花吹雪と、影の舞う戦場
屋根の上で繰り広げられる不穏な争いなど知らず、建国祭の大通りには音楽と歓声が響き渡っている。
石畳の大通りを縁取る王都の屋根の上を、戦う者たちが舞う。
その戦場を知る者はほとんどおらず、通りは建国祭の歓声と音楽が満ちていた。
舞い散った花吹雪のあとは、大通りや広場にある噴水から霧のような水しぶきがたくさんの色をまとって噴出した。
水魔法と光魔法の応用で、これもまたモロー爺の宴会芸のひとつである。
皆がそちらに気を取られている。
そんな中、太陽を背にしたシャルロッテの影が、すいっと動く。
その剣筋は、まるで光そのものだった。
剣を抜く動きすら、音がない。
確実に男の武器を叩き落とし、動けないその首筋に剣の腹を叩き込む。
男は白目をむいて、ずるりと屋根の上に突っ伏した。
それからくりんと振り向くと、目も向けぬままナイフを投げた。
どこに隠れていたのか、剣を掲げて突撃しようとした体制のまま、ナイフを刺された男が倒れた。
「右、まだ2人来る!」
「こっちは任せて。他お願い!」
シャルロッテの声に、遅れて屋根に登ってきたルナが応え、すらりと剣を抜く。
それを見届ける前に、隣の屋根に飛び移るため、シャルロッテは地を蹴った。
離れた場所にいるリヒターの加速陣がシャルロッテの足元に生まれ、瞬間的に跳躍力を倍加させ、彼女の体は屋根の上を跳ねた。
「行ってらっしゃい、お嬢!」
風の奔流に乗って、シャルロッテの身体が空を切る。
「3時の方向の鐘楼に1、北路地の屋根に2、南街方向屋根の陰に2!」
ガスの魔導通信は、いつものように冷静だった。
鋭く、正確で、無駄がない。
直接頭の中に響かせる声は、特殊な魔法だが、この手の変わった魔法が得意なのがガスだ。
しかもそれは、一方通行ではなく、目印として魔法石のピアスを付けていれば、全員が声を送りあえる。
もちろん、1番隊全隊員の必需品である。
するっと左耳のピアスを撫でて、シャルロッテが話す。
「南方向は私が片付けるわ」
「了解。北路地はレオンが行け」
リヒターの短い声が応じる。
彼は地上から、鐘楼付近に隠れた影の背中を狙っていた。
リヒターは目がよい。
状況が変わったことが分かったのか、鐘楼の黒装束がひとり、魔道銃を取り出す。
その動きが完了する前に——
「……“穿て”」
リヒターの指先が一瞬だけ閃き、極小の魔法弾が黒装束の手首を正確に射抜いた。
叫ぶ間もなく、左胸を打たれた男は魔道銃を取り落とす。
だが、その悲鳴は祭りの音にかき消され、誰の耳にも届かない。
はっと南方向の屋根に隠れていた黒装束の1人が慌てて出てきたときには、シャルロッテはすでにその後ろにたどり着いていた。
青空を裂いて、一閃。
「もう1人、右手のバルコニー」
ガスの声がする前に、すでに彼女は動いていた。
石造りの壁を駆け降りるようにして跳び、横手の柱を支点に反転。
空中で刃を構えたまま、真上から、バルコニーで魔道銃を構えている黒装束へ急降下する。
「観客に気づかれないようにって、難しいのね」
シャルロッテがひとこと呟いたときには、すでに敵は沈んでいた。
「さて……仕上げだな」
モロー軍曹が、にやりと笑った。
軽く手を掲げると、次の瞬間——
虹がかかった。
魔法で作り出された美しい虹が、大通りに架かる。
光のカーテンがキラキラと輝き、花吹雪がそれを彩る。
「……なんだこれ」
リヒターが呆れた声を上げる。
「祭りの演出ってやつですよ、隊長」
モロー軍曹が満足げに頷いた。
「いやいやいや、あんたどんだけ宴会芸持ってるんですか!」
ガスが思わず叫ぶ。
「いいじゃない、素敵よ」
シャルロッテは 拾った花をくるくると回しながら、微笑んだ。
ひょいと地面に飛び降りて、広場の方向へ向かう。
「せっかくの祭りだもの。こういうのもいいでしょう?」
そう言いながら後ろからゆっくりと近づき、手に持った白い花をリヒターの 黒髪へと挿した。
「……やめろ」
リヒターがそれを取ろうとすると——
「どう?」
シャルロッテは、拾ったもう一輪の花を 自分の銀髪に挿した。
「これでおあいこよ」
「……お前な」
「祭りの日くらい、いいでしょう?」
シャルロッテがくすくすと笑う。
群衆の歓声が、王太子の馬車を迎え入れる。
建国祭の光と影の中。
誰もが祝祭の熱気に包まれていた。