イヴァンの過去 3
「そうだ、そろそろその名刺返してくれないか?リンちゃん。」
いい加減返して頂こう。それ、俺にとっては人生を変えた宝物だし。
「こんな古びた物よりか、ワタシが新しい名刺取り寄せた方が良くない?」
「…いや。これが良いんだ。俺の人生を変えたきっかけだから。」
「……………そうなのね。」
リンちゃんは俺に名刺を返してくれた。名刺入れに入れ直し、懐にしまい込んだ。右手使わないと入れられなかったので少々痛みに顔が歪んだ。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。重たい話で済まないな。」
「何言ってるのよ。気にしないで頂戴。それよりも、ちゃんと内戦終わったの?」
そう、話を急かして来たので、思い出しつつ話を再開する事にした。
結局のところ、その翌日から時限付の停戦になり、俺たちはもう、銃弾に怯えなくても良いと正直思っていたのだが、何年にも及ぶ諍いが直ぐに止まる訳ではなかった。停戦してても散発的な戦闘が各地で起きたから結局終戦に至るまでに1年以上かかる事になったが、地球政府の積極的な介入が功を奏して俺たちは飢える事が無くなった。だけど、凄くおかしな事なんだがいざきちんと三食食べられる様になったと言うのに俺たち全員、胃が受け付けず。住まいに至っては破壊し尽くされ、身寄りも居なければ保護者なんて居ない俺たちは難民キャンプにすら居場所は無く。そのまま廃墟で暮らしてたんだ。幸太郎は凄く良くしてくれたが、彼も日本に戻る事になってしまったんだ。戦争が終わったからなぁ。ただ、幸太郎はタダでは帰らなかったんだ。きっと、今後の行く末を案じてくれていたんだ。俺たちに暖かい新たな家庭を用意してくれていたんだ。俺は、ロシア語、英語、日本語話せて。しかも終戦のきっかけを作った子供ってみんな知ってたから大人たちは俺を引き取りたいって言ってくれていたけれど、結局、何処にも養子には行かなかったんだ。怖かったんだよ。他の大人達が。確かに同情もあるのかもしれないけど、どいつもこいつも話ししてるとその殆どに打算が付き纏ってるのが分かるんだよな。そんな俺に付き合う馬鹿もいたから、俺、ショーン、ネイサン、アーク、ドナルド、リュウの同い年6人衆に帰国直前まで幸太郎は困る事態になったんだ。
「なぁ、お前達。なんで大人を頼ろうとはしないんだ?」
日本語が話せるのは俺だけだったから俺は残りの5人の通訳も兼ねていたんだ。だけど5人とも返ってきたのは揃いも揃って
「「「「「それをしちゃったらイヴァンが一人ぼっちになってしまうだろうが!」」」」」
って返答でな。だけどさ。幸せになれると分かってるのにわざわざ俺に付き合うって言うじゃないか。俺、嬉しかったんだけど、同時に腹も立ってさ。通訳も忘れて。
「お前達が俺に付き合う必要ねぇんだよ!」
そう言って俺はみんなと殴り合いを始めてしまってな。まぁ、分が悪い喧嘩な上にアークが強いのは相変わらずだったからさ。今度は俺、一方的に負けたんだ。何でいきなり喧嘩に発展するんだよ!って事で俺は幸太郎に絞られたよ。理由はちゃんと話したんだ。そしたらさ。
「イヴァン、みんな良い奴らだな。そう言うのを親友って言うんだよ。」
「…親友?」
「そうさ。親友なんだ。友達ってな、良いもんだぞ?楽しい事も辛い事も一緒に考えて手を差し伸べてくれる存在だからね。イヴァンはその子達に手を上げてしまったんだ。ちゃんとごめんなさいって出来るか?」
「…………」
「出来るよな?イヴァンはみんなの中で一番優しく、一番賢い。それ故に他の人以上に見なくても良い事を見てしまう。気づいてしまう。それでも、この最悪な環境で。大人の力を借りずにこんなに大勢の子供達が生き残れたのはイヴァンが頑張ったからなんだ。イヴァンにしてみれば、もっと助けたかったんだとは思うけど、何もイヴァン一人で抱えて苦しまなくて良いんだよ。これからの長い時間を亡くした人の分まで幸せになるんだよ。俺もみんなの気持ち分かったから。後は俺に任せてくれ。な?」
「……………うん。」
「こんな時まで強情張らなくて良いんだぞ?泣きたい時は泣いて良いんだぞ?全く、お前って奴は。」
「……………うるさい。」
俺、いつの間にか幸太郎に抱きしめられてて、頭撫でられてたよ。ただ、俺、震えて。泣くの我慢してたんだ。当時は何でそうしたのか。意地を張らずに泣けば良かったのかもしれないんだが、俺も何だかんだ言って仲間を見捨てて生き延びたって負い目はあったから泣いちゃいけない気がしたんだ。
結局、俺たちが落ち着いたのは真っ先に再建された寄宿舎付きの小中学校でな。そこ、基本お金持ちしか入れない所だから6人衆は慌てたさ。べらぼうに高額な宿泊費なんて賄える筈がない。試験受かってやっと入れるような学校でさ。みんなで相談したさ。流石に。
「どうするよ?幸太郎がさ、此処に受からない場合はみんな強制的に養子縁組だって言われたんだけどさ。」
そう言って、俺はパンフレットをみんなに見せた。残る5人は一瞬で顔面蒼白になったんだ。そりゃ、そうなるわな。生きるのに必死でさ。勉強全然してない奴がいきなり試験して入れるなんてあり得ない。既に戦乱で2年義務教育に遅れが出てる状態だったからさ。一応にみんなどうしようってなったんだ。
「これが楽勝なのイヴァンだけだろうよ。幸太郎、一体何考えてるんだよ!」
「いや、俺もそこの所はどうなんだろうな?勉強してるの語学だけだぞ?」
「試験内容どうなってるんだよ?」
「なになに?戦乱の影響で学力検査は困難の為、試験内容は作文と面接になります。ってか。イヴァン、受かるの確定だな!イヴァン、合格おめでとう。」
「ありがとう。っておいこら待て。受けてもないのに合格確定すんな!」
「いや、これどう考えてもイヴァンは確定だって。内戦終結の功労者なんだからその辺、大人達の思惑がチラッと見えて来ないか?イヴァン。」
「ああ、見えるなぁ。手に取るように思惑が。幸太郎が任せろって言ってたからさ。どうするんだろうって思ってたけどさ!恐らく此処以外に安全を確保出来る場所がもう無いんじゃないか?今でも散発的な戦闘があるし、何しろ、俺。大人達に目つけられてるからさ。」
「そりゃ言えてるなぁ。誰かが落ちてストリートチルドレンになった後に人質にされてイヴァン呼び出されたらひとたまりも無いもんなぁ。」
そう言ってみんな一人に視線を向けた。アークだ。喧嘩は滅法強いのに頭の作りで言えば一番頭が悪かったから。
「おいおい、そりゃあんまりじゃないか?そりゃ、確かに頭悪いけどさ。」
「まぁ、作文って言う位だから作文のテーマはあるんじゃ無いのか?」
「どれどれ。「将来なりたい自分」って事らしいな。なりたい自分ってあるのか?」
「俺はあるかな?」
「イヴァンにはあるんだ。なりたいもの。」
「ああ、俺は大学まで行って宇宙工学勉強したいんだ!」
「宇宙工学?なんでまた?」
「俺は地下にある図書館で色々勉強してただろう?その時に息抜きで天体に関する本を読んだんだ。それから俺、いつかは宇宙に冒険に行ってみたいなって思うようになったんだ。」
「へえ、その本。今もあるのかなぁ?地下に。イヴァンが興味惹かれた本読んでみたいな。」
それで俺たちは幸太郎に相談したんだ。孤児院の地下に本が置いてあるから探したいって。勿論、幾ら嘗て住んでいた場所だとは言え、紛争地帯だから危なくてさ。護衛呼ぶって言うから誰を連れて来るかと思えば俺を交渉に連れて行ってくれた美しいあのお人だったのさ。
「全く、我をこの様な形でこき使うなど。後にも先にもお主しかおるまい。幸太郎?」
「まぁまぁ。そんな事言わずにどうか頼むよ。ジーク!子供達だけで行かせる訳にもいかないし、瓦礫とかあれば俺がいてもどうにもならないからさ!」
「まぁ、昔助けて頂いた恩返しも兼ねて我もちと働くとするかのぉ。」
そう言ってみんなで孤児院跡まで行ったんだ。見事なまでに瓦礫と死体しか無くてな。しかも1年経過してるからかなり痛みが激しくてな。吐きそうになったけど。そのお方は瓦礫と死体を綺麗に分けてくれてな。地下への階段を見つけてくれたんだけど、いざ地下に入るとそこはもっと悲惨な事になってたんだ。酒瓶と共に2人の女性の遺体があってさ。本はぐちゃぐちゃにされてしまってたんだ。だけど、頑丈な金庫が無傷で残っててさ。多分、あの金庫を死守する為に犠牲になったのは明らかで。なんの力で開けたのか。最後まで分からなかったが、金庫に入ってたのは俺が読んでた天体に関する本だったんだ。日本語で書かれた図鑑だった。俺はそれを見た途端、これは園長先生が俺に残してくれた最期のプレゼントだった事に気がついたんだ。俺、人前で泣いてしまってな。
「園長先生、園長先生っ!……………何でっ!…何で死ななければならなかったんだ!……………戦争なんて…戦争なんてっ大嫌いだっ!うわぁああああっ!」
「……………きっとな、園長先生はお前に未来を託したかったんだろうな。だから、今は前を向いて生きていかないとな。だからもう、我慢する事ないからな?」
「ぐすっ。幸太郎っ!うわぁああああ!」
もうね、俺たちみんな泣き疲れて寝るまで沢山泣いたんだ。その後、人伝に聞いたんだけど。孤児院跡で発見された遺体達はみんな幸太郎が荼毘に付してくれたんだ。俺たち寝てたから知らなかったんだけど、付近で哨戒してた兵士達が黙祷を捧げてくれたんだ。当然、この写真は幸太郎がしっかり撮影しててさ。幸太郎が帰国後、「月の悲惨なる内戦展」と題して東京の国立美術館で1年以上展示される事になってさ。ついでに俺たちの事も詳細に紹介してくれたものだからさ。すっかり有名人になっちゃってさ。俺は月から移動した事すら無かったのに地球から来たパパラッチに追い回される羽目になったんだよ。




