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演歌界のイケオジ『神月京介』の恋心――。

作者: 立坂雪花

「皆の拠り所になりたい。なります。演歌界の柱石、神月京介が歌います。では、聴いてください『千日紅』……」


 赤みがかった紫色の和服を着ている神月京介。

 彼は和風のスタジオで演歌を歌っていた。


***


 私は某田舎町に住んでいる、二十八歳のなんの取り柄もない女、葉月由良。


 ずっと憧れの、手の届かない雲のような存在になった彼をテレビ画面越しに見つめていた。

 

 まさか再会出来るなんて思わず――。


***


 二月上旬。


 毎年この時期、ひとりで一泊二日のスキー旅行へ行く。


 今年も来た。予定では、朝早くに家を出て山へ行き、スキーを夕方まで滑り、毎年お世話になっている小さなペンションに一泊して次の日に帰る予定だったんだけど。


「交通マヒしてるな」


 ペンションのオーナーが次の日の朝、食堂でスマホを見ながら呟いた。テレビでも吹雪のニュースばかり。


 夜中吹雪になり雪が積もりすぎて、身動きがとれなくなった。


 つまり、予定通りに帰れない。


 天気予報でも雪が積もるってのはチェックしていたけれど、そんなの日常茶飯事だし、いつも通りに帰れるだろうと気軽に考えていた。しかも降り続いていて山奥だから除雪もいつ入るか分からないし……。


 とりあえず勤めている会社に電話をして、事情を説明し休みを貰った。


 ここは小さなペンションで、木のぬくもりが感じられる。六十代後半ぐらいのオーナーが親切で人間味溢れて、居心地が良い。そんなところが気に入り、もうかれこれ五年ぐらいお世話になっている。


 一階が食堂やトイレ。男女別に分かれたお風呂。そしてオーナーが眠る寝室。二階には客が泊まる部屋が五部屋ある。

 

 電波はギリギリって感じだけど、なんとかスマホでネットは見れる。天気予報を確認すると雪マークだらけ。


 きちんとチェックして、別の日にこればよかったなぁと今更ながら反省をした。


「まぁ、ご飯もこっちで準備するしライフラインも大丈夫だから、ゆっくりしていって?」


 オーナーが落ち着いた口調でそう言った。オーナーがそう言うと、焦っていた気持ちが落ち着いてきた。


 泊まった客が今いる食堂に集まってきた。

 私は二階からおりてきたひとりの客を見て全身が震えた。


 なぜなら、その人は私の初恋の人だったから――。


「ゆら、ちゃん?」

「きょうくん?」


 黒いニットにジーンズ姿の彼。

 彼も目を見開き、すごく驚いている様子だ。


「十年ぶりぐらい?」

「……うん」


 正確には十一年ぶりだ。

 だけどその一年差なんて、どうでも良かった。


 彼の名前は、神月京介。私よりも二十歳年上だ。


 私は今二十八歳だから、彼は四十八歳。


 爽やかな見た目に長身でスレンダー。

 彼の目は美しくて優しい。はっきりとした涙袋の効果で優しい目がより強調されている。

 

 彼は人気な演歌歌手で、最近の『イケオジランキング』では俳優に混ざり上位にランクインしていた。もしもイケオジの和服が似合うランキングがあったのなら、ぶっちぎりに彼が一位を取るだろう。とにかく恰好よい。


 彼は近所に住んでいた。私が生まれた時からそばにいて、物心ついた時からずっと憧れていて。小さい時は近くにいると安心して、ある時から顔を見るだけでドキドキしてきて……。周りに合わせるのが得意じゃなかったせいで悪女とか呼ばれて傷ついてどうしようもなかった時も、唯一彼は私に寄り添ってくれて。


 彼に対しては悪い思い出はひとつもない。

 ただ、私が高校二年生の時に街から彼がいなくなってしまった時は、毎日寂しくて泣いていた。


 元は地元に住みながら活動していたけれど、イケメンで歌が上手すぎる演歌歌手として話題になり、仕事も増えた為、上京した。そして今は、業界ではまだ若いながら『演歌界の柱石』として演歌界を支える役割を担い、沢山受賞もして大活躍している。


 彼が出ている番組や雑誌ニュースは、ずっとチェックしていた。手の届かない場所に行ってしまった彼を、恋心を封印してファンとして応援していた。


 なんでここで再会してしまったんだろう。

 封印して腹の底に沈めたはずの恋心が疼いて、外に出ようとしてくる。


 私はそれを必死に外に出ないようにぐっと押し続ける。


 だけど反発してきて、それが外に出てきた。動悸がして少し息苦しい。


「きょう、くん」

「ゆらちゃん、大丈夫?」


 彼は昔もそうだった。私の少しの変化も見逃さずにキャッチして、今もこうして心配してくれている。


 私の名前を呼ばないで。

 呼ばれただけで懐かしさも溢れてきて。


 なんか、泣きそう。

 脆い自分が水面上に浮かび上がる感じ。


 私はここに閉じ込められている間、この気持ちを隠し切れるだろうか。


「本当に、久しぶりだね」


 無理やり微笑みを作り、私は言った。

 自分の今の笑顔、多分引きつってそう。


「元気だった?」

「うん。きょうくんすごく人気で、もう私なんかがこうやって気軽に話してもいいのかな?って感じ」

「普通に話してほしいな」


 きょうくんはあの時よりも大人の魅力が増し、更に恰好よくなっていた。世間でイケオジと騒がれている理由がリアルで会うと、更によく分かる。


 いちいち緊張する。いつもよりも早く大きく波打つ心臓の動き、鎮まれ。


 何か話したい気持ちもあるけれど、言葉が詰まる。


「おふたり、知り合いなんだ?」


 オーナーが間に入ってくれた。


「そう、知り合いなの。ゆらちゃんのこと、赤ちゃん時代から知ってて」

「赤ちゃん時代かぁ。そんな昔からの知り合いなんだね」


 そう、赤ちゃん時代から知られているから多分、妹とか娘とか。そんな感じにみられてて私に対して恋愛感情なんてゼロだ。


 それが虚しくなって、彼と同年代の人を見る度に羨ましく思い、私も同じ時に生まれたかったなんて思った時もあった。




 雪は続いた。


 オーナーの予想によると、一週間ぐらい身動き取れなくなるかもということだった。


 客はひとりで来ている若い男の人、六十代ぐらいの夫婦、きょうくんと同じくらいの男の人、そしてきょうくんと私の五組だった。


 全員落ち着いている雰囲気で話しやすかった。それに生活も普通に出来るし、ここに一週間いても苦にならないと思う。


 食事も料理上手なオーナーが作っていて、うちで作るよりも美味しい。その日の夜もサクサクとした美味しい天ぷら定食で、満足だった。お風呂に入ってから部屋に戻り、持ってきていた小説を読んだりSNSを見たりしてくつろいだ。


 そろそろ眠りにつこうかなと、部屋の明かりを消すと音が気になる。

 窓に風や雪がぶつかる音。ガタガタとなり、今にも窓が割れそうな音で少し怖い。


 憂鬱な気分でいた時、隣の部屋と繋がっている壁がコンコンとなった。


 なんとなく私は控えめに叩いて音を返した。すると再びまた音が鳴る。


 これは故意に誰かが叩いているような。

 隣って誰だっけ?


 考えていると今度はドアがコンコンとした。


「はい」


 そっとドアを開けると、きょうくんが立っていた。


「どうしたの?」

「いや、ゆらちゃんこういう風の音、苦手だったの思い出して心配で」

「そういうの、覚えてくれていたんだ……」


 私が小学生の頃、両親とも仕事で誰もいない時だった。当時住んでいた家は古くて、強い風が吹くたびにガタガタ揺れて、壊れて下敷きになってしまうのではないかとよく不安になっていた。大雪で風が強くて、泣きそうなくらい怖かった。唯一頼れるきょうくんの家に電話した。もう夜遅い時間だったけれど、すぐに来てくれた。そんな出来事が一度だけではなく、何度もあった。


 私をベッドに寝かせると彼は私が眠るまで手を握ってくれて、私は安心してすぐに寝た。起きた時にはきょうくんはまだ手を握ってくれていて、ベッドに顔だけ置いて彼もぐっすりと眠っていた。


「覚えてるよ。当たり前だよ」


 当たり前。その言葉を聞くと、きょうくんの中の、隅か分からないけれど、どこかに私が存在しているのかな?って、少し嬉しかった。本当にきょうくんは空よりも遠くにいるような存在だから。


「昔みたいに、手繋いで寝る?」


 彼に質問され、私は少し迷ってから頷いた。

 ベッドで私は横になると、あの時と同じように彼は手を差し出してきた。


 あの時よりも迷いを感じながらその手をとった。触れた手はあの時と同じように暖かくて、彼を見つめていると、昔の彼がふわっと今の彼と重なってみえた。


「きょうくん、何も変わらない」

「本当にそう思う?」


 若干冷ややかな目をしながら彼は訊いてきた。


「それよりももう遅い時間だし、ゆらちゃん寝た方がいいよ」

「うん、ありがとう」


 緊張が収まらなくて、なかなか眠れなかった。けれどしばらくすると、いつの間にか眠っていた。


 今回も朝まで手を繋いでくれているのかな?って思っていたけれど。


 目覚めた時には彼の姿がなかった。


 空白となった部分、私が眠るまで彼がいてくれた場所を眺め、虚しさがよぎる。


 あの時と違って今の私は大人だ。


 人によっては身体を重ねるのは好きな相手じゃなくても出来る。仲の良い恋人同士でさえもそういう行為は恋や愛の通過点で、決して愛の完成部分ではないと思っている。


 だけど、彼が私に手を出してきて大人の関係になって。奇跡的に愛が完成して、心の部分でも深い繋がりが出来たらいいなとか、彼が部屋に入ってきた瞬間から欲望が薄らと渦巻いていた。


 だけど何もなかった。

 誘惑したらどうなった?


 あぁ、無駄なことを考えるのは辞めよう。彼にとって私はいつまでも妹や子供みたいな存在で、女ではないという事実が目の前にあるだけだ。


 隣の部屋から彼の囁く声が聞こえてくる。誰かと電話しているのかな?


 盗み聞きするのはよくないけれど、もしかして恋人とかかな?とか、彼の全く知らないプライベートを知りたいとか、色々な考えが頭を次々によぎって、気がつけば壁に耳を当てていた。やっぱり誰かと電話で話をしているっぽい。


 はっきり全ては聞こえなかったけれど、報復だとか、サツにバレるのも時間の問題だとかいう言葉まで聞こえてくる。しかも話し方が普段の彼とは違う話し方で、少し怖い。


 聞かなかったことにしよう。

 耳を壁から離した。



 その日も朝から雪が降っていて、外に出られるタイミングが見つからなかった。


 ずっとペンションの中で過ごしている。


 お昼頃、食堂で窓側の席に座り、頬杖つきながら外をぼんやり眺めていると「雪、やまないね」と、きょうくんが話しかけてきた。


「ゆらちゃんは仕事とか、大丈夫なの?」

「うん。一応、事情を話して一週間ぐらい休むことになるかもとは言っておいた」

「今なんの仕事してるの?」

「地元で医療事務してる。きょうくんは仕事大丈夫なの? 忙しそうだけど」

「大丈夫。長い休み取って、今これからのこと考え中なんだ」

「これから?」


 きょうくんの頭の中では『引退』という言葉がよぎっているようだった。長い期間がんばって、安定して売れて、すごく輝いているのに辞めるってなんかもったいない気がした。でも私は今のきょうくんの表向きの顔しか知らないし、それを止める権利なんてない。


 本当に、きょうくんのこと知らないなぁ。

 さっきの電話のことも――。


「きょうくん、私の部屋の隣でしょ?」

「うん、そうだよ」


「あのね、さっきね、聞こうと思って聞いた訳じゃなくて、聞こえてきたんだけど電話で……」


 聞かなかったことにしようと思っていた電話の話。彼の話し方がいつもと違って少し怖かったし、もしかして大変なことに巻き込まれているのではないかと思い、深呼吸してから訊いてみた。


「報復だとか、なんかそういうワード聞こえちゃったんだけど、気になっちゃって……」


「……いわゆる、裏社会でも動いてるんだ」

「裏社会……もしかして極道とか?」


 彼は静かに頷いた。


 彼から『裏社会』という言葉を聞くとは思っていなかった。『神月京介』とは一生無縁で遠い言葉だと思っていた。もちろん私とも無縁な別世界。


 動揺を隠しきれずに自分の目が泳いだ。

 彼は動揺を隠せない私の顔をじっと見つめてきた。


「全部嘘だよ。仕事で極道のドラマの歌作るからマネージャーからの電話の時、それっぽいセリフ言ってたんだ」


 声のトーンを上げ、彼はそう言った。


「そうなんだ、ちょっと驚いた」


 言葉を疑いながらも、私は彼の言葉に合わせた返事をした。


 こんなに長い期間離れていた。知らない部分も多くあるだろう。むしろ知らないところばかりだ。今彼が言った言葉も、嘘か本当か分からない。


 ふたりの間には壊せない頑丈な壁があって、彼の内面に触れることは出来ない。


「なんか、こうやって話してると懐かしい気持ちになるね」


「そうだな」


 話題を変えた。


「小さい頃ね、私が悪女って呼ばれてた時のこと覚えてる?」

「うん。覚えてる」


「あの時は、きょうくんに救われたなぁ」

「えっ? 自分に?」


 話してる途中にオーナーが「新しい豆のコーヒー、評判いいから飲んでみて?」と、温かいコーヒーをテーブルに置いて、キッチンに戻っていった。


「ありがとうございます」


 ひと口飲んでみる。今までのと味の違いは分からないけれどオーナーがいれてくれたコーヒーはいつも美味しい。


「私、周りに合わせられなくて冷たいでしょ? 見た目もなんか明らかに冷たい女って感じだし。だから今だに悪女みたいだなって言われたりもするんだ」


 きょうくんは真剣に話を聞いてくれている。


「きょうくんだけだよ? 本当は不器用なだけで優しいんだ、だから冷たいのは違うって完全否定してくれたの。きょうくんって、仕事でも沢山の人の心を救ってるよね。私もね、きょうくんのお陰でたまに自分は本当は冷たくないかも?とか思っちゃうもん」


「いやいや、本当にゆらちゃんは優しい子だよ。自分は救うよりも傷つけてる方が多い、かな」


「嘘だ」

「本当だよ」


 いったい彼は誰をどうやって傷つけているのだろうか。彼のファンは物凄く沢山いる。SNSでも彼の歌のおかげで生きてるだとか、救われただとか……。否定的な言葉をあんまりみない。


 彼と再会してから言葉を交わす度に、彼のことを知りたくなっていく自分がいる。


 コーヒーをもうひと口飲んで、深呼吸してから質問してみた。一番今気になっていること。


「きょうくんは、今、恋人や好きな人はいるの?」


 彼は、はっとした表情をしてこっちを見た。そしてゆっくり無言で頷いた。


 多分相手は芸能人だとか、私よりも魅力的で大人なひとだろう。


 誰なの?とか、一切質問の出来る隙間はなくて「そうなんだね」とだけ言った。


 外を見た。


 雪は相変わらず降り続いていて、勢いは増していた。


 ずっと降り続けていれば、ずっときょうくんと一緒にいられるのにな――。


 ずっと一緒にいたいから『ずっと降っていて』と、雪にお願いをした。だけどその願いは届かなかった。



***


 閉じ込められてから五日経つと雪は止み、帰れる状態になった。


 明日帰るから、彼とはもう一緒にいられなくなるんだ。離れることを考えるだけでドロドロとした底なし沼に気持ちが沈んでしまいそう。


 その日の夜、私は勇気を出して彼の部屋に行った。最後の日、何でもいいからゆっくりと話をしたくて。


 一瞬ドアの前でためらったけれどノックをした。するとお風呂からあがったばかりだと思われるパジャマ姿の彼がすぐに出てきた。髪の毛が少し濡れていて、いつもよりもドキッとした。


「どうしたの?」

「あの、ただなんとなく、最後の日だから話したいなって思って」


 彼の口元だけが微笑んだ。


「おいで」


 彼の部屋の中に入った。


 彼の部屋は荷物が多く、私よりも長く滞在しているのが分かる。


 ベッドに並んで座った。

 私は彼と目を合わせられなくて、足元を見ながら話した。


「今回きょうくんと会えて、色んな話が出来て、嬉しかった。ここにいる間、夢なのかな?って思った」


「自分も、嬉しかったよ」


「離れるのが寂しい。私ね……」


 彼を見つめた。首をかしげながら優しい眼差しで彼は私を見ている。その優しい眼差しは本当に昔から変わらない。


「昔ね、きょうくんのこと好きだったの」


 一緒にいられるのが最終日だからか、積極的な発言をしてしまった。だって、もう一生会えないかもしれないし――。


 そんな発言をしている自分にも驚いた。

 小さい頃からずっと隠していた気持ちだったから。


「……知ってた」


 彼の言葉を聞いて更に驚き、私の心臓が跳ね上がった。気づいていたなんて、一切思っていなかったから。いつどこでどうやって気づかれたのだろうと気になるけれど、それよりもこの流れで今の気持ちも伝えたくなった。


「そうなんだ。あのね、今も……」


 伝えようとすると、息苦しくなってきて言葉が詰まる。彼を見つめている自分の瞳が濡れてきているのが分かる。ずっと沈めていた恋心を直接彼にぶつけようとしていたから。


 たったの二文字なのに、その言葉がなかなか言えなくて、でも彼はじっと待っていてくれている。


「好き」


 息を吐くように、言葉をお腹の底から吐き出した。


「一年後のこの日、身の回りを整理してまたここに来る。その時に改めて自分の今までの、ゆらちゃんへの気持ちも伝えたい。だからゆらちゃんも、その時まだ気持ちが残っていたら、ここに来てほしい」


 そう言った彼は私に優しくキスをした。

 初めて女の扱いをしてくれて、嬉しかった。


 身の回りの整理……嘘だよって言っていたけれど、極道の世界に関わっていてそこから抜けるってことなのかな。一度染まってしまったらその世界から抜けるのはかなり難しいって話も聞くけど。それとも、演歌歌手の引退のこと?


 一年後、彼はここに来てくれないかもしれない。でも、来てくれる可能性があるのならば。


「うん、分かった」


 私は何が起きても、絶対にここに来たい。


***


一年後


 彼と再会してから一年が過ぎた。

 今日は約束の日。


 はたして、彼はペンションに来てくれるのだろうか。もう一度、会えるのだろうか。


 外に出た。雪は降ってなく晴れていた。


 去年の、彼との別れ際の時間を思い出す。彼の背景には太陽があった。とても彼に似合っていた。


「きょうくんの歌、生きる支えになってるよ! 応援してるから」って言ったら、ファンに見せるような完璧な笑顔をくれた。


 やっぱり自分がいる世界とは違う別世界にいる人だと思った。そんなことを思い出していると、彼は来ないんじゃないかな?って思えてくる。


 今年も一応スキー道具を車に積んで目的地のペンションに向かう。

 

 ペンションに向かう途中にあった駅の駐車場で休憩をした。その時ふと頭の中に、彼が作詞したデビュー曲が流れてきたから、スマホで彼の曲を検索して流してみた。


 題名は『千日紅』。


 千日紅ってなんだろうと思い、曲が終わった後、ネットで調べてみた。


 ぽんぽんとした可愛らしい花らしい。花言葉は、永遠の愛や色あせない恋だった。自分の、彼への気持ちにピッタリだった。


 去年再会して、改めて私はずっと長い間彼のことが好きだったのだと実感した。花言葉のように色あせず。


 彼は引退したいと言いながらも、半年後には復活し、相変わらず爽やかなイケオジ演歌歌手として、活動していた。


 現在知っている彼の状況はそれだけ。


 連絡先はあえて交換しなかったし、彼のプライベートは一切知らない。普段何をしているのかはすごく気になる。


 ペンションに着いた。


 彼がいるかなと緊張しながらペンションのドアを開けた。開けるとオーナーが「いらっしゃい」と声をかけてきた。


「こんにちは、オーナー。今日他のお客さんはいないんですか?」


「あぁ、来ているよ」


 オーナーがそう言った時、スーツ姿の彼が階段からおりてきた。


「ゆらちゃん、久しぶり」

「きょうくん……」


 一年ぶりの再会。

 約束通りに来てくれたんだ。


 相変わらず恰好良かった。

 姿を見ただけで私の心臓がうるさくなる。


「ゆらちゃん、来てくれたんだね。ありがとう」

「こっちこそ、ありがとう」

「ゆらちゃん、ちょっと休んだら部屋で話さない?」


 私は二階の泊まる部屋に荷物を置き、コートを脱ぐと、深呼吸だけして休まずに彼の部屋に行った。


 彼と目が合うと、微笑んでくれた。

 去年みたいにベッドの上にふたりで座る。


「ゆらちゃん、元気だった?」

「うん」


 座ってるふたりの距離が去年よりも微妙に近い気がして、それを意識したら鼓動が更に早くなってきた。


「去年言ってた、身の回りの整理済んだよ」

「その身の回りの整理って何かな?って気になってたんだけど……」

「身の回りの整理っていうか、まずはこれあげる」


 彼は鞄から瓶をひとつ取り出し、私の手の上に乗せた。小さな丸い小瓶の中にピンク系のぽんぽんとした可愛い花が入っていて、オイルに漬けられていた。


「これって千日紅?」

「そう、千日紅のハーバリウム」

「可愛いね」

「可愛いよね。ゆらちゃんの雰囲気に似てるなって思って。そしてね、自分の、ゆらちゃんへの気持ち」

「気持ち……もしかして花言葉?」

「そう、花言葉。知ってるの?」

「うん、実は偶然さっき調べた」


 花言葉は、永遠の愛や色あせない恋。


 ちょっと間があいてから、彼は照れくさそうにはにかみながら言った。


「ずっと、ゆらちゃんに対してそうだったから」


「ずっと?」

「うん、ずっと。だから去年告白してくれた時、すごく嬉しかった。けど、こんなに年が離れてるし。頑張ってゆらちゃんと釣り合うように若返った」


 彼は一年間、見た目が少しでも若くなるように美顔器や顔の体操、そしていつもしているトレーニングの量も更に増やし、とにかく頑張ったらしい。そんなことしなくてもイケオジすぎるし、むしろ私が頑張らないと彼と釣り合わないのに。


 向上心が高い人ってひたすら上を目指していて、すごい。きっと彼は、やると決めたらとことん終わりなき上を目指すタイプだろう。


 だから今も空にいるような存在で。

 でも少しだけ、近づけた気もする。


「じゃあ、そのための一年間だったの? 極道は?」


「極道? ドラマの主題歌のこと? そろそろドラマの告知が始まると思う」


 そっちの世界にいる訳じゃなかったんだ。

 すごい勘違いをしていた。


「あと、一年間ってのはこれから活動をどうするのかも、告白するまでにはっきりと決めたくて。でもゆらちゃんが去年の帰り際に『生きる支えになってる』って歌のこと言ってくれたから、続けることにした。ありがとう」


 続けて彼は言った。


「ゆらちゃん、こんな年の離れたおじさんでもいいなら、付き合ってほしい」


 ――もちろんです。


 私は「はい」と笑顔で頷いた。


***


 こうして私の長い片思いは終わり、初恋の人『神月 京介』と、お付き合いを始めた。そして地元を離れ、彼と同棲も始めた。


 ずっとただのファンだったけれど、これからはファンであり、恋人だ。


 彼は自分のことを『こんなおじさん』と何回も何故か申し訳なさそうに言っているけれど。私から見たら、とても頼りになって恰好いい、世界一大好きなイケオジだ。




 吹雪の日はいつも怖かった。


 だけどそのお陰できょうくんと一緒にいられて。その時は雪に感謝していた。


 降っても降らなくても今はもう関係なく彼と一緒にいられる。


 吹雪でペンションに閉じ込められた日。

 あの日がなければ私たちは一緒になれなかったかもしれない。


 好きな気持ちをぶつけられずに、恋心を永遠に沈めたままで。

 今こうして一緒にいられるのは奇跡だ。


 彼と散歩をしている時、思い切り手を伸ばせば届きそうな距離に雲があるように見えた。


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― 新着の感想 ―
演歌歌手となった京介への想いを胸に秘めている流れであったり、ペンションでの偶然の再会など、二十八歳の女性だからこその由良の主観で描写されており感情移入して読み進めることができました。 また、由良がどう…
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