呪われ巫女の嫁入り ~鬼の元に追いやられた娘は、幸せを見つける~ 中
氷龍の父である先代は、邪気の研究に力を入れていた。
怪異側の鬼は、人間よりも長い寿命や強靱な肉体と精神を持つ。とはいえ、彼らでも邪気を制御できない。増えすぎた邪気によって鬼も苦痛を受け、命を落とした者も多い。
先代は何とかして、邪気との上手い関わり方を模索していた。邪気というのは、自然現象で発生するモノ。朝の後に来る夜のように、完全に消し去ることは不可能なのだ。
そこで邪気がもたらす苦痛をどうにかして減らせないかと、先代は拠点にて研究を続けた。邪気に含まれる力、邪気の作られ方、邪気の性質、邪気を抑える方法、様々な角度から調べ続けた。
そして研究の末、雪隠組の治める地の空気により、邪気が持つ苦痛を抑える可能性を発見。そして本来は空気中を漂う邪気に形を与え、保管することにも成功したのだ。増えすぎた邪気をこの地で処理して、なるべく無害にした上で自然に返す循環を目指していた。
しかし邪気と苦労で蝕まれた体は限界となり、先代は重病に倒れ、帰らぬ者となってしまう。父が目指したモノは、これからの人間と鬼、双方の平穏の上で必要になってくるはず。その思いで氷龍は、父の研究を継いだ。
「邪気は消滅させるのが手っ取り早いが、それは祓う者に重い負担となる。たった1度の祓いでも、命を落とす巫女もいるというのに。あたかも小娘を平気で使い捨てることに、俺は理解できんな」
場所変わり、居住する屋敷の居間。お茶菓子をつまみつつ話す氷龍に、命はお茶を飲みながら話を聞いていた。
多くの人間は鬼を嫌悪しているというのに。氷龍は鬼だけでなく、人間も心配していたのだ。こんなに必死になる者を、命は初めて見た。同時に、強く惹かれた。
「邪気を祓うより、邪気そのものに処置を加える方が、当事者の負担は軽くなるはず。とはいえこの地に集めるのは、手間も時間もかかる。現地で浄化する方法も必要だ。
だが、現地で邪気を集めるのは途方もない作業だ。そもそも、自然の邪気は気体なのだからな」
「そこで・・・邪気を引き寄せる私の力が、使えるかもしれないと」
氷龍は頷いた。少し申し訳なさそうで、それでも優しげに。まさか嫌悪されていた力が、こんな風に求められるとは驚きだ。
「勿論、それは命の負担となるだろう。引き寄せた邪気で、苦しむことだって考えられる。無理強いはさせない、強制もしない」
「構いません。私はどういうわけか、引き寄せた邪気の影響は受けないので。むしろお役に立てて光栄です」
元々は、ここに追いやられただけ。少しでも役に立てるならと、命は氷龍の頼みを受けたのだった。
○
後日、2人は雪隠組の拠点から近い、とある森に足を踏み入れた。ここは一応雪隠組の領地だが、一定の採集や狩りを認めており、それなりの人間が訪れている。氷龍はよくここで邪気を集めているという。
冬が近いため、やはり木枯らしが強い。命は氷龍からもらった外套を羽織っているため、あの頃よりかは寒さを凌げている。
氷龍の懐には、色つきの氷のような玉があった。湯気のように光が出ており、その綺麗な見た目に、命は少し目を奪われる。
「これが雪隠組の空気だ。気体を塊にしたから、浄化効能が凝縮されてるはず」
「綺麗ですね、見ていると安心します」
「本当か。夜なべで作った甲斐があった」
思わず出た言葉でも、氷龍は応えてくれる。これほど嬉しいことはない。そんな風に他愛なく話していると、遠くから誰かの声がする。
「だ、大丈夫か婆っちゃ!?」
同時に聞こえた、咳き込む声。その方に向かうと、キノコ狩りをする男性と老婆の姿が。「ど、どうなさいました!?」と、命が真っ先に駆け込んでいく。
どうやら山に入ってここに来た瞬間、老婆の体調が悪くなったという。男も少し顔色が悪い。ここだけ何故か、異様に空気が悪いようだ。命の周囲にも、邪気らしき重い空気が集まってくる。
「これは・・・おそらく、ここだけ邪気が多く漂っているな。山の中の均衡が崩れている」
突然目の前に現れた鬼に、男はひぃい!!と恐怖を露わにした。命が慌てて、危害を加えるつもりはないと説明する。
「命の周りに、どんどん邪気が集まっているな・・・。俺達から少し離れてほしい」
氷龍の姿におっかなびっくりしながらも、親子は素直に動いてくれた。ここまで多い邪気は久しぶりだ、氷龍は大丈夫だろうか。彼は少しキツそうな表情をしつつも、命の隣に立ち、懐の玉を取り出した。周辺の邪気に反応しているのか、カタカタと小さく震えている。
「空気のあちこちに邪気がありますね。一気に集めないと・・・」
命がグッと力を込めると、邪気が一斉に彼女に集まってくる。密度は濃くなっていき、隣にいた氷龍も少し苦しそうだ。それでも「いいぞ、続けてくれ」という彼の言葉を信じ、命は必死に邪気を引き寄せていく。
氷龍は邪気の塊に対し、浄化効能のある玉を押し当てていく。バキバキとぶつかり合う音が聞こえ、命はドンドン不安になる。しかし流石は鬼、普通の人なら耐えられない邪気にも、少し汗をかく程度で打ち勝った。
やがて空気の邪気が無害になり、フワフワと光が昇っていく。親子もすっかり体調が改善したようだ。
「ありがてぇありがてぇ、アンタら良い奴だな」
「鬼も優しいきゃっつらがおるんやがさ。感謝するさぁ」
親子は氷龍と命に何度も感謝の言葉を告げ、やがてチョコチョコと帰路につくのだった。
「・・・うん、とりあえずは成功だ。とはいえ、もっと短時間で多く浄化した方が、互いに負担は少ないだろう。まだまだ改善の余地があるな」
「それにしても、凄い力です。邪気を吸い寄せていた私が言うのも何ですが、邪気を浄化できるなんて。氷龍様がいたから、こうして人を救えました」
どうせなら、その力を持っていれば良かった。邪気を引き寄せる力なんて、何故持ってしまったのだろう。誰かを苦しめることに変わりないのに・・・。そんな風に羨んでしまうと、氷龍は「命のおかげでもあるさ」と褒めてくれた。
「俺1人じゃ邪気を集められないし、何より俺の話に協力してくれたじゃないか。それが一番嬉しかったんだ。俺は命と出会えて良かった」
「・・・あ、ありがとう、ございます」
初めて褒められた、初めて認めてくれた。呪われ巫女と呼ばれ、毛嫌いされていたというのに。彼の優しさに触れ、思わず涙腺が緩んでしまう。
氷龍は慌てつつも、優しく微笑み、そっと涙を拭うのだった。
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それから命は、雪隠組での生活を過ごしていた。
正式には嫁ではないが、自分を受け入れてくれた氷龍のためと、様々な家事に取り組んでいた。実家ではほぼ下働きだったため、それなりに家事は出来るのが幸いした。
氷龍は褒め上手だった。毎日の料理も「美味しい」と言ってくれ、掃除や洗濯にも「ありがとう」「手伝おうか?」と声をかけてくれる。共に家事をするカドも「命様を気に入ってなさってますね」と嬉しそうだ。
そして時々、2人で邪気が増えすぎていると言われる場所へ向かい、邪気の浄化に取り組んだ。あくまで中心は氷龍、自分は手助け。命は彼の付き人として、ひっそり佇むように努めた。
次第に邪気の浄化に努める鬼の話は話題になり、様々な人里に広がっていく。最初はおっかなびっくりだった人々も、今や氷龍をすっかり受け入れている。そして巫女によって邪気を祓う組織も彼に注目し、邪気の浄化方法について共に調べてくれるようになった。
当然、その評判は一の里に・・・自然に、尼ヶ崎家にも伝わってくる。
「なるほど、雪隠組の頭がそこまで輝いているのか」
「氷龍という鬼は、なかなかの美貌と采配を持っていますよ。娘もどうして婚約を蹴ったのだと、嘆くほどで」
「逃がした魚は大きかった、というわけか。ならば・・・こういうのはどうだ?」
彼らは1通の手紙を、雪隠組の元に送りつけた。
差出人の尼ヶ崎市助を見て、「い、市助様ですか」と命は戸惑っていた。かつては自分を座敷牢に押し込めて、ここに追いやった張本人。とはいえ、氷龍と出会えて幸せに過ごしている現在、多少は感謝している。
「尼ヶ崎家と繋がりのある一の里で、邪気が増えているそうで。浄化についてお話を伺いたいとのこと。命様と尼ヶ崎家の屋敷にお越しください、とあります」
カドが読んだ内容に、「一の里か」と氷龍は一瞬怪訝な顔をした。何せ里の長は、罪のない子鬼を傷付けた。その上、向こうから娘を嫁に出すと言ったのに、それを破り何も知らない娘を無理矢理出したのだ。色々、信用を失っている。
「ど、どうします?お断りのお返事をされますか」
「いや、行こう。彼らが邪気の浄化に取り組めば、里の人々もより良い生活を送れるだろう」
そうは言ったが、氷龍の顔は険しい。心配になってくる命だが、彼の言葉を信じて「分かりました」と返答するのだった。
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「下」は明日中には投稿する予定です(時間は未定です)。




