ロンドンで待ち受けていたもの
離陸直後にちゃっかりイヴァンは眠ってしまったそうだ。
私も気持ち眠たかったが、リンちゃんに
「昨日、イヴァン博士。目が全然笑ってなかったわよね。」
って言われた。流石に良く観察していらっしゃる。
「はい。色々考え事してた様で。」
「まぁ、立場上でも道義上でも精神的苦痛を強いられてる状態だから無理もないのだけれど。」
「…………」
「イヴァン博士はちゃんとあなたに心境を吐き出すの?」
「…先日の遭難の時に夫婦間で隠し事はしないって約束したんです。言い出しっぺはイヴァンの方で、多分、私を心配して言い出したんだと思うんですが。なので、昨日も『俺は友達にどう償えば良い?』って事を私に話してくれて。苦しんでいます。恐らく、今も。」
「……………そうなのね。」
リンちゃんは考える様な仕草をした。
「決めた。ワタシ、イヴァン博士にカウンセラーつけてもらえるよう要請するわ。戦闘は恐らく出来ないから月に発つまでの間に限られるけど、それでもイヴァン博士の人と成りを知れば知るほど耐え難いものだと分かるから。ね?」
「そうですね。」
少しでも気が楽になると良いのだけど。私も外を眺めながら愛しい人の心が折れてしまわない様に祈った。
リンちゃんもPC を開いて要請をカタカタと入力をして作成し始めた。
24時間後、イヴァンの操縦で無事、ヒースロー空港に辿り着いた。流石に一度不時着してるだけあって操縦は上手で、特に機体には損傷が無いように見受けられた。私達はタラップを降りた。そして、沢山の兵士と共に出迎えを受けた。
「イギリスへようこそ。イヴァン博士とそのご一行様。僕はイギリス空軍所属エドワード・ジョージ・スペンサー。階級は大佐だ。世界政府が出来たからもうここは国では無いが、王族の義務として世界を救う旅に志願した次第だ。どうか、宜しく頼む。」
「イヴァン・スワロスキーです。お初にお目にかかります。」
「ご高名はかねがね。お会い出来るのを楽しみにしてました。」
「ミサト・アカツキ・セレネティアです。お会い出来て光栄に存じます。」
「君にはお礼を言わないといけないね。人間の手に空を取り戻してくれてありがとう。」
「いえ、それほどでも…………」
元を正せばイヴァン取られた腹いせなんて口が裂けても言えない。副産物がとんでもなかった件について。
その後、一人一人自己紹介していってからエドワード殿下の案内で王宮に招かれた。
街並みは、非常に情緒が溢れていて、50年前にあった建物をそのまま復元して使っていると言う事だ。
流れる景色も趣きを感じた。
衛兵の横を通り過ぎ、車は中に入った。だけど、おかしい。私とイヴァンの乗ってる車だけ宮殿の横をスルーした。
「あのぉ、前についていかなくて大丈夫なんでしょうか?」
「ああ、それでしたら殿下から『先にミッションをこなして来て下さい。』と伝言を賜ってます。」
「ミッション?なんでまた???」
「着いてみたら分かるとだけしかわたくしも言われておりませんので。」
運転手さんも困り顔だが、責めてもう少しヒントが欲しい。
「んじゃ、どこに行くかだけ教えてくださいますか?」
「市内の病院です。」
それでイヴァンがピンと来たようだ。
「もしかして、月の奴が保護されているのか!?」
「はい。そのようにお伺いしております。」
僕は、大佐の案内で応接間に通された。着いて来たのはバイソンさんとリンちゃんだ。何時もはオネエのリンちゃんも相手は王族とあってちゃんと空気を読んで男性してる事に違和感を覚えた。大佐もそれはお分かりだったんだろうね。
「リンちゃん、もう、人前じゃないから元に戻って大丈夫だよ。これから仲間なんだし。」
「有難いわぁ、殿下。んじゃ遠慮なく。」
大佐は屈託のない笑みを浮かべた。何でも偉大なる嘗ての女王陛下と生き写しなんだそうで。
リンちゃんも順応はやっ。
「で、大佐。此処にイヴァン博士と陛下がいらっしゃらない理由をお尋ねしても良いでしょうか?」
「そうだね。実は此処でとあるミッションをこなさなくちゃいけなくなったんだよ。月の軍事政権が非人道的行為をしてくれた所為でね。」
「ひょっとして、イヴァン博士が一時錯乱した件に関係がありますか?」
「ご明察。聡い子は嫌いじゃないよ。少尉。」
「ありがとうございます。」
ああ、やはりと思ってしまった。続いて口火を切ったのはリンちゃんだ。
「生存者が此処にいるのね!」
「ああ、いるにはいるよ。ただね。この数字を聞いたらイヴァン博士が思い詰める事が明確なんで強制的に席を外してもらったんだよ。」
そう言って大佐が出してくれたのは死亡者名簿だ。僕は戦争の残酷さを目の当たりにして吐き気がした。
「軍事政権に投降した反乱軍兵士は実に1万7394名いたんだけど、全員が投入されたようでね。まぁ、流石に全員お友達じゃ無いようだけど幹部から上はイヴァン博士の学友だったり友達だったりしたのは確かだよ。でだ。その中の生存者は僅か3名。地球政府も頑張ったけど宇宙空間でドンパチしたんだ。被弾しただけで命簡単に奪えるからどうしようもなかったんだ。」
「何と酷い事だ…………」
「…………」
ああ、確かにこれイヴァン博士に知らせる訳にはいかないな。そうでなくてもイヴァン博士は罪の意識を常に背負っているんだから。
「大佐、ちょっと宜しいでしょうか?」
「少尉、何だろうか?」
「生存者からイヴァン博士に関する事聞いてらっしゃいますか?彼、自殺願望あるのに無駄に勘が鋭かったり先見の明があったりするので、隠し通すのはほぼ無理なんですが。」
「それは誠か?」
「はい。隠せるものなら隠したかったですね。これ。」
「となると、あちらもごまかせんな。やはり、アークが申してた通りか。」
「アーク?誰だそいつ?」
「アーク・アーノルド。アメリカ系月の民で反乱軍のリーダー。イヴァン博士の親友の一人で二人で良く悪さをしてたそうだよ。それと同時に、イヴァン博士の苦悩を真近で見続けた証言者の一人という事だよ。ただね、イヴァン博士に伴侶が出来ていた事を此処に来てから知った様でね。今頃、病院から苦情が出るレベルのどんちゃん騒ぎしてるんじゃないかな?」
そう言って大佐は諦めた様な表情をされた。
私達は今、会場を移動してとあるカラオケボックスに来ていた。
50年前の物が今も現役って言うのが凄い。知らない歌ばかりなのでほぼ歌わないが。実は、アークさん達は現在も入院中なんだが、イヴァンが伴侶を得ていた事実を殿下から聞いて嬉しさの余り大騒ぎして苦情が出たと言う前科を既にお持ちだったので外泊届を出してわざわざどんちゃん騒ぎをしに来たと言うね。
本当にみんなでっかい子供だよ!引くわ!
生存者の3名の内2人はアメリカ系月の民で1人は台湾系なんだそうだ。アークさんとドナルドさん。リュウさんと言われた。早速、酒が入り。イヴァン弄りが始まった。仕方ないよね、月ではイヴァンを利用する為に近寄る女しかいなかったそうで。無駄に顔が良いから遊ぶのは遊んだが本気になったのはほぼ皆無だそうで。いざ保護されてみたら親友に奥さんいたらびっくりするよ。そりゃ。
私は当然、ジュースだけど後のみんなはウイスキーで水割りを飲んでる。流石にイヴァン程強くないのでこのメンバーが集まるといつもこれなんだそうだ。
「乾杯!」
の合図でまぁ、いじるいじる。
「おまえ、ロリコンだったんだなぁ。そりゃ、月で言い寄った女悉く振る訳だ。」
「これだからお前らにだけは知られたく無かったのに!違うんだって!惚れた女がたまたま高校生だっただけなんだって!」
「へえ、出会いは何処でだ。こんな可愛い子。なかなかいないだろう?案外趣味が良かったんだな。」
「うるさい!シャトルが墜落した時に介抱して貰ったんだ。俺のせいでこの子の故郷無くなっちゃったけどさ!」
「それ本当?」
私は首を縦に振った。アークさんは心底申し訳無さそうな顔をして。
「本当にすまなかった。」
そう言って謝罪してくれた。
「いえ、そのお陰で今の私達がありますから…………」
「…凄い良い子じゃん。死にたがりのお前にはもったいない!俺に寄越せ!」
「誰が寄越すか!誰が!」
ちょっと気になるキーワードがあるが。そう思ったらアークさんが外に手招きをした。何だろうと思ったら。
「ミサトちゃん。聞きたい事がある。あいつ、青酸カリまだ持ち歩いてるのか?」
ああ、やはりご存知か。
「スペースシャトルの中で見かけたので知ってます。イヴァンのアイテムバックの中に常備されているのは知ってます。イヴァンが良心の呵責に悩まされているのも。実際に死にたいと訴えた事があります。たまたまロシア語がわかる人が側で聞いてて教えて頂きました。」
「そうだったんだな。あいつが本音を言う時自国語が出るんだ。今までなら、同郷の親友達が居たから教えて貰ってたんだが、もう、そいつらも亡くなってるからもし、またあいつが自殺しようとしたならどうしようかと考えていたんだ。あいつはな。優しすぎるんだよ。賢すぎるんだよ。だから、口に出して言わなくても気がついてしまうんだ。」
「イヴァンが何に気がついたんでしょうか?」
「生存者が俺たちしかいない事実だ。」
迂闊だった。私は友人らしい友人いないし人生経験はもっと無い。
「だから、協力してくれないか?俺たち、イヴァンと小さい頃から連んでいたからイヴァンの人となりは俺たちが一番よく知ってる。あいつ、馬鹿が付くくらいお人好しでさ。人の命を奪う兵器を作るなんて所業。耐えられなかった筈なんだ。なのに、いつもいつも今みたいな感じでさ。どんなに辛くても俺たちの前では一言も話さないんだ。笑顔の仮面を貼り付けてさ。あいつ、身内いないからやる事に躊躇がない。だから、兵器開発遅らせる為に何度もあいつは自殺を試みてる。俺たちはな、そんなイヴァンを負の連鎖から解放してやりたい一心で反乱軍を立ち上げたがこのザマだ。だが、此処に来てみりゃ、あいつの命を繋ぎ止める事が出来る最後の希望が出来てると言うじゃないか。だから俺たちはそいつに賭ける事にした。」
アークさんがイヴァンの事を熱く語っているよ。イヴァンが言う事に嘘は無かったよ。
「ミサトちゃんの年齢考えるとあいつの人生背負うのとてもじゃないが重過ぎるのは重々承知なんだ。それでも頼む!どうか、あいつを支えてやってくれ!」
私は首を縦に振って了承したらアークさんに花がパァって開いた様な顔をして、両手を掴んでブンブン振り回して喜んでくれた。それを見て口説いてると勘違いしたイヴァンがヤキモチを妬いた。イヴァンが顔を赤くして珍しく酔っ払っていた。楽しそうに酒盛りしている集団を傍目で見ながら。まるで幼少の頃に戻った彼らを見ていたらああ、友達って良いんだなぁ。ってそう思った。




