恋愛のやり直し。1
イヴァンが私を守る為に盾になったのは覚えているんだ。倒れた直後にもう、息してない。って分かってた。そこから気が狂った様になってから記憶が無いんだ。
気がついたら、救命救急センターの一般病棟の中にあるカプセルルーム。この中にいる間は面会謝絶なんだ。ただ、この中に入ってると暖かくてね。ヒールウォーターに酸素と栄養が入っているから通常1週間以上かかる状態の患者さんでも医療用AIが普及しているお陰で2日程に短縮出来るんだそうだ。担当医は勅使河原先生。先生はこの間の作戦に従軍してたらしく。日本に緊急搬送された時は大変だったそうだ。イヴァンはルーちゃんの回復魔法で全回復だけはしてたけど、結局、先生が持ってきた医療用AIはたまたま2台。カプセルは1台。つまりは私を放置せん限りイヴァンは救えないって事で飛行空母内で緊急手術して使い物にならなくなった心臓と肺2つを摘出して保管。機械をカプセルに接続してAIに心臓と肺2つの機能を指示してカプセル内で縫合して。手術自体は成功した。そこまでは良かったんだ。現在、クローン技術で、イヴァンの新しい心臓と肺。成長してるんだ。でも、運動は厳禁。タバコ吸ってたけど禁煙は避けられず。でも、意識失っている間に起こる記憶障害は現代の医療でも治せませんって先生に言われた。面会は出来ないけど、記憶障害の件があるから目が覚めたイヴァンにカプセル越しに聞き取り調査したそうだ。そしたら、私も日本に帰国してから直ぐにカプセルに入れられたからカプセル越しに先生から聞かされた。
「非常に残念ですが、他の方の記憶はあったけど、君の記憶だけ抜け落ちてしまってる様だよ。彼。ただね、興味深い事も分かってね。写真、頂戴って言われたんだ。今まで色んな症例扱っているけどね。こんなケースは初めてなんだ。余程、彼にとっては大事な人だったって事なんだ。だから、しっかりと身体を直して。無理に情報を教えず、時間に任せてご覧。記憶の糸口さえ見つかればイヴァン博士の記憶障害。克服出来る可能性高いよ。」
先生はきっと励ましたかったんだと思うんだ。でも、先日のさよならさえも言わせて貰えなかった一件を引きずっていたからか。
「私がイヴァンの手を離してしまったからだ!」
で、カプセル内で狂った様になってしまって。結局、先生のお世話になって。ちょっと落ち着くの時間かかりそうだから一時的にどこかで静養した方が良いよって話になった。結局、行きたくもなかったが亡くなった父母の遺品整理が全然なされてないって言う事で。3日後退院したその足で住所を頼りに岡山県の蒜山高原の自宅に初めて行く事にした。方向音痴な私の為に護衛にはリンちゃん、エド、ルーちゃんのコンビが付いてきてくれた。鍵はエルフの大使館に勤めているアルベルトさんが合鍵を取り寄せてくれていた。鍵を開けて、全ての空気の入れ替えをした。日本にも自然が残ってたのが嬉しい。それに、やる事があるだけでも気分が大分違うんだ。家は私名義になってたが、売るつもりでいた。まず、業者に連絡して母が使っていた介護用品のレンタルを解除してもらった。私が日本に着くまで引きとれなかっただけあって余分なレンタル料を払うだけで回収して貰えた。これで家も大分広くなった。部屋に飾られてた写真。イヴァンが送った2組の結婚写真だった。こんな物って思って手をかけた途端にリンちゃんに没収された。
「ちょっと、何でリンちゃん、こんな物大事にしなきゃならないのっ!」
「落ち着きなさい、ミサトちゃん。あなた、妖精使いなのに横であなたを想って泣いてるフラウディアの姿が見えないの?」
「……………えっ…………」
春の妖精王フラウディアは精霊王の中で唯一の女性だ。生前の事も覚えている状態で妖精王として立った。当然、当時の事も。だから、傷つけてたんだ。傷つけてたからいつも見えてたものが見えなくなるほどに盲目となってたのだ。声だけ聞こえた。
「ごめんなさい。産んであげられなくてごめんなさい。母親になれなくて、ごめんなさい…………」
これ、本心だ。そう思った。寡黙すぎる彼女の悲痛過ぎる心の叫びだ。何でこんな簡単な事に気がつかなかったんだろう。姉を代理母にするなんて所業。一番に反対したのは多分母だ。姉の人生を台無しにする決断。したくてする人なんているんだろうか。私はフラウディアを久しぶりに呼んだ。
「ごめんなさい、フラウディア。一番辛かった筈なのに、気が付いてあげられなくてごめんなさい!もう、後ろ向きにならないよ。だから、姿を見せて。フラウディア!」
するとね。多分、話したかったんだろうな。3歳位の大きさになって出てきてくれたんだ。春の精霊王だけあってあどけなくて。可愛くてね。んで、抱きついてきたんだ。目に涙いっぱい溜めて。ポロポロ泣いてた。
結局、片付けなんて辞めてフラウディアといっぱい話す事にしたんだ。当時の事。子宮全体を癌が侵食してて、出産するにしても母子共に死ぬ確率が高かった。お父さんも随分悩んだって。だけど、妊娠継続する技術なんて当然無いし、一族に相談しても前代未聞の話だから誰一人として協力が得られなかったそうだ。しかも現地の人族なんてと。結局、検査で母体にするのが相応しいのが姉だと分かって。でも、未成年だから出産は耐えられない。って事で、成長を止めていたそうだ。赤ちゃんだった私ごと取り出して赤ちゃんだけ生かすなんて例は現代の医療でも特例中の特例で。世界でも私だけなんだそうだ。子宮を摘出した後、クローン技術で子宮再生したけど、結局それが全身癌になるきっかけになって長年治療に苦しんだって聞いて。しかも、その原因が天変地異で起きた原子力発電所爆発事故が原因と知って。文明の恐ろしさを目の当たりにした気がしたんだ。お父さんは多忙を極めながらもお母さんの闘病を助けつつ私育ててた。
そんな話聞いたらね。もう、怒るのやめようって思った。今度、ウインディアに会う機会があれば謝りたいなって思ったが。残念ながら。
「ウインディア、ここの所イヴァンに凄く嫌われていたでしょう?そこに持って来てイヴァンが重篤な状態でしょう?きっと、イヴァンが精霊王の存在に再び気がつくまで出てくる気は無さそうよ。お陰様で私もショーンもネイサンも3歳位の大きさになったけど、彼だけ未だに赤ん坊のままよ。どっちかというと、イヴァンは魔法が大嫌いなの。魔法で散々な目にあって来たからね。そんな彼に取り憑いたのが運の尽きね。だから眠る事にしたみたい。ウインディアが目覚めるのは一体何年後か。あるいは何十年後か百年以上かかるか。定かじゃ無いの。冬の精霊王は眠れる王。私は最強の力を与えられたけど、彼は未来を見る力が強いの。イヴァンが眠っている間に見える未来は確実に起こるの。だから、彼が夢を見たって言ったらちゃんと内容取ってあげてね。」
なんて言われたんだ。
翌朝、私が落ち着いたって事でエドとルーちゃんは帰京する事になったんだ。ただ、その時に1つだけお願いをしたんだ。イヴァンから預かったレシピノート。イヴァンに返して貰う様お願いしたんだ。私がこれを頂いた経緯を知ってるエドは持っておいて良いって言われたけど。
「多分、これ無かったら今のイヴァン。困ると思うから。私なら大丈夫。私の事を愛してくれたあの人はきっと此処にいるから大丈夫だよ!」
そう言って自分の胸を張ったんだ。ひょっとしたら、もう、私だけの為に笑ってくれないかもしれないけれど、それでも幸せになってくれるんだったら良いな。でも、私を選んでくれたらもっと嬉しいなって思ったんだ。
それから4日後、クローン技術で再生された臓器の再移植手術が行われた。元々は自分の臓器だから感染症とかのリスクが無いそうなんだ。手術の時間は10時間程かかってた。手術が終わって、カプセルの中で眠るイヴァンを見た。1週間程会わなかったのに随分と痩せ細ってた印象を受けた。みんなの記憶はあるのに私だけないんだ。今の私に出来るのは、イヴァンが一日も早く良くなりますようにって願うことしか出来ない。目を閉じて。そうしたらゴポゴポって音がしたから何が起きたのか。気になったから目を開けたんだ。
そしたら、カプセルの中でイヴァン。目が覚めてたよ。イヴァンは食い入る様に私を見てた。出会った時と全く同じ。キラキラって目をして。まるで宝物を見つけた様な。そんな尊い目で見つめる彼に手を振って。私は一人で遺品整理。再開する事にしたんだ。転移魔法を唱えて姿を消したんだ。
住んだ期間は少なかったのに随分と色々あるもので。フラウディアの手伝いもあって順調に進んだ。ただ、イヴァンと一緒に写ってるあの写真。あれは燃やす事にしたんだ。イヴァンのペースで思い出したら良いって思ったから。手術の日から3日後。11月だから落ち葉集めて焚き火してさ。ついでに焼いてしまおうって思った。今度もし、違う恋をしてさ。別々の道を歩く事になっても後悔しないって思ったんだ。フラウディアは非常に残念がったけどね。相手は工学博士だし。私は引きこもりだしね。諦めがついて。もちろん、側にはバケツの水も用意してたよ。沢山のアルバム燃やしたんだ。晴れて身内も居なくなってしまったからね。アルバムの中の写真はどんどん白い煙になって消えてった。そして、とうとう結婚写真だけになって。
「さようならも言わせて貰えなかった人にさよならするんだ。」
そう言って、焚き火の中に入れた瞬間。嘘の様な出来事が起きたんだ。帽子の上からはくせっ毛の銀髪が見えてた。焚き火の中に入れた筈の結婚写真はその人によって取り出され、コートを脱いだと思ったら一生懸命消火してた。茶色のスーツからピンクのワイシャツが見え隠れして。バーバリーのマフラーを首にかけるだけ。でさぁ。黒い上質のコートがめげようが燃えようが構わず消すんだよ。一体、何がこの人を掻き立てるのか。全く意味がわからなくて。呆然としたんだ。多分、無理して走ったのかもしれない。随分と荒い息をして。
「やっと見つけた。病室で見かけた記憶の欠片。みんなに散々問い詰めてやっと。やっと教えて貰ったんだ。エルフの女王、ミサト・アカツキ・セレネティア。俺が間違った判断で手を離したばかりに傷つけてしまった俺だけの宝物。……………迎えに来た。何が何でも連れて帰るからな!」
何故、この人。こんな所にいるのか。ひょっとしてしれっといつもみたいに抜けて来てるのかと思うと思わず頭が痛くなる思いだった。




