第39話:薔薇とお嬢様、シャワー室にて
セノンとノエールが2人3脚で接客を続け、目まぐるしい業務も終了、夜がやってきた。
夕食前の『離れ』には、アタシことローゼリアとノエールちゃんがいた。
「今日は大活躍だったらしいじゃない。ノエールちゃんもやるわね」
「い、いえ! わたくしは1日を乗り越えるのに精一杯で、お客様にもご迷惑をおかけしてしまいましたわ……」
悔しそうに項垂れた黄金色の頭髪を優しく撫でる。
細くて柔らかい髪、いつまでも触っていたい、と思った。
「最初はそんなものよ。アタシも今日は薬草の苗をひとつダメにしちゃったし。はい、ここがシャワー室よ」
アタシは扉の前に立つと、「お先にどうぞ、お嬢様」と言って、執事がやるようなお辞儀をする。
その間に夕食を作ろうかな、と踵を返すとノエールちゃんに呼び止められた。
「ローゼリアさん、そ、その……宜しければご一緒して頂けませんか?」
それはどういう意味だろう、と一瞬の間を挟んでから、シャワーに誘われているのだと理解する。
ノエールちゃんの上目遣い、つぶらな瞳。
同姓のアタシでさえ思わずウットリしてしまう。
アタシは逡巡した。
苦い思い出が脳内を駆け巡り、胸に溜め込んでいた不安が、粘り気のある泥のようにアタシの心に纏わり付く。
嫌だな、怖いな、と感じながらも、目の前に立つ少女ならば大丈夫ではないか、と淡い期待を抱いた。
「ふふっ、良いわよ。ノエールちゃんも意外と大胆なのね」
笑顔を取り繕っておどけて見せると、ノエールちゃんは嬉しそうにしていた。
その明るさが眩しくて、アタシは目を細めた。
シャワー室前、脱衣スペースに布の擦れる音だけが響く。
アタシはいつも通り、タイツから脱ぎ始め、スカート、タイトニット、下着の順で身体をくぐらせ、素肌を曝け出していった。
途中、ちらっと横を見ると、息を呑んでしまうほどに白く瑞々しい裸体があった。
「発育途中」という文字が頭に浮かび、アタシもあんな時代があったな、と懐かしく思う。
そちらから誘っていたくせに、真っ赤になっている耳も実に可愛らしかった。
「ふう……着替え終わりましたわ……あ──」
アタシの方を振り返って、言葉を洩らしたノエールちゃん。
やってしまった、という焦りと罪悪感が顔に張り付いているようだった。
アタシは苦しくなって、無理やり肺に空気を取り込んだ。
呼吸も、動揺も、鼓動も気付かれないように、平静を保つ努力をする。
いつもと同じ。
約8年の歳月でアタシは取り繕うのが得意になっていた。
そう思っていたのに──
「こら、あんまりレディの身体を……ごめんね、見苦しいよね」
一度はいつもの調子で話し出したものの、声の震えが抑えられなくなり、ついに本心を呟いてしまった。
アタシの身体には多くの傷跡が残っている。
両方の二の腕、右の脇腹、左胸には縫い跡があり、背中の肩甲骨あたりには火傷痕があったはずだ。
幼少の頃に虐待された、とかではない。
約8年間、人を殺し続けた代償だった。
彼と過ごした年月を後悔したことは無い。
悪党退治の日々は、少しばかりの悲しみと切なさを除けば悪くないものだったと思う。
ただ、醜い傷跡を人に見せる機会が訪れるとは思っておらず、その上、相手がお嬢様を地で行くような少女だった為、怖くなった。
たかだか傷、そんな事は分かっている。
でも、アタシにとっては初めての経験だ。
せっかく頼りにされていたのに、弱みを曝け出すようで、失望されてしまいそうで怖い。
本当のアタシはどうしようもない弱虫だ。
ノエールちゃんが近付いてくる。
アタシは身構えてしまう。
「見苦しくなどありませんわ。先程は声を上げてしまい申し訳ありませんでした」
そう言って、ノエールちゃんは脇腹の傷に手を回してから、アタシの足と足の間に一歩踏み出してきた。
素肌同士が触れ合う。
恐怖で敏感になっていた身体が一瞬跳ねた。
「アタシね、昔はたくさん戦っててさ、嫌なこともいっぱいして……ただの看板娘じゃないの……嫌になったでしょ……?」
「いいえ、むしろ一層憧れます。戦士の傷は決して恥ではありませんから。それに、ローゼリアさんは出会った頃からずっと美しいですわ」
アタシは安堵感から涙を流しそうになる。
それを誤魔化す為に、ノエールちゃんに抱きついた。
柔らかい感触を身体いっぱいに感じて、温もりに身を委ねる。
(これじゃアタシの方が子供みたいね……でも、人の温かさなんて久し振り)
胸に渦巻いていた不安はどこかへ行ってしまったようだ。
ノエールちゃんは相変わらず眩しかったけど、その光も今は心地良かった。
しばらく少女の柔肌を堪能した後、「ありがとう、入ろっか」と感謝を伝えてからシャワー室に入る。
洗いっこしよう、という話になった、というか強引に話を進めて、アタシはまたノエールちゃんの身体を楽しんでいた。
(ホントにすべすべ……指がトロけてしまうみたい)
世の男子は堪らんだろうな、と優越感に浸る。
少し遅れて、いや、ノエールちゃんは誰にも渡さんぞ、と誰に向けてでもなく怒った。
ノエールちゃんと他愛もない雑談を交わす。
傷跡に関して何か聞かれると思っていたが、気を遣ってくれたのか話題には上がらなかった。
ふと会話が途切れたのを見計らって、アタシは少しからかってやろうか、と小ぶりな胸に手を伸ばそうとしたが──
「その……あの方とはお付き合いされているのですか?」
──と聞かれた。
驚いて見下ろしてみれば、ノエールちゃんは恥ずかしそうに俯いている。
彼女の心臓の鼓動は信じられないほど早くなっていた。
耳だけでなく、うぶ毛すら見当たらない綺麗なうなじまでもが赤く染まっていた。
アタシは分かっているのに「『あの方』って?」ととぼける。
すると、消え入りそうな声で「セノンさんのことです」と返ってきた。
これはマズイぞ、とアタシは眉をひそめた。
何がどうマズいのかは自分でも説明がつかない。
「アイツとはそういう関係じゃないわよ」
「……そうなのですね。わたくしはてっきり恋し合っているものだとばかり……ということは、その、ローゼリアさんからは恋愛感情を抱いていないのですね?」
アタシの脳みそは高速で回転し始めた。
今度はアタシの心臓が早鐘を打つ番だ。
こりゃ人生で1番動揺してるぞ、と唇を舐めてから、いや、そうでもないか、と思い直した。
最高記録は【瞬間転移】のシュンヤを倒した日に違いない。
あの日、確かにアタシは告白をしようとしていた。
ついに結ばれるのだ、ようやく暗いトンネルを抜けるのだ、と心を躍らせていた。
しかし、それは叶わなかった。
シュンヤを倒したら相棒が姿を消して、そして、また再会して。
今はなぜか道具屋の看板娘になっている。
リベンジの機会なら何回かあったと思う。
でも、アタシはそんな気すら起きていなかった。
「……アタシってさ意外と心配性というか……無茶な賭けはしないタイプなの。アイツにも時々『弱気になってるぞ』とか言われたりして。だからさ」
だから、何だ。
次に繋がる言葉が見つからない。
押しつぶされてしまいそうな沈黙がやってくる。
やがて口を開いたのはノエールちゃんだった。
「わたくしは確認しておきたかったのです。他人の恋路を邪魔するような不届き者にはなるな、とお姉様に言われておりましたので」
ああ、と息を吐く。
それはどういう意味なのか、聞くまでもない。
目の前が真っ暗になったような気がした。
暗澹たる心境の中、今朝のノエールちゃんとアイツの顔が思い浮かんで、アタシは更に深く沈んでいく。
(アイツ、随分と嬉しそうだったわね……あんな表情見たことないもん)
枯れかけていた蕾が、ポロッと地面に落ちた。
「アタシ、応援してるわよ」
何とか言葉を絞り出す。
ノエールちゃんは、「そうではありません」、「魔力の使い方を」などと弁明していたが、アタシの耳には届かなかった。
アタシは頬に伝うシャワーの水を乱暴に拭った。
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