追悼の夜。1
イヴァン達の酒盛りは昼過ぎまで続いた。皆さん、一斉に酔い潰れていらっしゃる。聞けば、イヴァンもまるで悲しさを丸呑みする様な勢いで呑んでて、途中からウォッカに切り替えて。おおい。それで風呂入れるぞって量を飲んじゃってた様で。
案の定、急性アルコール中毒で救急車で病院に運ばれて胃洗浄の処置をイヴァンは受けた。他の3人は流石に自重してウイスキーだった様だがそれでも
「そなた達も病人の癖に酒盛りするとは。どう言う了見だ!」
とまぁ、殿下から説教を受けていた。私も説教をされるかと思ったんだけど。
「幾らそなたでも、流石に止められなかったであろうな。あの3人もウォッカを飲むピッチが早すぎると注意したそうなんだが、少尉からは口に出して言わなくても悟ると指摘されていた故、この重みをイヴァン博士が分からなかった筈が無かったんだ。」
そう言って渡されたのは死亡者名簿の束だった。これが、イヴァンを止められなかった要因だったのは明らかだ。戦争は残酷だ。命の重みが恐ろしい位に軽い。
「あの3人の退院を待ってウエストミンスター寺院で此度の犠牲者とイヴァン博士を守って殉死した二人の英雄の追悼ミサを執り行う予定にしている。勿論、イヴァン博士の伴侶のそなたも強制参加してもらうよ。イヴァン博士が目を覚ましたら教えてあげて欲しい。服とかの準備とかもあるから大変だと思うが、宜しく頼む。」
「承知致しました。」
そう言って一礼して殿下を病室からお見送りした。と、言っても私達に抜かりはない。正しくは祖父に抜かりがないだけだ。ちゃんと設えてあったよ。喪服の類い。私にはエルフ族が葬送する時に着用する王族専用のローブ。勿論、重厚感満載の刺繍が入っているが、黒が基調の落ち着いた代物だ。イヴァンにも喪服は入ってたと思ったが、それは既に先日お直しが終わっていてイヴァンの手元だ。まぁ、今は眠ってるし、後で確認を取る事にしよう。どちらにしても無茶が過ぎたのでどうせ直ぐには解放とはならないだろうし。
そうしてイヴァンの眠る側で私はロシア語の勉強の為に本を開いてた。最近、イヴァンが無茶やらかす事が増えたから必然的に看病する機会が増えてる気がする。
うえぇ、流石に気持ち悪い。常軌を逸した酒量を飲んだ自覚はあるが、あれだけ飲んでも死なないのかよ。どうも途中から記憶も曖昧だ。ミサトは呼気だけで酔うから近寄らせては無かった筈だが。アークの奴もドナルドもリュウも途中からいい加減にそれ位で辞めとけって言ってたのに、俺はヘラヘラ笑って
「大丈夫、大丈夫〜!」
って言って静止を振り切ってガバガバ飲めるだけ飲んだ。ふわふわと昇るような気分で。もう、気持ちが良過ぎてさ。このまま天国行っても良いやって思って構わず飲んでたらいつの間にやら意識ぶっ飛んでて待っていたのは地獄だよ。ああ、あの無理矢理吐かされるあの感覚。何度体験しても慣れない。ミサトには生きろと言われたのに何で無茶が辞められないんかな。なんて事を考えた。
なんだか本を捲る音がするなぁ。でも、起きるの怠いなぁ。と思ったらノックと共に誰か入室して来たようで。気持ち悪いままだし、そのまま寝た振りでもしておこう。
「お邪魔します。陛下、御用とお伺いしたんですけど。」
そう言って誰か入って来た。声の感じからするとルーベルトっぽいなぁ。
「ごめんね、ルーベルト。ちょっとね、此処教えて欲しいんですけど。」
「どれどれ。此処?」
「うん。名詞が今一ピンと来なくてね。男性と女性は分かるんだけど、中性って何?」
「……………目の前の人に聞いた方が良くないですか?」
「ほら、イヴァン具合悪そうだし。」
「まぁ、常識の範疇超えた酒量呑んでればね。」
何やら紙飛行機みたいなのが頭に当たった。まぁ、起きられないんだが。だりぃなおい。
「取り敢えず、続きは別室でやりましょうか。イヴァン博士が復活してくれないと何も出来ませんし、此処で煩くしてたら寝たくても眠れないでしょうから。ね。」
そう言ってミサトをサッサと連れて出て行った。俺は慌てて止めようと起き上がるが同時に吐き気に襲われた。こりゃ、確かにミサトの勉強を見るの無理だな。そして、紙飛行機が手元にあった。何か筆跡がある様だったので徐ろに紙飛行機を広げてみたらそこにはルーベルトからロシア語で伝言が書いてあった。
「イヴァン博士。生存者の3名は明後日退院予定です。その晩に今回亡くなった月の民の方々とイヴァン博士を守る為に殉じた英雄達の追悼ミサを開催する事になりました。イヴァン博士には返礼と言う形で演説が予定されています。演説時間は5分程です。余り時間はありませんので文章が出来るまでの間陛下はお預かりさせて頂きます。 ルーベルト」
…宿題かぁ。かれこれ学会以来だなぁ。ミサって事はお葬式みたいなものだろうかと考えた。俺自身は無宗教なんで正直余りピンとは来ない。両親が亡くなったのも俺が物心つくかつかないかって位だったし。此処は英語圏なんで原稿は英語で書かなければならない。俺は痛む頭を抑え、水を飲んでから原稿を書く作業に取りかかった。
3日後、街中がロウソクの光で溢れた。今日は追悼ミサの日だ。ミサ自体は夜になってからだ。慌ただしく準備が行われた。イヴァンもギリギリまで原稿作成に余念がない。国王陛下もご参列なされるそうだ。否が応でも緊張しかしてないかもしれない。アークさん達も紳士服店で喪服を調達してきた。自分達の仲間たちの為に行われるミサとあって、
「有難い話だなぁ。」
って、そうしみじみ話をしていた。
時間は夜になった。参列者は実に大勢だった。私達と救助された月の民3名は最前列だ。リンちゃん達もすぐ後ろに並んでいた。リンちゃんが空気を読んで男性してるのが。後は喪服だったり軍の正装だったりだ。
法王様主導で粛々と式は続いた。聖歌が歌われ、聖書が紐解かれた。鎮魂の祈りは此処だけではない。街の至る所で祈られた。何て崇高なんだろうかと私は思った。一万人もの棺は並べる事が不可能なので棺は2つ。イヴァンを守って亡くなった方のアイスコフィンが置かれていた。棺には世界政府の旗がかけられ、国王陛下が花を供えたのを皮切りに参列者はみんな白い花を手向けた。アークさん達は、悔しそうに泣いていた。イヴァンは溢れそうな涙を抑える様に上を向いた。その姿は実に痛々しく、見てはいられなかった。
俺は上を向いて涙を堪えている。今は前を向いて進まないといけない時だと思ったから。さっきからアーク達は棺に縋り付いて泣いていた。みんな俺が原因かと思うと余りの罪深さに目眩すら覚えた。
俺の為に反乱軍に加担して命を散らした友達。面識は無かったが考えに賛同して参加してくれた大勢の人。その方々の命に報いるにはどうすれば良いのか。原稿を書く間ずっとそれを考えていた。書いては消し、書いては消しを繰り返した。ミサトが言った通り、生きて報いる方法を考え抜いた。今から、俺は壇上に上がる。普通、ミサで謝辞を言う機会なんて無かった様に思うが、俺たち以外の縁も所縁も無い方々が俺たちと同じ様に心を痛めてくれている事に感謝を述べる機会が与えられた。その事にまずありがとうと言いたい気持ちだった。壇上に上がればたくさんの聴衆の目がそこにあった。俺は英語で話し始めた。
「お集まりの皆さん。本日は俺と沢山の仲間達の為にこの様な盛大なミサを挙行して頂き、誠に有難うございました。」
俺は壇上で一礼をした。声が震えそうだ。今は泣く時ではない。抑えろ!と自分に喝を入れた。
「俺たち月の民が誕生したのは50年前の天変地異の影響から逃れてきて住み始めた事に起因しています。その多くはロシアから。またはアメリカから逃げて来た難民から形成されました。住み始めた当初から言葉の壁が立ちはだかり、食料を巡って血で血を洗う内戦が続いた結果、俺の両親だけでなく多くの血が流れました。本来ならば手を取り合って生きなければいけなかった。その為に俺たちが出来る事はお互いの国の言葉を学び、国と国の架け橋になる事でした。月で生まれた俺たち子供達は積極的に友達を作った。そして、協力し合って。助け合って生きて来ました。場所こそ違いますがごくごく平凡な。幸せな生活の営みは間違いなくありました。事情が変わったのは5年前、軍部がクーデターを起こして以降です。彼等は、地球侵略を掲げ、異世界から来た人々を排斥し、地球を支配する事で月に住む仲間達を食料難から救おうと考えたのです。俺は、軍部に囚われ武器開発をさせられる事になりました。そして、今回亡くなられた多くの方々は、その地球侵略に異を唱え、俺を助ける為に命を賭けた俺の友人。仲間。その考えに賛同してくれた名も知らない多くの方々だったのです。今は戦争の真っ只中です。非常に残念ですが旧反乱軍が最前線に投入された為、資材上の枯渇は明らかでこの後も尊い命が宇宙に投入されていく事でしょう。ですが、俺たちは多大なる犠牲を払ってでも戦争を止めなければなりません。月の民を軍事政権から救い出し、月の民と共に俺たちは帰らなければならないと考えています。月に入植した時の様に決して平坦な道ではないでしょう。ですが、考えても見てください。元々は同じ地球の民だった筈なんです。手を取り合って生きていけると俺はそう考えました。俺は罪深い人間です。今までの俺は死ぬ事で責任を果たそうと考えてました。だけど、俺の伴侶は違いました。同じ罪を一緒に背負い、共に支え合って一緒に幸せになる事が亡くなられた方々への最大の恩返しになるとそう説いたのです。皆さんにお願いがあります。どうか俺と残された月の民達が地球に住む事を許してください。そして、仲間達を助ける為にどうか力を貸してください。俺の願いには死の危険が付き纏います。ですから命の保証なんて出来ません。応援してくれるだけで。それだけで良いんです。どうか、宜しくお願いします。」
俺は改めて頭を下げた。
「最後になりますが、見ず知らずの俺たち月の民の為に心を痛め悲しみを共有してくれた事に心からの感謝を。この様な機会を設けて下さった国王陛下以下関係者各位に心からの御礼を申し上げて締めくくりたいと思います。ご静聴誠に有難うございました。」
俺は原稿が書かれた用紙を畳んで封をし、一礼をしてから壇上を降りた。拍手が俺を見送ってくれていた。




