イヴァンの過去 2
そこには愛しい人がいた。凄く心配かけていたのが目に見えてわかる。
「気がついた?まだ痛むんじゃない?」
「…ああ。確かに痛いけど、酒飲んでるから控えるさ。リンちゃんは?」
「さっき、日本から供与を受けたAI がサイバーテロを制圧し終わったの。やっと連絡が取れるようになったからって言うので、スマホで宮殿にいらっしゃる殿下に報告しに行ってる。あ、戻って来た。」
「ただいまぁ〜」
「「お帰り!」」
扉を開けてリンちゃんが戻って来た。
「殿下とやっと連絡取れたわ。明日には迎えに来て下さるわ。」
「そうか。みんなに心配かけたんだろうな。帰ったら、謝らないといけないな。」
「そうですよ!ご自分の気持ちに素直なのはまぁ大目に見ますけどね?ご自分の置かれた立場を考えて下さらないと困ります!」
「そうだったなぁ。悪かったよ。リンちゃん。」
「分かれば良いんです。分かれば。」
「ところで、イヴァン。夢でも見てたの?怪我してる筈の腕挙げて痛そうな顔してたから。」
ああ、それで激痛が走ったのかと妙に納得した。子供の頃とは言え、あれは本当に痛かったもんなぁ。
「ああ、俺が5歳の頃な。アークと喧嘩したんだよ。まぁ、同い年だったとは言えアークもリーダーしてたから強くてさ。本当に苦戦したのさ。あの時の痛みとフィードバックしたのかもな。面白くもない話だが、良かったら聞くか?」
「うん。」
「ワタシも聞きたいわぁ。」
そんなリクエストを聞いたので、俺は話す事にした。夢の中で見た内容を話した後、これには続きがあるんだよって形を取った。
俺はアークと一緒に園長室に呼ばれたんだ。園長先生はまず、先にアークの言い分を聞いた。
「だってさ!こいつ。俺たちが話す単語が分かるのに、英語教えろとか言い出すからさ!馬鹿にしてるんじゃないかこいつと思って頭に来てじゃあ、喧嘩して勝ったら教えるって言ったんだ!まさか本当に負かされるとは思ってなかったんだ!!」
「じゃあ、イヴァン?何故、英語を勉強しようと思ったのか話してくれる?」
「……………それはいつまで経っても大人達が内戦を辞めないからです!」
「…………」
大人達が衝撃を受けていた。通訳を介して俺の言い分を聞いたアークでさえ目を丸くしたのだ。ここで怯んでなるものかと思ったから俺はまくし立てる様に。怒りを込めて抗議したんだ。
「そもそも、何で食料が来なくて俺たちの仲間が次々と死ななければならないんですか!内戦する事に意味があるんですか!俺が英語を勉強しようと思ったのは大人達の話し合いの場に俺が間に立ちたいと思ったからです!俺たちの事が分かれば、大人達はきっと目を覚ましてくれると思ったんです!」
園長先生は涙ぐまれて、俺の事を抱きしめてくれた。
「ごめんなさい、イヴァン。わたし達の醜い争いがこんなに小さい子供の胸を痛めつけていた事をちゃんと他の方々にも教えないといけないわね。英語なら私たちが教えましょう。後、出来れば日本語も話せる様になると良いわ。」
「日本語?」
「そう、日本語。わたし達は母なる大地地球から移り住んできたけど、地球政府の推奨言語が日本語なの。もし、この争いを止められるとするならそこの役人さん達と仲良くお話が出来ると動いてくれるかもしれないの。」
「そうなんだ。良く分からないけど。俺、頑張って覚えるよ!」
んで、そこからは来る日も来る日も勉強ばっかしていたよ。まず、英語は1年で通訳なしで会話出来る様になった。んで日本語を独学で勉強してたんだが、俺が7歳の時に内戦の戦線が拡大して巻き込まれたんだ。俺たちが住んでいた孤児院は戦場になっちまったんだよ。
「なんて事…………」
「…………」
「大人達は俺たちの事は全然考えてすらいなかったのさ。いきなりドンパチが始まってさ。その時先生方にも子供達にも犠牲者が出たんだ。園長先生もその時お亡くなりになられた。俺を庇ってな。屍は誰にも弔われる事なく戦車が押し潰して行ったのをただ見送るしか出来なかったんだ。俺はこの時、初めて泣いたんだ。みんな、みんな。憎い。そう思ったものさ。だけど、忽ち食べる物に困った。俺たちは、銃弾の行き交う場所をコソコソ隠れながら。犠牲者を増やしつつ。自分達も銃弾を浴びて怪我しつつ。死体から食料を漁ってでも生き延びるしか無かったんだ。当時は武器の主流は普通に銃だったりしたから銃弾が残る事が多かったんだ。だけど、そのままにしてたらさ。膿んで腐った挙句に痛いと泣きながら死んでしまうんだ。だが治してくれる医者なんて当然ながら皆無だったから痛くても自分達で処置するしかなかったんだ。」
「余りにも壮絶過ぎるわ。」
よく見りゃ、ミサトが船を漕ぎ始めてる。昨日、欲望のままに任せたからいい加減眠いんだろうな。
「ミサト、もう眠いんだろう?こっちに来いよ。」
「いや、大丈夫…………」
「良いから来いよ。」
そう言って俺の左脚の上に乗る様に指示を出した。遠慮しても無駄なのは知ってるから大人しく脚の上に座って貰ってミサトを自分の懐に大事にしまい込む。
「おやすみ、ミサト。」
「おやすみなさい。イヴァン。」
軽いキスの後に身体が重くなってミサトが眠りについたのが分かる。可愛い寝顔だなぁとつい、悦に入った。
「お邪魔になりそうなら席外すわよ?」
ってリンちゃんが言うので。
「いや、大丈夫だ。ミサト、酒に弱くてな。俺が飲酒後なら俺の呼気で酔っ払っちまうんだよ。こうなると、朝まで起きないんだ。それにな、リンちゃんには付き合わせて悪いとは思うんだけど、なんか今日は話したい気分なんだよ。仕事中のリンちゃんには悪いんだけどさ!」
そう言って、飲みかけのウォッカのパウチを一口呷った。俺は話しを再開する事にした。たまには想い出に浸る夜も悪くない。
俺はとにかく生きるのに必死だったさ。仲間達も先生達も次々と死んでいった。みんな傷だらけでさ。地雷で脚吹っ飛んだ奴もいたし、食料の為に身体を売った奴もいたよ。でも、そうでもしなきゃ生きられなかった。俺たちの仲間が30人切った時に最後まで生き残ってた先生が亡くなってしまったんだ。悲惨なもんだ。服は何一つ身につけてはいなかったさ。襲われたんだろうな、ロクでも無い大人達にって位分かる程度に達観してたから俺は大人をまるっきり信用してなかったんだ。俺は死体漁ってでも食料を確保して大人数を食わせてたんだが、逃げてる最中に死んだ母親が抱きしめてた無傷の赤ん坊を俺、見捨てる事なんて出来なくてな。拾ったのが運の尽きで。忽ちミルクとオムツに困ったんだ。
「そんな時にな、世の中捨てる神もいれば拾う神もいるんだなって思う様な出会いがあったんだ。その人、日本人でさ。月の現状を取材に来た戦場カメラマンだったんだ。この人なんだが。」
俺はずっと持ち歩いててすっかりくたびれた古びた名刺をリンちゃんに差し出した。リンちゃんは目を丸くした。
「望月幸太郎…知ってるも何も。これ、ワタシの父よ?」
「へえ、リンちゃんと合流してからさ。同じ姓だから何となく気にはなってたんだよ。世の中って、思った以上に狭いな。幸太郎は元気にしてるのか?」
「お陰様でね。本当に危険な場所が大好きだから今頃どうやって月に行くか画策してるんじゃないかしら?」
「ははっ!相変わらずのご様子で安心したよ。んで、俺は取引をする事にしたんだ。この人と。俺を取材する代わりにここにいる全員分の食事ってな。幸太郎は了承してくれたよ。それどころか、地球政府の役員に掛け合うって約束してくれたんだ。赤ん坊は子供だけで育てるのは無理だからって事で幸太郎が取材後引き取ってくれるって約束してくれてさ。正直ホッとしたのを覚えてるよ。銃弾行き交う中で赤ん坊が泣いてしまったら俺、殺されるかもって思ってた位だ。孤児院のメンバーの中で日本語が話せたのは唯一俺だけだったから、俺、頑張って勉強して良かったなって思ったんだ。心から。」
「…………」
んで、転機は意外にも早く訪れたんだ。2日後俺は地球政府のお偉方に面会を許されたんだ。その人は女性と見間違う程に美しい耳が尖った人位の認識だったが、俺の目線までしゃがんでくれたんだ。俺はその人にお願いをする事にしたんだ。ここで争いを辞めない大人達の一番偉い人に会わせて下さい!って。その人は快く引き受けてくれたんだけど、双方の軍の実情を知りたいから少し時間をくれないだろうか?って逆にお願いされちゃって。俺は了承したんだ。俺としても交渉材料が欲しかったからさ。そしたらさ、両方のリーダーとも食料を片っ端から強奪した挙句に自分達だけ豪勢な暮らししてたんだと。これには俺も驚いてさ。今まで虫けらの様に殺されたあれは一体何だったんだって怒りしか湧かなかったんだ。
当然だが、俺は仲間達を引き連れて地球政府側が主催した停戦調停の場に乗り込んだんだ。俺たちは驚いた。俺たちは食うや食わずの状態だったからみんなしてガリガリだったのに、あいつらはまるで堕落しきった豚の様で、丸々と肥え太っててさ。最初は俺たち丸め込めるって思って大人達は高をくくっていたけどさ。こんな状態なの何も俺たちだけじゃないでしょ?って聞いたらちゃんと地球政府の高官は調べてくれてたんだ。移住した月のエリアをくまなく歩き回ってな。地球政府の高官は双方に孤児院に住む全員の安全保障、衣食住の保障、農場プランターの再建、内戦で亡くなった方々への慰霊碑の建立、戦争犯罪の調査報告を一方的に約束させて、これを守れなかったら地球政府からの援助は止めますって通告してくれたんだ。大人たちは地球政府からの食料援助まで自分達の懐に入れてたんだよ。こんな事約束させられたものだから、当然、双方呆れる位責任の擦り合いでな。なかなか纏まらなかったんだけど、
「こんな聡明な子供達のいる前でよくもまぁ、愚かな事しかせぬ。そなた達はこの子達に顔向けが出来るのか?恥ずかしいとは思わないのか!そなた達が私利私欲に溺れた所為でこの子達は親を。仲間を。先生を。住む家も何もかも理不尽な形で奪われ続けたと言うのに、謝るどころか責任の擦り合いかっ!!!」
そう、怒ってくれたんだ。俺はこの時思ったんだ。世の中、悪い大人ばかりじゃないんだなって。




