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アポロの作品

いい人

作者: SSの会

 昨日のことだ。私の前を歩いていたが老人が財布を落とした。拾ってと届けると老人はとても礼儀正しい振る舞いで「ありがとうございます。あなたはとてもいい人です」と言った。

 本当のところ、少しではあるが欲が沸いた。だけど財布を拾った瞬間、誰からに見られている気がした。辺りを見回してもこちらを見ている人はいないが、老人に財布を返さずにはいられなかった。誰かにみられているかもしれない。そんな私の臆病な気持ちが騒ぎ出したのだ。

 私はいい人何かじゃない……。罪悪感だけが残った。

 そんな事があって今日。とてもじゃないが晴れ晴れとした気分ではいられず、私の気分予報は曇り。今日は休日なのに最悪だ。

 気分転換に私は外で昼飯でも食べようとアパートを出た。

 アパートから駅方面に数分歩くと、昨日の老人の財布を拾った道に出た。私は思わず歩みを止める。

 現場についただけあり、昨日の事を思い出したくなくても鮮明に思い出してしまう。財布を拾った時にふっと湧いて出た欲、誰かに見られているかもしれないと思ってしまう臆病さ、そしてあの老人の礼儀正し振る舞い。考えない様にしようとしても、目に入る全てがその出来事を連想させ、脳内劇場で映像が強制的に上映される。

 映像は消そうと思っても消えない。それは椅子に括りつけられ、目を瞑る事のできない状態で映像を見せられている感じ。私の苦手なスプラッター映画を観ている時と同じだ。

 体がとてもだるい。何も考えず寝でしまいたい気分だ。

 拷問じみた映像を頭の中で流し、駅に向かって再び歩きだそうとすると私の携帯が鳴る。

 携帯の画面を見ると知らない番号からの着信。基本的に知らない番号からの電話には出ないのだが、今は誰でもいいから喋って意識をそっちに持っていきたい。私は電話に出る。

「はい、もしも――」

「頼む! 助けてくれ!」

 私の言葉を遮り、男の叫びの様な大声が鼓膜に衝撃を与える。あまりの衝撃に携帯を耳から離す。何を言ってるか聴き取れないが、携帯から少し距離を開けても男の声は聴こえるほどの大声。私は男を制止するかの様に携帯を耳に当て言う。

「あんたは誰なんだ!? 俺の知ってる人か!?」男の声はすぐに返ってくる。

「し、知らない! 俺とお前は、お、お互いに!」

「ひとまず落ち着いてくれ!」

 男は深呼吸をしたのち、少し落ち着きを取り戻して自分の状況を語り出した。男は山道にある小屋に閉じ込められて身動きが取れないらしい。携帯で助けを呼ぼうにも友人や家族とは連絡が取れず、携帯の電池が切れる寸前に適当な番号に連絡して運良く私の携帯に繋がった、との事。男は訊いてもいないのに小屋の場所まで正確に話してくれた。

 話を聴いて私は一つ疑問に思う。男は一番最初に連絡すべき所に連絡していないんじゃないか。私は男に訊く。

「警察には連絡した?」

 私の言葉に男から直ぐには返答はなく、少しの間が空く。

「警察には……言えないんだ」

 男は先ほどとは打って変わって落ち着いた口調で言う。動揺した様子も一切感じられず、この男の変わり様はまるで演技でもしているのかの様だ。もしかしてこれはイタズラか? それとも何かしらの罠か?

 本当に助けを求めるなら、真っ先に連絡するのは警察だ。警察に連絡できないって事は訳あり。ヤバい物でも持っているのか、何かしら事件性のある事なのか。だとしたら巻き込まれるのは御免だ。

 だいたいこんな電話、受けたらイタズラだと思うものだ。私の精神状態が少し芳しくないばかりに、無駄に話を聴いてしまった。……だが、少し気が紛れた。

 彼には悪いが助けには行かない。イタズラかも知れないし、本当かも知れない。私の予想割合は九対一でイタズラである。だから助けには行かない。と思っているのだが、私は残りの一割を捨てきれずにいる。

 万が一、この如何にも怪しい男の話が本当だったらと疑念が過ぎる。

 良くない妄想が脳内劇場で上映を始める。私は男を助けに行かず、後にテレビのニュースで彼の遺体が発見がされたと報道される。そのニュースを観た私は老人の財布を拾った時の比じゃないほどの罪悪感に苛まれ、私の人生は右肩下がりに終わる。上映は終了。そして観客はスタンディングオベーション。極端に悲観的な妄想かも知れないが、私の気分を下げるには十分である。予報は荒れ模様だ。

 私が返答に迷っていると、男は痺れを切らして声を荒げて言う。

「なあ頼むよ! 助けてくれたら礼はちゃんとするからさ! もうお前しか頼れる人はいないんだよ! だからたの――」

 男の携帯の電池が切れたのか通話が途切れる。通行人もいない道で私と静寂だけになる。

 いったい、私はどうすればいいのだろうか。行くべきか行かないべきか。なんの返答もできなかったせいで、男に無駄な期待をさせてしまっているかも。それはなんだか申し訳ない気もするな……。

 私は考えながら再び駅へと歩き始める。

 男を助けに行くにはリスクが高過ぎる、やめよう。そう自分に言い聞かせても、一割の可能性に私は恐怖している。あるかもしれない、最悪な未来。可能性は低くても怯えてしまう。私はそんな臆病者である。

 ひとまず、飯を食べよう。


 * * *


 結果て的に言えばこうなる事は分かっていたのかも知れない。

 私は男に教えられた通りの駅にいた。結局昼飯を食べる事なくここまで来てしまったので、そこそこに空腹であった。

 地方で名産的な物を食うのもいいだろう、今日は休みだし。なんて思っていだが、駅についてもコンビニどころか人もいない。完璧な無人駅である。

 改札を出たとき私は思った。男の説明は的確であると。「改札を出ると山道に続く広い一本道があって、そこを道なりに」雑な説明だとも思ったが、的確である。だって、それしかない。

 辺りにあるのは私の地元では見れない緑豊かな自然と言った風景そのもの。せめて飲食店はない事は教えて欲しかった。

 飯は諦めよう。早く小屋へ向かわなければ日が暮れて、助けに来たのに助けてもらう事になりそうだ。私は男に言われた通りに広い一本道を歩き出す。

 少し歩くと山道に入った。なだらかだったり急だったりする坂を登り、道中にある立て看板には「熊注意」「とっとと帰れ。家で死ね」そう書かれてある場所だ。こんな所にある小屋に男は何をしに来たんだ? やはり事件性のある事なのか? 私の不安は膨れ上がるばかり。

 私の不安袋が破裂寸前でも足を止めずに歩き続ける事が出来るのは、行きの電車内であることを決めたからだ。

 最終判断は小屋を見つけてからにしよう。

 ここまで来て何を言っているんだ、と言われそうな判断だが、臆病者の私にはそれが精一杯。だから小屋が見つからなければいい。ただのイタズラあってほしい。最終判断をさせないでほしい。私は強く願う。


 * * *


 しばらく歩いて陽が傾き始めた。今から戻れば、日没までには先ほどの駅に戻れるかも知れない。それに体力的にも厳しい。これ以上進んでは、確実に遭難してしまう。戻るなら今しかない。

 これだけ進んで小屋が見つからないのだから、やはりイタズラだ。もし本当にこの先に小屋があっても、自分の命には変えられない。これは仕方のない事なんだ。私は体のいい理由を見つけ出し、少し安堵する。

 最後に、辺りに小屋がないかと確認の為見回す。どうせ見つからないと雑に見回していると、何かが光った気がする。道の先にある、少しカーブしている丸太階段を上がった所のすぐ横に生えてる木だ。枝の根本のところに何かある。

 日没が近いのにも関わらず、私は心に少し余裕ができたせいか、光った物を確認しようと悠長に丸太階段を上がる。

 上がりきるとそこには、光った物を確認するのを一瞬にして忘れる程の物を視界に捉える。

「こ、小屋……」

 丸太階段を上がると、木々に囲まれて少し開けた空間があり、その奥のほうに小屋がある。小屋、と言うよりは物置小屋のようなサイズ感。それに窓一つ見当たらないシンプルな作りだ。この空間には小屋と、さらに山へと続く道があるだけで他には何もなく、小屋の辺りは鬱蒼としていて不気味だ。

 私の願いは届かなかった。少しの安堵も、少しの余裕も全て消える。そして最終判断の時が来た。

 どうしたものか。私が予想していた小屋とは全く違う。窓一つない物置小屋じゃないか。こんななところに男がいるとは思えない。いたとしても怪しすぎる。やはり戻ろうか。……いや、でもさっきとは状況が違う。小屋は見つかってしまったのだ。ここで戻っても、私にはさっきまでの体のいい理由はない。最悪な未来がもし来てしまったらゲームオーバーだ。簡単には決められないが、もう時間もない。

「おーい! そこに誰かいるのか!? もしかして、さっき電話した人か!?」

 小屋から電話で聞いた男の声が聴こえてくる。

「あぁ! そっ……」しまった!

 思はず返事をしてしまった。返事をしなければ、まだどうにかなったかもしいのに。

「本当に来てくれたのか! ありがとう! 早くここから出してくれ!」

 もう逃げるわけにはいかないか……。頼むから変なことは起きないでくれ。

「わかった!」

 私は駆け足で小屋に向かう。しかし、男はよく私に気付いたな。小屋には窓もないし、私と小屋の間には少し距離もあるのに。男は耳がいいのだろうか?

 小屋の扉を開けようとノブを掴もうとするが、扉のどこにもノブが見あたらない。扉を押しても、横に引いても扉はびくともしない。

「ダメだ! 開かない! それに扉のノブがない!?」

「体当たりして扉を壊してくれ!」

 男の言うとうりに私は扉に何度も体当たりをする。肩に衝撃が走って、一旦やめる。

「もう一度だ!」

 私は渾身の体当たりを決めるため、扉から距離を取って走り出す。そして扉にぶつかる瞬間、あんなに開かなかった扉が一瞬にして開く。

 私は渾身の体当たりを止めることができず、小屋の中に突っ込む。小屋の中は真っ暗で、そして床が無い。床の代わりに底の見えない穴のようであった。

 え、なんだこれ? どうなって……。

 私は落ちていく瞬間、小屋の奥にもう一つ部屋があるのが見える。そこには、椅子に座って監視カメラを見ている老人の姿。あの老人って……。

 私は特別何かを考えるのをやめる。もう、何の意味のなさそうだ。ただ思うのは、

 あぁ、やっぱりねってこと。


 * * *


 日も暮れて辺りは暗闇に包まれた山。その山の中で不気味に光を放ち、営むレストランがある。知る人ぞ知るレストランに、今日は恰幅がいい男がやってきた。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

 このレストランを一人で切り盛りしている老人。老人は礼儀正しい振る舞いで男を出迎える。

「どーもどーも。ここの味が忘れられなくてね。また来てしまったよ。今日はよろしく頼むよ」

 老人は男を席まで案内して、男が席に座るとコースの説明をして席を離れる。

 料理は次々に運ばれ来て、男は「美味い美味い」と、自分のお腹に似合ったスピードで平らげる。そのおかげでメインディッシュは待たされる羽目に。

「おい。メインはまだか? 時間かかりすぎではないか?」空腹で怒りを抑えきれず、男は厨房に向けて文句を言う。

「お待たせして申し訳ありません」老人が料理をもって現れ、男の席に料理を置く。

「こちらが本日のメインディッシュ。善意のステーキでございます」

「おぉ、なんて美味そうなだ! よだれが出る!」男の機嫌は直り、料理に飛びつくように食べ始める。

「美味い! 美味すぎる! 頬が落ちそうだ!」

 老人はさっさと厨房に戻り、少しして次の料理をもって来る。その間に男はメインディッシュを食べ終わっていた。老人は皿をかたずける。

「こちらが本日のデザート。臆病のアイスでございます」

 男はデザートを一瞬で食べ終わる。そして食後のコーヒー飲み終わり席を立つ。老人が入り口の扉を開ける。

「美味かったよ。前回よりも」男は満足そうな表情で言う。

「さすが、味のわかるお人。先ほど、一級品の食材を手に入れましたので、是非にと思いまして」

「そうだったのか、私は運がいいな。じゃ、また来るよ」

「またのお越しをお待ちしております」

「いや~、本当に美味いな。いい人ってのは」男は上機嫌で店を出る。

 店の扉は締まり。店の光も消える。店じまい。

 ここは山の中にある、知る人ぞ知る、いい人料理専門のレストラン。



(終)

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

 この作品はSSの会メンバーの作品になります。


作者:アポロ

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