化学vs 魔法
昨日、イヴァンは私が作らなきゃいけない『反射鏡』なる物体の設計図をたった1時間で作り上げて渡してくれた。土台に浮遊大陸ごと巻き込んだ上で直径8km の半円形の非常に大掛かりなものだ。特に気をつけなければならないのは角度らしく、地球も月も動いているからちょっとでも狂うと地球にもダメージがいくからと言われた。
「そんな大きな物は流石に作った事が無いんですけど。」
「大丈夫さ。失敗したとしても島が消えるだけだし。成功するかどうかなんて俺にも分からん位だから。但し、気持ち大き目に作ると良いかもしれない。一応、何回も検算したけど、パルスレーザ砲の威力がどれ位なのかの考察を一切してない代物だから。」
そんな訳で、今日はあのお方のお手伝いをお願いしないといけない。他の精霊達は基本人畜無害だけど、1柱だけ問題があるお方がいた。祖父が事あるごとに「セクハラ爺ィが」と呼んでいた精霊王そのお方だ。精霊の始祖とも言えるお方なので、失礼があってはいけないとは思うのだけど、笑い方が
ぐひょひょひょひょひょ
と引く事請け合いで、精霊王との初仕事なので心配して8精霊達も応援に来てくれていた。
「ヤァ、初仕事だね!報酬はとびっきり上質の魔力をお願いするよ!儂は既に方法を思いついているでのう。ぐひょひょひょ。」
「…………」
私を含めた8精霊達の溜息が一斉に漏れた。
祖父はイヴァンに魔法をかける時、月の重力から地球の重力に身体が慣れる為の重力魔法と徐々に魔法が消える様に時間を設定する時間時限魔法ともう一つ新たに作成した精霊避けの魔法を施した。精霊避けの魔法にはデメリットもある。精霊魔法が一切効かなくなるというデメリットだ。なので、イヴァンを魔法で回復する時には神聖魔法一択となるのだ。勿論、精霊王はこの事をご存じない。何故なら、私が羽化して精霊王と契約した後に祖父が魔法を使ったからだ。
「大丈夫だよ。此処は私の力が強いから、いざとなったらミサトを守るから!」
こう言ってくれるのは今日、大活躍する事が確定の子、氷の精霊(女性)である。
「それじゃ、水の精霊、氷の精霊、精霊王に命じる!直径10kmの立方体を浮遊大陸を巻き込んだ形で作って!」
「「わかった!」」
「任せるのじゃ!」
3柱の精霊達は一斉に作業に取り掛かった。水の精霊がバケツをひっくり返した様な水を撒き散らし、それを氷の精霊が永久凍土に変えていく。精霊王が何をしてるかというと、2柱の精霊の力を増幅しているのだ。
私は羽を広げ空の上で陣頭指揮をしながら魔力を分け与えた。仕事するにも報酬が必要なのだ。この方々は。作業を続ける事5時間。まずは永久凍土の完成だ。そこから半円に加工するのは風の精霊だ。直径8.5km の突風を半円形にした形で、イヴァンの書いた指示書に従って削り取っていく。半円形に加工が出来たら残りは表面を軽く溶かすだけだ。これには火の精霊と光の精霊が大活躍だ。土の精霊が出入り口を確保してくれて、残りはイヴァンを呼びに行ってくれた。作業開始から既に9時間が経過していたが、その間にイヴァンは用事を済ませた上でちょっとした工作をしていた様で、小型化したジェットエンジンを背中に担いで出てきた。出来た物を見て
「スゲェ。これが魔法で出来た代物なんて信じられない!」
と感嘆の声を上げた。
永久凍土で出来た反射鏡は太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
流石に今日は疲れたと見える。ミサトは反射鏡の製作後、ご飯も食べずに泥の様に眠りこけている。
あんな大掛かりな物は随分と魔力を食うみたいだ。
なので、明日は二人で一斉に飛ばず、気持ち改良したジェットエンジンでミサトを抱えて移動する予定だ。スマホで操作出来るようにアプリを作ってインストールした。スマホ自体は旧世界のヴィンテージ品なので、月で製造されている製品みたいにスパイツールなんぞ入ってはいない。月で使ってた電子機器の類は悉く廃棄する予定だ。軍部は俺を探しているとなると、そういう細々とした物さえ利用するだろうから用心は重ねたほうが良い。俺は今から生まれ故郷に刃を向けようとしている。恐らく、もう月には帰れないだろう。成功するかどうか分からんが、パソコンのモニター越しに故郷に別れを告げた。晩酌で飲んでるウォッカが少しだけ涙の味がした。
翌朝早朝。
前回の発射が早朝5時だった事もあり、まだ外が暗い内だがスペースシャトルを片付けてから二人して浮遊大陸から少し離れた場所でパルスレーザ砲が来るのを今か今かと待ちわびていた。最初、イヴァンは私の身を心配して抱えて下さろうとしてくれていたのだが、前回もスペースシャトルを操縦しながら記録を取っていた事もあってか
「最初のうちは私も飛びます。疲れたらその時はよろしくお願いしますね。」
「……済まないな。」
そんな訳で、イヴァンはビデオカメラを回して記録を撮っていた。上空で寒さに震える。完全防備で臨んだが、高度が高すぎるのだ。雲の上からは常時キラキラと太陽が輝いていた。昨日時間をかけて作った反射鏡だが、成功するかどうかは賭けだとイヴァンは言っていた。反射鏡はまるでクリスタルの様だ。白い息を吐きながら、イヴァンは左手に付けた時計を見て
「時間だ。」
と呟いた。実は、昨晩、地球世界政府が声明を出し、戦争する理由には同情もするが、支援を受けておきながら恩知らずも甚だしい。直ちに支援を中止し、戦争を受けて立つ!との声明が出されていたとイヴァンが教えてくれた。また、イヴァンにはもし生きているなら是非姿を見せて欲しい。話し合いに協力する用意があるとまで言ってくれていた。だが、今日、自分がやった事で自分は故郷を捨てないといけないだろうなと。その顔は曇り、寂しそうに笑っていた。俺が作ったパルスレーザ砲は武器だ。殺人兵器に他ならないからと。2度と使えない様にする大義があったとしても人の命は失われようとしていたのだ。本当に優しい人だ。無理矢理作らされたにしても、今この場でカメラを構えながら積年の思いが胸をズタボロにしているのだと思う。
まっすぐ走ったビームは反射鏡の下部分に当たり、上半分に跳ね返って元来た道を辿って月に戻って行った。
「午前5時39分着弾。ミッションコンプリートだ。ショーン、ネイサン。見てるか?俺、仇討ち出来てたか?俺のせいで痛い思いしたよな?最高の手向けになったか?ほら、お前らの好きな酒だ!今日は祝杯だ!たんと飲めよ!」
レトルトパウチをナイフで切って盛大にウォッカを振りまいた。火気厳禁の酒を背中に火が付いている状態でだ。正しくはジェットエンジンだそうだけど、そんな事は突っ込める雰囲気じゃなかった。
イヴァンの状態がボロボロだったので、飛ぶのを一旦諦め浮遊大陸に戻ってきた。数日前に私にしてくれたみたいにイヴァンをぎゅーっと抱きしめた。イヴァンはビデオカメラを握りしめていたがカメラをカバンに無造作に入れ、何か綺麗なモノを見つけた様な目をして、何事か
「…………」
と言った。たまに本音がロシア語で出る様だが、恐らく、イヴァンはうっかりAI 搭載パソコンの電源を切り忘れていたのだと思う。
「只今のロシア語を翻訳します。 YA tebya lyublyu 愛してる。だそうです。ヒューヒュー!」
「…………」
イヴァンの顔は酷く甘く真っ赤っかだった。まさか、ちょっとした囁きをバラされるなんて思っても見なかった様で。
「おい、テメェ!なんて事バラしやがるんだ!」
「そんな事言っても毎日AI を告白の練習台にしてるでしょう!いい加減、側にいる人に言ったらどうなんですか!」
「俺はっ……………だからだなぁ。そのそういうのはだなぁ、手順ってものがあっ、あるんだよ!」
「どうだか。」
笑っちゃいけないと思うんだけど、軍配はAI に降りたみたいで。いそいそとノートパソコンの電源を切ってから。改めて私の肩をガシッと捕まえて。
「俺はだなぁ。一目見た時からミサトに一目惚れしてた。でも、俺は30歳も年上だし、恋愛もした事もない子に気持ちを押し付けるのもどうかと思って…………」
私は片手を腰に回してイヴァンの髪の毛を撫でた。ちょっと癖のある銀髪が短く切り揃えられていた。
「だから、ミサトが本気で俺だって思った時で構わない。俺は…………」
その口を思いっ切り塞いでやった。もう、十分過ぎる位、大事にされていると思う。今まで赤の他人は迫害しかしないものだと思ってた。でも、彼は違った。偏見も無かった。私の気持ちを尊重するつもりできっと気持ちを押し隠すつもりだったんだろう事は様子から見て取れた。一緒に過ごす様になってまだまだ日は浅いが、この人となら一緒にやっていけるだろう。ただ、ちょっとだけ意地悪したくなったので、私はエルフ語で。
「…………」
と本心を言ってやった。
「おい、コラ。ミサト、俺の真似しただろう?ちゃんと意味教えろって!」
「私を捕まえられたら教えてあげます!」
「おい!卑怯だぞ!空に逃げるなんて!」
「あははは!だって、普通に走ったら追いつかれるのは目に見えているじゃないですか!そんな当たり前の事を勝負事にすると思ったんですか!」
「こりゃ、1本取られたな。だが、甘いな。俺を本気にさせたツケはでかいぞ?待ちやがれ!」
そんな感じでおふざけが過ぎて次の大陸まで激しいデットヒートが始まった。気がつけば最寄りの街で盛大に飛び回っていたらしく、イヴァンのフェイントにしてやられて捕まってしまい、その場でドワーフの一番の偉い人だと思われる人の所に連れて行かれてこってり油を絞られたのだった。