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 この世界の元となった小説のストーリーはとてもわかりやすく簡潔だ。だって冒頭にさらっと書いてあっただけだし。

 

 建国の女神であり、魔法の始祖である神──アリセーラ様が愛の魔法でお作りになったこの国では、千年に一度だけ魔王が覚醒する。

 それを討ち倒すため、同じく千年に一度聖女と呼ばれる少女がアリセーラ様に選定されるのだ。そして王子様や騎士達と一緒に聖魔法で魔王を倒し、世界に平和をもたらす……ざっくり言うとそんなあらすじの物語だ。

 そんな中で私ことエメ・レノーヴルは、小さい頃から王子のアルベール様と婚約をしていたいわゆる"悪役令嬢"だった。アルベール様は素敵な人で、強くて優しくて頭が良くて、だからこそ私のことが好きではなかったみたいだった。

 それでも一度決めた婚約。そうそう覆ることはないと思っていた。私達の通う貴族魔術学校に庶民からの転入生として、聖女と言う名のヒロインがやってくるまでは。

 エレオノール・ラクロワという名前のその子は、可愛らしい顔でアルベール様を私から寝取ろうと画策する……なんてことはせず、ただひたむきに学園生活を頑張っていたらしい。正義感とヒロインらしい善良な心を持った彼女とたまたま出会ったアルベール様は、次第に私よりもエレオノールに惹かれていくようになった。そして嫉妬にかられた私は、権力と取り巻き達を使ってエレオノールに嫌がらせをするようになるのだ。

 その後はまあ、大抵の物語と同じ結末だ。学園のパーティーが開かれる大広間で私は婚約者であるアルベルト様から婚約破棄を告げられ、その場で家族もろとも国外追放。最後には魔王の手下に見つかり……

 

「その後嬢ちゃんは野垂れ死ぬんだよな」

 

 私の描いた図を見て、本は投げやりにそう言った。

 

「だからそれを回避してたでしょ!? 小説の中では!」

 

 そう、小説の中のエメは国外追放をされて無様に死ぬ一年前に、高熱を出して前世の記憶を思い出すのだ。ちょうど今の私のように。

 そして前世の知識を使い、破滅ルートを華麗に回避する……はずなのである。

 

「でも肝心のその部分を覚えてねえんだよな?」

「……まあ、そうだけど……」

 

 図星を突かれて本を睨みつける。

 本は「はーあやれやれ仕方がねえ」なんてわざとらしくため息を吐いていた。どこまでもムカつく態度だわ……。

 

「ま、だいたい嬢ちゃんの状況と性格はわかったぜ。じゃあ今からやるべきことは一つだ」

 

 そして浮き上がって自信満々な声で言った。

 

「まず家を出る! で、好きなもんでも売って商売にする!」

「い……今から!?」

 

 私はぎょっとした。だって前世でもそんな思い切ったことはしたことなかったもの。

 でもそうね。それが本の物語の通りだというのなら……やるしかないわ。

 

「……わ、わかったわ。で? どうやって家を出るの? 商売の始め方は? そもそも好きなものって、私は何を売ってたの?」

「いや、それは知らねえけどよ」

 

 は?

 覚悟を決めて本に返した私は、思わずぽかんと口を開けた。

 

「知らないって……あなたの中に書いてあるんでしょう? 私が転生直後にやることだって」

「あー、まあなんだ、アレだ、確かに俺も最初は物語通りに教えりゃいいと思ってたんだ。でも嬢ちゃんのその性格……全然俺の中のエメと違えんだよ。悪い意味で。だから順番通りにやっても上手くいかねえなと思って、手っ取り早そうな方法をだな……」

 

 まるで腕を組んで説教でも始めそうな本の雰囲気に、私はしばらく開いた口が塞がらなかった。

 

「し……失礼な本ね!? 一体私のどこが性悪に見えるわけ!?」

「いててててて! まずはそうやってすぐ暴力に訴えるところだな!?」

「……」

 

 思わず出た手が背表紙の上の方をぎゅっとつねっていたのを離す。

 本はヒイヒイ言いながらすばやく私から距離を取った。別に本気で破ろうとしてたわけじゃないわよ、多分。

 ため息を吐きながら本が言う。

 

「あのなあ……一応、商売するのも物語の中に書いてあることなんだぜ? まあ、さらっと一行で書かれてたから詳しくはわからなかったけどよ」

「それこそ順番ってものがあるでしょう!? よく考えてもみなさいよ。売るものも技術もない、商売のはじめ方さえわからない私がツテもなく急に家を出てやっていけると思う? それこそ野垂れ死ぬわよ、三日で」

「堂々と言うなよ」

 

 三本の指を立てて胸を張りながら突きつけると、呆れた声で返された。

 ぐだぐだうるさいわね。

 

「ああもうわかったわよ、じゃあ他のは!? もっと具体的でわかりやすいの!」

 

 脅すように背表紙を睨みつけると、本はびくりと震える。

 

「わかったわかった、教えてやるから! 他に嬢ちゃんにできそうなことと言ったら……あれだ、婚約破棄される前に王子に負けねえくらいの新しい婚約者を探すのはどうだ?」

「例えば?」

「そりゃあほら、さっき言ってた魔王とか」

「却下よ却下!!」

 

 思わずぶるりと震えながら叫んだ。なんて恐ろしいことを平気で言うのよ。

 

「なんでだよ。結構王道だろ? 俺の中身だけじゃなくて、他の小説でも似たようなことしてたぞ」

 

 ページに眉が着いていたら片方だけ見事に上がっていただろうくらいの訝しげな声で言う。

 ええそう、小説の中では王道かもしれない。でもこいつはこの世界の魔王の恐ろしさをわかっていないんだわ。

 小説で読んだだけじゃただの顔の良いラスボスかもしれないけれど、実際に「魔王が来るぞ」と脅かされながら育った私にとっては恐怖の大魔王でしかない。だって滅ぼすのよ、世界。そんな重圧に耐えられる度胸が私のどこにあるって言うのよ。

 おまけに重大な問題が一つ。

 

「魔王はたいてい心の優しさとか頭の良さとかそういうのに心を打たれて悪役令嬢に惚れるのがセオリーだし、どうせあなたの中のエメもそうだったんでしょ?」

「まあ……」

「この私がそんな才女に見える?」

「…………」

 

 落ちる重い沈黙。

 

「なんとか言いなさいよ失礼ね」

「いやお前が……」

 

 言ったんだろ、とでも言いたげに寄越された可哀想な視線。

 

 あーもう、あれもダメ、これもダメ、全部ダメ!

 

「じゃあどうしろって言うのよ!」

 

 本に詰め寄ってガシリと掴んだ。完全に八つ当たりだわ、ええ、わかってるのよ自分でも。

 

「ぎゃっ!!」と悲鳴をあげた本はバタバタと暴れながら「じゃあこれしかねえよもう!」と叫んだ。

 

「順番通り、今から正当に努力をするんだよ! 勉強でも魔術でも剣術でも、何かしら極めりゃ生き残れるだろ!」

「だからそれも却下よ! 却下! もう! きゃっ………………いいわね、それ」

 

 私がぱっと手を離すと、反動で飛んでいった本が壁に当たって「べっ!」と悲鳴をあげた。

 なんだ、そんなことなら全然出来そうじゃない。ただ頑張ればいいだけなら簡単だ。

 今まで読んだ小説では、だいたいの転生系悪役令嬢はとにかくなりふり構わず剣術を極めたり魔術を鍛えたり、いや日々の努力でそこまで成長できる? もはやそれは何かチートを使っているのでは……と思うくらいの成長ぶりで周囲を圧倒していた。

 けれど私だって仮にも"悪役令嬢"。ちょっとくらい努力をすれば、チートとはいかなくてもそこそこ強くはなれるんじゃないかしら。流石に知識ゼロから商売を始めるのは無謀だし、魔王なんて怖くて近づけない。それでも努力くらいならできるでしょ。

 となればやることはただ一つ。

 

「見てなさい、破滅ルート! 今から手当たり次第極めるわよ!」

 

 こうして私の目指せ破滅回避の日々が幕を開けたのだった。

 

「本当に大丈夫か……?」

 

 隣でへろへろと浮いている、生意気で失礼な本と共に。

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