3-3.
師匠は今でこそ組合長として本部にいることの方が多いが、昔はスゴ腕で鳴らした宇宙便利屋だった。銀河を股にかけてあっちでお掃除、こっちでお片付けと血なまぐさい仕事ばかりこなしていた。
そんなある日。仕事からの帰り際、星系間宙域で事故を起こし、宇宙船が動かなくなり、宇宙漂流の憂き目にあってしまう。
推進力はともかく、通信機までがダメになってしまった。不幸中の幸いでそれ以外の生命維持装置や照明は動いていたし、食料・水は十分にあった。しかし、このまま何もない星系間宙域で漂流していれば、遅かれ早かれ宇宙の藻屑となることは避けられない。
そんな漂流生活が始まって数週間。窓の外を見て、ある事に気が付いた。
窓の外が暗い。いや、黒い。
星が影のように立ちふさがり、その向こうの星々の光が見えないのだ。要は日食のような状態。
どうやらこの宇宙船は、この星の重力に捕らえられ、衛星軌道に乗ってしまったらしい。
これは困った。このままでは、漂流してどこか人の居る場所へと流れつくという希望も失われる。星の表面に降りようにもそんな装備もない。そもそも、あまりに真っ暗すぎる星だ。降りたところでどうにかなるとも思えない。
ああ、困った。困った。焦りから船内をウロウロと右往左往していると、短距離レーダーがアラーム音を発した。何かが接近しているのだ。
すわ有人船かとレーダーを覗き込むと、なんだ、同じように衛星軌道上を回っている物ではないか。ただ、どうにもある程度の大きさの人工物であるらしい。こちらと同じように、どこからか漂流してここに捕らえられたのだろう。
最後の望みだ。信号発信装置か、そうでければ何か使えそうな機械があるかもしれない。
まだ何とか動く姿勢制御用のスラスターを吹かして、少しづつその物体に近づいて行く。
ドッキング用の入り口があったのは助かった。どうやら宇宙基地か何かのようだ。取り合えず宇宙服を着こんで中に入ってみる。
空気がほぼ一気圧で充満している。組成は、窒素が八割、酸素が二割、その他もろもろ……。宇宙服無しでもいけるかもしれない。念のため脱がないが。
照明はスイッチを操作してもつかない。ヘッドライトを点けると、ようやく内部が見えてきた。白を基調とした流線型の壁、床。電源の入っていない実験機材や観測機器が並ぶ。実験施設か何かのように見えた。
これなら何かしらあるだろうと探していると、やっぱり見つけた。倉庫らしき場所に宇宙船予備パーツが山ほど積んである。これだけあれば宇宙船を修理できそうだ。
「それは泥棒と言うものでは」
「緊急避難じゃ。大目に見てくれ」
後はそれを持ち帰って修理するだけ。何とか解決の目途が立ったので、気が軽くなった。せっかくこんな所まで来たのだから、何か金目の物がないか物色しながら帰ることにしよう。
「それは紛う方なき泥棒です」
「何も言えん」
しばらく調べてみて分かったが、全体的に技術レベルが大分低い。この基地もやっとこさ宇宙に浮かんでいるレベル。移動能力などもなさそうだ。だからこそ宇宙船用のパーツが置いてあったりもするのだろう。
そんな折、興味を惹かれるものを見つけた。冷凍睡眠装置のようだ。二つ並んでいる。機能を停止している他の機材と違って、これだけは電源が入っていて未だに稼働している。
してはいるのだが、なにやら様子がおかしい。装置のあちこちから火花が散っているし、稼働状況を表示する液晶パネルは不安定に点滅を繰り返す。まるで今にも壊れてしまいそうに。
まさか自分がこの船に乗り込んだからだろうか。もともとこの船は大分古い物。そこにドッキングの衝撃が最後の藁になってしまったのかもしれない。
漂流中であれば見捨てたかもしれないが、助かる目途のついた今となってはそうするのも気が引ける。とは言え、凶暴な生物が入っていたらどうしようか。
などと考えている間に。プシューと言う音が聞こえてくる。冷凍ガスの抜ける音だ。いよいよ冷凍睡眠が解けてしまうらしい。壊れかけでも、最後の力を振り絞って命だけでも救おうという事か。
ええい。乗り掛かった舟だ。顔くらい見て行ってやろう。
一時間ほど経つと解凍が済み、遂に装置の蓋が開く。白い煙で中はまだ見えない。
そして、その煙が晴れ、中が見えるか見えないかの時。耳を劈く方向が響き渡った。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
いや。咆哮と言うより赤子の鳴き声か。二つの装置の片方にはその鳴き声の主、一歳になる頃くらいの赤子。もう一つにはそれよりは少し上、三歳くらいの子供。こちらは泣いていない。不安そうにキョロキョロしている。
色々想定してはいたが、人間の赤子とは。まだ怪物の方が良かった。赤子の扱い方など知らないし、流石に放って逃げるというわけにもいかない。
取り合えず泣いたままでは可哀そうだ。慣れない手つきでその子を抱き上げ、赤ちゃん言葉で喋りかけながら揺すってみる。
……。時間は掛かったが何とか眠ってくれた。いや、泣き疲れたのか。まあ、どちらでもいい。寝かせる場所もないので、装置のベッドに戻す。
と、そこで気が付いた。装置の蓋の裏に、なにやら紙が貼りつけられている。べりと剥がして見てみると、そこに書いてあるのは、地球語。英語だ。
……。軽く目を通すと、太陽の光が潰える前後と思しき内容だった。
そうか。ここは、この暗い星は、地球だったのだ。
書いてある内容をまとめると、この装置を見つけてくれた人に対するお願いであるらしい。
この宇宙基地は地球にあったある組織の実験施設であり、この子達を含んだ二家族が居たようだ。極秘の実験、と書かれているだけで実験の内容は見て取れない。
それはともかく、特に問題なく暮らしていたようなのだが、あの太陽の光が無くなる日を迎えてしまった。
地上との連絡を取ろうにも、あちらはこちら以上の混乱に包まれており、簡単には意思の疎通ができない。地上に戻ろうにも、この真っ暗な状況でロケットなど飛ばせない。
更にまずいことに、この宇宙基地の動力は太陽光発電で賄われており、地上の混乱が収まる半月程も持たずに溜めてあった電力も使い切ってしまう。
この子の親達はもう助かる術はないと思い詰め、遂には心中に至ることになる。
しかし、何も知らない子供を共に連れて行くのは憚られた。ちょうど冷凍睡眠装置が二つだけある。今、それ以外の電源をすべて落とせば、千年の眠りが約束されるはずだ。もしかしたら、地上の生き残りが見つけてくれるかもしれない。そうでなくても、それだけ経てば、宇宙人がこの星を見つけてくれないだろうか。
淡いにもほどがある期待。それでも、誰かに希望を託したかった。もしかしたら今死ぬよりも辛いかもしれない。それでも、子供達の未来に少しでも希望を残したかった。
どうか、心優しい人に見つけられますように。
最後に二人の名前と誕生日が書かれ、愛の言葉と共に締められていた。
図らずもとんでもないものを見つけてしまった。成人した人間であれば、一緒に連れて行って適当な星で達者で暮らせと別れるだけで済むが、流石に赤子ではそうもいかない。適当な施設に預けようにも、どこで拾ったと聞かれれば答えに困る。かと言って、いくら何でも見捨てていくわけにもいくまい。
ああ、どうしよう。自分の船まで連れて帰ったらもう後戻りできなくなる……。
などと考えていた時だった。
俄かに宇宙基地全体が震えだす。あちらこちらの機械やなにやらから火花や煙が吹き出し始める。なんかヤバい感じだ。もはや一刻の猶予もないように思える。エラい所にヒドいタイミングで来てしまったようだ。
もうダメだ。考えている時間はない。集めてきたパーツと、二人の子供を抱きかかえると、一目散に自分の船に戻って、直ぐにその場を離れた。
それからすぐに、今までいた宇宙基地は爆発。爆風が船を襲った。だが、それがちょうどよく衛星軌道を押し出してくれて、一先ず脱出することができた。
二人に向けた最後の贈り物か。閃光に照らされた地球が、一瞬、青く輝いたような気がした。
その後、宇宙空間での船の修理を終えた師匠は、二人を連れて自宅まで帰ってくることができた。
問題はその後だ。行きがかり上連れて帰ってきたは良いが、どうしたものか。自分が地球へ行ったことも、この子らが地球生まれであることも、広く知られれば余計な諍いに巻き込まれることは想像に難くない。
なら。なら……。
どうしたものかと、ベッドに寝かせた二人の寝顔を見ていると、何か胸に温かいものがこみ上げてくる。
嗚呼、自分の心にまだそんなものが残っていたのか。
決して簡単な道程ではないかもしれない。
この子達にとって最善の選択ではないかもしれない。
それでも、師匠はこの時、この子達と共に歩むことを望んだ。立派に育て上げることを決意した。