追放
「お前、明日からこなくていいぞ」
そうローレンスに告げる偉丈夫は、『黄金の天秤』ギルドリーダーのエゴン。
A級ダンジョン『ガルナンクッテの森』攻略後の打ち上げ時のことである。
「え、」
突然の解雇宣告は、ローレンスに水風船の破裂のような衝撃を与えた。
「そんな…、どうして、ですか…?」
「なにもかも足りていないからだよ」
ほら、と紙束をローレンスに放りながら男は男は言う。
「…これは」
「これまでの実績をまとめたものだ。メンバーごとのな。見てみろ。モンスター討伐数はほぼ皆無。一応前衛なのに攻撃を受けた回数もダメージ総計も下から数えた方が早い。
トラップ解除数やアイテム販売売上といった他の項目でも、凡そ最下位だ。
同時期に加入したイェルシャと比較してあまりに劣っている。彼女はモンスター討伐数はトップ。
空属性の魔術師ということもあって万能だし流石だよ」
確かに、提示されたデータは散々なものであった。
「もっと、頑張りますからっ!!」
「…頑張りますって、加入から1年たってるんだぜ?」
エゴンは呆れたように言った。
「我々はより先鋭し、もっと強く、大きくなり、より高いところを目指さねばならない。荷物持ちなんて誰でも出来る、代わりの利くような人材など要らない。能力もなく、成果も出せない者を雇っている余裕など『黄金の天秤』には無いんだよ」
「…それは分かっています!なんとか、もう一度だけでも良いので、チャンスを…」
「いやだから、もう遅いって」
「お願いします!!僕も、強くならないといけないんです…!」
気付くとローレンスは、額を床に押し付け土下座をしていた。
「…なんでそんなに必死なのか知らないが、これは昨日皆で決めたことだ。出て行ってくれないか」
「…お願いします、お願いします」
「無理だって」
「お願いです。強くならないといけないんです。お願いします。置いていかないでください」
「…困るなあ」
壊れたようにひたすら懇願の言葉を吐き出すローレンスに、エゴンも当惑する。
すると、
「とっとと出てけよぉ、ウスノロぉ!エゴンが困ってるだろうがぁあ!!!」
エゴン以上の巨躯が、ローレンスを脇腹から思い切り蹴り込んだ。
「ウグえへェッ!?」
バキッ!と何かが折れる音と共に、吹き飛ばされるローレンス。そのまま壁に打ち付けられる。
「ギャハハハ!!あのバカ、ウグえへェッ!?っつったぜ!?面白れぇー!!!」
「…レオナルド、加減をしろ」
「あー、すまねぇエゴォン。酒が入ってたもんだからよぉ」
「…うぅ」
ローレンスはよろよろ立ち上がる。
全身に鈍痛と、背の皮膚が切れているのか、ズキズキとした鋭い痛みがある。
「トマサ、念のためローレンスを診てやってくれ」
「えー、なんでそんなゴミのために労力割かなきゃなんないのよー」
「あとで裁判沙汰になったらかなわん。傷一つなくしてくれ」
「しょーがないわねー」
トマサと呼ばれた女僧侶は、ローレンスに歩み寄り凝視する。
「治癒」
そう唱えると、ローレンスの身体が黄色い光に包まれる。ギチギチと背の傷が縫い合わされる感覚。
「治したわよー。と言っても、背中に擦過傷しか無かったけどねー」
「ありがとう。ペーター、一応身体内部の異常が無いか確認してくれ」
呼ばれたのは鼻から下を布で覆った痩身の男。
「フン、もうやったが、音も匂いも特に問題ない。
…おや、大事な棒がポッキリ折れてしまっているじゃないか。いよいよ無価値だなお前」
見ると、腰に携えていた木の棒が、中ほどから両断されていた。レオナルドに蹴られた衝撃によるものだろう。
「これを機に、冒険者もやめたらどうだ?向いてないぞ」
「そもそも農民の出のテメエがここにいることが間違いなんだよ!!!バーカ!!!」
「そうよー。もうカスを見なくてせいせいするわー」
「フン、使えないヤツに価値はない。何処に行っても同じだ」
侮蔑と罵倒。ローレンスの心は、折れていた。
歪んだ視線で辺りを見遣る。
眉をひそめ、見ているだけのエゴン。
ニタニタ見下すような笑みで、此方を肴に酒を貪るレオナルド。
魔道端末を弄り、もはや興味を失ったかのようなトマサ。
嫌悪を視線で押し付けるかのように睨むペーター。
フードを被った小柄な少女、イェルシャはいつものように無表情でこちらを見ていた。
「…ヤスダさんも、同じ意見ですか?」
ローレンスに一番良くしてくれた、事務員のヤスダに問いかける。
「…」
ヤスダはしばし顔をそむけたが、すぐに、
「…お前さんは、ここにいるべきじねえよ」
哀しそうに、ただしっかりと言い放った。
「そんな…、ヤスダさんまで…」
ローレンスがぽつりと呟く。
すると、ヤスダの顔がみるみる赤くなり、
バンッ!!と爆発したかのように卓を叩くと、
「はよこっから出てかんかいクソガキャァアアア!!!」
「ひっ!!!」
普段穏やかなヤスダの激高は、ほかのメンバーにも驚きだったようで、イェルシャを除き目を丸くしている。
もちろん、一番衝撃を受けているのはローレンスだ。
涙、鼻水。目は虚。頑張りは報われず、憧れからは見捨てれ、夢も祈りも潰えた。
「…そうですか」
どうしようもなく、【黄金の天秤】が自分の居場所でなくなってしまったことを理解したローレンスは、
「皆さん、これまで、ありがとうございました」
別れを告げ、夜の街に走り去った。