ、もちろん」
シャルロッテは剣を握り直し、リヒターと背中合わせになった。
その瞬間、戦場が一変する。
「レオン!」
「ルナ!」
天井の穴から飛び降りてきた双子が、流れるように戦列に加わる。
ルナが壁を蹴り、宙を舞いながら敵の肩を踏みつける。
「よっと!」
体勢を崩した敵を、レオンが全力で殴り飛ばした。
「合わせる!」
「オーライ!」
ルナが回転しながら敵の足を払うと、レオンが彼女の背を踏み台にして跳躍し、上から敵を蹴り落とす。
双子のコンビネーションは完璧だった。
一方、リヒターとシャルロッテの動きもまた圧倒的だった。
リヒターが魔弾を放ち、敵の動きを封じる。
シャルロッテが跳躍し、狙撃の隙を作る。
リヒターが拳銃を構えたままシャルロッテの背を押し、彼女を回転させながら敵の間へ送り込むと、シャルロッテはその勢いを利用し、剣を一閃。
「一掃するわよ」
「させるか!」
最後の敵が、大振りの剣を振り下ろした。
その瞬間、轟音が響く。
「おっと、忘れちゃ困るぜ」
モロー爺が、巨大な槍を壁に叩きつけ、衝撃波を生み出していた。
「敵の体勢、崩したぞ!」
「さすがモロー爺!」
シャルロッテは笑い、跳躍。
そのまま回転しながら剣を振るい、最後の敵を打ち倒した。
リヒターが大声を出す。
「ガス、非難の指揮を!」
「了解!」
ガスがすかさず女性たちを誘導し、出口へと向かわせる。
それを狙う黒装束を、モロー爺が防ぎ、そこに双子がとどめを刺す。
静寂が訪れる。
シャルロッテは深く息を吐き、剣を鞘に納める。
リヒターは銃を下ろし、じっと彼女を見た。
「……無事か?」
「まあね」
「怪我は?」
「してない」
リヒターは目を細める。
「……嘘つけ」
次の瞬間、シャルロッテの腕を掴み、袖をまくる。
「うん。してるな」
「ちょっと、それくらい大したこと——」
「……はぁ」
リヒターは深いため息をつきながら、ハンカチを取り出し、彼女の腕に巻いた。
「ほんと、お前は……」
「何?」
「……なんでもない」
リヒターはこめかみを押さえた。
「……胃が痛い」
「頭じゃなくて?」
「もう全部痛い」
シャルロッテは小さく笑った。
王都の闇に巣食う犯罪組織は、一夜にして壊滅した。