竜使いの娘（２）
ヒノキ村の端、ケヤキ村寄りの森に、〈コモレビの滝〉という場所がある。晴れた日には、木々の間から木漏れ日が差し込み、とても幻想的になるのだ。
また、非常に細い激流で、水飛沫が絶え間無く、ものすごく舞っている。
そのすぐ隣には、長い年月をかけて自然に削られた、大岩の小さな天然の温泉がある。
仕事が休みで、悪天候でなければ、トーコは温泉に入りに来ている。
広い山道から、獣道のようなせいびされてない長い激坂を登らないと、温泉には辿り着けないため、女性や高齢の者なら自力では厳しいだろう。
だが、空中から行き来できる竜の背から降りれば、全く問題は無い。
温泉の周りは、楽々エドガーが丸まって休めるくらい、広々と開けた場所がある。
ある快晴の日、トーコが朝食を取った後のことだ。エドガーは、温泉の横の平らの大岩の上にトーコを降ろすと、豪快に欠伸をした。
「ああぁ〜。極楽、極楽っ♪」
「婆婆臭いぞ、トーコ……」
岩の湯船に背中を付けて、ボーッと遠くを眺めているトーコに向かって、エドガーは溜め息をついた。
「解せぬぞ、全く……。年頃の若い娘が、外が明るい時、のうのうと全裸でおると、賊に襲われるかもしれんぞっ」
「あはは。何言ってるの、エドガー？ こ〜んな奇妙な髪色の奴っ、むしろ避けられる対象だって！」
そのように、トーコが温泉を満喫している背後で、トーコたちの会話を聞いている人物が居た。
すぐ近くではないが、長身でガタイが良さそうな青年が、後ろ向きで木にもたれて、こっそりと静かに様子を見ているようだ。
（獰猛で、巨大な竜を手懐けるなんて、ホントに大した奴だな……）
青年は、そう心の中で呟いた後、ゆっくりと広い山道の方向に、一歩踏み出そうとした。
（……戻るか）
その時、エドガーは青年の気配に気が付いた。
「誰だ、其処に居るのはっ！？ 覗きをしに来たのなら、許さぬぞっ！」
「んな悪趣味、ねーよ」
青年は、エドガーに向かって、続けて言葉を発した。
「この角度と距離じゃ、覗きなんて無理だしな」
「……本当に、覗きでは無いのだな？」
エドガーは青年を睨むと、小さく唸り声を出した。
「エドガー、落ち着いてっ！ ケンカふっかけちゃ、ダメだよっ！ そろそろ服着るしね。……温泉に入りに来た方ですよね？」
「そんな感じだ」
「ごめんなさい。もうすぐ行くので、どうぞーっ！」
その直後、トーコを乗せたエドガーは空に向かい、北の方角に飛び去っていったのだった。
