俺の流儀
「凛々しい(りりしい)」とは、「勇ましい様子」、「引き締まって頼もしい様子」を表す言葉であり、本来俺のような男を表現するようなものじゃない。
それなのに俺の部下達は酒に酔うと決まって俺の事を「凛々しい」だの「漢の中の漢」だの妙に持ち上げてくる。
俺がやっているのはそんなに褒められたことじゃあない。
確かに俺は結果的に命を救うようなことはしたが、それは結果としてそうなっただけであり、人を救うのは俺の仕事じゃあない。
俺の居るべき場所は日陰なんだ。
陽の光を浴びてはいけない。
これが俺の流儀だ。
それなのに...「若頭!大変です!」と部下が大声でドアを開けて入ってきた。
「おいヤスアキ、俺を若頭なんて呼び方するなと言ってるだろ」
俺はいつもの流れでヤスアキを窘める。
「若頭じゃないっすか。翔さんは親分と盃を酌み交わした仲なんだから」
そう言われるとなにも言い返せない。
「んで?今度はどんな厄介事だ?」
翔さんと呼ばれた俺はここまででお約束の流れになりつつある事に少しうんざりしながらもさっきの話の続きを促す。
「雷斗さんが...新商品に手ぇ出すって」
言いながらヤスアキが胸元から出した物を見て、俺は自分の目を疑った。
「アニキがこんなモンを...?そんな事俺の耳には入ってねえぞ。ガセじゃねえのか」
それは手の中に収まりながらも確かな重みを感じる、黒光りする鉄の塊だった。
ヤスアキが切り出した話はにわかに信じ難いものだった。
しかし、目の前にはそれが確かに存在しているし、こいつが言うには確かなスジの情報らしい。
いてもたってもいられなかった俺はそれを持って部屋をでる。
目的地はもちろんアニキのところだ。
アニキはデスクの奥でタバコをふかしていた。
おかげで部屋には煙が充満している。
俺はアニキの目の前のデスクに手に掴んだ物を勢いよく叩きつけた。
「こんなもん作って何をするつもりなんだ」
アニキは机の上に置かれた物を見てついに見つかったか、と諦めの表情を見せる。
「まさか戦争でも起こそうってんじゃねえだろうな!?」
そう言って俺はアニキの胸元を掴む。
「仕方ないだろ。これまでみたいな昔懐かしはもう通用しないんだ。これからは俺達が歯車を動かす側にならなきゃこの世は生きていけないんだ」
悪びれもなくそう言う彼に俺は心底ガッカリしてその場を後にした。
あいつもすっかり変わっちまった。昔は自分の仕事に誇りを持っていた。俺もそんなアニキの姿に憧れてこの世界に入った。
しかしもう今となっては見るかげもない。
間もなくアニキが俺を追ってきた。
「頼むからわかってくれよ」
追ってきて開口一番に発された宣言に、俺は呆れる。
「俺達の仕事は歯車を作ることだ。腕時計をブランドして売ることじゃない」
そう。俺達はこの歯車工場で働いているただのしがない工場員だ。それなのにこいつは新しい事業として黒く輝く腕時計を売り出すつもりなのだ。
「そんなこと言っても、ウチの会社に歯車の生産を頼むところは年々少なくなっているんだよ、今まで贔屓にしてきてくれたところはより安い業者から歯車を仕入れている。ここで俺達の歯車を使った腕時計が売れれば、業績も安定する」
こいつはそんな世迷言を。
俺の居るべき立ち位置は歯車生産者という日陰なんだ。
陽を浴びるようなことしちゃいけない。
俺はアニキの制止を振り切って帰路にたった。
「あの、すいません」
帰り道で呼び止められ、ふと振り返るとそこには1人の女性が立っていた。
「君は確か...」
「そうです、以前助けていただいた者です。あの時はお世話になりました」
「助けただなんてそんな、特別なことはなにもしてないよ」
実際、たまたまその場に居合わせただけだし、1歩間違えれば取り返しがつかなくなるところだった。
「それでもあの時のお礼がしたくて、名前も名乗らず立ち去ったあなたをずっと探していたんです」
律儀な女だ。数ヶ月前の事をまだ覚えていようとは。
「たって話すのも疲れますし、そこの喫茶店でお茶しませんか」
そう言われて示されたのは俺もよく知っている、というか今から俺が向かおうとしていた店だった。
無理に断る理由もないので俺はそれに応じた。
「助けたと言っても、そいつの命を救っただけなんだがな」
言いながら俺は自らを若菜と名乗ったその女性の左腕を指さす。
そこには年季の入った腕時計が巻かれていた。
そう。俺は父の形見だと言うその腕時計を直したに過ぎない。
「父の形見はもうこれしかなくて。何千何万と同じ腕時計があっても、私にとってはたった1つの大切な1本なんです」
そう言って左腕のそれを見つめるその表情は温もりに満ちていた。よほど大切なものだったらしい。
「だから、お礼をさせて貰いたいんです。この時計の命を救ってくださったお礼を」
そう言って薄いながら若菜さんは確かに膨らみがある茶封筒を差し出してきた。
中を覗くと福沢諭吉が印刷された札が束になって入っているではないか。
俺は「こんなもの受け取れない」と突っぱねる。
「俺は職業柄こういったものを直すのが得意なだけだ。そんなことでこんな大金は貰えないよ」
「じゃあ、せめてここのお代を私に払わせてください。それくらいなら良いでしょう?」
俺はそれくらいなら、と尚も食い下がる彼女に根負けした。
その帰り、俺の携帯から着信音が鳴った。
画面には”兄”と書いてある。
少し不機嫌になりながらも携帯を耳にあてる。
『俺は長年歯車を作ってきた』
俺もそうだ。だからこそ俺はこの仕事に誇りを持っている。
『だからこそ俺はこの歯車で勝負に出るんだ』
携帯から聞こえてくるアニキの声は希望に満ちていた。
「1から腕時計を作ろうなんて馬鹿げてる。それこそ他の腕時計メーカーに戦争を仕掛けるようなもんだぞ」
『それでも、俺は賭けてみたいんだよ。それにさ、俺達だけの時計を作ってみたくないか?』
「俺達だけの時計?」
『そうさ。俺達が作った歯車だけで出来た俺達だけの腕時計。何千何万と腕時計があるその中で1つだけの時計を俺は作りたいんだ』
俺はそうして熱弁するアニキにかつての姿を見た。それは俺が憧れたあの頃のアニキだった。
「そんな話をさっき違う人から聞いた気がするな、それ」
『え?この数時間で新たなライバルが誕生?』
「内容は全然違うから安心しろ」
どうやら俺は大きな思い違いをしていたらしい。俺の目も随分曇っちまったもんだ。
「やってやるよ。お前のその泥船に俺も乗せろ」
『今の俺達ならどんな敵も倒せるさ』
やれやれ、日陰に居ることが俺の流儀だったんだがな...
この作品は、お題ったーとかいう診断メーカーで出てきた「マフィア」、「凛々しい」、「歯車」という3つのお題を使ったお話です。
「社会の歯車として働く凛々しいマフィア」でも良かったんですが、なんかもうちょっと捻りが欲しくなり、「マフィアみたいな凛々しい歯車」とかも考えたんですがありきたりな感じがしてしまったので(多分末期)
考えに考えた結論が「マフィアみたいに凛々しい歯車工場員」でした。
マフィア風の構成の後にネタばらしっぽいことしてそれだけっていう訳にもいかないのでドラマ感を付け足しました。
なのである程度の設定の粗とかは見逃してホシガリス
一応自分の中では筋を通してはあるんですがね




