婚約破棄と悪魔な番《ツガイ》
婚約破棄もの+番+悪魔(異種族)な話を思いついたので、2020年3月24日の朝から書いて22:59に投稿したものです。
一日で書き上げましたw
興味もない関心もない他者には絶対零度の氷河期並の対応をする男が、番である主人公(♀)には只管甘い対応にw
書ききれませんでしたが、悪魔な男は主人公を溺愛します。
「アンネリーゼ・ネッケンバウアー、お前との婚約をこの場で破棄する!」
大勢の人間がいるダンスホールの中央で、一人の青年が一人の少女に向かって指を突きつけ、大声で婚約破棄宣言を下した。
ここはジュゼット王国の王国立ヨルヴァンディア魔導学園に併設されているダンスホール。今まさに卒業パーティーが行われ始めたところだった。
先程まで騒がしかったホール内は、青年の大声を聞いて水を打った様に静まり返る。
婚約破棄宣言をした青年は、腕の中に別の少女を囲っていた。彼女はくすんだ金髪に茶色の瞳で、うっとりと自分を腕の中に囲っている青年を見上げていた。
「グスタフ殿下。わたくしに言われても婚約は陛下のお決めになった事ですわ。わたくしが、はいそうですか、と受けても陛下がお認めにならなければ殿下とわたくしの婚約は破棄されませんが? 陛下はなんと仰られていますの?」
グスタフと呼ばれた青年は、顔を歪め、憎々しげに口を開いた。
「お前は本当に可愛げのない奴だな! そういうところが俺は嫌いなんだ! 陛下がどう言おうとも、この婚約は破棄されるんだよ」
何処か勝ち誇った様な様子のグスタフに、アンネリーゼ・ネッケンバウアーは頭を傾げた。
「お前はここにいるサラ・ユングを一年に渡って虐めてただろう?」
「わたくしには身に覚えがありませんが」
「悪女はどこまでも図太いんだな。クラウス、ギード、ザムエル、カスパー!」
呼ばれた青年たちが、それぞれ別の青年や少女を伴って、遠巻きに見ていた群衆の中からホールの中央に進み出てきた。
「殿下、証人は連れてきました」
「大儀」
「勿体無いお言葉、恐悦至極」
「クラウス」
「は。まずはこちら。証言しろ」
クラウスと呼ばれた青年は、引き連れてきた少女に促した。
「は、はい。わたくし、ネッケンバウアー様がユング様を睨んで何かを言っているのを見ました。それに対してユング様は涙を流されていて……」
少女はそこで口を噤んだ。
「次、ザムエル」
「は。証言しろ」
ザムエルと呼ばれた青年は、別の小柄な、まだ少年と呼べる者を連れていた。
「僕は、ネッケンバウアー様がユング様から物を取り上げるのを見ました! それを窓の外に捨てているのも!」
少年は声高にアンネリーゼと呼ばれた少女を詰る。
「次、カスパー」
「は。証言してくれるか」
「はい! 私はネッケンバウアー様がユング様の教科書を取り上げているのを見ました!」
カスパーと呼ばれた青年に促された青年が、何処か誇らしそうに述べる。
ここまで来ても詰られている少女は無言で見ているだけで、何も反論していない。それに気を良くしたらしい王子が、「ギード、トドメを刺せ」と指示した。
「はい、殿下。君、証言できますか?」
「ええ、ノイベルク様。わたくし、ネッケンバウアー様がユング様を階段から突き落とすのを見ました。二ヶ月前の試験前日の事です。幸い、ユング様は軽傷で済んだので、試験を受けられましたけれど、下手をしていたら試験を受けられず、卒業も危うかったかもしれませんね」
促された少女が、王子の方を見て頬を赤らめながら証言した。
「この様に多数の証言がある! そんな女を我が妃として末は王妃になどできるものか! だから「殿下、証言のみですか? 物的証拠はありませんの?」」
王子の高らかな声に被せ、断罪されていた少女が大きな、しかし落ち着いた声で反論する。
「物的証拠を残さないのがお前のやり口だろう⁉ 何をしれっと! もういい、強行突破してやる!」
王子の怒鳴り声のあと、朗々とした声が響き渡る。
「父祖の祝福。精霊の鎖縛。アンネリーゼ・ネッケンバウアーと我グスタフ・ジュゼットの間に成された婚姻の約定。其は大魔道士クルトとウィラード神の契約により破棄されり。第三章第五詠唱陣起動、破棄」
詠唱が終了するとともに、赤い魔法陣がアンネリーゼの頭上に現れ、回り始める。それとともにアンネリーゼの体に浮き出る朱く光る鎖。
ホールは進行している事態を、固唾を飲んで見つめるのみ。
だが、ホールの外からドタバタと大きな足音が遠くから聞こえてきた。
「執行」
王子の宣告で魔法陣から真紅の光が溢れ、アンネリーゼの体の鎖に纏わりつき、甲高い連続した破裂音とともにアンネリーゼの体を縛っていた朱い鎖が散り散りに砕けた。
「グスタフ‼ 何を勝手な事をしている‼」
朱い鎖が砕け散る僅かばかり前、ホールの扉を蹴破る勢いで開け、雪崩込んだ一団の中の威厳を備えた壮年の男がアンネリーゼの朱い鎖が砕け散る瞬間を目にし、王子に向かって大音声で怒鳴った。
「父上、この様な悪女を我が婚約者になどしていられません。嫉妬でこのサラを虐めるなど、未来の王妃としての資質に「己の王としての資質の方が問題だ‼ アンネリーゼは儂が決めた婚約者であり、破棄できぬ様に古の婚姻契約魔術で強固に縛っていた筈だ‼ 何処で破棄の詠唱を知った‼」」
壮年の男は王子の父親、即ちこの国の王だった。
王の怒髪天に、王子は涼しい顔をしていた。
「教えてくれたのはここにいるサラですよ。彼女は類稀なる魔道士の才能「お前はまだそこの存在に囚われていたのか‼」」
王子の言葉の途中で、王は噛み付くように言葉を被せた。
「己の所業がどれほどの事か、直ぐにわかるだろう」
一転、弱々しい声になった王は、顔を片手で覆った。
「茶番は終わったのか、ジュゼットの王、ユストスよ」
突然響いた声に、ホール中の視線がその男に向かう。
アンネリーゼの頭上に何の前触れもなく、若い絶世の美貌の青年が現れて空中に浮かんでいた。
「我が配下ザーラよ、よくやった。褒めて遣わす」
「有難きお言葉を賜り、恐悦至極に存じます、我が皇帝陛下」
少女の声が静寂の中で響き、皆がそちらに目を向けた。そこには、王子の腕の囲いを解いたサラ・ユングと呼ばれた少女がいたが、みるみるうちに姿が妖艶な美女に変じたのを見てホール中が驚愕した。
王子も予想外の事を目にして固まっている。
「我はグロスファンディア帝国の皇帝、フォルクハルト・ヴィンツェンツ・バルタザール・L・グロスクロイツ」
その名前が青年の口から出た瞬間、抑えた悲鳴がホールを満たし、そこに居た王とサラ・ユングと呼ばれた少女から妖艶な美女になった女以外、顔を青褪めさせた。
フォルクハルト・ヴィンツェンツ・バルタザール・L・グロスクロイツ。
その名前は魔族の国、グロスファンディア帝国に永きに渡って君臨する皇帝の名で、逆らう者には容赦がない苛烈な君主として知られていた。
影で魔王とも呼ばれている皇帝フォルクハルトが、何故ここに現れたのか、その答えは直ぐに判明した。
「孺子、婚姻の約定の破棄、感謝してやるぞ。我が番に絡まっていた守護の鎖縛までも破棄してくれたのだからな」
皇帝フォルクハルトの言葉とともにアンネリーゼの体が浮かび上がり、皇帝の腕によって囲われた。
「だがザーラ、やり過ぎだ。我が番を貶めるなど我が赦すとでも?」
「証拠はございませんわ、我が主、皇帝陛下。全ては噂のみ。それを真に受けた者たちが愚かなだけの事」
「全くだな。我が番は聖女なのだ。清らかな心の持ち主が、その様な虐めなどできる訳がない。虐めをした時点で聖女の能力と神の加護はなくなるが、未だに聖女たる能力を持ち得ている。それが証拠の全て」
「な、なんだと⁉ その女が聖女⁉ あり得ない‼」
王子が驚愕の叫びを上げた。
「孺子、愚かな戯言は今回までだ。次に我が番を愚弄した場合はその命、潰えると思え」
絶対零度の声が王子に向けられ、それは物理的な圧力となって王子の体を叩き、王子はたたらを踏む。
「うぐっ」
そんな王子を一瞥もせず、フォルクハルト皇帝はこの国の王が率いてきた集団を見遣った。
「我が番はフォルクハルト・ヴィンツェンツ・バルタザール・L・グロスクロイツが貰い受ける。そこにいるか、ネッケンバウアー公爵。否やはないな?」
ネッケンバウアー公爵と呼ばれた中年の男は、蒼白になったまま「皇帝陛下の仰せのままに」と力なく応えた。
「いい判断だ。断ればこの国を滅ぼそうかと思っていたところだ」
酷薄そうな笑みを浮かべてサラッと非道な事を言う皇帝は、だが腕の中に抱いたアンネリーゼを見る目は蕩けそうなほど甘かった。
「アンネリーゼ、待たせたな。我が番」
「皇帝陛下、わたくしは陛下の番ですの?」
背中から抱き締められる形になっているアンネリーゼが皇帝の顔を見ようと首を傾けると、皇帝フォルクハルトは彼女の顔が彼を見易い様に彼女の顔の横に己の顔を近づけた。
「そうだ。其方は我が三百年待った我が番として十八年前に生まれ出た。証拠は其方の鎖骨付近にある朱色の五弁の花紋」
「な、何故それを知っていらっしゃるのです?」
アンネリーゼが恥じらう様に身を捩る。
「番が生まれた事を我は同じ花紋で知った。そして気配を探り、探し回って其方を見つけた時に確認したのだ。その時に其方の父親には成人したら迎えに来ると伝えてあったのだが。まさか成人前にこの国の王子と婚姻の約定と守護の契約を施されるとは思わなんだ」
そこで皇帝はじろりとこの国の王を睨む。
その眼力は圧力となって王を襲い、王はその体を怖れでぶるりと震わせた。
「ユストス・ジュゼットよ、ネッケンバウアー公爵の賢明な判断のお陰で命拾いしたな。我が番の生国として、今暫く永らえさせてやる。尤もこの国程度、我が版図とする価値は低いがな」
皇帝は絶対零度の視線で王を、周囲に侍る国の重鎮を、更には護衛の近衛騎士たちを順に見廻し、次いでホールに集まった卒業生たちを睥睨した。
「愚かなりし人間の子らよ。其方らが判断の証左とした噂は、我が配下たる淫魔族のザーラが流した偽りに過ぎぬ。己が目で見た事と本人の性格や態度を以てして判断の拠り所と為すべきなのに、何故噂という何の根拠もないものに縋る。だから判断を誤るのだ。今回は王子が軽佻浮薄で、我が配下の謀に掛かってくれたが為に、我が我が最愛の番を取り戻せた。だが我が番が噂通りの悪女という誤解を受けた侭この国を去るのは我が矜持が赦さぬ。真相をその頭に焼き付けよ」
皇帝フォルクハルトの言葉とともに、その場にいた全員の脳裏に映像が届いた。
それは、王子がサラと呼ばれていた少女と、学園の一室と思われる部屋で激しく交わる姿で、王子は顔面蒼白に、王は怒りで青筋を立てて顔を真っ赤にし、他は居た堪れなさで頬を紅く染めた。
次に見えたのは、サラが階段でアンネリーゼのすぐ近くから勝手に階段を落ちる姿。アンネリーゼは何も手を出してはいなかった。そしてサラは口元に弧を描いていた。恐怖など微塵も見当たらないその笑みは、卒業生たちにアンネリーゼが無実である事を知らしめ、自分たちの判断が誤りだった事を強烈に刻みつけた。
卒業生たちの顔が蒼白になる。
だがそれだけではなかった。
次々と見えてきた映像は、サラがクラウス、ギード、ザムエル、カスパーと呼ばれた青年たちとそれぞれ交わっている姿だった。
青年たちは蒼白になり、王国の重鎮であるその親たちは怒りで顔が真っ赤になる。他の卒業生たちは呆れ果て、眉を顰める者が続出した。王子は愛し合っていた筈の少女が、自分の側近たちとも交わっていた事実に愕然とした。そして側近たちの婚約者は怒りで顔を歪ませた。
「ザーラは淫魔。男を誘惑するのは息をするのと同じ事。その色香に惑わされるのは男としては当然だが、婚約者を大事にする気持ちがあれば抵抗できた筈。我はザーラにそう命じていたのだからな」
皇帝に婚約者を大事にする気持ちがなかったとバラされた王子を始め側近たちは、卒業生たちの非難めいた視線に晒される事となった。
「お、俺は、アンネリーゼが真面目過ぎて」
「ユストス・ジュゼット、其方の息子は何故こうも愚かなのだ。此奴を王に据えたらこの国は遠くない将来に勝手に滅ぶぞ」
皇帝フォルクハルトは不快げに鼻を鳴らす。
「予備がいるなら予備とすげ替えた方がこの国の為になるだろう。こんな旨味もない国の面倒まで我が見るのは不快であるからな。そうだ、予備の王子がまだ幼いなら我が帝国に寄越せ。立派な王になる様に教育してやる。我がこんな国の面倒を見るよりも、余程楽でいい」
「ぎょ、御意に御座います」
この国の王たる者が跪く。その姿を見て臣下一同がぎょっとし、慌てて跪くが、その中でぽかんと口を開けてその様子を見て立っている者が数人。言わずと知れた、王子とその側近たちだった。
「グスタフ‼ お前たちも跪かぬか‼ グロスファンディア帝国皇帝は我ら周辺国の王族よりも上位の存在であらせられるぞ‼」
王に怒鳴られ、慌てて不承不承跪き頭を垂れる王子一行。
しかし不満げな気配は誤魔化されなかったようで、皇帝はぎろりと王子一行を睨んだ。
物理的な圧が王子一行にかかる。
「今の行動で此奴らの愚かさが浮き彫りになったであろう? 我は魔族の国を統治するだけで良いが、周辺国の愚かな国を版図とする事に躊躇いなど有りはせぬ。我は魔族の長だが、獣人族も精人族も、小人族も、蜥蜴人族も、全ての亜人は我が配下となっている。人間族が住まう国は、我が見逃して住まわせてやってるものと心得よ」
視線を王とその周囲に戻した皇帝フォルクハルトは、冷たく宣言した。
「肝に命じて置きます。そして王太子をグスタフから第二王子のヴォルフガングに替え、ヴォルフガングをグロスファンディア帝国へ留学させましょう」
フォルクハルトからの圧力に脂汗を流しながら、王はこの国の統治者としての沙汰を下した。
「グスタフと元側近たちは教育し直します」
「今更教育し直したとて腐り切った性根は変えられぬ。己が正しいと信じて疑わず、調べもせず女の讒言を真に受けて嫌悪する。人の上に立って部下を率いては為らぬ人種よ。部下に不満が溜まる要因となる。まあ、それで滅びても我は一向に構わぬがな」
非情な事をバッサリと言い捨て、世に密やかに魔王とも呼ばれる美青年は、腕の中のアンネリーゼに目を向けた。
その目がとろりと蕩ける。
目撃した者は、その差異に固唾を飲んだ。
「アンネリーゼ、我が帝国に戻ろうぞ」
「はい、皇帝陛下」
「フォルクと呼べ。我も其方をリーゼと呼ぼう」
「はい、フォルクさま」
「さまは要らぬが。まあ良い。今はまだ、な」
そう言ってフォルクハルト皇帝がアンネリーゼの額にキスした途端、その場から姿がかき消えた。
重苦しい気配が消え失せ、ホールにいた者たちは安堵の溜息をついた。
☆ ☆ ☆
グロスファンディア帝国帝城、白亜宮、皇帝の私室である王者の間。
そこには皇帝フォルクハルトと、連れて来られたアンネリーゼがいた。
フォルクハルトはアンネリーゼを膝に座らせ、抱きかかえてソファに座っている。
「アンネリーゼ、早速だが番の契を交わそう。花紋を出せ」
「フォルクさま、それは貴族令嬢としてはしたない行動になりますわ」
アンネリーゼの顔が羞恥で赤く染まった。
「何がはしたないものか。番同士の契は、成人したら即刻交わすもの。花紋に互いの魔力を流し込む事で契が交わされる。番の契が成立すれば、其方は我が寿命が尽きるまでその寿命が引き伸ばされる」
番の契という未知の契約が花紋に魔力を流し込む事だと知り、アンネリーゼは逆に居た堪れない気分になった。
「花紋を出せ」
優しい二度目の命令を受け入れ、アンネリーゼはそろそろと鎖骨の近くにある花紋を晒す。
そこに徐にフォルクハルトに口付けられ、アンネリーゼは驚きでびくりと肩を揺らしたが、続いて流れ込んできた暖かな魔力を感じ取り、強張っていた体から力が抜けるのを感じた。
「次はリーゼ、其方が魔力を流してくれ」
フォルクハルトがアンネリーゼと全く同じ位置にある花紋を晒す。
筋肉質でありながら筋張っていない首元が目に入り、アンネリーゼはそっと目を逸した。
恐る恐るフォルクハルトの花紋に口付け魔力を流し込むと、フォルクハルトとの間に確かな絆が繋がった事が感じられた。
その大きな変化は、感情が朧気ながら感じ取れる様になった事であった。
フォルクハルトからは、恋情、喜び、満足感、嬉しさ、独占欲らしきものが流れ込んでくる。
「フォルクさま……」
「リーゼ、これで其方を失う恐れを抱かずに済む。やっと番の契を交わせたのだ、このまま婚姻の準備に入るぞ」
フォルクハルトはかなり切羽詰まっていたようである。
アンネリーゼが何かを言う隙もなく、婚姻の準備が大急ぎで進み、城中が慌ただしく動いていた。
☆ ☆ ☆
グロスファンディア帝国皇帝フォルクハルトと、弱小国ジュゼット王国の公爵令嬢であるアンネリーゼ・ネッケンバウアーの婚礼の発表は、帝国内では概ね歓迎された。一部の貴族とその令嬢たちは、皇帝フォルクハルトとアンネリーゼでは釣り合わないと不満を漏らしたが、続いてアンネリーゼが皇帝フォルクハルトの花紋の番だとの発表が行われると、不満の声は終息した。
周辺国では皇帝フォルクハルトの婚礼の発表に慌てて朝貢する動きが活発になり、帝国の帝都アウグスブルクには常になく人間が多く訪れる様になった。
皇帝フォルクハルトの婚約者となったアンネリーゼの生国であるジュゼット王国からは、新たに王太子となったヴォルフガングが留学生として外交団と一緒に訪れた。
アンネリーゼと言葉を交わしたヴォルフガングは、まだ十一歳という少年にも拘らず兄の無礼を謝罪し、アンネリーゼの幸せを祝福して、今後この国で立派な王となる勉強を頑張る旨を堂々と述べた。
その様子を見ていたフォルクハルトが、ヴォルフガングには見込みがあるとし、目をかけて育成するのは後の話。
アンネリーゼが随分あとになって知った事は、グスタフは王子として残されたが、結局は下位の者を侮辱する発言が直る筈もなく周囲の不満が高まり、結局は王族から臣下にされ、姻戚の辺境伯に預けられて厳しい辺境警備に駆り出されている、というものだった。グスタフの周りにいた元側近たちは、それぞれの家で廃嫡されたり、一族ではあるが陪臣の家に無理矢理婿に出されたりと、彼らにしてみれば己の描いた輝く未来を潰され、望まない道を歩まされる結果になっているとの事だった。
アンネリーゼにしてみれば、自分を貶めた相手であるため、同情する気にもなれなかった。
「フォルクさま、お聞きしたい事がありますの」
「なんでも聞いてくれ、リーゼ」
婚礼前のある日の事。
アンネリーゼは思い切って尋ねてみた。
「フォルクさまの種族は何なのでしょう?」
「我の種族か。話してなかったか、それは済まない事をした。我が名はなんと言ったか覚えているか?」
「フォルクハルト・ヴィンツェンツ・バルタザール・L・グロスクロイツ、ですわ」
「一度しか名乗っていないのに良く覚えておったな。そう。我が名はフォルクハルト・ヴィンツェンツ・バルタザール・L・グロスクロイツ。このLは、ルキフェルという」
「ルキフェル」
「そう。魔王ルキフェルだ」
「魔王」
アンネリーゼは目を瞬かせた。
「魔王は種族だ。アスモデウス、ルキフグス、サタナキア、アスタロト、ベリアル、ベレト、ベルゼバブ、ベルフェゴール、バアル、ラクシャーサ、ラーヴァナ、アスラなど、魔王族は多い」
アンネリーゼの中で魔王のイメージが一変した瞬間である。
「今のところ、魔王族は全て我の配下に入っている。ルキフグスは我が国の宰相だ」
「宰相閣下のお名前は、ルートヴィヒ・ハインツ・L・ロフォカレと申しませんでしたか? あ。もしかしてL」
「気がついたか。そう、奴のLはルキフグスのLだ」
フォルクハルトの顔が楽しそうに笑う。
「我ら魔王族は、真名を知られると支配される為、普段は真名を隠す。我は皇帝で、其方は皇后になる故、我らに真名を知られていても不都合はないが、通常は真名を呼ぶのは禁忌故に気をつけよ」
「かしこまりましたわ」
魔族の国である帝国は、アンネリーゼの知らない常識があるようだと心に刻み、後日、フォルクハルトに願って教師をつけてもらい、魔族の常識を学ぶアンネリーゼだった。
☆ ☆ ☆
婚礼の準備が整い、婚礼の日となった。
人間であるアンネリーゼの中の婚礼とは、教会で婚姻の女神ユーノーに愛を誓うものだが、ここ魔族の国グロスファンディア帝国ではへーラーという女神に婚姻の報告をするだけで、別段愛を誓うという事もないそうだ。
そして指輪の交換もないと聞き、少女特有の夢が潰されたアンネリーゼは暫しの間塞ぎ込んだ。
だが番の契を交わし感情が筒抜けになる己の番相手のフォルクハルトを誤魔化す事ができず、指輪の交換の事を吐かされた。
フォルクハルトは笑い、指輪の交換は無いが互いの血を以てして作った宝玉を腕輪にし、互いに交換して生涯つけるのだと教えた。
血を使うと言われて怯えたアンネリーゼだったが、使う血は一滴、指先を針で刺してぷっくりと溢れてきたものだけで、それを宝玉の元となる魔石に擦り付けて魔術で魔力が籠もった血を取り込ませるのだと言われ、漸く安心したのだった。
婚礼の日、帝城の大広間で魔族のそれぞれの種族の長たちが見守る中、皇帝フォルクハルトとアンネリーゼの婚礼の儀式が行われた。
女神へーラーに婚姻の報告をし、腕輪の交換をし、公爵、侯爵、伯爵、子爵、帝国軍将校ら、周辺国からの使者たちなどに見守られた婚礼は滞りなく済んだ。
ちなみにアンネリーゼの婚礼衣装はフォルクハルトの命令によって最高級の布地が使われ、ふんだんにレースや装飾品が縫い付けられた贅沢な一品となり、アンネリーゼの美しさを引き立てフォルクハルトが満足するものとなった。
婚約破棄からのまさかの魔王族の長との番となるなど、あの時のアンネリーゼには予想もつかなかったが、現在はグロスファンディア帝国の皇后となり、愛する番と忙しくも幸せな日々を送る事ができている。
人生は予想外な事が起こるものね、などとのんびりと考えている事は、愛する番である皇帝フォルクハルトには筒抜けだった。
婚約破棄と悪魔な番
〜FIN〜
①鎖縛──鎖で縛り上げること。
②讒言──他人を陥れようとして事実を曲げ、偽って悪し様に告げ口をする事。
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ここまで読んで下さりありがとうございます(^^)
『婚約破棄と悪魔な番』、如何でしたでしょうか?
婚約破棄もの、魂の番、番認定は匂いではなく花紋という体に浮き出る痣、魔族という人外相手、というネタがいきなり降ってきたので、とりあえず書いたら8830文字になりました^^;
おかしいなぁ、もっと短くなる予定だったのに(+_+)
面白いと思って頂けたなら、評価や感想等お待ちしております(^^♪
私のモチベの元になります(*´∀`)