お嬢様、我儘なのは構わないのですが『女学園』に入学させるのだけはやめてください
《アークエイル女学園》は王都でも有数とされる学園であった。
入学できるのは貴族や、その貴族が認めた使用人――それも、より厳しい入学試験を突破できた者だけだ。
故に毎年の入学者数も限られているが、それだけに優れた者達が集まる……まさにエリート校であった。
そこに、一際周囲の目を引く美少女――リス・デイアーの姿があった。
黒色のストレートの髪を後ろで編み、中性的で整った顔立ちは格好よく、そして美しく見える。それでいて、メイドらしく主に付き従い、必要以上に自らの存在を主張しない――まさに、付き人として理想的な姿を見せている。時折見せる、恥じらいの姿も可愛らしい。
本日が入学式となるが、すでにリスの噂は波及しつつあった。
貴族のマウェイン家に仕えるメイドの美貌は、学園に通う乙女達の心も掴む、と。
「ふふっ、胸を張りなさい。貴方は注目の的よ。私も誇らしいわ」
「お、お嬢様……今からでも遅くありません。考え直してください」
「それにしても、さすが選りすぐりの者達が集まる学園ね。貴方以外にも可愛らしい子がいっぱいいるわ」
「お嬢様、『僕』の話を無視しないでもらえますか……!?」
「あら、リス……貴方は『僕っ娘』でいくことにしたのね。まあ、その方が自然に話せるだろうし、そういう属性も私は好みなので構わないわ!」
「お嬢様の趣味は聞いておりません!」
リスは思わず、声を荒げてしまう。
はっとした表情を浮かべると、すぐに俯いて顔を赤らめた。……ただでさえ注目されているというのに、これ以上目立つわけにはいかないと考えたのだ。
リスが話している少女の名は、アイシア・マウェイン。
地方の貴族ではあるが、その領地は国内でも五本の指に入るほど広く、そして現当主……アイシアの父は領民からも慕われている。名のある貴族として、アイシアも注目されていることには違いなかった。
だが、アイシア以上に――従者であるリスは注目されてしまっている。だが、リスが焦っているのは主より注目されているからではない。
もっと、それこそリスにとっての『人生』を左右しかねない問題があるのだ。
「リス、今更騒いだところでしょうがないでしょう。それに、私にこの学園の入学を薦めてくれたのも貴方ではなくて?」
「そ、それは……お嬢様の実力ならば、当然見合う場所に入学すべきかと思いまして……」
「なら、何の問題もないわね。私は貴方の言う通りに入学して、その代わりに貴方にも同じく勉強できる場所を用意することくらい」
「そのことについては、本来感謝すべきところなのかもしれませんが……それ以上に問題が大きすぎますっ」
「一体何が問題だと言うの?」
「僕は『男』なんですよっ!」
ちらりと周囲を確認しながら、リスはアイシアに対して訴えかける。
そう――入学と共に『学園一』とも称される美少女であるリスの正体……それは、マウェイン家に仕える『メイド』ではなく『執事』なのである。
幼い頃からマウェイン家に仕え、アイシアとは随分と親しい関係にある。
アイシアはリスに対して全幅の信頼を置いており、リスもその信頼に応える形を続けてきた。
……けれど、今回ばかりはその信頼に応える自信がない。
――女学園に、よりにもよって『男の子』であるリスが『女の子』として通うなんて。
「大丈夫よ。貴方は私よりも美少女にしか見えないわ。貴方の次に私が美少女だけれど」
「お嬢様の方が美しいですからっ」
「それは皮肉に聞こえるわ。それに、ここは誇るべきところよ。このマウェイン家の次期当主であるアイシア・マウェインが、貴方の方が美しいと褒め称えているのよ?」
「くっ、別のところなら絶対に喜ぶべきところなのかもしれませんが……そこで喜んでしまっては僕の男としての尊厳がなくなってしまいます……!」
「男としての尊厳……ね。いいこと? そんなものは今日捨てなさい」
「何を仰っているのですかっ!?」
「貴方は今日から私のメイド……リス・デイアーとして学園生活を乗り切るのよ。これが主である私の命令」
「で、ですが……」
「大丈夫。きっとできるわ。スカートだって長いから下着だって見えないし……。あ、でも女物はきちんと着けているわよね? チェックするわよ――」
「ちょっ!? こ、こんなところでしようとしないでください! はしたないですよっ!」
「そうそう。貴方みたいにきちんとそういうことを教えてくれる人がいないと、私も学園生活が心細くて……でも、一緒に通ってくれる決意をしてくれて本当に助かっているわ。ありがとう……」
スッとリスの手を取り、アイシアが微笑みを浮かべる。
その姿は、誰よりも固い絆で結ばれた『主と従者』の姿に、周囲の人間からは見えるだろう。
しかし、現実はそうではない。
「お嬢様……物凄く良いことを言って誤魔化そうとしていますね?」
「誤魔化しではないわ、本心よ。私は嘘を言わないもの……貴方は私より美しいし、私は貴方に感謝しているし、マウェイン家の恥とならないように――これ以上の文句はやめることね。貴方は今日からここに通うのよ」
「な、何でこんなことに……」
アイシアの宣言で、リスは大きく肩を落とす。
女の子として学園に通う自信など、一切なかった。
しかし、アイシアの言う通り……マウェイン家に仕える者として、周囲に恥を見せることはできない。
アイシアを学園に通わせるために、結局のところ了承してしまったのも自分なのだから。
ここで駄々とこねたところで結果は変わらないのだが、それでも何とか一人で通ってくれる決意をしてくれないものか……そう考えてしまうのは性というものだろう。
「さあ、いざ参りましょう。学園生活の始まりよ」
「……あの、アイシア様。実際のところ、僕がいなくても一人で通えますよね?」
「あら、まだ言葉が足りないかしら……。私は、貴方と一緒がいいのよ」
今度は手を取るのではなく、くいっとリスがアイシアの顎を掴むようにして言った。
「え、えっと?」
「……ふふっ、貴方が私の傍から離れないように。それから、悪い虫がつかないようにしないといけないものね」
「どちらかと言うと、それは僕の役目なのでは……?」
「そう思っているのなら、しっかり従者――メイドとしての役目を果たしなさい」
「言い換える必要はありませんよね!?」
くすりと笑うアイシアに対し、リスがまた声を上げる。
こうして、『女装』した執事はメイドとして、お嬢様と共に学園生活をスタートするのであった。
この日、二人の姿を見た一部の者達からは、『百合の花が咲いている』という話題で持ち切りだったとは、この時はまだ知るよしもない話である。
久々にノリノリで書けました。
『女装主人公は一番可愛い』が好きなので……。
この先の展開についてはたぶん真っ当な学園ファンタジーになりますが、基本的には二人をメインにして恋愛軸にもしていきたいなぁとか考えています。
気合があれば連載します!