今日も今日とて
「よう、ムノー! 今日の仕事もしっかり頼むぜ!」
顔見知りの冒険者が、追い抜きざま肩を叩いていった。何か言い返す暇もない。
「頼むぜ、ムノー! トドメは任せとけ!」
こいつは、たしかこの前、俺が仕留め損ねたやつにトドメ刺してくれたんだったか。あん時は助かったな。
「ああ、よろしく頼む」
「ムノーさん、頑張ってくださいね!」
10代半ばくらいの少女3人組のパーティーが、何かに期待してるような目で言ってくる。
多分、初めて会った相手だと思うが、こんな子にも噂が流れてんのか。
「おー、頑張るからフォローよろしくな」
「はい! 金星挙げるチャンスですから! 私達…」「ちょっと、ダメだって! 言われたでしょ」
「あ、そうか。
とにかく、よろしくお願いします!」
礼儀正しく頭を下げた少女達だが、何を言おうとして、なんで仲間が止めたのか、わかっちまうのが悲しいな。
俺の悪名は、そんなに轟いてんのか。
森に向かう馬車に載っても、誰も近くには座らない。そんなに広いわけでもないのにだ。
幌付きの馬車に十数人が押し込まれてる状態なのに、俺の周りだけ人1人分の隙間が空いてる。
いつもそうだ。
だから、俺はいつも一番奥の角に座るようにしてる。
俺達はこれから、3台の馬車に分乗して、オークが大発生した森に向かう。
森で大発生したオークの群れが街に向かってくるんじゃないかってことで、緊急依頼が出されたからだ。
危険度はB。S A B C Dの5段階の真ん中だ。
普通の大発生なら危険度Cくらいだから、上位種が混じってるんだろう。
森に着くまで、目を瞑って休んでおく。目を瞑っていても、周囲の視線が突き刺さってるのがわかる。
さっきの少女パーティーも同じ馬車にいた。俺の対角で、時々こっちを見ながら、何か言い合ってる。
まぁ、いつもの光景だ。
俺は、この街では数少ない魔法使いだ。
16で冒険者になって13年、もうじき30になる。
ランクも、10級から始めてもうじき7級に届きそうと言われながら足踏みしてる。
理由は簡単、俺が役立たずだからだ。
今向かってる森は、この街から馬車で半日ほどのところにあって、年に1回くらい、何かの魔物が大量発生する。
あいにくと倒してもさほどのうまみはないが、どういうわけか必ず街に向かってくるから、ギルドから緊急招集が掛かることになる。
強制依頼だから報酬はあんま高くないが、俺は毎回出てる。確実に稼げるからな。
正直、俺の魔法はショボい。
どういうわけか俺は範囲攻撃魔法しか使えないから、採取系とか単発の魔物討伐には向いてない。
おまけに、パーティーを組もうにも、誰も組んでくれないときた。
ゴブリン相手にも一撃必殺にならない魔法じゃ、組む気にもならないってことらしい。
この手の討伐でも、俺以外の魔法使い達は自力で魔物を倒せるのに、俺は3発撃っても1匹も倒せず、剣士とかほかの連中の補助にしかならない。
それでも広範囲に攻撃できる魔法は使い途がある。適度に魔物を弱らせるのが俺の役目みたいなもんだ。
さっきの少女パーティーも、ここで大物を倒して名を挙げようってつもりなんだろう。
噛ませ犬もいいところだが、やっぱり確実に収入があるのは捨てがたいからな。
朝早く街を出て、森の前の草原に陣を張る。
森を囲うように剣士や槍士が並び、その後ろに魔法使いが立つ。
「見えたぞ!」
誰かの声がする。
森から、土煙を上げながらオークの群れが飛び出してきた。
まずは先制だ。
十分引きつけてから、炎の海を放つ。
ショボい俺の魔法でも、足止めには役立つ。
俺の先制攻撃を合図に、矢が放たれ、続いて剣士達が突っ込んでいく。
もう一発、今度は閃熱を放つ。こいつは、範囲内の敵に高熱の光をぶつける魔法だ。
駆けていく剣士達を追い越すように、光がオークどもを飲み込む。味方に影響がないのは、俺の魔法の唯一の長所だ。
剣士達がオークどもと戦い始めたところで、もう一発。これで魔力が尽きた。
魔力がほぼすっからかんになった俺は、もう何もできない。
周りの魔法使い達は、「後は任せろ!」なんて勇ましいことを言って、魔法の矢をバンバン撃ってるのに。
多分、もう一発閃熱を放てれば俺の魔法でも倒せるんだろうが、俺の魔力じゃでかい魔法は三発が限度だ。これじゃ、役立たず扱いも仕方ない。
他の魔法使い達は、一撃で1匹ずつ仕留めてるっていうのに。
俺も、そうやって魔法でバンバンやっつけたかった。
指をくわえてそんな光景を眺めながら、俺は野営の準備をする。
オークどもを殲滅した後は、ここで夜を明かすからだ。なにせ街に帰るにも時間が掛かるから、今日はもう戻れない。
天幕を張ったり、メシの準備をしたり、魔力が空の俺でもやれることがある。
戦いで役に立てない以上、こういうところで手を抜くと、報酬に響くからな。
毎度毎度、俺は何しに来てるんだろうと自己嫌悪に陥りながら、メシを作る。
「今日もムノーは大活躍だったな!
勝利の後のメシは、また格別だよなあ、おい!」
背中をバンバン叩かれながら、メシのデキを褒め称えられた。
褒められて嫌なわけじゃないが、どうせなら戦闘で褒められたかったよ。
「ムノーさん、噂には聞いてましたけど、すっごいです!」
朝、声を掛けてきてくれた3人組パーティーの少女が声を掛けてきた。
手にはスープを入れた容器を持っている。
「あの、私達のパーティーに…その……、え、あ…、いえ、なんでもないです…」
「え、ちょ…」
多分、メシ作るのが上手いからパーティーに入らないかみたいなことを言おうとした子が、途中で仲間の子から肘で小突かれて口をつぐみ、気まずそうに行ってしまった。
呼び止める間もなかった。
時々いるんだよな。俺のメシが気に入って、勧誘しようとして、仲間に反対されてやめるのが。
今回も、仲間の子に肘で小突かれてやめてたもんな。
まぁ、メシが美味いのは大切だが、もっと大切なのは戦力になるかどうかだ。まして、女の子3人のパーティーに俺みたいなおじさんが入るのは嫌だよな。
ま、今回もそれなりに稼がせてもらえるだろうし、その辺が分相応だろうよ。
街に戻り、ギルドから報酬を受け取る。
これで懐が温かくなった。自然と足取りも軽くなる。
「よお、ムノー! 次も頼むぜ!」
山ほどオークを倒してたっぷり報酬を貰った男が酒を片手に声を掛けてくる。
俺は右手を軽く挙げて応え、ギルドを後にした。